6話① 統一軍を巡る因縁
そーちゃんがコウ君に成り代わって暮らすようになって、早くも半年が過ぎようとしていました。
最初こそ、おそらく自分が負傷させたことをきっかけに本物のコウ君を失ったことを悔いて落ち込む日々だったフウ君も、いったん割り切って現状を受け入れることにしたみたいです。以前のように、村の友達と遊ぶために外出するようになりました。
コウ君はそんなフウ君にくっついていくわけでなく、いってらっしゃーいと見送ります。以前はコウ君を良く思っていなかったフウ君の友人達も、以前のコウ君よりは少しとっつきやすいことに気が付くと普通に挨拶したり話しかけたりしてくれるようになりました。
同じような年頃の子供達や村の人達と接していくうちに、なおかつ自身のことを「八歳の子供」として周囲の人が扱うのに引きずられたのか、コウ君の内面はみるみる成長していくようでした。
この日もフウ君が出かけるのを見送って、家でひとりぼんやり過ごしていたはずのコウ君でしたが……。
「こぉーーらぁーー! 何してんだぁーっ!」
コウ君の手を引いて連れて行かんとする見知らぬ中年男性の背中に、フウ君がとび蹴りを喰らわせました。間一髪、たまたま家に帰ってきたところだったのです。
「このおじさんについて行ったらお金たくさんくれるっていうから」
「嘘に決まってんだろ! そんなベッタベタのベタな人さらいにホイホイついていくなよっ」
アルディア村は平和な場所ではありますが、観光を主要な産業としている関係上、このような不審者が紛れ込むのも珍しくありません。お祭りに夢中になっているお子様の姿が消えてしまったのも一度や二度では済みません。
今回の不審人物はフウ君が騒ぐ声を聞きつけた近隣の大人に見つかって、駐在所に連行されていきました。
「ってことがあったんだ」
フウ君と別れたコウ君は、暇つぶしにお隣のカイン君を訪ねました。日記帳を持参して、さっそく先ほどの出来事をしたためているようです。「フウが助けてくれたけど、おこられた。知らない人にはついていかないように気を付けないといけない」と。忘れちゃいけないことだからしっかり書いているんですね。
「コウって引きこもり体質だから、そういう手合いの撃退法慣れてなさそうだもんなー」
「引きこもりって何?」
「自分の部屋とか家とかから出てこない人のこと」
「へー、そうなんだ」
「自分のこと言われてるって、わかってますかー?」
こんな感じで頓珍漢な受け答えをするコウ君のことを、カイン君はけっこう気に入ってくれているみたいです。
コウは自分の部屋にずっといるのが好きだったんだな。今も似たような状況……真っ暗闇の世界に引きこもってるから、そういうのが趣味なのかもしれない。
そーちゃんはそう考えて納得しましたが、とんでもありません。コウ君が自室や暗闇に閉じこもっているのはどちらもやむにやまれぬ事情があったからで、好き好んでしていたわけではなく。でも、そんなことをそーちゃんが知る由もありません。
「あんまりフウに苦労かけんなよー? 兄ちゃんだろ?」
「だってさ。うちのお金、そろそろなくなりそうだから。どっかでもらわないとパンが買えなくなっちゃうよ」
「金欲しさで人さらいに引っかかりそうになるとか悲惨すぎるだろ……あの話、そろそろ真面目に考えたら? 今ならフウだって、あの時より素直に聞いてくれるだろうし」
「あの話って何?」
「あんな大事な話忘れるとか……頭ぶつける直前だったし記憶も吹っ飛んだかなぁ」
それももちろん考えられる可能性ではありますが、まぁ、あの頃のコウ君と今のコウ君は別人なんだろうな……と思案するカイン君です。それだけ、以前のコウ君とはあらゆる場面で反応が違いすぎるのです。
致し方なく、カイン君はもう一度、コウ君達の家を売るか貸すかの話をしました。その話の途中で、宿屋の玄関を開けて入ってきた若い男性が、ネイル・リークイッドに話しかけます。カイン君の姉で、宿屋の主人です。
「コウ・ハセザワという子供を探している。ここで聞けばわかると、村の人から教わって来た」
つい先ほど、見知らぬ人にさらわれかけたコウ君を名指しで。ネイルさんは思いっきり疑いの目で見ていますが……。
これを見て欲しい、と、彼女に差し出した木製の十字架。その裏に書かれた文字を見て、言葉を失います。
「カイン。フウを探して連れてきな。コウはこっちへおいで」
カイン君は言われた通り、フウ君を探しに外へ出ます。コウ君もネイルさんの元へとことこ歩いていきます。
彼女はコウ君達のお父さんを慕っていたそうですから、最近はコウ君にもフウ君にも親身にしてくれて、すっかり懐いているのです。いいなー。私も昔みたいに甘えられたいです!
どうやら不審者でなく関係者であるとわかっても、念のため、ネイルさんはフウ君が到着するまでコウ君を傍らにいさせました。
宿屋の一階はお客さん用の食堂兼休憩スペースにもなっています。カイン君達が戻ってくると、ネイルさんは彼、コウ君フウ君の三人をテーブル席に座らせて、カイン君に外へ出るか自室にいるかどっちかにしろと指示します。要は席を外せということです。カイン君になら聞かせてあげてもと思いますが、カイン君は素直に自室へ向かいました。
「僕の名前はソウジュ。君達の兄、ユウ・ハセザワと同じく支配軍に雇われていた」
「……ユウにいのことで手紙をくれた人?」
「覚えていたのか。もう一年近く経つのに」
ユーリの死を伝えるソウジュ様からの手紙を、フウ君はひとりでこっそり、何度も読み返しています。だから名前を覚えていました。時には人に見られぬよう涙していて、ソウジュ様の文字はところどころが滲んでいます。
「彼が……死んだところは、わけあって僕がひとりで見送った。亡骸も失われてしまって公的に死を証明することは不可能だが、僕にこれを託してくれた。コウ・ハセザワに届けて欲しいと」
ソウジュ様は、「消えた」と言いそうになって、「死んだ」と言い直します。同じようでも私達にとっては違うのです。体を失いはしたものの、完全に死滅したつもりはありませんので。しかし、それを事情を知らぬ人に理解してもらうのは不可能ですから。
「これって何?」
コウ君は受け取った十字架をひとしきり眺めた後、フウ君の目の前に掲げます。
「それは君達の父親の形見だそうだ」
ソウジュ様はユーリに真相を聞かされていますが、ところどころぼかして伝えていきます。ユーリは、彼らの父が死んだのは自分に関わったせいだと言っていましたが、そういった部分をごまかすためです。
「だったらこれはフウが持ってた方がいいよ」
「は? ……ユウにいはコウにって言ってんだろ? 兄だから」
実際のところフウ君は、兄だからってまたコウ君が家族の大事なものの管理を任されるのかと不満ではありました。コウ君はそういう気持ちに配慮した……わけではありません。フウ君のそういった感情にちっとも気付いていませんから。
「うまく言えないけど……オレが持ってるよりフウがいいと思うから」
コウだってたぶんそう言うと思うし。これはもちろん口には出せません。
要するに。父親の形見なんて大事なものを、彼の息子ではない自分が持っていてはいけないと考えているのです。コウ君本人ならまだしも、身代わりでしかない自分ではなくフウ君が持っているべきだと。
「いいよ、別に。おれじゃなくコウが持ってて」
「でも……」
「裏の名前、見てみろよ。お父さんの名前であると同時に、コウの名前でもあるじゃん」
彼らの父の名前はクウ(空)。十字架の裏に彫られているのはK.HASEZAWA。確かにフウ君の言う通り、コウ(航)君の名前とも同じ表記になるんですね。
「そういうことなら……お父さんっていうよりコウのものだと思って、オレが持ってる」
「そこまでこだわるのがわかんないけど……そうしたら?」
「うん。ありがと、フウ」
「なんだよ……さっきからなんか変」
「なんでかわかんないけど、なんだか嬉しい」
自分で言っている通り、コウ君は自分がどうしてそう思うのかが自分でもよくわかっていません。
フウ君が、自分でも持っていたいと思うようなとてつもなく大事なものを、コウ君に預けてくれた。信じてもらえているみたいで嬉しいのです
理由はもうひとつ。現在のコウ君もそーちゃんも、自分自身の大切な持ち物というものがありません。気まぐれに書いている日記帳は書くほどにどんどん増えていきますが、ゆえに唯一の個体とは言えません。
服のような着古せば捨てる消耗品ではなく、今後もずっと持ち続けなければならない、家族と繋がる宝物。人によってはそれを煩わしく感じるかもしれませんが、そういった物に恵まれなかった彼にとっては眩しく思えました。十数年も経過して少しくたびれた様相の、木製の十字架が。
「ソウジュさんも、わざわざ持ってきてくれてありがとう」
「あと……ユウにいのことで色々してくれて」
コウ君はちょっとご機嫌ですが、父や兄の死についてのお話しでフウ君は少し気落ちしています。それでもきちんと、ふたりそろって感謝を伝えます。
「君達は今、どうしているんだ?」
ユーリが家を出てから二年、地上から消えて一年。いくら平和な村とはいえ、子供ふたりだけでどうやって暮らしてきたのかがソウジュ様には気がかりでした。
特に隠さなければならない理由もないので、ふたりは正直にこれまでのことを話しました。もうすぐ、ユーリの残した貯金もなくなりそうなこと。父の残した大事な家を、お金に変えなければならないのかと話し合っていること。
「そうか……君達が良かったら、僕をしばらく家に置いてもらえないかな」
私ですら聞いていて意外に思ったのですが、ソウジュ様はふたりから了承を受けて、しばらくアルディア村で暮らすことになりました。軍属で得た貯金だけでもコウ君達と数年は遊んで暮らせるくらいの貯えがあるのですが……何せ、ソウジュ様ひとりでは禁欲が過ぎて、いただいたお金を浪費することがほぼほぼないのです……村できちんとお勤めをしています。
ソウジュ様もすでに数百年、これから先も数百年、生きるのです。その間にしてきたのは変わり映えのしない生活。旅をして、軍に所属して、戦って。その繰り返し。
コウ君達が大人になって自活出来るようになるまでのほんの数年間、平和な村で普通の人のように暮らしてみる。とある理由からソウジュ様は己を律して、罰して。そんな暮らしぶりを貫いてきましたが……長い長い生涯のほんのわずかな数年間くらい、自分を許して穏やかに暮らしても良いのではないか。
そう考えてくださったことも、実際にそのように過ごせたことも、私はこうして眺めていて本当に嬉しかったです。何より……。
本人達は気付いていませんが、ソウジュ様とツバサ様とそーちゃんが家族のように一緒に暮らせる日がまた来るなんて。まるで夢のようだと思いました。
「ソウにいー、あそんでー」
真実を知るはずもないそーちゃん……もとい、コウ君ですが、ソウジュ様に遠慮なく甘えます。最初はちょっと遠慮がちで様子見だったフウ君も、しばらく経つとユーリにしていたのと同じように兄として慕うようになりました。
「遊ぶ、か……こういう時ってどんなことをすればいいものなんだろう」
ソウジュ様もツバサ様も、お子様の頃に不自由を強いられて生きてきたので、普通の子供の遊び方など知りません。本気でわからなくて悩まされてしまいました。
「この間の祭りのくじで当てたヨーヨーやろうよ!」
「そんでー、次の祭りで射的してるとこ見せて欲しいー」
「おれ達じゃぜーんぜん倒せないんだもん。景品重すぎて。大人だったらちゃんと倒れるのか見てみたい!」
「射的か……」
お祭りの射的で飛ばすのはコルク栓であるとか、ソウジュ様は詳しいことは知りません。それでも長く軍属で暮らしていますから、射撃関係には腕に自信がありました。
「わかった。挑戦してみるよ」
「やったー! 楽しみだなー、次の祭り!」
「楽しみー」
大人どころか数百年生きているソウジュ様ですが、普通の人として味わうことの出来なかった暮らしや遊びを、今になって追体験しています。コウ君とフウ君と接することによって。
こんなに幸せな日々が、ずっとずっと続けばいいのに。当人達以上に、私もそう願ってやみませんでしたが……彼らの運命は相も変わらず酷薄で、ほんの数年で現実は次の悲劇へ向かい始めました。
それはやはり悲しいことではあるのですが……ほんの数年でも、彼らが本当に仲良く楽しく暮らしたのを私は知っています。そんな日々が確かにあったことを素直に喜びたいと思います。




