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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
旅するイリサ 【Blue dragon Mother=Claire】
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9話① 夢幻竜の休息

 日常から離れた旅が休息となりえるのは、神様にとっても同じみたいです。

 私達の仲間のひとり、断罪竜様ことパー様の生まれ故郷であるR大陸の港町ミラトリス。彼の生まれた頃は犯罪組織が乱立し抗争も絶えず、治安はとても悪かったそうです。




 現在、新暦六百年ともなると三大陸は全体的に平和になってきておりまして、ミラトリスも安心して歩ける街になっていました。犯罪組織が完全に一掃されたわけではないので過信は禁物ですが。




 他大陸からの玄関口となる立派な船着場を下りてからすぐは海鮮市場になっていますが、しばらく歩くとお洒落な洋服や雑貨屋さんが寄り集まった通りに変わります。これも、人々の暮らしに余裕が持てる時代になってから変わってきた光景です。




 この辺りを歩くのは女性や恋人同士ばかり、稀に小さな子を連れた家族連れ。傍目からは男の人のひとり歩きにしか見えないため、コウ君を奇異の目でじろじろと見ていく人も少なくありません。コウ君は私がそれらの店を見るのに付き合ってくれているだけなんですけど……。




「コウ君、無理に私の趣味に合わせなくてもいいんですよ?」


「通行人なんてその場限りなんだし、どんな目で見られようが関係なくないか」


「そうかもしれないですけど……」


 私のせいで、何の落ち度もないコウ君が不審者めいた眼差しを向けられてしまうというのは、まるで無実の罪を負わせてしまっているみたいで心苦しいのですが……。




「第一、無理もしてないし。イリサがいなかったらまず見ないような物を見て歩くのは、オレにとっても退屈しのぎになってる」




 そう言われると、コウ君のおっしゃることもごもっともです。私達は人よりも長い時を生きていかなければなりません。なおかつ人でしたら家族を持ったり年を取ったりして人生の段階によって見える景色が変わるでしょうが、私達はずーっと変わり映えのしない数百年を過ごしています。




 ひとつの町に滞在するにしても、隅々まで見尽くしてようやく退屈を埋められるというもの。そんなお楽しみを、その場限りの人々に奇異の目で見られるからといって諦めてはもったいないです。




 というわけで、私が自分の楽しみがためのお店巡りを気後れしていたのも今となっては昔のお話。ガラス越しに華やかなお洋服を見て、こんな意匠は素敵ですねぇなんてきゃっきゃとお話しして、それをコウ君は無表情ながらふんふん相槌をうちつつ聞いてくれています。




 お店の方には申し訳ないですけれど、こんなにも楽しませていただいているのに実際にお店に入ったり何か購入したことはありませんでした。洋服はもちろん、小物を買ったところで実体のない私には使えません。当てのない旅暮らしですから余計な荷物を増やしてはそれを持ち歩くコウ君の負担になります。コウ君の背負う鞄に入っているのは必要最小限の衣服と、日記を書くための筆記帳とペンだけですから。




 この日までは、そうでした。この町に前回訪れた数年……だったか十数年、数十年前? うろ覚えですがともかく。その時にはなかったであろう新しいお店の陳列棚に、思わず足を止めてしまいました。




「……イリサ?」


 コウ君は私が立ち止まったのにしばらく気付いていなかったらしく、少し離れたところからそう呼びかけ、私が動かなかったのでそのまま戻ってきてくれました。


「何か気になるのか」


「わ。ごめんなさい、つい目を奪われてしまって」


「別にいいけど。でもここまで強烈に目……ていうより心奪われてるのは珍しいな」




 私の心をこれほどまでに捕えた物とは一体何だろうと、コウ君も展示窓を覗き込みます。




「これは……見事な積み方だな。よく落っこちないもんだ」


「ええ……すごいですよね」


 いくら窓に寄りかからせるようにしているとはいえ、天井に頭を着けてしまうほどに、ぬいぐるみが積み上げられているのです。もちろん、うつぶせではなく全てのぬいぐるみが窓の外を見るように配置されています。大きさだって種類だって統一されているわけではなく、くまやうさぎや猫といった動物の大小様々なぬいぐるみがこっちを見ています。




「ここまで大群だとなんだか、原始的な恐怖心を覚えるんだけど……」


「えーっ、そうですか? どれもこれもみーんなかわいらしいじゃないですか!」


「ひとつひとつ見てたらそうなのかもしれないけど……陽当りのいいところにずっと置いてるから色褪せてて、なんだか恨みがましい目をして見える気がする……」


「コウ君って感受性が豊かですねぇ」




 それはそうと、展示窓が物で敷き詰められているおかげで、通りに並ぶ他のお店と違って店内がまるで見えないのです。これでは逆に店内がどうなっているのか気になってしまうというもの。


 展示窓を外から眺めるだけの万年冷やかし客だった私達が、世にも珍しくドアを開けて中に入ることにしたのです。これがお店の方の戦略だとしたら大したものだと思います。まんまともくろみ通りになってしまいましたから。




 店内に入ってみると、動物だけではなく男の子や女の子の人形もあることがわかりましたが、全てぬいぐるみです。同じ人形でも陶器製で髪の生えた精巧なもの、木製で糸のついた操り人形など多様だと思うのですが、そういったものは置いていません。純粋にぬいぐるみ専門店ということなのでしょうか。




 お食事以外の用事でお店に入るのも本当に久方ぶりで珍しいことだったので、並んでいるぬいぐるみを興味深く眺めていたのですが。会計台の周辺に集まっているくまのぬいぐるみのひとつに、再び目を奪われてしまいます。




「この辺はくまのぬいぐるみばかりだな。わざと集めて置いてるのかな……イリサ?」


 呼ばれているというのにもはや返事をするのすら忘れてしまっている私の目は、ただひとつのぬいぐるみに釘づけにされています。傍から見ていてコウ君にもそれは丸わかりだったみたいで。




「これがそんなに気になるのか」


 まさしくその、気になって仕方がないひとつのぬいぐるみを手に取りました。空色をした、ふわふわの毛並みのくまのぬいぐるみです。いえ、私は実際には触れないので、ふわふわの手触りなんだろうな。触ったら気持ちよさそうだな……って夢想してしまうだけなのですが。




「ええ……あんまりかわいらしいものだから。一目ぼれしてしまいました」


 可愛いのはもちろんそうですが、それだけではありません。遠い昔の、大切な人達との懐かしい日々の思い出が、その子を見ていて蘇ってしまい……愛しさと同時に、何とも言えない切なさが湧いてしまって、胸が詰まるようでした。




「そんなに良い物を見つけたのに、なんだか泣きそうな顔してないか?」


「そんな顔……」


「お客さん、もしかして妖精さんでも見えてるのかい?」




 男の人がたったひとりでお店に入るだけでも珍しいでしょうに、誰かと会話でもしているような独り言を繰り返している。お店の奥から出てきた店長さんと思わしき初老の男性は怪訝な顔です。とはいえ、こういうお店のお客さんには少し変わった方も来られるでしょうから、露骨な態度は見せません。




「おっ? お兄さんその髪いい色してるねー。紅いの好きなのかい? ちょうどそんな感じの良い色出せたのがあってねぇ」


「それはいいや。自分のじゃなく人にあげるもの探してるんで。これ、ください」






 コウ君はお支払をして、店長さんが空色のくまさんを入れてくれた紙袋をぶら下げてお店を出ました。




「ごめんなさい。荷物を増やしてしまいましたね」


「イリサにだって、ひとつくらい自分の持ち物があったっていいだろ。……そういやこんなに長く一緒にいるのに、一度も贈り物したことなかったなと思って」


「そんなの私だってそうなんだから、お互い様じゃないですか。……でも、ありがとうございます。せっかくコウ君が贈ってくれたんですから、大事にしますね」




 コウ君は一度も私に贈り物をしたことがないなんて言ってましたが、そんなことはありません。コウ君が今でもつけてくれている日記は、かつて私がお願いして始めてくれたものですから。本人は幼かったその頃を覚えていませんけれど、コウ君が書き残してくれたもの全てが私にとってはいつも贈り物でした。




 けれど、形のある私だけの持ち物としての贈り物は、これが一生で最後になるのかもしれません。全身全霊で大事にしなくてはと心に誓いました。










 贈り物として空色のくまさんのぬいぐるみを頂戴しましたが、私は実体がないのでそれに触れることが出来ません。コウ君にお願いして、宿の寝台の枕の横に置いてもらい、私は隣に腰を下ろしてその子を眺めていました。




「決まりましたっ。この子の名前はそーちゃんです!」


「名前? つけるつもりでいたのか、ぬいぐるみに」


「あれ? 普通はつけるものじゃないんですか? いつまでも『空色のくまさん』って呼び続けるのは無粋な気がするんですが」




 思わず「普通」なんて言葉を使ってしまいましたが、その普通が私にはよくわかりません。考えてみたら幼い頃、自分だけのおもちゃや人形を持っていたことがありませんでした。




「名前をつけるのはいいとして、なんで『そーちゃん』にしたんだろう……」


 彼は私に対しても、こうして一緒に旅をするようになった三百年前から一貫して「自分はコウ・ハセザワである」という体裁を貫いています。彼の本名から由来する愛称「そーちゃん」を、くまさんに名付けられてしまうのはちょっと気味の悪い一致に思えてしまうのも無理ありません。




「こんなにきれいな蒼い色、だからソウ()ちゃん。世界一、と言ってさしつかえない、とぉってもすてきな名前だと思いませんか?」


「イリサは、青い色が好きなんだな……あの店には色んな色のぬいぐるみがいたのに、わざわざそれを選んで、名前にまで入れるんだから」


「好きですよ~。私にとって、青は大切な人との思い出の色ですから! ね~、そーちゃんっ」




 ふっふっふ。さっそくもくろみが成功してしまい、胸の内で含み笑いをしてしまう私です。




 これまで私は彼に、コウ君として話しかけるしかありませんでした。でも内心では、そーちゃんとしてお話ししたいなぁって思う場面が多々あったのです。


 これからはくまのそーちゃんに話しかける振りをしつつ、本心としてはそーちゃんに言いたいことが言えるようになりました。コウ君がその場にいる、いないに関わらず。コウ君がお仕事でいない時間の話し相手にもなってくれそうです。考えているだけでわくわくしてしまいます!








「今日から、コウ君とイリサとそーちゃんの三人旅ですね!」




 港町ミラトリスから出航する船の上で、私はコウ君とくまのそーちゃん、どちら当てとも曖昧にそう語りかけました。そーちゃんはコウ君の腕の中で、流れゆく海の景色を眺めています。




 宿を退室する直前、お手洗いでコウ君が不在の時。そーちゃんに話しかけていました。いくらぬいぐるみでも、そーちゃんを鞄の中に押し込むのはかわいそうかなぁ。なんて。


 聞こえてしまっていたのかそうではないのかわかりませんが、鞄の中で型崩れしそうだからとコウ君はそーちゃんを抱っこして歩いてくれました。もちろん、通りすがりの人々のコウ君を見る目は非常~に厳しいです。が、コウ君本人が気にしていないのに、私がいたずらに心配するのは逆に失礼な気もするのです。

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