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GRASSBLUE青草日記~終末までの千年間ロード(旅)ファンタジー  作者: ほしのそうこ
旅するイリサ 【Blue dragon Mother=Claire】
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8話① 断罪竜の面会

 さすがの私も、まさかこんなことになってしまうとは予想出来ませんでした。





「どうしましょう、コウ君……お腹が空いてしまいました!」


「……んん?」




 周知の通り、ちょっとやそっとでは動揺しないと評判のコウ君ですが。私のこの告白には表情一杯に疑問符を浮かべました。




「えーと、イリサには実体がないんだよな?」


「はい!」


「そんで普段はオレの影の中に潜り込んでて、オレと一緒にグラスブルーから出て地上に下りたんだよな?」


「その通りですっ」


「……それなのに、腹が減るって?」


「……わーぅー」




 恥ずかしすぎて、不明瞭な言葉がお腹の奥からしぼり出てしまいました。




 実体がないのにお腹が空くなんて。私だけなのか、他の神竜達も同じようなやり方で地上に下りたら同様なのか? 前例がなくてわかりませんが、ともかく大問題です。お食事が出来ないこの身で空腹を感じるなんてあまりにも残酷すぎませんか?




「言われてみればオレも、あそこを出てから急に腹が減ってきた気がしてきた……」


 グラスブルーでは時の流れがなかったからお腹が空かなかった、というのが可能性としては有力な気がしますね。




「せっかく久しぶりのメシなんだから、とっておきを食べに行こうかな」


「とっておきですか?」


「ああ。ふるさとの味って感じ」




 ちょうど、アルディア村へ帰ってカイン君に会ったり、お家の片づけをしたいとコウ君は言っていたので。ついでにふるさとの味とやらも堪能出来ますね。






「コウ? やだ、あんた十年振りくらいじゃないの? 変わらないねぇ~、顔は。髪はその……」


 コウ君のとっておきとは、自宅の隣家の宿屋。その食堂でカイン君のお姉さんのネイルさんが提供してくれるお料理のことだったんですね。




 コウ君が統一軍に入るため村を出たのが十五歳で、グラスブルーで二十歳を迎えて赤い髪に変化して。


 ということはもしかして、あそこでフウ君の亡骸を前に動けず過ごして、五年間も経っていたということなのでしょうか。




「フウと、お揃いにしたのかい……?」


「うん……フウは、死んじゃったから。忘れたくなくて」


 そういうことに、したみたいです。ネイルさんにはお世話になったからフウ君の死を伝えたかったでしょうし、髪の色が急に変わったことも詳細な説明を避けられますから。




「カインは?」


「今は村にいないのよ。P大陸の王立軍に勤めていてね」


「王都に行ったら面会出来るかな」


「便りを出しておいてあげようか」


「お願いします」




 ぺこりと頭を下げます。なんだかコウ君、ネイルさんとお話ししている時はちょっとだけ、態度も所作も幼く見えますね。……なんでしょう、ちょっと悔しいような。




「オレはこれから、ソウ兄を探して長く旅をしなきゃならないんだ。だから家も片付けて、手放してから発とうと思う。誰も住まないでいて、お父さんの家がボロボロになるのは嫌だから……」


「そうね……残念だけど、しょうがないよ」


 あの家を手放したくなかったフウ君はすでに喪われ。ネイルさん自身も幼い頃はあの家でコウ君達のお父さんと遊んだりして思い出深いのですが、やむを得ない判断だと肯定してくれます。




 それどころか、コウ君の体はもう老化しませんので……ネイルさんをはじめ、コウ君のことを知っている人がアルディア村からいなくなるまで。今後、コウ君はこの村に立ち入らないことを自ら決めていました。






 ネイルさんの振る舞ってくれるいくつかの料理の中で、コウ君のとっておきとは、牛の胃袋……ハチノスをトマトソースで煮込んだものでした。




 ほかほかのご飯と交互に食べるのが好きとのことで、さっそく「いただきまーす」と食べ始めます。すると……。




「美味しい……味がします、コウ君!」


「ん? ……オレが食べたものの味がわかるって?」




 ハチノスに続いてコウ君がご飯を飲み込むと、お腹の……胃のあたりがほかほかと温かくなったような気がしました。これはおそらく、満腹感?




「良かったな。問題がひとつ解決したみたいで」


「はいぃ~! ほんっっとうに安心しましたぁ」




 今後ずーっと、空腹感と戦わなければならないなんてことにならなくて良かったです。




「コウ……どうしたんだい?」


「何が?」


「まるで、誰かと話しているみたいじゃないか……?」




 私の姿はコウ君以外の人には見えません。そのことをコウ君はあまり意識していなくて、この場に限らず街中でも私と普通にお話ししてくれます。




 私が寂しくないようにそうしてくれているみたいなのですが、こうやってコウ君が奇異の目で見られてしまうのは申し訳ないです。




「ネーちゃん、いつもの。おかわりしてもいいかな」


「いいよ。あっためてくるからちょっと待ってな」




 もう二度と食べられないかもしれないからと、コウ君は大好物をもう一皿追加でお願いしていました。






 お腹いっぱいになって、コウ君は誰もいない自宅へ帰りました。


 私はここで暮らすコウ君達を何年も覗き見てきましたが、その場所に私自身がこうして入れてもらえて、なんだか不思議な感覚です。




「十年誰もいなかったから、だいぶ傷んできてるな……」




 今日はとりあえず休むとして、明日からめいっぱいお掃除して、村の人に譲れそうな家具があればお譲りして。コウ君は忙しくなりそうです。




「お手伝いできなくてごめんなさい」


「いいよ。大したことじゃないし」




 元々、男の人しかいないお家で物が少なく、お片づけはあっという間に終わってしまいました。


 食卓や寝台などの大型の家具は家ごと買い取りたい人もいるのではと役場の方がおっしゃるので、そのまま置いておくことになりました。




 コウ君の手元に残った私物は、たったひとつだけでした。






 全て終わってネイルさんのところを訪ねますが、お片付けの疲れでカウンター席でぐったりしてしまうコウ君です。


「ああ、それ。コウが昔からよく書いてた」


「うん。日記帳……」




 コウ君は大人になってからも習慣として、毎日ではないですが変わったことのあった日には日記をつけていました。




「もう置いとく場所もないんだけど……」


 コウ君は最後まで言葉にしませんが、日記帳をぱらぱらとめくり、眺めているネイルさんには察しがついているみたいです。フウ君のことも書いてあるから捨てたくないのでしょうね……。




「うちの宿帳の棚に置いてあげるよ」


 ネイルさんがお客さんの情報を書き残す宿帳とは別に、お客さんが旅の思い出や宿へのお礼を自由に書くための宿帳が常備されています。すでに十冊以上にもなるその隣に、コウ君の日記帳を並べてくれるとのこと。




「……いつもありがとう、ネーちゃん」


 コウ君はもう自分がネイルさんに会えないことを知っていますが、それとわかるお別れは伝えられません……。




「いいんだよ。あんたも、会いに来てくれてありがとうね。コウ」


 はっきり言わなくても、本当の事情を話せなくても、ネイルさんにはお見通しかもしれません。コウ君の幼い頃にそうしてくれたのと同じように頭を撫でてあげました。ネイルさんにとってはコウ君が大人になっても、あの頃と同じように見えているのかも。




 そのお気持ち、わかる気がします。私だって……。


 いくら大人になっても、違う人の姿になっていても。私にとってそーちゃんはずっと、そーちゃんのままですから。




 家もすでにコウ君のものではなくなり、その日はネイルさんの宿でお世話になりました。昨夜からのお食事もそうですが、彼女はコウ君からお代を取ろうとはしませんでした。








 P大陸王都ペルノは、古代の遺跡と共に在る町です。石の煉瓦を積み重ねた当時の家屋やお城を可能な限り維持しつつ、当時の人と同じように暮らしています。もちろん、衣食文化などまで当時のままというわけではなく、現在らしい暮らしをしながら古代の建築物に住んでいるということです。




 私達はこの町に来たのは初めてではありません。コウとそーちゃんと私の三人で旅暮らしをしていた時、数か月滞在し、旅の資金を稼いでいました。あの頃は王都などではなく国力だって他より特段に強かったわけでもなく、ごく普通の集落という印象だったのですが。もちろん、古代の遺跡に暮らすという浪漫には多くの人が魅了されていて、私もここでの暮らしはとても楽しかったです。




 そーちゃんはまだ物心ついていなかったでしょうから、この町での思い出は記憶に残っていないでしょうね。






「お~い、コウ~!」


 ネイルさんの報せを受けて大体この日くらいに着きそうだと予測出来ていたので、カイン君は町の入口の検問所近くで待っていてくれました。王立軍にお勤めのカイン君の口利きのおかげでコウ君は検問を受けずに町へ入ることが出来ました。




 カイン君は二十五歳になっています。元々成人でしたから、コウ君が最後に会った時から肉体的に成長したわけではありません。しかし、五年分の社会的な経験やごく自然な老化から、あの頃より人として成熟したのが一目でわかります。




「あれから五年も行方くらますんだからなぁ、さすがに俺も心配したぞ~?」


「ごめん……オレは帰ってこれたけど、フウは」


「その辺の事情は俺も最近知ったよ。おまえやフウのその赤い髪が何を意味してたのか、っていうのをさ」




 コウ君達と別離する前のカイン君は、コウ君達の運命を知りませんでした。P大陸王立軍にお勤めになって、そこでの軍事機密に触れることで、赤い髪を持つ者が神竜の転生体であると知ったそうです。




「軍事機密ってそれなりの要職でないと知らないんじゃないか。たった五年でそうなるなんて、やっぱりカインは世渡り上手いな」


 まーあねー、とカイン君は涼しいお顔で肯定します。カイン君は正しく自己評価出来る性格の人なので、褒められてもそれが正しいなら謙遜などせずそのまま受け取ってくれます。




「せっかくだし、詳しい話は往来じゃなく俺達の引きこもり神竜様も交えてにしようか。お互いに情報交換もしたいんじゃないの? おまえとその、後ろにいるっていう神竜様もさ」


 後出しをして気味悪がらせては申し訳ないので、コウ君はざっくりと、カイン君の目には見えないけれど私という存在がコウ君のそばに常にいることを先に伝えてます。




「こちらの神竜様というのは、王立軍に閉じ込められているのでしょうか……」


「引きこもりの神竜って、捕らわれてるのか?」


 もしかしてツバサ様のような境遇なのかしらと気になって口にしたら、コウ君が代わりに訊いてくれました。




「まっさか。引きこもりは誰かに強制されてするもんじゃないだろ。普段は自分の意志で、市民に見られないような城の奥底にこもってるんだよ。だから軍の内部でもごく一部が知ってるだけで一般の兵士は知らない。たまーに外に出たいって思えばひとりで自由に王都を散策してるのさ」




 捕らわれどころか、他の神竜様の誰よりも快適な暮らしぶりな気がします。








「パー様ぁ~、カイン・リークイッド失礼しまーす」


「お構いなく。貴公が失礼なのは毎度のことだ」


「そういう意味じゃないって、わかってて言ってますよねぇ?」




 カイン君の案内で辿り着いた、王宮の最奥にあったそのお部屋は、想像していたより明るい場所でした。天井に設置された魔法陣から白い明かりが煌々と灯り、部屋全体を照らしてくれています。


 壁の三面が本棚になっていますが、ぎゅうぎゅうに詰まっているわけではありません。むしろどこかから運んできた、まだ読み終えていない本を積んでおくために存在しているのではないかと想像しました。そのくらいスカスカで隙間が多いのです。




 部屋の中央には大き目の卓があり、その上にも雑多に本が積んであります。その傍らに置かれた大きな安楽椅子に、その方はゆったりと背中を預けていました。足を組んで、読書に没頭しています顔の近くにぐっと本を引き寄せているためお顔がうかがえません。




 今いいところだからキリの良いところまで待っていろ、と言われたのでしばし待っていましたが……。




「って、いくらなんでも待たせすぎでしょお客人を」


 カイン君に本を没収されてしまいました。




「何をするか無礼者が!」


「どっちが無礼なんですか。せっかく貴方のごきょうだいをお連れしたっていうのに」


「ふん……夢幻竜に母神竜か。健勝そうで何よりじゃないか」


 しぶしぶといった体で安楽椅子から立ち上がり、胡乱な目でこちらを一瞥します。せっかく楽しんでいた読書への未練がお顔に滲んでいます。




「そういうあんたは、さして健康そうに見えないけど……」


「それに、眼鏡をおかけですね。神竜様なのに視力が落ちるものなのですか? せっかく千里眼をお持ちなのに、影響はないのでしょうか」




 彼はまるで栄養状態の悪い方のように細身で、上背も私よりほんの少し高い程度。成人の男性としてはかなり小柄だと思います。




「近くのものが見えないだけで、遠くは見える。千里眼も問題なく機能している」


 本の読みすぎで視力が落ちて、遠視になってしまったんだそうです。




 コウ君と同じく、赤い髪。前髪を後ろに撫でつけて整髪剤で固定しているのは、少しでも本を読みやすくするためかもしれませんね。




 機嫌を損ねてしまったかもしれませんが、話が終わらないとカイン君が本を返してくれなさそうなのでお付き合いいただけるみたいです。




 つかつかと本棚の方へ歩みを進め、そこに立てかけてあった大鎌を掴み、こちらへ戻ってきます。




われは断罪竜、パーシェル。百年ほど前よりこのピノール王家に寄宿している」




 お名前を頂戴したので、私とコウ君もそれぞれ自己紹介致します。




 実を言うと、私は彼のことを少し知っています。百年前……人として生きていた頃のお名前は失念してしまいましたが……一時期、彼はソウジュ様と行動されていましたから。その頃の様子を少々、拝見していたのです。


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