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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
旅するイリサ 【Blue dragon Mother=Claire】
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8話② 断罪竜の面会

 パーシェルの生まれたのは今から百五十年ほど前で、この時代は私の知る範囲では最も世の中が荒れていました。三大陸それぞれの支配者が確定しておらず、我こそはこの大陸の覇者であると名乗りを上げた勢力のぶつかり合う戦乱の時代だったからです。




 現在のR大陸の港町ミラトリスの貧民街にて、双子のきょうだいと共にパーシェルは生まれました。自分ともうひとりのどちらが兄で弟なのか、彼は知りません。両親は彼らにひとかけらほどの愛情もなく、生まれた時のことをきちんと記憶していなかったため、もはやこの世の誰にもわからないのです。




 パーシェルは学問への興味の深いお子様でしたがこのような生まれではそれも望めず、しかし貧民街の片隅にあった教会でささやかながらも学びを、数日おきの炊き出しによって命を繋いでいました。家族の元へはほぼ帰りません。




 パーシェルの双子のきょうだいはこれまでの前例と同じく赤い髪で、二十歳になれば神罰を受けてしまう体でした。当人はそれを知らないので自暴自棄になったゆえにということも別になく、他者から奪った物を搾取して暮らす毎日でした。




 コウ君とフウ君のように、本当は仲良くしたいけれどすれ違ってしまって……なんてことは一切なく、パーシェルとそのきょうだいはただただ純粋にお互いを憎みあっていました。それぞれが生きる上で喜び楽しみを覚える対象が正反対で、分かり合えなかったのです。パーシェルは慎ましくても学びのある穏やかな暮らしを求め。きょうだいは少しでも多くのお金を得て豪遊することが何よりの楽しみで、地道に稼ぐよりも誰かから奪う方が手っ取り早いと考えていました。




 そんな真逆のふたりですがひとつ、共通点もあります。彼らがそれぞれ望む幸せは、彼らの生まれが恵まれないばかりにそうそうたやすく享受出来なかったということです。




 この世で最も近い存在であるはずの血を分けた肉親を憎しみ合う関係とそのような環境の中で、彼らの心は荒みに荒んでいました。




 彼らの存在を聞きつけたソウジュ様の来訪で自分達の辿る運命を知らされてもまるで動じず、きょうだいに対しては「安楽死でも生き地獄でも好きに選べ」と吐き捨てます。二十歳の誕生日、神罰の苦痛にのた打ち回りながらきょうだいはパーシェルへの逆恨みを、自分の生まれへの憎悪を吐き散らした末にソウジュ様に縋り、神器による情けで命を終えました。






「彼奴が死んで吾がこの体に成ると、太陽竜めは断罪竜の神器を探すべきであろうと提案した。その時点で何の手がかりもなかったから見つけるまでに五十年ほどもかかってしまったよ」




 というわけでソウジュ様とパーシェルは五十年もの時を、共に旅して過ごしていたのです。




「断罪竜の神器って何が出来るんだ?」


「この大鎌で斬られた者は魂も体も塵となり、今後二度と世に発生しなくなる。罪深き者を転生させないための裁きの鎌だな」


「苦労して探したところでいつ使うんだ?」




 ソウジュ様やシーちゃんでしたらそれぞれの目的で自分の神器を活用していますが、引きこもりのパーシェルにその神器の使い道があるのか? コウ君はそんな疑問を抱き遠慮なく口にします。深く考えるとちょっと失礼な質問にも思えますが、この場にいる誰も気にしていなさそうですね。




「使うも使わないも関係ない。神器を持ち自衛することで、断罪竜の持つべき力を不当に貶められないようにせよというのが太陽竜の意見だったな」




「太陽竜様や白銀竜様は、それでお辛い思いをされましたから……」




 神竜族の同胞に、自分達と同じ思いをさせたくなかったのだと、私は思います……。


 ひとりでこっそりしょんぼりしていたのですが、コウ君が頭を撫でてくれました。私には実体がないので感触はわかりませんが、心はなんだかほかほかしてきます。




「一方的に訊ねてばかりで悪いが、断罪竜に会えたら訊きたいと思ってたことがあるんだけど」


「言われずともわかってるよ。そこのカイン・リークイッドにも同じことを訊かれたし、今後もそれに関わる者と接触する度にその問答を繰り返すことになるだろうな」


 ああ、面倒だ。そう嘆きはしますが、パーシェルの言葉には迷惑そうな響きはありません。それに関わる人々にとって切実な命題であると理解しているからでしょう。




「傀儡竜の生まれ変わりに与えられる神罰っていうのは、過去の太陽竜の命令で断罪竜が下してるっていうんだよな。その神罰を止めるのは今のあんたには無理なのか」




「不可能だね。吾に与えられた権能は断罪竜の神器を用いることだけで、人だろうが神だろうが他の生物だろうが『神罰を下す』ことは出来ない。その逆も然り。与えられないのだから、それを取り上げることも出来ないよ」




「どうしてですか? あなたは断罪竜様なのに」




「忘れているのか? 母神竜よ。貴女きじょの神器を用いて、断罪竜は魂と肉体を神話時代にはすでに分離したのだよ」




「そうでしたっけ……」




 そもそも私は母神竜様の神器で何が出来るのかも知らないので、どうしてそのようなことをしたのかもさっぱりです。




「魂には記憶が、肉体には感情がそれぞれ宿る。断罪竜とは罪を裁く神竜なのだから、その行為が自らの感情如何によって左右されてはならない。断罪竜はそう考えて体を切り捨てて、今もこの広い広い世界のいずこかを魂のみで浮遊し、放浪しているのさ」




 広い世界とは三大陸のみではなく、海の向こうの別の陸地やそこにある国々も含まれます。私達にその所在を突き止めて、神罰を止めてくださいとお願いするのもおそらく不可能に近いでしょうね。




「たとえ断罪竜の魂に接触出来たとして、一度取り決めてすでに執行もした神罰を途中から覆すなど、断罪竜の立場としてはありえないだろうな」


「判例法主義か……案外、神様っていうのも人間臭さあるもんですね」




 カイン君が呟く声色には苦味が含まれているように聞こえました。人間社会でもそれに苦しめられる人々がいることを知っているからでしょうね。




 フウ君もそうですが、神罰を受けて亡くなった人がすでに複数人いる以上、今後生まれる赤い髪の方々に神罰を下さないとなるのは不平等ということです。ひとりでも多くの人が助かるならその方が良いと思うのですが、そういう感情論に影響されないからこその裁き……それが断罪竜様の在り方なのですね。




「時にカイン・リークイッド君。久方ぶりに旧友に再会したのだから積もる話もあるのではないか? ふたりで城下へ出てペルノの美味い酒でも嗜んで来たらどうだろうね」


「唐突すぎて露骨に怪しいんですけど……コウ、どうする?」


「オレはどっちでも……ふたりねぇ」


 コウ君がちらりと私を見ますと、パーシェルはなおも畳み掛けます。




「たまには男同士でしか出来ない話でもして来たらいいんじゃないかね。なぁ、イリサ君」


「なるほど……一理ありますねっ。私はパーシェルとここでお留守番していますので、コウ君是非行ってきてください!」


 私という邪魔者がいると、男の人同士だけでしか出来ないような距離感の会話がし辛いのではないでしょうか。申し訳ないですがその点をすっかり失念しておりました。




「そこまで言うなら、たまには羽でも伸ばしてくるか」


「別にいいですけど、ふたりだけだからって母神竜様にやばいことしないでくださいよー」


「若い女とみれば誰であろうと見境のない、貴公のような誑しと同じに考えてくれるでないよ。他者ひとへの関心などとっくに枯れてるわ」


 あらら、最近のカイン君は女性遊びが盛んなのでしょうか。アルディア村や統一軍で拝見していた頃はそういう行動は見受けられませんでしたけれど。


 カイン君は特に否定もせず、べーっと舌を出しつつコウ君を連れて部屋を出て行きました。それにしても仮にもお仕えしている神竜様を相手にこの距離感はすごいです。人と交渉する仕事に長年携わってきたカイン君の経験はさすがだなぁと感心してしまいます。




「まったく口の減らない……そもそも実体のない相手に何をするというんだ」


「ですよねぇ」


 この時の私はいたって素直に同意したのですが、実はカイン君は何らか嫌な予兆を覚えてああ言ってくれていたのだと後に思い至ります。本当に洞察力に優れた方なんですね。




「さて、母神竜よ。吾の方こそ、貴女に出会えたらひとつ確認しておきたいことがあったのだよ。構わないかね?」


「もちろんですよ。私達こそ一方的に色々お聞きするばかりでしたから。それでその用件とはなんでしょう?」




「イリサは思い馳せたことはないのか? 母神竜たる貴女が消え去れば、白銀竜を苦しめ死に至らしめた生命が絶滅するのだと」


「……はい?」


「貴女自身が望むのなら我が神器を用いてそれを叶えてしんぜよう」




 さきほどのカイン君じゃないですけど、突然すぎて何を言われているのか、頭がその発言を受け入れるのに少々の時間を要してしまいました。私がそうしている間にもパーシェルはかちりと音を立てて、神器を両手にしっかりと握り直しています。先ほどまで片手で無造作に掴んでいるだけだったのですが。殺意こそ見せないものの、言動が冗談ではないという意思表示でしょう。




「質問で返すようで申し訳ないですが、お訊きしないと不明点が多くて……。あなたの神器で神竜は切り殺せるのですか? 断罪竜様の裁きとしてなら同胞殺しの罪を負わないのですか?」


「神竜が罪を犯した時のために裁きが通用するようになっていなければ役目を果たせないだろう? だが神罰に例外はない。断罪竜が除外されるのならわざわざ傀儡竜など新たに拵える必要はなかっただろうからな」




 いや、断罪竜はあくまで罪を裁くための神竜であって、咎を犯したわけでもない神竜を殺して回らせるのは存在意義に反している。そういう意味ではやはり傀儡竜はどっちに転んでも必要だったかな? などとパーシェルは自問自答していますが、声に出しているので私もおこぼれに預かります。




「仕組みは理解出来ましたが、私がそのように望むなどとどうして思われるのですか? そんな風に見えますかね……」


「一切見えないからこそこちらも疑問なのだよ。白銀竜の無念を晴らしたいとは思わないのかね?」




「パーシェルは白銀竜様……ソウジュ様がそのように望まれるとお考えなのですか」




「ソウジュ様……か。念のため確認しておくが、貴女はあの『ソウジュ』を名乗る者が白銀竜ではないと理解しているのかね。あれはあくまで太陽竜であって、貴女の愛した白銀竜はこの世のどこにも存在しないよ」




 どうしてそれをご存じなのかしらと思いましたが、考えてみれば何のことはありませんでした。ソウジュ様と五十年も同じ時を過ごしたのですから、世間話のひとつとして私との思い出が紛れ込むことだって咎められません。




「太陽竜様はそのお体に、ソウジュ様の魂を宿しているのではないですか? 存在しないとまでは言えないと思いますけど」


「わかっているじゃないか。それはつまり、この世にあるのはソウジュの魂……『記憶』だけ。その心はもうこの世にはなく、貴女の愛したソウジュの人柄はあの体にはないはずなのだよ」


「では、ソウジュ様……いいえ、ツバサ様は」




「ソウジュの記憶を読み取って、生前の彼を模倣してそう振る舞っているだけだろうな」




 実を言うと、パーシェルに言われなくとも私も薄々、勘付いてはいたのです……感情として、それをなかなか受け入れ難くて見ない振り気付かない振りをしてしまいました。魂と体、記憶と感情の約束事をきちんと考えてしまうとそうなってしまうのではないかと。




「おそらく、白銀竜は二度と転生しない。真理に達し、輪廻より解脱しただろう。あの太陽竜めと対話した五十年の間に吾はそう判断した。そしてその苦しみをもたらしたのは人間という種の存在そのもの。生命の維持に欠かせぬこの星の水源は母神竜……イリサを失えばこの世界から水は消えてなくなるだろう」




 わかりやすくまとめると、私が消えれば水を糧に生きている生命は絶滅する、ということですね。




「ソウジュ様の御心は、存在そのものがすでに消滅し、転生によってすら二度とお会い出来ない……確かなのでしょうか?」


「さすがに絶対とまでは断定しない、推測だ。その判断は貴女自身に任せるしかないな」




 私は長い時、クエスの影の世界と通じていたおかげで地上にいたソウジュ様・ツバサ様を見守ることが出来ました。夢幻竜様の能力の性質上、そうして見ているあらゆる人の思考も覗き見ることが可能でした。




 ですが……パーシェルは覗き見などでなく実際に五十年の時を共に過ごし、会話し、彼らの心に触れていたのです。先ほど並べ立てた推測はその上での判断で、軽視して良いものではなく……そう話しているパーシェルの顔には憐憫が表れています、はっきりと。




「現在の吾が在るのはあの時、太陽竜に救われたゆえのこと。太陽竜は白銀竜を救えなかったことを心から悔いていた。たとえ我が身に神罰を受けようと、白銀竜の無念を晴らせるならば吾は甘んじて受けたいと思う」




 喜んで受け入れる、とまでは言わないようです。見たところ、彼は現在の暮らしを心から楽しんでいる様子ですから。いくら恩義に報いるためとはいえ好き好んで捨てたいはずがないでしょう。




「……ありがとうございます、パーシェル。ソウジュ様はこれまで、戦ってばかりの日々でしたから。あなたと共に旅をしている日々は穏やかで楽しそうでした。ですが、私は母神竜様などでなく、この星で生まれたただのイリサですから。白銀竜様の願いではなく、ソウジュ様のご意思に従います」




 彼の感じた白銀竜様と、私の知るソウジュ様は必ずしも同一ではありません。私と母神竜様がそうであるように。そして彼自身が言ったように、ソウジュ様の御心がもはやこの世のどこにもないと言うのならなおさらです。




「もしソウジュ様が苦しみから逃れるために地上の生命を絶滅させたいと望んだのなら、自らの神器を用いていかようにも出来たはずです。そうしなかったということは望んでおられなかったのですよ。それに……私が消えたらソウジュ様は悲しまれます。これは絶対に間違いありません」




「ほう……断言するか」




「はい。謙遜などいたしません。ソウジュ様に想っていただけて私は幸せでしたから、そのお気持ちを疑ったりしませんよ」




「相分かった。吾とて無益な争いをしたいわけではない。確認がとれてすっきりしたよ」




 パーシェルは苦笑しつつ、自分の喉仏をかりかりとひっかきます。太陽竜と離れてから早や百年、まるで喉の奥に小骨が引っかかったような気分だったものでな。そう言います。




 太陽竜様への感謝の気持ちがあるからこその心の引っかかりです。私以外にも、ソウジュ様のことをそれほどまでにいたわって下さる方がいたという事実が私は嬉しかったです。






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