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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
旅するイリサ 【Blue dragon Mother=Claire】
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9話④ 夢幻竜の休息

 こういった感じで私とコウ君は旅を続けてきました。ソウジュ様を追い続け、時には捕捉出来たこともありましたがそういう時は大抵、赤い髪を巡る争いで私達とは対立関係になりがちです。私達は対立したいわけではなくむしろ逆で、ソウジュ様がおひとりで負おうとしている重荷を分けていただけないか、話し合いをしたいだけなのです……私達はもちろんのこと、パー様やヒー君達だってソウジュ様のためでしたら力になってくれるはずです……何度もその機会は巡ってきたというのに交渉は成立したためしがありません。何がそうさせるのか、ソウジュ様の意思は固く、頑ななのです。






 ソウジュ様を追うことが最優先ではありますが、そのための移動の途上で近くに寄れば気心の知れた神竜族のきょうだい達のもとへ顔を出してお互いの近況報告も出来ます。何もかもさらけ出せるような気心の知れた相手は片手で数えても余るような人数ですが、友人とは数ではないので問題ありません。




 私達を取り巻く現在と過去からして何もかも手放しで讃えられる環境ではないにしろ、コウ君との旅の暮らしは私にとっては穏やかで幸せでした。私はただコウ君の影になってつきまとうだけで、彼の暮らしに何ら助けになってあげられないことは私にとっては非常に辛いです。




 そう、かつてのように……私がひとりの人間の女として、あの人とそーちゃんと旅をしていた頃のように、私も交代で働いてお互い助け合って……今の私には出来ません。毎日の寝食を得るために日雇いの仕事に出るコウ君の帰りを、宿でひとりぼっちで待つだけの日々……う~ん……。


 コウ君と一緒にいられるだけで十分すぎるのですが、私の理想にはあの頃の方が近い気もします。愛する人々に自分が何もしてあげられないというのがもどかしいのです。




 今日のコウ君はいつもより重労働をしてきたそうで、夕方宿に戻ってからも一緒に夕食を楽しむどころではなさそうでした。




 私がお腹を空かせているからといつも通りに食事に行こうとして、でも明らかにお疲れの様子だったのでいったんお休みしましょうよと提案します。コウ君はいたって素直な気性なので深く考えず寝台にのっかり足を投げ出し体を休めていました。そう間もなく寝落ちしたらしく、体重を預けていた寝台の背もたれから背中がどんどんずれていってやがて完全に寝転がってしまいます。




 実体がない私はもちろんお腹が鳴ったりはしないのですが、ほのかな空腹感を覚えてその煩わしさにひとり、お腹を撫でます。そうして気を紛らわせてからコウ君の隣に横になります。


 客観的にはひとり客でしかないコウ君は、宿泊の際にふたり部屋をお願いしても断られます。そも、私は実体がないのですから床に転がるのでも構いませんよと最初に言ってあるのですがそれをコウ君は良しとしません。




 結果、ひとり分の大きさしかない寝台にこうしてぎゅうぎゅう詰めになりがちです。




 心地良さそうな寝顔を間近に見つめていて、つくづく思います。コウ君がこんなにお疲れなのに、物理的にいたわってあげることが私には出来ません。肩を叩いてあげるとか腰を揉んであげるとか、……明日は私が代わってお仕事を探しに出る、とか。そういったことが何も……。




「……またそういう、意味のないことをして……」




 ふと気が付くと、私は自分の右手の指先、親指以外の四本ともを自分の口に突っ込んでいました。誰にも触れられない私の手の甲にそっと重ねられる、ごつごつとした男性の指先。




 どうやら私はとてつもなくお腹が減った時や、なんとなくやりきれない気持ちを持て余している時など、無意識に自分の指先をかじっているらしいのです。人間の体だった時にはこんな癖はありませんでした。自分の体を失い、それがあった頃には当たり前に出来た行動に制限がかかることに無自覚な精神的苦痛を感じているのかもしれません。それが積もり積もるとこうして行動に表れてしまうようです。




 コウ君がむくりと身を起こし、横たわる私を見下ろします。私もそれに続き、顔を寄せてまじまじと観察します。




「コウ君……ですよね?」




 答えてくれません。この反応こそが、語られない解答。彼はそーちゃんではない、本当のコウ君とわかります。こうやってバレバレなんですから「そうだよー」って答えてくれたっていいんじゃないかしらと思うんですが、いっつもこんな感じです。




「お久しぶりですね。と、いうことは……」


「今日の労働はよっぽど疲れたみたいだな……」


「そうですか……ありがとうございます」




 何の礼だよ、と、コウ君はとぼけます。……そーちゃんがとても疲れている時、深く深く眠りにつくと、こうしてコウ君が表に出てくることがあります。それはつまり、そーちゃんをより念入りに休ませてあげるために、コウ君がそうしてるんだと思います。今頃そーちゃんは影の世界でぐっすりお休みなのかも。






「私……今度コウ君に会えたらお訊きしたいことがあったんです」


「……なんだよ」


「どうしてコウ君は、あの人に……小唄にそっくりなのですか?」




 私は彼をその名で呼びたくありませんでしたが、コウ君と話す上で「コウ」と呼ぶのはとてつもなく紛らわしい気がして妥協しました。




「俺が知るわけないだろ、そんなこと。エリシアとイルヒラだって別に血縁ってわけでもないのになんでか顔が似てるし、そういうものなんじゃないのか」


「シーちゃんとヒー君はお顔立ちは似ていますけど、思考もしぐさも似通っているわけではないですよ」


「男女なんだからそりゃ違うだろ」


「もー、話を脱線させないでくださいよぉ」


 露骨に話を逸らせたがっているのが伝わってきて、阻止します。ただでさえコウ君は、自分が答えたくない話になると影の世界へ帰ってしまうと定評がありますから。おまけに次の機会が何年後、十年後と果てしなく遠くなる可能性だってありえるのです。まるで希少生物に遭遇するかのような気分でちょっと笑ってしまい、コウ君はますます怪訝な顔で警戒を強めてきます。




「こうやってコウ君とお話しする度に、まるで目の前にあの人がいるみたいな錯覚をします。小唄と一緒にいた時みたいな気持ちになるんです……。顔立ちもそうですけど、しぐさも、ものの考え方もふたりはそっくりな気がするんです」




 やらなきゃいけなことだからやる。自分にしか出来ないことだから自分がやる。前者は小唄が、後者はコウ君が言っていたこと。彼らの理念。振り返ってみればほとんど同じことを言っていますよね。




「あなたは……いいえ、コウ君も。自分を『儀式の為の小唄』にするのが平気な人なんですね……」


 遥か昔、小唄は私に聞かせてくれました。ソウジュ様やツバサ様のためなら、自分は儀式の為に捧げられる小唄……生贄の命にされても構わないと。


 コウ君は、フウ君が存在し続けられる影の世界を作る為に、コウ・ハセザワとして自分が生きることを諦めました。自分の体をそーちゃんに譲ってまで……。




「俺はただ……堪え性がないだけだよ」


「堪え性のない方に、数百年単位で影の世界を維持することなど出来ないと思うのですけど……」


 コウ君が影の世界を完成させるためには、自身が夢幻竜様となる運命を受け入れなければなりませんでした。それはつまり、この世に存在するあらゆる人の負の感情を受け入れて浄化するお勤めを果たさなければならないということです。その苦痛がいかほどのものかなんて、想像出来ると思うことすら烏滸がましい……。




「一生に一度も、大切な人を喪わずに済む人間なんていない。それが自然な形か、理不尽に奪われるかの違いはあっても。自分が先に死ぬんでもなければ、全ての人間が誰かとの別れを経験して、乗り越えてる……俺はそれを受け入れられなくて、放棄しただけなんだよ」


大切な人を喪って簡単に割り切れる人のことを「堪え性がある」というのなら、私はそんな人になれなくて結構です。




「それでも俺は……もう二度と……あんな思いはしたくなかったから……」


「……コウ……?」




 最後にその一言だけ呟いて、コウ君はそそくさと立ち上がりました。いつも通り、もうそこにコウ君はいなくなってしまったかもしれないと私も焦りましたが。




「腹、減ってるんだろ。何か食わないと明日にも差し支える」


 宿泊室のドアを開けて、私を振り返ります。いくら実体のない私といえ、普段、壁をすり抜けるといった人離れした行動はなるべくしたくありません。いつものコウ君がそうしてドアを開けて私が出るのを待っていてくれるのを彼も知っているので、同じようにしてくれているみたいですね。




 まだお話の途中だというのに切り上げられてしまい、私は思わず頬を膨らませてありったけの不満を表明します。そんな顔をするなって、と、げんなりした顔のコウ君ですが、お互い様だと思います。








 季節柄、時間はまだ十九時ですが外は真っ暗でした。今夜の宿には食堂がついていないので商店街にて食べられるものを探して歩きます。コウ君とふたり、並んで。


 こんな風に本当のコウ君と共に町を歩くのってもしかして初めてなんじゃないでしょうか。数百年も旅を共にしているというのに。




「せっかくですから今夜は、コウ君が食べたいものを選んではいかがでしょう。自分で食事を選ぶなんてそれこそ数百年振りではないですか?」


「久しぶりすぎて、自分が何を食べたいのかなんてもうわからない。イリサが食べたいものを選んでくれるんでいい」


「なんと……」


 普段のコウ君と私ですと、食事の際にどちらが食べたいものにするかはその時の気分次第です。こうして一緒に探していて、どちらが先に「これ食べたいな」って思える料理を見つけたか、それ以上の意味はありません。




 致し方ない境遇とはいえ、コウ君だってひとりの人間で大人だというのに、自分が食べたいものすらわからないなんてあまりに深刻なのでは……という私の憂いが伝わってしまったのか、コウ君はバツが悪そうな顔になり。




「……イリサ達が地上で楽しく暮らしてるのを眺めることが、俺にとっては唯一の息抜きなんだ。それ以外の時間はずっと、世の中のあらゆる負の感情が頭に流れ込む。自分がどうしたいかなんて考えてる余地がないんだよ」


 何を食べたいのかなんてごくごく簡単なことさえ、自分ではもうわからない……私達の暮らしぶりを気晴らしに、夢幻竜様のお勤めに耐えていたなんて私は知らなかったので衝撃の事実です。




「そういうことでしたら……今夜は私達のおすすめの逸品をコウ君に味わっていただきますね!」




 この町で食べられるお食事の中で、普段のコウ君と私のお気に入り。私達の暮らしぶりを見ているのだから今のコウ君だって私達の好物だって知っているでしょうが、「今夜、コウ君と一緒に何を食べるか」はたったひとつしか選べません。そう思うとちょっと楽しくなってきました。










――ソウ兄へ




この前、イリサに買った空色のくまの名前。三日も悩んでくれてやっと決まったよ。


蒼いからソウちゃん、だって。


やっぱりイリサにとって、今でもソウ兄は大きな存在なんだな。きっと今でもソウ兄のことが誰より大切で、好きなんだと思う。


安心した。どれだけ長い間会えないでいても、イリサはソウ兄のこと忘れたり、好きだって気持ちをなくしたりしないみたいだから。




 イリサのためにも、もうしばらくぶりになるけど、そろそろソウ兄に追いつきたいな――








 すっかり色褪せ、くたびれたそれをさらに傷めてしまうことがないように、ソウジュ様はそっと頁を閉じました。ちょうど他のお客さんが会計を終え店内に他のお客さんの姿もないため、店主さんはその行動に目ざとく反応します。




「どうでした? お客さん」


「どうした、も何も……赤の他人の日記なんかを何のために保管しているんだ」


「オレからすりゃ他人なんですけどね。この店を始めたオレの親父にとっちゃ違うらしいんですわ」




 こちらのお店は今から四十年ほど前、コウ君が一年間滞在してお勤めしました。数百年も日雇いの根無し草で暮らしていたコウ君ですから、たまには生活の趣向を変えてみたらどうかしらと私が感じていた矢先、お店の立ち上げをしようとしていた先代の店主さんとご縁がありました。


 当時の店主さんは色々あった直後だったらしく少しだけ人間不信になっていて、素直な気質のコウ君以外の従業員をなかなか増やしてくれなくて過重労働の日々でした。とはいえお店の営業時間自体は変動しないですし、週に一度の定休日もあります。毎日お仕事探しをする必要も旅の移動もなく、衣食住安定しているのもあってコウ君にとっては肉体的にかなり寛げる日々だったみたいです。普段の旅暮らしも悪くないですが、コウ君にとって過酷な面もあるんだなぁと私も痛感させられる出来事でした。




 でしたら一年といわず、もう数年……店主さんにコウ君が老化しない不自然さがわかってしまうくらいまで滞在してのんびり暮らしても良かったんじゃないかなぁと私も思ったのですが、コウ君はきっちり一年間で元の暮らしに戻ってしまいました。ソウジュ様の後を追う旅の暮らしに。そのことも手記には明らかに書いてあって、ソウジュ様はそれを知って複雑な思いのまま、店主さんのお話に耳を傾けています。




「この手記ってうちにある一冊限りじゃなく世界中あちこちに点在してるらしくって。これについてアルベイユの歴史研究者が調べて回ってわかりやすくまとめた本が学識者に評価されて、庶民にもそこそこ流行ったらしいんですよ。うちの店にも置いてるってその本で紹介されたとかで、こいつ目当てに来てくれたってお客もたま~にいましてね。世話になった人とのご縁を残しておくのも悪くないなって思わされましたわ」




 のるんさんとへれるちゃんはお婆さんと呼べるような年代になっても、本業と並行して本作りの共同作業を続けていて、今では知る人ぞ知る作家さんになっていました。


 関係した様々な宿や店にお願いして預けてきたコウ君の手記は、邪魔になったらいつでも処分して構わないという条件で渡してきたのですが。彼女達のおかげで希少価値が生まれてわずかながら集客にもなりそうだと今後も保管してもらえる流れになったみたいです。




「こんな回りくどいことをしても、伝えたい相手に届きやしないだろうに……薄情な父のことなど忘れて、自分のことだけ考えて自由に生きればいいものを」


「まー、認めますけどね。人生、諦めが肝心だっちゅうことは。でもね、家族のことなんかそうそう見限れるもんじゃありませんよ。他に代わりなんかないでしょう?」


「……家族、か」


 もう遥か昔から、自ら閉ざしてしまった心の真ん中に、店主さんの言葉が納得の形でソウジュ様に滲み込んでいきます。それはソウジュ様にとって唯一、この世界で信じられるものでしたから。






 ソウジュ様はコウ君の名前で記されたその手記が、ツバサ様のご子息であるそーちゃんが書いたものと知りません。だから違和感に気付かなかったようですが、私はこの文面を見せてもらった時、大いに危機感を覚えました。




 コウ・ハセザワとして数百年生きてきたそーちゃんは、自分が本来は「ソウ」という名前の個人だった記憶があいまいになってきてしまっているのです。コウ君との境界が薄れてきてしまっているのです。


 私はソウジュ様というより、そーちゃんの名前から頂戴して、くまのそーちゃんを命名したというのに。ソウジュ様の名前から発想しての名付けと感じたみたいです。


 私としてはそーちゃんに対する目いっぱいの匂わせのつもりだったのでまったく伝わっていなかったことがかなり残念でしたが、残念がっている場合じゃない、深刻な事態な気がします。






 いつの日か、本当の名前を思い出して欲しいです。それは本当のお父さんが心を込めてつけてくれた、大切な名前なのですから。






 この時の私はまだ表層的な事実だけで「真実」を知らなかったので、単純にそう願ったのですが……彼が本当の名前を思い出す時が、私達三人の旅の終わりでもあるのでした。

イリサ「ほのぼの……日常……してました??


まぁいいでしょう。他の話よりは日常してたってことで」

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