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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
沙羅双樹の花の色 【Red dragon Master=Maria】
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11話② 太陽竜の贖罪

 コウ君とソウジュ様の戦いは一瞬で決してしまいました。元より、遥か昔に一時的に軍属の経験があるだけのコウ君と千年の大部分を戦場で生きたソウジュ様とでは技量が違いすぎます。




 最初こそ、明滅を繰り返す空間では暗闇でも視界を失わないコウ君が有利でしたが、しばらくするとソウジュ様の目も慣れてしまいました。暗闇に包まれた瞬間、全身の動きを取り戻し、コウ君の一瞬の隙を突いてソウジュ様は彼の懐に飛び込みます。




 道具を使わず、ただ体を捻って、自らの肩をコウ君のお腹……みぞおちのあたりを狙ったのでしょうか。その辺りへ、足にしっかり力を入れて跳ねるようにして体当たりしました。体に受けた直接的な衝撃だけでもコウ君は痛み、呼吸を失うような苦しみを覚えましたがそれだけでなく。吹き飛ばされた先にはウイシャ様の黒曜石の寝台があり、背中から叩きつけられてしまいます。




 頭をぶつけず、意識も失わなかったのは良かったのかもしれませんが、コウ君はもはや動けず。肺の奥で詰まってしまったような呼吸をどうにか整えようとするだけで精いっぱいでした。




 ソウジュ様も元より多弁な方ではありませんし、苦しむコウ君をちらと一瞥するものの特に言葉を発するでもなく、本来の目的を達するため動き出します。




 ソウジュ様はウイシャ様の眠る黒曜石の寝台に、自らの神器を突き刺しました。太陽竜様の神器はこの世にある全ての物を斬ることが出来ます。分厚い石の塊であろうと、まるで柔らかな生地のお菓子のように容易く刺さりました。




 地下空洞全体に走る魔法陣はあくまで、この地の魔術だまりそのものに元から表出していた、自然発生的なもの。ウイシャ様の時を止めるために必要な魔法陣は寝台に刻まれていたのです。




 彼女の毛先から赤い色が失われていき、本来生まれ持った色……シーちゃんと同じ山吹色になっていくのをソウジュ様は苦しげな眼差しで見下ろしていました。




「……っ、フウにしたのと、同じだな……ッ」




 言葉を発したコウ君が動きだして神器で斬りつけるかもしれないと危惧して、ソウジュ様はやむをえず、彼の脇腹を蹴り飛ばしました。コウ君は辛うじて身を起こせましたがそれ以上は動けず、地面にへたり込んだままお腹を腕でおさえつつソウジュ様を睨みつけます。




「傀儡竜として生まれた者を楽にしてやることだけが目的なら、フウやウイシャが二十歳になるまで待つ必要なんかない。あんたの目的の為にフウ達は、二十歳になるまで待って、神罰をその身に受けて……わざわざ苦しみを受けさせられてから、殺された……」




 ソウジュ様はコウ君の様子を伺いながらも横目でウイシャ様の変化を観察し、彼女の髪に赤い部分はもはや残っていないのを確認します。神罰を受けて地獄の苦しみを味わうとされる彼女が目覚めないのは、シーちゃんがあらかじめ深い眠りに落ちる魔法をかけていたからです。元より、シーちゃん自身が亡くなった後にウイシャ様だけがご存命という状況は想定しがたく。シーちゃんが許さない限り眠り続ける魔法をかけてしまうことはウイシャ様自身との約束でした。死ぬときは姉妹一緒だと……。






 しばらくはコウ君は身動き出来ないだろうと判断し、ソウジュ様は急ぎ、寝台に突き刺してあった神器を抜きます。両手で柄を握り、自らの頭上高く掲げてウイシャ様の心臓に刃先を向けました。この時ばかりはコウ君から目を背けざるを得ませんでしたが、敗因は決定づけたのはそこではなく。






 神器を構えたことで、寝台にはソウジュ様の腕の影がくっきり浮かび上がっています。その影から飛び出した白い物が、まっすぐ上へ向かってソウジュ様の腕に刺さりました。




 刹那的な戸惑いに襲われながらも、目的だけは達しようとソウジュ様は腕を動かし。ソウジュ様が特別に力を込めずとも、神器は静かにウイシャ様の胸の上に突き立ちました。






 ソウジュ様は腕に刺さった白いナイフを抜き、その形を目で確かめました。コウ君が持っていた黒い影のナイフとそっくり同じ大きさと形をした、三日月めいた形状の白い刃。見るだけ見て、コウ君の膝元へそれを投げます。腕には傷跡もなく、抜いた後も痛みも出血もありません。




「そっちが夢幻竜の神器の本体。そいつとこの影との二対でね。影の神器は俺にしか握れないが、そっちは誰でも触れるみたいだな」




 もしかしたら私の……母神竜様の神器と同様、一定条件を満たした者なら誰でも使えるのでしょうか。これ以降、試す機会はありませんでしたし、仮にそうだとしたら夢幻竜様は何の目的でそのような仕様にしたのかは永遠に謎のままですね。






「あんただけが悪いわけじゃないってわかってるし、同じ立場だったら俺だってそうするだろう……だとしても。せめて俺だけでも、仇をとってやらないと……あんたの守りたかった命よりも、フウ達の命が軽かったなんて。そんなことないって俺だけでも否定しなかったら、みんな、浮かばれないじゃないか……!」






 コウ君はソウジュ様を睨みながら慟哭しますが、そこに憎しみは向けられていません。ソウジュ様やフウ君達、自分も含めて神竜達。すなわち「みんな」に対して、憐みと。その境遇から誰も救われないことへの悔しさと。




 不意にめまいに襲われ、ソウジュ様の全身から力が抜け、なすすべなく地面に跪きます。とっさに寝台の縁に指をかけ、くずおれることだけは阻止します。




 やむを得ない事情があったとはいえ、同族を手にかけ罪を重ねてきた自分はコウ君の感情を受け取るべきである。ソウジュ様はそう考えるからこそ、コウ君から目を背けずまっすぐ受け止めていますが、その視界はどんどん霞んでいきます。






 心の一番痛い場所に刺さるという夢幻竜様の神器に導かれ、ソウジュ様は夢に堕ちていきました。かつて通り過ぎた、遥か過去の夢の世界へ。










 クラシニア王家から逃れるための、ツバサ様とヒナとあおちゃんの三人の旅。最初から真っ直ぐグラス王国だけを目指したのと乗り物を使用出来たのもあって、目的地には半年ほどで辿り着いていました。




 約束通り、白銀竜様の神器は道中を助けてくれた馬車の御者に与えられ、ツバサ様の立会いの下グラス王家に献上されました。




 グラス王家とツバサ様の関係は良好でしたが、クラシニア王家での経験から深入りは禁物と考えてあくまで客人としての距離感を保っておられました。ゆえにツバサ様はグラス王国の城下町にて、正体を隠し、ひとりの人間として暮らすことになったのです。




 ヒナとあおちゃんとの三人暮らしはごくごく自然な家族そのものでした。とはいえヒナはあくまで大勢いた側室のひとりという立場なので、夫婦というより同居人どまりといった雰囲気でしたが。お互いにとっくに情は移っていると思うのですけどね。




 夕暮れ時、ツバサ様は職場の仲間に誘われて市場の居酒屋で晩酌をしていました。あらかじめヒナにはその用事を伝えてあります。




 ツバサ様はご自身の身分を隠されていましたが、街の人々にはまことしやかにささやかれていたのです。太陽竜様が自国におられるのではないかということ。白銀竜様の神器が王家に捧げられたこと自体は公的に知らされましたし。




 その日同僚はまさかおまえが太陽竜様? なんて冗談をこぼしてツバサ様を苦笑させます。ちょうど噂の流れた時期に訪れたよそ者ですしこのような話を振られるのはよくあることで、この時も笑顔で否定しておられました。




「昨日話したお客が西の有名な農産国……シェーラザードから来た旅人でな。赤い髪の若い兄ちゃんを見たって言ってたなぁ。国でいっちばんでっけぇ桜の木を見たくて行ったら、その木のすぐ隣に立ってる小屋に住んでたんだと」




 シェーラザードといえば大陸で随一の桜の名所。その国で一番大きな桜の木といえば、すなわちこの大陸で最も大きな桜の木といっても過言ではありません。




「その桜のおかげで観光客もひっきりなしなんだが、その兄ちゃんは羊飼いで一銭にもならねぇっつーのに来客を逐一もてなして茶まで出してくれるんだってな」




 ツバサ様は私達とグラス王国で落ち合う約束をしていましたが、一度シェーラザードへ行ってすぐ帰れば支障はないだろうと判断し、そちらへ向かうことにしました。いつ戻れるとも知れないのでヒナとあおちゃんもご一緒に。






「またお客さんかい? 今回はご両親にお子さんかぁ。さすがにこの僕のちいこい家に泊めてあげられる人数じゃないね」


 その言い分からしてお客さんがおひとりで宿が決まっていなければ泊めてあげることもあるというのでしょうか。無償で。庶民が裕福に暮らしているとは言い難いこの時代に懐の大きいお方です。




「僕の名はユウジュ。少し前までは母と一緒に羊飼いをしていたんだけどね。母は長く臥せってしまっていて先日とうとう病院に入れてもらったんだ」




 いざお会いしてみるとそのお方は、驚くほど、ソウジュ様と同じお顔をされていました。言うまでもなく彼はソウジュ様と共に生まれたごきょうだいでしょう。朗らかな人柄も方向性は少々違えどもソウジュ様そのものではありませんか。




「お父上や他の家族は……?」


「さぁねぇ。母がちっとも教えてくれないから近所の人達何人かに訊いてみたけど、父は僧兵だったとかで修行の旅に出て以来帰ってないそうなんだ」


 薄情な父だねぇ、なんて全く気にしていなさそうに笑い飛ばすユウジュ様です。その笑い方はソウジュ様よりちょっと豪快です。わははは、なんて勢い余って付け足してしまうほどに。




「シェーラザードでの暮らしは変化に乏しいけどこんな時代にいたって平和だし、親の残した羊達の世話も楽しいし、この桜の木のおかげでこうしてお客さん達が来てくれるし。共に暮らせる家族はいなくても満足してるんだよね。今時、こーんな恵まれた人生そんななくないかい? なーんてね」




 ソウジュ様だったらなかなか言えないような風刺めいた冗談まで飛ばしています。自分の暮らしぶりは恵まれているというのは本心で、他の人よりも恵まれているというのは冗談で。彼は生まれてからシェーラザードの外の世界を知りません。裕福な階級でなくとも、戦乱の時代であっても、それぞれがそれなりに幸せな暮らしをしていることくらい彼はご存じなのです。自分自身がそうであるのだからと確信を持って。






「これ、桜で作った茶葉。せっかくの観光資源なんだからお菓子とかお茶とか作ってもてなそうってことになってね。僕も開発を手伝ったんだ。良い味になったと思わないかい?」




 そのお手伝いももちろんほぼ無償で。完成した茶葉は定期的に送ってもらえて、こうしてツバサ様達にしているようにお客様に試飲がてら振る舞っているのだとか。気に入ってもらえたら旅の思い出に買って帰られるかもしれませんから。




 ユウジュ様は心からこの国を愛していて、そのために尽くすのが楽しくて仕方のない方だったのです。


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