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1話② 白銀竜の秘願

 さてさて、ツバサ様に殊勝なことを申し上げました私ですが。ソウジュ様がツバサ様のお部屋に入られたのを気配で察しますと、さっそく扉の横に立ち、お話しの終わるのを待つことにしました。

 もちろん、盗み聞きなどいたしませんよ? 仮にそのような企みをしようとも、この城の壁は室内の会話が廊下に漏れるような作りはしておりません。偉い人達の密談などもあることですし。



 しばらくして、ソウジュ様が出てこられました。

「ソウジュ様! おかえりなさいませっ」

「あ……」

 ご挨拶申し上げてからお辞儀をして、改めてソウジュ様のお顔を拝見しましたが。遠征の直後のソウジュ様はいつもお疲れのことが多いのですが、いつにもましてお顔色が優れないような?


「ただいま、サクラ。……そうだ、手を出してくれないかな」

 胸の前に手を重ねて差し出しますと、ソウジュ様はそこへ小さな袋を置かれました。


「こちらは?」

「兵に配られた非常用の保存食でね。糖分補給のためのものだから甘くておいしいよ」

 食べきれずに残ったものだからあげるよとのことですが、袋はずっしり重く、ほとんど召し上がらなかったのではないでしょうか。


「でしたらお茶を淹れてお持ちしますので、ソウジュ様がお部屋で召し上がってはいかがですか?」

 せっかくなのでツバサ様のお部屋でご一緒したら、と思って失礼ながらお部屋を覗き込んだのですが。ツバサ様はなんというか、どこか呆然としたような面持ちで身動ぎもせず寝台の上に固まっておられ、お声掛けするのが憚られるような気がしました。


「桜隣……ソウジュ様はお疲れだ。今日はお一人で休ませてさしあげよう」

 ソウジュ様のお側仕えの使用人、小唄(こうた)に叱られてしまいました。


「いや、いいんだ。そう言ってくれるなら、僕は部屋で待っているから」

「はい!」



 ソウジュ様が廊下の角を曲がられて、姿が見えなくなるのを見計らうと、小唄は露骨に胡乱な顔で私を見下ろします。あ~あ、また不興を買ってしまいました。


「申し訳ありません……」

「ソウジュ様がお許しになったなら、これ以上俺から言うことは何もない。それと、これを」

 私の目の高さに、小袋を差し出しました。ソウジュ様のお持ちになっていたのとほぼ同じ重みです。


「妹に会ったら渡しておいてくれ」


 小唄はヒナのお兄さんです。ソウジュ様、ツバサ様とは違い、同じ家……ヒナマル(雛丸)家で生まれた実の兄妹。


 私にも至らぬところが多々あるので、小唄からは厳しく言われる機会も多いのですが。ヒナと話しているところを見ていると根は優しい方だとわかるのでそんなに怖くありません。他の女中達からの評判は滅法悪いのですが、そういう意味では私も仲間ですのでこっそり親近感を感じたりもしますね。


 私は小袋の中身が何かは知りませんので、どのお茶と一緒に召し上がるのが最も口に合うのか想像出来ません。小唄に意見を求めた結果、熱々の緑茶が合うのではないかと思いそれをお持ちしてソウジュ様のお部屋を訪ねました。


 ソウジュ様のお部屋には、ツバサ様とは違って小さな丸いテーブルと椅子が二脚備えられています。そして、ソウジュ様はいかなお疲れの時でも、寝台に横になって寛がれることがありません。弟君が寝台に縛り付けられて暮らしているので、無意識に忌避されているような気がします。実際に就寝する時以外はイスで休まれることが多いのです。


 今日もテーブルに肘をつき、思案されているところでした。お声掛けすると手を膝の方へ移してくださいましたので、お茶と小皿を乗せた盆を置かせていただきます。


 ソウジュ様は小袋の中身を小皿へ出してくださいました。


「お砂糖ですか? こんな形をしているのは初めて見ました」

「金平糖というそうだね」

 粉砂糖でも角砂糖でもない、小指の爪さきよりも小さいデコボコとした形に凝縮されたものが小皿の上を転がります。袋の中身を全て出すと、真っ白な小粒で小皿が埋め尽くされました。


「……白銀竜様の見た『雪原』というのは、もしかしたらこういった感じだったのでしょうか」


 ふと思いついて、そんなことを口に出していました。


 白銀竜様の名前の由来となったのは、この世界の原初の景色。原初と言っても本当の始まりではなく、この世界に白銀竜様が生まれて、最初に目にした光景とされているものです。

 世界は真っ白で、冷たい粉に地表が覆われていて。そのただ中で生まれた白銀竜様はあまりに寒くて、ひとりぼっちで寂しくて、太陽竜様に助けを求められました。その求めに応えた太陽竜様はこの世界に神竜族のご兄弟を呼び集めた……それが始まりの伝承として語られてきた物語。


 ソウジュ様はどこか寂しげに微笑まれ、金平糖をひとつだけつまんで、私の口元へ差し出されました。今となっては畏れ多いことなのですが、この城に来るまでは私達にとっては日常的なしぐさではあったのです。


 お気持ちに甘えさせていただいて、小さく口を開けました。舌の上にころりと金平糖が転がってきます。

 舌がほんのり甘いのですが、飴玉のように溶けるのを待つのではなく噛んでごらんとソウジュ様がおっしゃるので。舌の先を噛まないように気を付けながら小さいものを転がして噛み砕きました。


 粉々になるまでそれを繰り返していると、いつの間にか口の中いっぱいに甘味が広がっていて、思わずぎゅっと目を閉じてしまいました。甘味の強いものを口に入れると、無意識に全力でそれを味わおうとしてしまうのか、こういった行動になるのは私の癖なのです。初めてこれを見た時はヒナはぎょっとして「何事なの?」と訊いてきたものでしたが。


 ソウジュ様は小さく吹きだして、でも大笑いにはならないように震えるお腹を押さえつけて笑いをこらえておられました。ご一緒に育たなかったというのに、その癖は不思議とツバサ様に似ておられますね。私の行動が可笑しいのなら素直に笑っていただいて構いませんのに、気にするのではないかと声を抑えてくださるみたいで。


「ご、ごめん」

「いいえぇ。ソウジュ様が楽しいなら私も嬉しいので!」

「サクラは美味しいものを食べるとすぐ顔に出るからね……そんな顔を見ていると、どんなに疲れていてもそれが吹き飛ぶような気がするんだ」

「そうなのですか? でしたらお疲れの時はいつでもお呼びくださいね!」


 よくわかりませんが、そのような些細なことでソウジュ様の疲労が紛れるのでしたら何よりです。




 ツバサ様のお昼の給仕の片付けが済みまして、次は何のお仕事をしようかなぁと考えながら調理場を出たところでした。本日は体調が優れず自室で休むように指示を受けていたはずのヒナが、曲がり角を折れるところを見かけました。


 お手洗いなどで部屋を出る用事もあるでしょうが、その先にあるのは人気のない、寝具の保管されている倉庫です。汚しものでもしたのかもしれないので、お手伝いをしようと思い、見えなくなったその姿を追いかけました。


「ヒーナっ! ……あら?」


 ヒナはひとりではなく、三人の女中仲間と一緒でした。彼女達はヒナの先を歩いていたようです。


「どうしたんですか? こんな場所で」

「あ~あ、邪魔が入っちゃった」

「はい? ……よくわかりませんが、ヒナは今大事な体なんです。お手伝いが必要でしたら私が代わりますよ?」

「手伝いなんか結構よ。ただ話がしたかっただけだもの」

「はぁ……」

 まったくもってわかりません。お話しがしたいのでしたら、ますますこんな場所でするのは居心地が良くないと思うのですが。


 ヒナは言い返すことも出来ずに口を噤んでいます。いつもの彼女でしたら言われたままにはさせておかないと思います。今日は体調を崩していて、今にも嘔吐してしまいそうに顔色が悪いのです。


 直感でしかないのですが、抵抗出来ないほどに弱っているところをあえて連れ出しているのではないでしょうか。そうだとしたらなんとも卑劣です。

 そう気づいたらなんだか腹が立って、いつの間にか頬に空気がたまってしまいました。ヒナはちょいちょい私の肩をつついて、小声で「だから、あなたは顔に出過ぎだって……」と忠告してくれました。


「ヒナがあなた達とお話ししたいというならもちろん咎めませんが、そうでないなら私達の部屋へ連れ帰らせていただきます! 本日は大事を取るようにというのは給仕長様からの正式なご命令です。そのことはあなた達も朝礼で聞いているでしょう?」

「いい気にならないでよね。不能女だからってツバサ様や上の方々に取りいっちゃって」

「だからあんたは前から気に喰わないのよ」


 はて、一瞬何を言われているのかわからなくてきょとんとしてしまいました。

「ちょっと……! いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるでしょう……っ」

 喋るのも辛いはずのヒナが、精いっぱい声を出して代わりに咎めてくれたおかげでようやく思い至りました。


「あなた達は……その振る舞いが、どれほどツバサ様の心を傷つけたか。苦しめたのかわからないのですか?」



 ソウジュ様と私が無事にクラシニア王家で勤められるようになってツバサ様と対面出来た頃にはすでに手遅れでした。


 クラシニアは太陽竜様の血の繋がった子供を手に入れたくて、女中達に命じてツバサ様と関係させました。次から次へと、見境なく。

 ツバサ様はまだ十三歳で、寝台に繋がれ抵抗も出来ず。たとえ相手が美しい女性であろうと、自分より大きな相手に無理やりにされればそれは暴力となんら代わりありません。


 ツバサ様はすっかり、女性を怖がるようになってしまっていました。そこへ現れたのが私です。


「ご安心くださいませ。私は子供を作れない体ですので」

 ツバサ様にも、偉い人達にもそう説明しました。子供が作れない、というのは言葉通りの意味ではないのですがそこは伏せています。どうせ二十歳で消える私が子供など残せるはずがないという、それだけのことです。


 ならば試しにツバサ様の側仕えにしてみようかと判断され、私はツバサ様に最も近い女中になりました。最初は警戒心が捨てきれなかったツバサ様もだんだん打ち解けてくださいました。ツバサ様に関する諸々の提案を私がしても許可をいただけるようになったのもその経過を認められたがゆえなのでしょう。


 どうして女中仲間に私が嫌われている様子なのか理解出来なかったのですが、そういうことだったんですね。



 ようやくツバサ様が元気になられて良かったなぁと思った矢先のことでした。そろそろ、再びツバサ様のお子様が欲しいと偉い人達が考え出して、まだツバサ様と対面したことのない新人の女中を会わせることになりました。


 それが、ヒナでした。年上の女性達と関係したことで女性に苦手意識を芽生えさせたのだからと、今度は年下の少女を宛がおうと。私にもツバサ様のお部屋に控え、事に至れるか否かを見届けて報告するようにと命じられました。

 さすがの私もこれには酷く胸を傷めましたし、せっかく癒えてきたツバサ様の傷がまた深まるのではと心配だったのですが……。




「初めまして、鍔佐ツバサさま……私は名を、雛丸小海ヒナマル コウミと申します……」


 透明な肌着一枚の姿でツバサ様の寝台にのっかったヒナは、正座し、膝の前で両手をついて深くお辞儀をしてからそうご挨拶しました。


「私は……生まれた時から、クラシニアの益になる子を産むために在りました。そう望まれてつけられたのがこの名前です」


 海は母神竜の象徴であり、また、「子を産む」という響きと二重の意味を込めた命名です。ヒナはその名前をいたく嫌っていて、だから私は彼女のその名前を呼びません。


 ツバサ様のお名前はクラシニア王家の方々がつけました。太陽竜様を手中におさめ、その力を思うままに操る。そんな願いが込められているそうです。正直申し上げて、あんまりにも惨くて普段はあまり思い出さないようにしています。


「ツバサ様は、太陽竜様なんですよね? 月光竜様から未来に何が起こるのか聞いて、この世に悲しみが訪れるとご存じだったんですよね……?」


 運命をつかさどる神竜、月光竜様から聞かされた未来を受けて、太陽竜様は一度は世界を終わらせようとされたと神話に伝えられています。理由はわかりませんがそうはならず、今も世界はこのように存在しています。


「こんな仕打ちを受けると知っていながら、この世界を残されたのですか? ……私達は……何のために、この世に生まれたのですか……?」


 声を震わせながら、ヒナは途切れ途切れにそう問いかけました。偉い人に聞かれたら不敬として処分されてもおかしくありませんが、どうしても訊かずにはいられなかったのでしょう。


「……わからないよ……俺には太陽竜の考えなんて、何も……」


 ツバサ様は太陽竜様の転生ですが、太陽竜様のお考えなどご存じないのです。私だってそうです。母神竜様のことなど何も知りません。

 知らないのに、どうしてこのような扱いを受けなければならないのでしょう。ツバサ様の方こそ、誰か答えを知っているのなら教えていただきたいはずなのです。



 その夜の営みは私の想像していたよりも、神聖な景色であったように見えました。お二人の繋がりはとても静かに、儀式めいてさえいました。

 結果的にはその一度きりで……おふたりにとってだけでなく、私達みんなにとっての宝物を授かることが出来たのは、まさしく運命だったのかもしれません。


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