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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
96/125

第二十一話

「だから僕は何度も言ってるだろう。不思議の国アリスのアリスの見た目は、子供でも大人でもいい。精神年齢が低いところにこの物語の肝があるんだ。それをわかってないよね。物語には作者の意図が隠されてる。他者の考察では意味がないんだ」

 明夫は真剣な顔で言い切ると、みんなはわかっていないと頭を振った。

「これって救急車を呼んだほうがいい?」

 珍しくマリ子が心配な顔をすると、たかしは「心配ない」と気にしていない顔で断言した。

「でも……私がした質問は、夕食後にアイスを食べるかどうかよ。幼女に寄って集って困らせる変態の話はしてない」

 マリ子がしつこく服の裾を引っ張るが、たかしの表情は変わらなかった。

「九時から放送される。アニメ映画のロードショーを見たいから言い訳してるだけ。昔、熱があるのに深夜アニメを見て風邪をこじらせたせいで、親に一週間テレビ禁止にされたからトラウマになってるの」

「あら、かわいいところあるじゃない。小学生の男の子のそういうバカなとこって好きなのよね。……小学生の頃の話よね?」

「彼の名誉のためにもそういうことにしておく。とにかく、こんなんで悪化させて入院なんかしたくないだろう? 自己管理が出来てないってルームシェアだって解消になるかも知れない」

 社会人ではなく、大学生のルームシェアだ。些細な問題でも解消するには十分過ぎるほどの理由になる。

 アニメ、漫画、配信鑑賞、ゲーム三昧の明夫にとって、実家よりもここが心休まる場所だった。

「わかったよ……。でも、君たちがうつした厄介な夏風邪だってことを忘れないように。僕の夏休みアニメ劇場計画が台無しだよ。夏休みに見るアニメっていうのはね――」

 部屋に戻ろうとした明夫が振り返ると、奇妙な光景が目に映った。

「早く時間ないんだから」と急かすたかしが、手に大きな懐中時計を持ってるいるからではない。

 苛立つ顔の上。セットされた髪の毛の上にウサギの耳がついているのだ。

「たかし……どうしたんだよ……。僕は片耳が折れてるうさぎ耳しか認めないって前に話しただろう。そしてまっすぐじゃなくて、ひしゃげた耳。それこそが僕のうさ耳萌えだよ。前にも何度も何度も言っただろう? 萌えという言葉は廃れたんじゃない――格上げされたんだ。わかるかい? フェチとも性的趣向とも違う。こだわり磨き抜いたオタクの剣が萌えだ。片折れのひしゃげうさ耳が僕のうさ耳萌えってわけ」

「もう……遅刻しちゃうよ……。かまってらんない」

 たかしが踵を返し走っていこうとすると、明夫が手を伸ばした。

 しかし、その手がたかしの背中を掴むことはなかった。

「ちょっと待った! その安物のコスプレ耳は握ればすぐに、僕好みのうさ耳に――うわあぁぁぁぁあ!!」

 追いかけようと明夫が二、三歩踏み出すと、突然床が抜けてしまい真っ逆さまに落ちていってしまった。

 なにか災害に巻き込まれたのかと焦った明夫だったが、自分の体が宙に浮いているのを感じると急に冷静になった。

「ずいぶん長いこと浮いているな……。いや、ゆっくり落ちていってる?」

 明夫がおもむろに手を伸ばすと、ブーンという低い音とともに四角い光が眼の前に現れた。

 それはブラウン管テレビのノイズのようで、しばらくすると明夫が生まれる前のアニメの映像が流れ出した。

 試しにもう一度手を伸ばすと、また指の先に四角いノイズが現れ、今度は最近見ている最新アニメの映像が流れた。

 サブスクにも入ってないのに、こんなお得なことはないと、次から次へと手を伸ばして新旧様々なアニメの鑑賞を始めた。

 懐かしいのアニメのエンディングを見て、幼少期の興奮を覚えるのと同時に、これは現実世界ではないと理解した。

「僕はアリスだ……。まさかこんなことがあるなんて……これは異世界転移か!?」

 もしやと思って股間に手を伸ばすが、体に馴染んだ棒一つと玉が二つ。

 体は自分のままだった。

 どうしたものかと前を向くと、また別のアニメの懐かしいエンディングが流れていた。

 そして、エンディング後に訪れる僅かなブラックアウト。そこへ自分の姿が映し出された。

 まるで鏡のようにはっきりと、小学生の頃の自分の姿が映し出された。それも低学年の小さな姿だ。

 同時におしりへ衝撃が走った。

 校庭の鉄棒から落ちて尻もちをついた時と同じような痛み。

 ようやく底へとたどり着いたのだった。

「アリスなら小さな扉の部屋だ。『私を飲んで』を探さなきゃ。願わくば擬人化されていますように……。瓶をなぞらえたカラフルかつ透明ドレスとか最高だよ。炭酸の気泡模様とかもいいよね」

 明夫が冷静なのには理由があった。これが異世界転生や転移なら、今は物語の導入で無敵状態。なにをしても死ぬ心配はない。更には、これが異世界転移だと本気で信じているので、いまの明夫になにも怖いものはなかった。

 しかし、明夫の知識は役に立たなかった。

 アリスの物語にあるはずの飲むと小さくなる飲み物がどこにもないのだ。

 それどころか、それを利用してくぐり抜けるはずのドアもない。

 あるのはたくさん積まれ壁になったブラウン管テレビや、液晶テレビばかりだった。

 四方を囲まれて閉じ込められている。

 先ほどと同じようにアニメが流れるならともかく、流れているのはノイズだけ。音もなく、とてもじゃないが長居するような環境ではない。

 これから萌え化されたアリスの登場人物達に会うのだ。こんな何もないところに一秒たりともいたくなかった。

 自分がアリスではないのだから、本物のアリスに会えるかも知れない。

 明夫は居ても立っても居られなかった。

 子供が半泣きで探しものをするように、積まれたテレビの隙間に手を伸ばしてみると、四角く薄いものが手に触れた。

 その形は明夫の手によく馴染んだ。

 それはアニメのディスクが入ったパッケージだった。

 ディスクといったらテレビだ。試しに液晶テレビにディスクをセットしてみた。

「わお! 昭和のアニメの4Kリマスターじゃん。これが見られるってことは、テレビも4K対応ってこと? 見なきゃ……」

 大画面のオープンニング映像の迫力に、明夫の視線は釘付けになった。

 まるで瞬きを忘れたかのように見終えると、自分の体の異変に気づいた。

 今までと見える風景が少しだけ違うのだ。テレビばかりだった部屋の壁は、使いもしないスポーツの道具だったり、いつか嘲笑とともに見ていたおしゃれアイテムが混ざりだしたのだった。

 これはいったいどういう状況なのかと困惑する明夫の目には、野球のグローブに挟まるVHSを見つけた。

 いわゆるビデオテープと呼ばれているものであり、DVDよりも昔の記録媒体だ。

 いくつもディスク化されていない映像作品があり、ビデオでしか存在してないアニメも多数ある。

 これまたツイてると明夫は、名前でしか聞いたことのないアニメの鑑賞を始めた。現代ではリメイクすら難しい、時代錯誤な内容だったが、それもまた一つの作品であり、褒め称えるべきものだと明夫は満足だった。

 しかし、アニメを見終えるとまた部屋の様子が変わった。眼の前に合ったはずの野球のグローブが消え、ブラウン管テレビに変わっていた。

 似たようなことを何度も繰り返す打ち、昔のアニメを見ると部屋にテレビが増えることに気付いた。

 そして壁一面がテレビ画面で埋まると、今度は一つの大きな面へと変化した。

 それはもう画面ではなく、新たな入口へとなっていたのだ。

「なるほど……体を小さくするんじゃなくて、幼い思い出が頭いっぱいになると通れるのか……。いいアリスじゃないか……」明夫は一度振り返ると「今度はPC98のエロゲーが出来る空間でありますように」と迷惑な一言を残して、新たな世界へと飛び出した。



 新たな世界は、まるで最新ゲームのオープンワールドのように鮮やかなものだった。

 真っ青な空に赤い太陽が煌き、虹の川が流れている。

 そして、どこかで見たことのあるような不思議生物が、そこらじゅうで当たり前のように活動していた。

「僕が来た異世界って著作権に甘いみたい……」

 道すらない広い世界、明夫は一昔前に流行ったテンプレ主人公のようにやれやれと額に手を当てて頭を振った。

 すると「そんな格好でどうしたんだ!?」とたかしに腕を引っ張られた。

「たかし? 君こそそんな格好でどうしたんだ? うさ耳がまだ真っ直ぐじゃないか」

「大変だ……そんな格好だと……急がないと! オレの家で着替えて」

 たかしは有無も言わさず明夫を引っ張ると、ファンタジーゲームに出てくる大木が住居になってる家へ連れて行き、どれでも好きな服に着替えるように言った。

「たかし……本気で言ってるのかい? ここの服に着替えろって? ご褒美でしかないよ……」

 明夫はよだれを垂らす勢いでうっとりとした表情を浮かべた。

 眼の前にはファンタジーゲームで見たような防具一覧が並んでいるのだ。そのどれに着替えてもいいというのだから、明夫の興奮は最高潮だった。

「嘘だろう……【白骨城デモン】に出てくる伝説の鎧じゃないか! ほら見て! この肩当て! イキュールドラゴンの大腿骨でてきてるんだ! 炎のエレメントを無効化出来るんだ。これがどういうことかわかる? 魔王ジルベの城の地獄の業火トラップも平気ってこと!」

 満面の笑みで振り返った明夫だったが、そこにたかしの姿はなかった。

 代わりにドアの向こうから「早く早く。遅刻しちゃうよ」という急かす声が漏れ聞こえてきた。

「たかしはわかってないんだから……。ここがどんな異世界はわからない以上。バフを味方につけないと。防具の組み合わせっていうのは、耐性をつくることを意味する。ステータスオープンなんてなくても脳が覚えてる。異世界を生き抜くはいつだってこの頭だ。雪男の毛皮のインナーを合わせるのも悪くない……。急な悪天候があるかも知れない。吹雪に強いぞ。凍傷のバッドステータスも回避できる。剣もどうしよう……。背中か腰か……男の子の最大の悩みポイントだよね。武器をどこに携えるか。これは重要だぞ。物語のポジションが決まるからね。シルエット的には背中がいいんだけど、抜刀モーションが野暮ったくなるんだよね。そうなると腰か……。そうなるとロングソードか。いや、いっそ背中にアックスもいいかも知れない。真剣に考えすぎて汗をかいてきたよ」

 明夫は額の汗を拭うと、テーブルに水の入った小瓶があるのに気付いた。

 思わず手を伸ばしたが、アリスの物語ではこれを飲むと体がどんどん大きくなり、家からはみ出るほどのサイズになると化け物と叫ばれ、ひと騒動あるのだ。

 知識で回避するのは転移ものテンプレだと、明夫は不敵に笑うと手を引っ込めた。

「まさかこの世界の神も、僕みたいに様々なアニメに精通してる男が転移してくるとは思っていなかっただろうね。僕はこの部屋で最強装備を整えて出ていくんだ。化け物なんて呼ばせないよ」

 明夫はお気入りのRPGゲームのBGMを口ずさむと、上機嫌に着替えを始めた。

 都合の良いことにどれも重さを感じないので、鎧だろうと布の服だろうと好きなものを身につけることが出来た。

 そうしてよく悩んで装備した最強の衣装とともに、明夫は勇ましく部屋の扉を開けた。

「またせたね。異世界勇者の誕生だ」

 明夫がポーズを取ると「ば、化け物だー!!」とたかしが騒ぎ立てた。

「ちょっと! バグゲーじゃないんだから、ちゃんと進行してよね。ドラゴンの火球にも耐え、ゾンビの毒の息も無効。様々なデバフにも対応した最強の組み合わせだよ。初心者用のセット装備じゃないんだ。よく見てよ」

 明夫が再びポーズを取ると「化け物だー!」と、たかしは叫びながら家から逃げ出してしまった。

「よくわかんないよ……」と呆れた明夫だったが、鏡に映る姿を見て足を止めた。

 ゲームではよくある話だが、効率を求め防具を合わせると酷い見た目になることが多い。

 今の明夫の姿もステータスの数値ばかりに気を取られ、言葉では言い表せない格好の装備になっていた。

「なるほど……たしかに化け物だ……。僕は業を背負ってこの世界で行きていくってわけか……」

 明夫は満更でもないため息をつくと、一度剣を抜き、切っ先に太陽に輝かせてから鞘へと戻した。

 そして「迫害ものもどんと来いだ」と軽い足取りで、眼の前に広がる森へと向かったのだった。

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