9話② 夢幻竜の休息
「そんでそいつを買ってからこっち、イリサのために大の男がぬいぐるみ持って四六時中歩いてますってぇ? やっぱあんたってどうかしてるわ! 前からおかしかったけどついに極まったわね!」
今回の旅の目的地は、G大陸のグランティス。久しぶりにシーちゃんに挨拶したいと思って来たのですが、世間の皆さんのお声をずばり代弁する勢いで断言されてしまいました。
「そのいついかなる時もぼけーっとした顔でそんなもん持ち歩いてる暇があるんだったら、さっさと夢幻竜の神器見つけてきなさいよ! いつになったらあたしの自慢の神器と戦わせてくれるのよー!」
「シーがしたいことの為にオレがする意味のない苦労をしろっていうんなら、したくないと思ってない行動を咎められる道理はないんじゃないか?」
「屁理屈こねてんじゃないわよ! 神竜と神器は一心同体なんだから持ってなくて平気って神経がどうかしてんのよ!」
「そんな無茶苦茶な……」
「コウ君が神器をお持ちでないのはそうですけど、パー様にだって神器での対決は断られているじゃないですか。たとえ神器を見つけたとしても、コウ君がシーちゃんと手合せはしてくれないと思いますけど」
シーちゃんは時折パー様のいるP大陸王都に押しかけては、断罪竜様の神器と手合せさせろと騒ぎ立てるのですが、「体力馬鹿の巨神竜と、軍事訓練を受けたこともない吾が戦えるわけないだろう」と断固拒絶しています。「面会したいならエリシアでなくイルヒラで来い」と、もはやシーちゃんの姿では会う事すら拒否するようになってしまいました。
コウ君は以前、パー様に「使う気もない神器なんて苦労して探して意味があるのか」と訊いていたくらいですから、夢幻竜様の神器を探すつもりもさらさらありません。使う予定がありませんからね。
「まったく情けない男ばっかりでつまんないわねー。ただでさえグラスブルーの内側に引っ込まれて数が減ったっていうのに、地上に残ってる神竜で戦い甲斐のありそうなのなんてもう太陽竜ぐらいじゃない」
その太陽竜様だって、シーちゃんの欲望の発露に付き合ってくれるわけではありません。神竜との戦いを諦めて人間の中から強者を探そうにも巨神竜様たるシーちゃんを満足させてくれる人などそうそういるはずもなく。それは欲求不満にもなるというものですよねぇ。
「そうだ。イルヒラの奴が久しぶりにあんた達と話したいっていうから、そろそろ代わるとするわ」
シーちゃんはそう言い出すとおもむろに服を脱ぎだそうとして、後ろを向いててやるからそれくらい待ってくれとコウ君に窘められます。身内みたいなもんだし気にすることじゃなくない? とシーちゃんはどこ吹く風です。
ヒー君の体のサイズに合わせた服に着替えると、シーちゃんは右手側に持った自らの神器……身の丈より大きな戦斧の刃先を地面に突き立てます。すると神器は光を放ち、次の刹那。
シーちゃんの体からばきばき、ぼりぼり、と、耳を覆いたくなるような不快な音が響きます。コウ君はすでに背中を向けていますが、私は見ていても良いと元から言われていますし、この変化は素直に面白いなぁと思っているので今回も遠慮なく観察させていただきます。
シーちゃんの少女めいた細い手足やお顔の輪郭がぼこぼこと隆起して、男性めいた体に変化していきます。そして最終的には、懐かしいけれど見慣れた姿に至りました。
「久しぶり~。ふたりとも、ほどほどに神生楽しんでそうで何よりだね」
「おかげ様でのんびりさせていただいてます~」
「G大陸もしばらくは平和続きみたいで良かったな」
「俺の仕事は気楽でいいんだけど、ご覧の通りエリシアが退屈続きで荒れ狂ってさぁ。困ったもんだよ」
巨神竜様の神器の能力は、自らの肉体を望む形に変えることが出来る、というものでした。ヒー君の魂を内に取り込んだシーちゃんは、必要があればこうしてヒー君の体に変形して、彼を表に出してあげられるのです。
シーちゃんは戦いにしか興味がないので、グランティス王家に纏わる外交をしたいわけではなく、そういった仕事をするのはいつもヒー君の役目でした。
「さてさて、せっかくG大陸へ来たことですし、いつものアレをしに行きましょう!」
いつものアレとは、G大陸きっての名所と名高い文化の町アルベイユへ赴き、パー様にお土産の本を選んで買って帰ることです。
三大陸で流通する書籍というのは、全てが個人出版です。個人が自宅で一生懸命したためた文章を印刷施設に持ち込んで必要な数だけ刷り、各町で定期的に開催される出版会で手売りするのです。
ほとんどの町では一か月から数か月に一度くらいしか開催されないその出版会が、アルベイユではなんと毎週末に一度の頻度で開催されています。
「オレ達がわざわざ選んで買わなくたって、アルベイユ産のめぼしい本はパー様が自分で仕入れてるっていうじゃないか。王立軍の予算で」
「めぼしい本とおっしゃっていたじゃないですか。すでに著名な方の本をどうにか仕入れているだけで、まだ世に知られていない作家様のご本までは手が出ないそうですよ? 何せ自分の足で見ていないわけですから」
「どうせ暇してるんだから自分でもたまには見に来ればいいのに……」
コウ君だって別に面倒がっているわけではないと思うのですが、なんだかここへ来る度に同じ問答を繰り返している気がします。
読書好きの方のために本を選んで買うなんて結構難しいものだと思うのですが、パー様曰く、「どんなに拙い文章でも、完成させて本の形になっただけで至上の価値がある」とのことで、どんなものを持ち帰っても大切に読んでくれます。コウ君にとってはさしたる感動ではないのかもしれませんが、私はそうやって喜んでもらえるのも嬉しく選ぶのも楽しくの一石二鳥なので、恒例行事として続けているのです。
「普段は割と偏屈な癖に、文字に関してだけは異常に寛容なのってなんでなんだ?」
そう言うコウ君だって、一度心を許したら遠慮会釈なしにズバズバと言いたい放題です。過去にパー様にそんな風に疑問を投げたことがありました。
その時パー様は苦虫を噛み潰したような難しげな顔をして、本棚のどこかから古びた手紙を出してきて、読んで良いぞと渡してくれました。気を付けて慎重に触らないと紙がはらはらと溶け落ちてしまいそうに古い紙で、文字も消えかかっています。
「ひたすらに悪口ばかり書いてあるんだけど……」
「それは吾のきょうだいが書いた。家を処分する折に片付けていて見つけたもので、吾に送付する前に死んだのだな。芯から見下げ果てた性根の犯罪者であったし、そこに書き残してあるのも吾への逆恨みや世の中への恨みに終始しているが……よくよく読み込めばたった一か所、ほんの一文ばかり、まともな文言がしたためてあってな……」
おっしゃる通り、出だしからほとんどが悪文ばかりだったというのに、よくパー様はこの手紙を読み込んでその一文を見つけるに至りましたね……私だったらそのような相手の残した手紙、辛すぎて最後まで読めないかもしれません。
「いかに悪辣な人間であっても、文字にはほんの僅か、良心を遺すことがある。あれも口頭であれば間違っても、吾にそのような言葉は決して残さなかっただろう」
そこまでお話を聞いて、コウ君は手紙を読むのをやめて、パー様にそれを返しました。私も、同じ気持ちでした。たとえ全霊で憎みあった相手でも、たった一言だとしても、ごきょうだいが彼に残したお気持ちなのですから。いくら良いと本人がおっしゃっても、第三者がおいそれと読むわけにはいきません。




