6話③ 統一軍を巡る因縁
「もう七時半だぞー! 起きろー!」
「う~ん……頭痛い」
普段のコウ君は別に朝も弱くなく、出勤に合わせた時間できちんと起きてきます。朝食はお隣の宿の食堂で食べていますが、いつもは七時半ちょっと前には来店するコウ君が起きて来ないのでカイン君が様子を見に来ました。
「だーから適当なところで切り上げて解散しろって言ったのに。おっさんがダラダラ飲んでるのに夜中まで付き合うからこうなんだよ」
コウ君がそういう状況で断りきれない性格なのを知った上で、カイン君は苦言を呈します。もうすぐ十五歳ですが未だ成人ではないコウ君はお酒を飲めませんが、勤め先の雇用主に誘われて、昨夜は居酒屋で夜遅くまでご一緒したとか。
頭が痛いのは二日酔いではなく、寝不足と、かつて階段で頭を打った古傷が痛んでいるようです。完治していても、睡眠不足や疲労の蓄積などで負荷がかかるとたまにズキズキ痛みます。
アルディア村でのコウ君のお仕事は、縁日の金魚すくいの金魚のお世話です。月に一度の催事で観光客を呼んでいるアルディア村ですから、お祭りに関する業者は自然とこの地に集まっています。その業者の内のひとつに無事、お勤め出来ることになったのです。
金魚のお世話だけでなく、他の町で金魚すくいの屋台をやる人からの注文で金魚を運んだり、場合によっては屋台のお手伝いに駆り出されることもあり、けっこう忙しいです。でも、元より幼い頃からコウ君……ではなく、そーちゃんは子亀や金魚などに興味津々でしたから。好きな物に関わる職に就けて幸せそうだなぁと思います。相変わらず表情に全然出ないのですが、満足していそうなのが伝わってきます。
辺境の村で地味ながらも好きな仕事に就き、ひっそり生涯を終える。なんてことが許される身ではないことは重々承知でしたが、コウ君が成人を迎えるのを見越して現れた来訪者によって平穏は終わりを告げることになりました。
「わらわは統一軍人事部、鳥精霊のアオイと申す」
どこかお店に入るとかそういったこともなく、往来で声をかけて一方的に名乗るだけ。
ソウジュ様が濁したために本人はそうとは知りませんが、よりにもよって父を統一軍に殺されたコウ君に統一軍の勧誘担当者が訪ねてきました。
アオイさんは名前の通り真っ青の長い髪をお持ちで、腕に羽衣を纏っています。統一軍の中では羽を出しっぱなしで歩けますが、人の社会でそのまま出歩くわけにはいかず、羽を羽衣に変えて擬態するのです。その羽衣を奪われたり燃やされたりすると二度と羽を取り戻せないので大変です。
コウ君は普段、右の二の腕にお父さんの形見、統一軍の木製十字架ネックレスを巻きつけています。首から下げているとお仕事の時に邪魔だからです。それを取り外してアオイさんに見せます。
「K.HASEZAWA……クウ・ハセザワか。たった半年の勤めだったがまだ十数年前のことだ。覚えているよ」
本当は、統一軍にとって特別な因縁のある人だから印象に残っていただけですが、表向きはそのように言います。私が憤ってもしょうがないのですが、傍から聞いていてちょっともやもやしてしまいます。
精霊は外見は若いまま長い寿命を生きる種族です。アオイさんも見た目はコウ君とほぼ変わりませんが、もう百年以上は生きているはずです。
「戦いの経験なんか何もないオレに、わざわざ軍の勧誘とか……そんなに兵が不足してるのか?」
シーちゃんとソウジュ様がリリアを討ってから一年経ちました。強烈な旗頭を失った統一軍は、解散こそしなかったものの弱体化は免れません。それでも源泉竜様の遺した使命、「三大陸を精霊族の力で統一する」を全うするべく活動を続けるのです。
「ゆえに、誘いを断れない弱みのある者を調べ上げてこうして声をかけているというわけだ」
「弱み?」
ごく普通に暮らしてきたコウ君には、軍属にならざるを得ないような弱みなどまるで心当たりがないのです、が……。
「そなたの弟、赤い髪だそうじゃないか。あと何年生きられるつもりだろうな?」
思いがけない言葉に、ほぼほぼ表情の変化しないコウ君でさえ、眉間に緊張が走るのが見受けられました。
「我々はあと五年以内に必ず、グラスブルーへ辿り着く。彼の地の魔力があれば叶わぬことなど何もないと伝えられておる。そなたの弟の運命を変えられるとしたら、グラスブルーの力をもって他にないのではあるまいか?」
この村で暮らしてもう五年以上になり、コウ君も村の人とすっかり打ち解けています。それでもこのような重大なお話を相談出来るような相手はカイン君くらいのものです。
いつもだったらカイン君の家の食堂でご飯を食べながら話すことが多いのですが、この時ばかりは人目を避けて、コウ君の家にカイン君を呼んで来てもらいました。
「そんで、その話請けちまったってぇ? 正気か?」
「自分でもまずいことしてるかなって思うけど、実際彼女の言う通りでもあるし。その日を迎えるまでただ待っててもしょうがない、やれることは全部やらないとって、フウも言ってたじゃないか」
「それにしたってなぁ……親父さんだって統一軍に行って生きて帰らなかったし、ソウ兄だってついこの前まで統一軍と戦ってたんだろ? また大陸軍の女王様に頼まれて一緒に戦うなんてことになったら、ソウ兄を相手しなきゃならないんだぞ?」
ソウジュ様はシーちゃんのところで戦う目的を果たしたのでもう大陸軍にいる理由もなく、フウ君の現状を知るためR大陸へ移動しています。
「ソウ兄が今更、大陸軍に戻る理由はないと思う。少なくともフウの件が何とかなるまでは傭兵してる場合じゃなさそうだし」
シーちゃんがソウジュ様を頼ったのは彼の神器でしか源泉竜様を滅ぼせないからであって、それを果たした今となってはむしろ太陽竜様と戦うことが巨神竜様たる彼女の矜持というもの。コウ君はそこまで理解して話しているわけではありませんが、その点はたぶん問題ないと思います。
「しょうがねぇなぁ……そこまで決意が固いなら引き止めるの無理そうだし。俺もついてってやるよ、統一軍」
「え~……いいよ、別に。カインに何かあったらネーちゃんに合わせる顔が」
ネーちゃんとはネイルさんのこと。カイン君のお姉さん、という二重の意味で、村の人達の多くが彼女をそう呼んでいます。
コウ君には内緒ですが、カイン君はフウ君と約束していました。いつかコウ君が、元のコウ君に戻る日が来るのか、自分が留守の間だけでいいから見張っていて欲しいと。
フウ君もカイン君もすっかり今のコウ君と仲良しですし、どうしても元のコウ君に戻って欲しいかというと微妙な関係になってきてはいます。それでもフウ君にとってはこの世で唯一の血縁で兄なのは本物のコウ君の方です。今のコウ君と仲良くなったとはいえ、簡単に存在ごと見捨てるわけにはいきません。
「姉貴のことなら気にすんなよ。俺がいない方が縁談のひとつも進むだろうし」
カイン君はコウ君達より一足先に成人しました。子供の頃から聡い人でしたが、今もそれは変わりません。実際、ネイルさんはカイン君が村を出ている数年の間にお見合い結婚しました。カイン君が成人するまではとそういったお話を断っていたようです。
カイン君だって、たまたま同じ村に生まれただけの友達のためにどうしてここまでするのかというと……やはり、あの一件。良かれと思ってしたこととはいえ、自分のした話をきっかけにコウ君とフウ君の関係が一変してしまい、少なからず責任を感じているのです。
特に今朝のように、コウ君が古傷が痛いと溢す度に、密かに胸を痛めているのは彼も同じでした。
「……あれ、朝じゃない」
朝の光に包まれるつもりで目覚めましたが、そこは久方ぶりの影の世界でした。
「久しぶり」
「ここでコウに会うのって、もしかして久しぶりどころじゃなくないか?」
もはや年単位で、そーちゃんが眠ってもこの影の世界で目覚めることがありませんでした。コウ君が自分の作業にいっぱいいっぱいで、そーちゃんを呼んでいる余裕がなかったからです。
そもそもコウ君からはそーちゃんが自分の体を使ってどのように暮らしているのかいつでも見られるので、すっかり放任していたのです。フウ君やカイン君とも上手くやっていて、村での暮らしも順調なのを知って、口出しせずとも任せて大丈夫。そう判断していました。
「便りがないのは良い便り、とか言うだろ。お互い順調で用事がなかったってことなんだからいいんだよ」
「てことは、今は用事があるんだ」
「ああ。統一軍のこと……」
コウ君が話し始めましたが、その前にそーちゃんは気が付きました。自分の体の異変に。
「最後に見た時より、オレの手足、でかくて長い」
「外の世界で十五歳になろうって生活してるのに、四歳の見た目のままだと違和感あるだろ。ここは現実世界じゃないんだから、ソウの認識に合わせて見た目が成長するんじゃないの」
「へー、そういうものなのか」
これまた息をするように当たり前に、コウ君は嘘八百並べてみせます。そーちゃんの認識ではなく、コウ君がいつも通りに幻で、認識を操作しているのです。本当のそーちゃんの体は四歳のままで、その上から大人に見える幻を被せているだけ。
コウ君は、「そう信じていた方が幸せでいられるなら」という基準でなら、平気で嘘をつく人みたいです……。誰かを幸せにする代わり、嘘をつく罪悪感を自分で背負い続けながら。
「で、何の話だったっけ」
「統一軍に行くことにしたんだって?」
「うん。もしかして、反対したくて呼んだとか?」
「違う。確かに、危なっかしいなぁって思わないわけじゃないけど」
コウ君はお父さんの死の真相を知りました。ユーリが影の世界に入っているので、彼の知っていること、感じていることはコウ君に伝わってしまったのです。それはコウ君にとっては最悪の情報の目白押しでしたが、それはまた別の機会にするとして。
「ソウが、フウの為になると思って決めたことに俺がとやかく言う資格はないから。好きにすればいいよ」
いくらコウ・ハセザワその人として暮らしてもらっているといっても、本当に実の弟を想うように行動してみせるそーちゃんに、コウ君は感心していました。
「違うんなら何の用事?」
「軍に入るってことはたぶん、軍事訓練があるだろ」
「あるだろうね」
「それ、俺にやらせてくれないかな。……普段任せっ放しなのに、やりたいことある時だけ体返せって勝手だと思うけど」
「元々コウの体なんだし、それはしょうがないけど……なんでやりたいんだ? そんなの」
コウ君は知っていました。このまま時が流れれば、自分たちはいつかソウジュ様と戦わなければならなくなる……フウ君を守るために。
ほんの数年の付け焼刃でソウジュ様に太刀打ち出来るはずもありませんが、せっかく入隊するのならそれを利用して少しでも戦う術を手に入れたいと考えていました。
ソウジュ様とそーちゃんの関係を考えるとそれを話してしまって良いものか。コウ君が考えていると、先にそーちゃんが口を開きます。
「やっぱりなんか嫌だな」
「何が?」
「コウだけ強くなるのは、なんでかわかんないけどオレがちょっと気に入らない」
「はぁ? その理屈じゃ俺こそわかんないわ」
「さっき自分でも言ったじゃん、都合の良い時だけ体返せなんて勝手だって」
「まぁ……そうだけど」
「だから。訓練の度に毎回代われっていうんじゃなく、半々ならいいよ」
「……いいんなら、それで頼むかな」
「りょうかーい」
そーちゃんは言葉の交わし合いで相手を伏せたことに満足げで口元がほのかににんまりしていますし、コウ君はちょっと不満げに口を曲げています。ふたりとも、影の世界で本来の自分としてなら、こうして表情が豊かです。
外の世界でコウ君が無表情なのは、本来入っているべき魂と別の者が入って動かしていることによる、体の拒絶反応なのかもしれません。
それはそうと、そーちゃんが途中で別の話に変えてしまったせいでで、大事なことをコウ君に聞きそびれてしまいました。「コウ君は何のために強くなりたいのか?」という部分。残念ながらそーちゃんは、終ぞそれを思い出しはしませんでした。




