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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
92/125

第十七話

『ねえ……好き?』

 スピーカーから流れてくるハスキーな女性の声に、ボスは思わず頷いた。

 しかし、コントローラのボタンを押そうとした時。オタク三人が大きな声を出して止めた。

「ボス!! 何を考えてるんだ」

 赤沼の大声に、ボスはまず睨みで返した。

「こっちのセリフだ。耳元でなんだよ……。鼓膜を破るつもりか?」

「だって、僕も好き。って選択肢を押そうとしてるから」

「何だよ。押していいだろう」

「果たして、押してもいいのかな?」

 赤沼は不敵に笑った。

 今いる場所のボスのカードショップだ。

 そこで赤沼が持参した恋愛シミュレーションゲームをやっているのだが、その理由というのはボスがデートをするという情報を聞きつけたからだ。

 名目としてはボスの手助け。だが、実際は抜け駆けをしたボスに対する嫉妬だった。

「いいに決まってるだろう」

「僕が持参したゲームだぞ。選んだのは明夫」

「味方じゃないのか」

「味方だよ。だから、どんな結果になってもいいように協力してるんじゃないか。このゲームには実に百を超えるフラれパターンがあるんだ」

「普通はうまくいくように祈るもんだ。友達ならな」

「僕は応援してるよ。でも、出てきたお腹ををBボーイファッションで誤魔化すのはどうかな?」

「おい……オタクにとってトレーディングカードはラッパーのブリンブリンと一緒だぞ。意味がわからないなら調べてみろ。この店にどれだけの価値が詰まってるかわかってるんのか?」

「わかってるよ。そのお腹に昨日のポテチが入ってるのも」

「残念だったな。ポップコーンだ。それも甘い甘いショコラフレーバーのな……なあ痩せたほうがいいか? これでもジムに顔を出してるんだぜ」

「顔を出してるだけだからだろう。僕はどっちかというと太りたいけど……。いや、そんなことより早くフラれてよ」

 赤沼の真剣な瞳は鬼気迫るものがあり、思わずボスは怯んだ。

「何だってそんなに当たりが強いんだよ。応援するつもりがないなら、明夫みたいにカードバトルでもしてろよ」

「だっておかしいだろう。僕は前から彼女が欲しいって言ってるんだぞ。それなのに、なぜたかしは僕じゃなくてボスをダブルデートに誘うんだ?」

「人のデートにケチを付けるような男を誘うと思うか?」

「ボスだって逆の立場なら同じことをするだろう」

「する。絶対にな。でも、オレには必要はない。オマエらより恋愛経験は豊富だぞ」

「知ってるよ。酔うといつも話す。悲惨な女性遍歴と、ゲームショップを開いた理由。正直両方飽きたよ」

「その両方を解決する手段があるとしたらどうする?」

 いつの間にか明夫がこちらにきており、ボスと赤沼の肩を抱いていた。

「トーナメントじゃなかったの?」

 まだ二回戦も始まってない時間だと、赤沼は時間とプレイスペースを交互に見ながら言った。

「負けた……」

「相手は夏休みの小学生だろう」

「夏休みの小学生は祖父母から巻き上げたお金でデッキをチューンナップしてるから嫌なんだ。オタクの夏休みの非行の一つだね」

「あいつらは生活がないから、カードに使うんだ。過去のオマエらだな」

 ボスがダブルデートに食いついたのも、夏休みや冬休みと言った期間は子供の客が増えるからだ。

 無邪気な子供の熱に当てられ、積極的な風に背中を押されている。

「その頃には出会ってないはずだけど」

 赤沼は心外だと、まるでアニメキャラクターのような仕草で腰に手を当てて怒った。

「どうカードパックのサーチをしてて、コンビニの店員に怒られてたんだろ」

「明夫……敵は鋭いぞ。僕らの恥部を知り尽くしてる……」

「そもそもどういう風の吹き回しさ。ボスの幸せはオタクの幸せじゃなかったのか? そういう経緯で作った店だろう」

「自分を犠牲にする幸せじゃねぇよ。とにかくオマエらに頼ったのが間違いだった。あっちの小学生に聞いた方がまだ頼りになる」

「それは言い過ぎじゃない?」

 赤沼はムッとしたが、詳しくは何も言い返さずに口をつぐんだ。

「何を言ってやがる。オマエの時代と違って、小学生のオタクの地位は確立されてんだよ」

 それからしばらくボスが二人とあーでもないこーでもないと言い合っていると、大会に参加してた小学生の集団がボスに話しかけにきた。

「終わりました。場所を貸してくれてありがとうございます」

「おう、気にすんな。ちゃんと宿題しろよ」

 ボスが少し偉そうにするが、小学生達は何も気にすることなく頭を下げ店を出て行った。

「オマエらは礼儀でも負けてるな」

 先ほどまでとは打って変わって静けさが支配したショップでは、余韻を楽しむことなくボスがため息を落とした。

「負けてるって。明夫だけだよ。カード大会で負けたのは。僕は参加してない」

「僕だって負けてない。小学生の変則ルールに翻弄されただけ。ゼロコスト一枚だけ最強カードが出せるってどう思う?」

「正直取り入れたい……。でも、大人のプライドが邪魔する。短絡的にゲームを楽しむのは子供だって。でも、僕そういう最強モノって大好きなんだ」

「誰もが一度は夢見る楽して世界最強……。赤沼……君は立派なオタクだよ……」

「明夫……」

 明夫と赤沼は慰め合うように肩を組んだ。

「そういうところが女と縁遠い理由じゃねぇのか?」

「なんで? 【高校生男子の華麗なる日々】のワンシーンなのに?」

 明夫は信じられないと驚いた。

 なぜならこの漫画は男女ともに人気があり、SNSでもこのカットが切り取られて画像コミュニケーションに使われているからだ。

「ワンシーンって知ってるか? 演じてるからあるシーンだ。日常生活でやるやつは痛いやつだ。たまに市民権を得られたやつもいるけどな。そういうやつはな、大抵配信者か芸能人だ。オレらみたいなオタクはキモがられるだけだ」

「だから僕らはオタクなんだ」という明夫の言葉に、赤沼は「それもオールドスクールのね」と付け足した。

「オマエらがいうオールドスクールのオタクってのは、時代に隔離されてたオタクのことだろ。今頃流行らねぇよ」

「でも、あの頃は全てのサブカルの根底にオタクが存在してたと言ってもいい。今ネットでブームになってるあれこれは、全てオールドスクールのオタク達が妄想を形にして作品として残してある。それを名前を変えて新しいものに見せるだなんて、政治と一緒じゃないか。だから僕は声をあげて戦うんだ。あの頃を取り戻せって屋上で歌ってもいい」

「それは別のオタクが参加してくるからやめとけ。とにかく――オレはオタクをやめるつもりはないし、ダブルデートをやめるつもりもない。わかったか?」

「わかったよ」

 赤沼は残念そうに呟くと、何か言いたげな表情で一度だけ振り返った。



 二人はそのままの足でバクラバーガーに来ていた。

 目的は惰性で集めているコラボグッズのためだ。

「あっちもこっちも浮き足だって。なんか夏の日の幻想に取り残された気がしない?」

 赤沼は窓から外を見て、光に煙る街を歩く人々を見てため息を落とした。

 皆目的を持って歩いているのに、自分達は意味のないルーティンに合わせてバクラバーガーにいるからだ。

「僕はいつだって取り残されてる。自分の夏の思い出より、誰が描いた夏のシナリオだ。田舎なんて一度も行ったことないけど、絶対に出会いがあると思うだろう? あれと一緒だよ」

「夢がない……」

「何を言ってる。アニメなんて夢だらけだろう」

「夢を見てるアニメで、僕らは夢を消していってる気がするよ……」

「まだたかしが魔女とヨリを戻したことを気にしてるのか? オタクの風上にもおけないな……。そりゃ僕も魔女よりもう一人の方が良かったさ。でも、公式カップリングに僕らがどうこういう権利はない。それがメインストーリーだからだ。わかる? 僕らはメインストーリーをいじってはいけない」

「じゃあ誰が僕に公式カップリングを組んでくれるっていうのさ」

「君は『かける』の法則を理解してないんじゃないのかい? かけてもイコールは出さないのがオタクの礼儀だ。答えはみんな違ってる。一時期はやった金髪ツイーンテールのツンデレ娘。見てくれは同じだけど、中身は全くの別物。これもまたオタクの答えの一つだ」

「僕は真面目に話してるんだぞ」

 赤沼が険しい顔でバクラバーガーの包み紙を丸めた時。

 聞いたことはあるが聞き馴染みのない声に話しかけれた。

 相手は先ほどボスのカードショップにいた小学生の一人だ。

 顔見知りということもあり、ただ挨拶だけを済ませて自分の席へと戻っていた。

「見た? オタクの未来は明るいね。僕ら小学生の時は、上の学生と絡むのは怖かったからね。マットを持ち込んでカードショップに入ってくる姿に憧れたよ。さながら鞘を携えた剣士だったね」

 赤沼はあり日の思い出にうっとり目を細めた。

 オタクというものが曖昧だった小学生時代。まだ自分は一般人だったと、無駄にノスタルジーに浸っていた。

 しかし、それも小学生の会話が漏れ聞こえてくるまでだった。

「誰?」

 女の子に聞かれた男の子は「うーん……」と首を傾げてから「よく遊んでくれるお兄さん達」と言葉を選んだ。

「オタク男子ね。将来あーはなっちゃダメよ」

「わかってるよ。僕はゲーム配信者になりたいんだ。夢を見せる側だね。このカードゲームも人気があるんだよ」

 男の子がスマホで人気配信者のチャンネルを見せると、女の子は手を叩いて喜んだ。

「知ってる! 私も見てるよ。へーだからカードゲームが好きなんだ」

「それも含めてかな。そうだ知ってる? 新コンボが発見されて、デーモンデッキが進化したんだ。今日の大会はそれを確かめるために参加したんだ」

 女の子は理解したのかしていないのか微妙な表情をすぐに隠すと、「すごーい」ととりあえずテンションを高くしていた。



「聞いた?」と赤沼は声を顰めた。

「聞いたよ。あの子の将来はマリ子だ。絶対中身がわかってないのに同意したぞ。たかしとマリ子が話してる時によく見る光景だ。すごーいのあとは、何を言ってるか理解出来ないけど、楽しそうなあなたの顔が好き。だぞ」

「そんな……小学生だぞ」

 赤沼がバカなことを言うなと呆れた時だ。明夫と全く同じセリフを女の子が言ったのだ。

「ほら、見ろ。僕の方が現実が見えてる。あの男の今だけ。すぐに悪い男のがカッコいいに変わるんだ。経験あるだろう?」

「あるね。なるほど長いオタク人生……束の間の休息ってやつか。すぐに女の子はアイドルを応援するぞ」

 二人がこれからは茨の道だぞと、視線だけでエールを送っていたのだが聞き耳を立てているととんでもない言葉が聞こえてきた。

「ゲームが上手い人ってカッコいいもんね。アイドルのヨシハル君みたい!」



「テレビゲームだけじゃなく、カードゲームまで受け入れられてるっていうのか!!」

 小声で叫ぶ明夫とは違い、赤沼は大きな声でため息を落とした。

「僕も驚いたよ。まさかオタク趣味がこんなに受け入れられていただなんて……」

「子供の世界って残虐なんじゃないの?」

「いや、待て。僕らの迫害も中学に入ってからだ。小学生はまだみんなでゲームをする。そうだろう?」

「でも、カッコいいとは言われなかったはずだ。まあ、僕にはどうでもいいことだけどね」

 明夫は肩をすくめると、時間が経ってシナシナになったフライドポテトを口の中に放り込んだ。

「僕は今の時代に生まれてたら、絶対に世界が変わってたと思うね」

「そうだよ。僕らは彼女がいない大学生だけど。彼は彼女のいる小学生だ。それも彼女はゲームにも理解があり。これが現実世界。どうする? 扉を開くかい?」

「答えたくない……でも、今日更新の声優ラジオは聞く」

 赤沼がイヤホンをつける前。最後に聞こえたのは、「それこそが答えだ」という明夫の声だった。

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