6話④ 統一軍を巡る因縁
アオイさんの案内でP大陸からG大陸へ、さらにその最果てにある統一軍本拠地まではそこそこの長旅でした。半年以上かかったでしょうか。
正式に統一軍の一員となっても、コウ君が期待していたような軍事訓練にすぐに参加、とはなりませんでした。
「コウ・ハセザワ。カイン・リークイッド。そなたら両名の所属は統一軍人事部だ。つまりはわらわの命令で手となり足となり働いてもらう。そして……」
そなたが手で、そなたが足だ。コウ君とカイン君を順番に指さして、そう宣言します。その時点でカイン君は嫌~~な予感を抱いたのですが、直感的に。
「ってわけなんだよ、あー腹立つなぁ!」
カイン君はアオイさんの命令で、アオイさんがコウ君を呼びに来たように、各大陸を移動しては勧誘候補者に直々に会いに行く仕事を任されることが多くなりました。
その移動でR大陸に来たのを利用して、王都フィラディノートで修業中のフウ君と、彼を見守るソウジュ様に会いに来ました。
フウ君はカイン君からの手紙で、コウ君が統一軍に入ったこと自体はすでに知っています。父親の件があるので一体どうしてそんな判断になるのかと呆れていましたが。
コウ君を見張ると約束したカイン君なのにアオイさんの命令でコウ君から頻繁に離されてしまう。思い通りにならないことにカイン君は腹を立てていましたが、彼の交渉術は実に優秀で、勧誘担当として適職なのは間違いありません。口下手なコウ君ではとても務まらない気がします。
「それは少し、まずいかもしれないな……」
「どういうこと?」
ソウジュ様がいたって真剣にそう呟くのを聞いて、フウ君は少し不安を抱きながら問いかけます。
「フウをだしにして統一軍に入隊させて、ついてきたカインを遠ざける……まるで、コウを単身で確保しておきたいみたいだ」
事情を知らないフウ君もカイン君も首を傾げていますが、ソウジュ様はそれ以上の情報を彼らに与えませんでした。
赤い髪の弟と共に生まれたコウは、二十歳になれば太陽竜の体に変化する。源泉竜に仕えてきた彼らはそれを知っているはず。グラスブルーを手に入れたい統一軍は、いち兵士としてではなく何かに利用するため、コウの体を手に入れておきたかったのではないか。
ソウジュ様の見立ては正しいです。しかし、私が知っているということは本当のコウ君だってそれを知っています。クエスの力を通して偽りのない情報を手に入れているわけですから。だから統一軍の思い通りにはならないよう、きちんと対策してくれるとは思うのですが……。
統一軍人事部でのコウ君のお仕事は、書類確認が主でした。
コウ君の勧誘の際に、フウ君の存在を弱みとして提示してきた統一軍でしたが……。
「こんな膨大な他人の情報、一体どこから手に入れてきたんだ?」
自分に使われたのと同じような、数多の人々の弱みが記された書類が山と積まれている状況に空恐ろしさを感じてしまいます。
「各大陸には諜報員を放ってある。彼らの所属も人事部だ」
人事部所属の諜報員は定期的に手紙を送ってきて、その手紙に書かれた報告を精査してコウ君が書類に清書します。カイン君は新規入隊者を連れ帰るためその都度帰還しなければなりませんが、諜報員が報告の為にいちいち帰還していては移動に余計な時間がかかりすぎるからです。
勧誘員もカイン君だけではなく他に何人かおり、彼らの連れ帰ってくる新規入隊者に面接します。採否を決めるわけではなく全員が入隊しますが、彼らの初心を聞いてそれも書類に残すためです。
コウ君はこれ以降数百年と生きますが、大きな組織に勤めてこれほどたくさんの人に接する仕事をしたのは、後にも先にもこの時限りでした。
統一軍という組織全体は綺麗なところとは言い難いものの、人事部や統一軍の仲間との関わりやここでの経験は、コウ君にとって唯一無二ともいえる大切な思い出になっていきました。
勧誘の際は威圧的な態度で接してきたアオイさんも、仲間になってからは非常に親切な人柄でした。最後には、コウ君にまつわる統一軍の企みからコウ君を守ってくれるほどに彼に情を移していきました。残念ながら、その頃のお話をする機会はないかもしれません。
「あっ、コウー! またひとり連れ帰ったから後で面接頼むわー」
午前中にあった軍事訓練を終えて、着替えのため部屋に戻ろうとしていたコウ君に、帰還したカイン君が声をかけました。
似たような状況でコウ君は、おかえり、とかお疲れ、とか、ごくごく普通に挨拶を返してくれます。コウ君に限らず大抵の人はそうするのではないかと思いますが。
この時のコウ君は無表情のまま、ただカイン君を見るだけでした。
「おまえ……まさか……」
たったそれだけのことで、カイン君は察してしまいました。
「コウ、……なのか?」
いつものコウ君だってカイン君にとってはコウ君なのですが、他にどう表現したらいいものかわかりませんでした。ややこしいですよねぇ、やっぱり。
コウ君は目を逸らしませんが、答えません。いつものコウ君だったら何らか返してくれるはずですから、答えがないのも答えと判断して、カイン君は畳み掛けます。
「今まで一体何してたんだよ。フウがどんだけ心配したか……そもそもあんな状況でよく弟をひとりに出来るよな。無責任だと思わないのかよ」
カイン君も両親がおらず、お姉さんに育ててもらいました。彼女に苦労をかけたなぁと思っているからこそ、フウ君をひとりぼっちにして。結果的に良い関係を築いたとはいえ、どこの誰とも知らぬ何者かに弟を任せきりにしたコウ君が許せないのです。
「フウのためだよ」
「はあ?」
「フウを助けられなくても、フウが消えなくて済む世界を俺が作る」
カイン君は人並み以上に優秀な方ですが、さすがに何を言われているのかさっぱりです。神竜の存在も、コウ君が夢幻竜であることも、さらに彼の能力も知るはずもなく。前提知識すら持たない以上、コウ君の真意など推定できるはずもありません。
苦渋の思いで、その点を掘り下げるのを諦めます。世迷言としか聞こえないコウ君の主張よりも、カイン君にとって大事なことが他にありましたから。
「だったら……今まで俺達のそばにいたあいつは誰だ?」
カイン君にとって、もう五年以上身近で暮らしてきた今のコウ君は、もはや親友同然でした。フウ君の心細い時期を支えてくれて、今もフウ君を想って統一軍などという危険な場所にいることを厭わない。そういったこれまでの積み重ねに心から感謝しているからこそ、見過ごせない問題があったのです。
「おまえ自身の別人格でしかないんだったらとやかく言わないけど……もしコウじゃない誰かなんだったら。あいつにだって家族がいるんじゃないのか。おまえの身代わりなんかで何年も使わせて、そんなの許されると思ってるのかよ?」
コウ君は一度だけ、深く溜息をつき。目を閉じました。
「……あれ? カイン、帰ってたんだ」
次に目を開けた時にはいつものコウ君に戻っていて、今度はカイン君が重苦しくひと息吐き出します。あの野郎、逃げやがって……本当に逃げ癖のある奴だな。そう思われてしまうのは無理からぬとはいえ、私は少々胸が痛みます。コウ君なりの願いがあるからこその行動ですが、それをわかって欲しいというのも難しくて。
「おかえり」
「あ、……ああ。ただいま」
なんとなく、自分の方こそ「おかえり」と言いたい心境のカイン君でしたが。その言葉も気持ちも、飲み下しました。まるで吐き出すべき唾を飲み込まなければならないような胸の気持ち悪さを覚えながら。
イリサ「明日からまた、私もようやく旅に出られます。
コウ君達を見ているだけでも私は楽しいんですけど、それはそれとして待ちくたびれてしまいました」




