10話② 名前のない少女
「ナナの妹、赤い髪なんだ。見てなんとなくわかったと思うけど、たぶんナナがイリサ……母神竜の魂の受け入れ先なんだと思ってさ」
シーちゃんとヒー君の外見が、コウ君と小唄の内面が似通っていたように。私の体の持ち主になる人は、私に似た印象になるということで……。
「そんなに似てますか? 彼女……私に?」
「外見はそれなりだけど内面がね。ナナとは子供の頃からの付き合いで、その間ずっと見てきた印象としてはまぁ似てるって思ってた」
「今会ったばかりの第一印象だけど、似てるって言われたらわかる」
長年の蓄積でそう言うヒー君はまだしも、コウ君まで、ですか。
「例えばどんなところがですか?」
「彼女、とにもかくにもたくましくて力強くてね……成人したら数年間旅暮らしするって決めて、十二歳になったら三年間、高給取りだからって土木作業や配送業でみっちり働き詰めて稼ぎまくりだったんだ」
「体があったらイリサも近いことしてそうだよな……」
コウ君が納得してうんうん頷いていますが、ちょっと釈然としません。確かに体力には自信があると生前は自負しておりましたが、土木仕事まではさすがに経験がありません。体力比べをしたのなら私は彼女に敵わない気がします。
とはいえ、私も実際に対面して「似ているのでないか」という印象を覆したいと思うほどでもありません……私自身、失礼ながら影の世界から彼女の様子を見せていただいて、言動に共感を覚えたことは少なからずありましたから。
がっかり名所にも底意地はある、というレインちゃんの主張を受けて、コウ君……と、彼女には見えていませんが私。夜はふたりで宿の外へ出て、芝生に腰を下ろして空を見上げていました。
「えーと、ちょうどいい時間に月を見上げているとグラスブルーの地表に月が沈んでいくみたいに見える……かくれんぼ月とか言ってたか」
「レインちゃんはそうおっしゃっていましたね」
今日は運良く満月だからいつも以上に良く見えるはず、とのこと。言われた通りに月を見上げていると、グラスブルーに月が吸い込まれていくみたいに見えました。ちょうど半分沈んで半月になったところで、
「以前コウ君が食べてくれた、氷菓子みたいじゃないですか?」
「円錐の形の乾いた菓子の上に、冷たい甘味のっけてたやつだっけ」
「それです~! あれ、とっても美味しかったですよねっ」
「確かに。美味かった気がする。また今度見かけたら食べてみるか」
「わ~、楽しみです!」
グラスロードの隠れ名物、派手さはないですがこうやってああだこうだ言いながら一緒に眺める人がいると楽しいですね。
「こんばんは~」
そこへ、彼女……ナナがやって来ました。座っているコウ君を覗き込んで一声かけると、そのまま隣に腰を下ろします。
「お客さん……じゃなくて、コウ君って呼んでもいいかな」
「いいけど。何か用事?」
「ヒー君は三人で話そうかって言ってたんだけど、大事なことだから自分の口でちゃんとしたくて。それでひとりで会いに来たの」
「大事?」
「私もわけありだから。その赤い髪を見たらすぐわかったよ」
寂しげな表情で、ナナはコウ君の赤い髪を指さします。
「私の妹も赤い髪で生まれたの。その……訊かれたくないかもしれないけど、コウ君のごきょうだいは?」
「もう、この世にいない。本人は運命を変えられないかって、最後まで頑張ったんだけど」
「方法は見つからなかったんだね」
「そう……」
「ごめんね。悲しいこと、思い出させちゃった?」
「いや。訊いてくるってことは、ナナや妹に必要な情報なんだろ」
「そうだね。私だってあの子が二十歳になるまであと五年間、諦めるつもりはないから。旅をしながらその方法を探したくて」
フウ君が亡くなってからすでに七百年近く経ちます。あの頃は方法が見つかりませんでしたが、重ねた歳月の分だけ魔法の研究も進んでいるはず。あの頃にはなかった新たな方法で妹さんが救われるといいのですが。
「私の旅の目的はふたつあってね。ひとつは、妹を赤い髪の運命から救える方法を探すこと。もうひとつはクラシニアの制度を変えるために、一緒に活動してくれる仲間を探すこと」
「クラシニアの?」
「私と妹はクラシニア王家で生まれたの。お父さんは私だけを連れてクラシニアから逃れた。公的な記録では、妹は双子じゃなくひとりで生まれたことになってるんだ」
どうせ妹は二十歳で死ぬのだから、それまで私は外の世界で自由に過ごさせてあげよう。女王として即位したらそれ以降、クラシニアの外に出ることは出来なくなるのだから。
孤児院はナナの父が隠れ蓑として運営を始めて、六番目までの子供もそのために各地から集めた。きょうだい達とはこれ以上ないというほど親密で楽しく暮らしてきた。名前がないのは妹が現在名乗っている名をいずれ彼女が引き継ぐから……。
「というわけで私は孤児院で名無しの女の子として暮らしてたってわけ。酷いと思わない? もっと酷いのは私じゃなくて、妹……あの子は二十歳になって私と交代するまで、クラシニアの王宮から出られないんだ」
「そんな……」
ナナには聞こえていないでしょうが、私は思わず言葉に出してしまいました。あまりにも惨い仕打ちに。まるで捕らわれていた頃のツバサ様のようじゃないですか。結果的にはツバサ様は外の世界に解放されましたが、ナナの妹さんは二十歳になれば神罰を受けてしまう体だというのに。
「私が十七の時にクラシニアを変えられたら三年、十八だったら二年、あの子は自由になれる。それ以上に理想なのは神罰を受けなくて済む方法を見つけられることなんだけど、二兎を追うもの一兎をも得ずっていうもんね。さじ加減が難しいんだよねー……」
「……仲間を集めるんだよな。必要なことがあったらまた呼んでくれ。協力する」
「また?」
「ヒーに聞けばわかるよ」
「そっか……ありがとね、コウ君」
ナナは笑顔で立ち上がり、お尻をぱたぱたとはたいて土を落とし、去っていきました。今夜は宿ではなく孤児院へ帰るみたいです。
いつもはコウ君と私は同時に寝台に入っておやすみなさいを言い合って眠るのですが、コウ君が寝入ったのを見計らって私はそこを下りました。開いたままの窓から夜空を見上げます。この角度からはもう月は見えないみたいです。
「今宵は良い月ですね。母神竜殿」
「わっ」
あまりにも唐突に過ぎる呼びかけに、さしもの私も驚いてしまいました。何しろ私の姿は普通の人には見えないわけですから、直接的に呼びかけられることなどほぼほぼありえません。
窓から身を乗り出して声のした左側へ首をめぐらせますと、そこにはひとりの男性が立っていました。ツバサ様のような真っ白な白髪でも、私のような濃い金髪でもない、中間の白金のような髪。うなじのあたりまで長いそれは癖が強く、頬を包むように内側に、後頭部では外側に、四方八方好き放題に跳ねています。
瞳の色も髪のそれと似ていますが、ほのかに青白い光を放っているように見えます。
「どちら様でしょう?」
「私は月光竜。ラーヴァイルと申します。あなた様のお好みの呼び方でしたらさしずめ、ラーヴってところでしょうか」
それって私が好きだからそう呼んでいるのではなく、たいてい相手から「こう呼んでいいよ」って自己紹介があったからそうなっただけな気がしますが。まぁいいでしょう。訂正するほどの大事でもありません。
「ただの街中ならまだしも、グラスロードなんて目的外の人はほぼ来ない場所で声をかけてくるということは、私達がここに来るとご存じだったのですよね」
「もちろん。おわかりでしょう? 私の能力を」
「月光竜様の能力……未来予知ですか?」
「その通り。あなた方が今日、この日、ここへお出でになることはこの目に見えていたのですよ」
「そうですか……せっかくですから、コウ君やヒー君も起こしてお話ししましょうか」
ぐっすり眠っているであろうところを起こすのは気が引けますが、私達が月光竜様と遭遇したのはこれが初めてです。今までどちらにいらしたのか存じませんが、めったにない機会といえるでしょう。
「いいえ、結構。その必要があればもっと早い時間にお声掛けしましたよ」
その点は私も不思議ではありました。もっと早くに声をかけてくれたら、起こさずに済んだのになぁ、なんて。
「私が今、この時用事があるのはあなた様に対してだけですよ。イリサ殿。夢幻竜殿や巨神竜殿とはまた別の機会が訪れますので。そしてその用事が済んだらすぐにお暇させていただきます」
「私だけ……ですか?」
どうしてでしょう……私もいい大人、どころではない歳月この世にありますし、何者に危害を加えられる恐れのある身でもないのに。予知以外の能力をお持ちでないはずの月光竜様を相手に、何故だか無性に不安を抱いています。
コウ君と一緒でないと心細いなんて、まるでお子様みたい。こんな感覚、もう千年振りくらいじゃないでしょうか。




