6話② 統一軍を巡る因縁
コウ君とフウ君が十二歳になると、先を見据えて村でのお勤めの準備を始めていました。
ソウジュ様はあくまで期間限定で共同生活をしているだけで、いつまでもいてくれる前提で当てにして暮らしているわけにはいかないのです。
ソウジュ様自身は、彼らがこの世界での法的成人年齢である十五歳になるまでは側で見守ろうと考えていたのですが。お別れの時はそれよりも早くに訪れてしまいました。
「やぁーっと見つけたわよ、太陽竜!」
ぷりぷりと頬に空気を溜めて膨らませて、遺憾の意を表しつつアルディア村に現れたのは。
「その神器……君は、巨神竜か」
「ごめいさーつ。まぁ、あたしの自慢の神器は一度見たら忘れないわよね。他の連中と違ってとびっきりにこだわって、いっとう美しくておっきくて強く作ったもの!」
「ああ。他の神器と比較しても派手だから」
ちょっと皮肉を言われているように聞こえるのですが、シーちゃんはご機嫌で意に介しません。
私も以前よりちょっと思っていましたが、神器と言われても意外と質素なものも多い気がします。私が手に持ったことはないですが、中でも抜きんでて地味と評されているらしいのは母神竜様の神器だったりします。
身の丈より大きな戦斧も、それを華麗に振り回すシーちゃんも、いつ拝見しても溌剌としていて本当に楽しそうです。
「それはともかく! こぉんな辺境の村で人に混じって平々凡々に暮らしてたなんて聞いてないっつーの! おかげで居所を突き止めるのに何年もかかっちゃったじゃないのよ!」
どうやらシーちゃんは、ソウジュ様がこの数百年、各地の軍を一定周期で渡り歩いているという情報をどこかで掴んでいて、それを参考に現在の所在を探っていたようなのです。この数年間。
いくら千里眼をお持ちといっても、どこにいるのか。すなわち「どこを見ればいいのか」知っていなければ姿を捕捉することも出来ませんよね。
「僕がどこで何をしていようと、君に関係ないだろう」
「大ありだわ。あんたが太陽竜である以上、あたし達の管理責任は問われてしかるべきっしょ。癪だけど」
「何の話だ?」
「この世を作り出した最高神の癖に世間に興味なさすぎじゃない? G大陸で源泉竜の率いる統一軍が大暴れしてんの知らないわけぇ?」
源泉竜様、リリアが暴走を始めたのはユーリの死が契機でした。彼の死と同時に支配軍を離脱し、コウ君達に会うため移動を始めたソウジュ様はG大陸の動乱にまだ気付いていなかったのです。どこかの軍に所属中でしたら、知る機会はあったと思います。
「源泉竜を倒すのはあたしの宿願ですけど、とどめを刺せるのはあんたの神器だけよ。人の世の安寧を思うならあんたももちろん、放っておかないわよね?」
「君は巨神竜だろう? 君が何より重きを置くのは、自分自身をいかに強く高め、戦うかだと思っていたが」
人々の為、平和の為に戦うなど、神話に伝わる巨神竜様の印象とは異なります。私自身も、生前にシーちゃんとお会いした時からそれは少々気になってはいたのですが。
「当然っしょ。あたし達がグランティスで興した大陸軍の目的は、この世界を元通りのひとつの大陸に戻すこと。あんたが白銀竜の神器で裂いてくれたこの大地をね」
一体全体、なんでそんなことしたんだか。シーちゃんはそう問い詰めますが、ソウジュ様はむっつり黙り込んで答えません。お顔からも決して口を開かないぞ、という決意がありありとわかりますので、シーちゃんもそれ以上の追及を諦めます。
この時にシーちゃんが話していて知りましたが、ソウジュ様は白銀竜様の神器をもうお持ちではありません。私の最期の時、大地を割るため地に突き刺したかの神器は、グラスブルーが空に浮かぶ折に海中に没してしまったのだそうです。もう使い道もないでしょうし、ソウジュ様には回収する意思はなさそうです。
「ここがひとつのおっきな大陸だった頃は、強い奴がどこにいるのかもすぐわかって、その場所に行くのも陸続きだったのに。三大陸に分かれてからはG大陸以外の情報も入りにくいし足を向けるのも手間だしで億劫ったらないわ。ほんっと余計なことしてくれたもんよねぇ!」
「それはまぁ……君にとって迷惑だというなら、弁解はしない」
不便をかけてすまない、などとごく当たり前のように頭を下げてしまうソウジュ様ですが。
「何の意味もなくやらかしたってんじゃないなら、簡単に頭下げてんじゃないわよ。つまんない男ねー」
これはまた辛辣な。シーちゃんは……と同時に、巨神竜様が、でしょうか。意志が強く、己の道を貫ける人がお好きですから。相応の理由さえあれば誰に迷惑をかけたとしても、大陸を分けてしまったこと自体を謝罪するべきとは考えていなかったようですね。
強い言葉を投げられたソウジュ様ですが、別に心に響いたというわけでもなさそうで、涼しい顔でシーちゃんに向き合います。
「用件はわかった。確かに、近々に対処するべきかもしれないな」
実を言うと、ソウジュ様は人の世にどれほど被害が出ようが、そんなに気にしているわけではありません……お優しい方ではありますが、幼少の折にツバサ様が捕らわれ、人々にどのように扱われたか。あの頃の心の傷が癒えていないので、戦乱によって人命が失われることにさして心を動かされないのです。
かと言って、対処さえすれば被害の規模が小さくなるかもしれない……それをわかっていて放置してしまえるほど薄情でもありません。シーちゃんと共に大陸軍で戦うことを約束しました。
「そういうわけで……残念だが、僕はまた旅立つことになった」
その晩、三人で夕食を済ませた後、ソウジュ様はそう告げました。ソウジュ様もコウ君フウ君にはすっかり心を許しているので、シーちゃんと話している時と違い、本当に残念そうな内心が顔に表れています。
「しょうがないよね……ソウ兄にしか出来ないことがあるって、直々に呼ばれてるんなら」
「ソウ兄ってそんな強かったんだ……」
ソウジュ様は、自身の正体……太陽竜様であることまでは、ふたりに伝えていませんでした。フウ君もコウ君も、ソウジュ様の穏やかな面ばかり見てきましたから、まさか大陸軍の責任者が迎えに来るほどの手練れなどとは夢にも思わなかったでしょう。
「今後、また生きて会えるともわからないから、最後に話しておかなければならない。フウ、君のその赤い髪のことだ」
「え?」
「それを持つ者の辿る運命を、君は知っているのか?」
「……知ってる。ユウ兄が教えてくれたから」
「コウも?」
「……うん」
実を言うと、ユーリはコウ君に赤い髪に関する詳細を教えていません。コウ君はグラスブルーの影の世界に辿り着いたことでそれを知りました。いずれひとつの存在に成るわけですから、クエスの知っている情報は全て、その時点でコウ君にも流れ込んできたのです。
そして、ここで「うん」と答えているのはそーちゃんです。彼には、私達から弟のあおちゃんが赤い髪で、二十歳になると神罰を受けてしまうとお話ししたから知っているのです。
フウ君の大事な話をしている時にこんなことを考えているのはちょっと申し訳ない気がする、とは思いながらも。そーちゃんはあおちゃんのことを思い出していました。結局、アオってどうなっちゃったのかな。普通に考えたらもうとっくに死んじゃってるってことなのかな……と。
「フウはこれからどうしたい? 二十歳になるまで何をしたい?」
「どうって……神罰なんて嫌だし、どうなっちゃうのかわかんなくって、怖いよ……」
「……どんなに努力しても、結末は変わらないかもしれない。全てが徒労になってしまうとしても、小さな可能性に賭けて、神罰から逃れる術があるか探してみる気はあるか?」
「何をすればいいの?」
「R大陸の王都フィラディノートに、不老不死を実現したとされる魔法師がいる。以前、フィラディノートの王立軍に所属していた折に知り合った。彼女を紹介するから、しばらくそこで魔法を学んでみないか」
魔法を学んだところで、神罰から逃れる術など見つかるとは思えない……ソウジュ様だってそれはわかっていましたが、試案すらせず切って捨てるだけなんて。万に一つでも可能性があるのなら模索するべきなのではないか。
それだけソウジュ様にとってフウ君は大切な存在になっていて、失いたくなかったのです……。
「やれることがあるんなら、やるよ。その日を迎えるまでただただ怖がって、何もしないでいたって仕方ないもん」
こうしてフウ君は、R大陸の権力者達には著名な賢者、ミモリ・クリングルの弟子となりました。
「コウはどうするんだ?」
「フウ、ひとりで大丈夫? 一緒に行く?」
「そーいうのいいから! ひとりで行ける! コウはここにいて、お父さんの家を守ってろよな。兄なんだから。それが定番だろ?」
この時代はまだ、兄弟の上の子が家を守るのが普通でした。下の子は、大人になったら家を出て新しい家庭を作る……。
「定番……まあ、そうかも」
実際、アルディア村でもそういう理由で家を、村を出た人は珍しくない。コウ君だってそんなお別れの光景を何度も見てきました。
フウはこの家が大好きだから、自分の問題を解決出来て戻ってきたらここに住みたいだろうな。それまで家を守ってあげよう。コウ君はそう決めて、アルディア村に残りました。
「初めまして、わたしは源泉竜のリリアンス! 女の子の仲間が先にふたりも待っててくれてたなんて嬉しいな~」
シーちゃんの率いる大陸軍と衝突し、ソウジュ様の神器によって打ち倒されたリリアがグラスブルーに現れました。私もエルも彼女の地上での所業を知っているので、この初対面の挨拶とのギャップに心中は戸惑いでいっぱいでした。
「でもぉ……ユーリはもうここにいないのね? 彼に会うためにわざわざ殺されたっていうのに、いないんじゃ意味ないなぁ。がっかり~」
シーちゃんやソウジュ様が必死に戦って倒したというのに、彼女の目論見通りなのです。なんというか、話し口や見た目の印象が愛くるしく、悪気が一切ないのも手伝ってあまり憎めないのですが、それはそれとして実に邪悪です。
神話時代から源泉竜様の無邪気な在り方は世の中に混乱をもたらすものと恐れられていましたが、生まれ変わってもその生きざまを貫かれたのはある意味お見事かもしれません。
「ユーリと同じところへ行きたいのでしたら、クエスに呼びかけて影の世界へ行けばよろしくてよ? 会える保証はありませんけど」
「保証なんかいらないわ。わたしは彼という存在に近付ければそれだけでいいんだもの」
親愛ではなく、この世で唯一、自分の理解の及ばない存在。彼の謎を追うことが、この世で唯一残された彼女の命題。だから追い求め続ける。たとえ辿り着けないとしてもお構いなし……。
「リリアは心がお強いですね……」
「そお? わたしはわたしがしたいことをしてきただけなんだけど。わたしが望んで叶わなかったことなんかなにひとつないんだから」
だから疑いもなく、辿り着けると信じているのです。どんなに逃げられても隠されても、ユーリを捕まえられると。
「クエスー? わたしはリリアンス・グラスブルー! そちらへ入れてちょうだい」
ユーリがしていたのと同じようにクエスへ呼びかけると、すぐにお迎えがありました。彼女の足元に黒い水たまりめいた影が発生し、そこへ沈んでいきます。
「じゃあねー、イリサ? エル? ご縁があったらまた会いましょ」
名前もうろ覚えの、ほんのわずかな邂逅でしかありませんでした。挨拶ひとつすら交わさなかったユーリと比べればしばしお喋りをしただけでマシなんでしょうけど。
「リリアには申し訳ないですけど……どうにも応援したい気持ちになれませんわねぇ。ついついユーリが逃げ切れますようにと願ってしまいそうですわ」
「そう……ですね?」
私もユーリが地上でいかに苦悩していたかこの目で見てしまっているので、エルと概ね似たような意見でした。ごめんなさい、リリア。




