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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
88/125

第十三話

「困った。困ったよ……」

 せっかくの夏休みだというのに、明夫は朝からリビングで項垂れていた。

 他の三人は無視して朝食をとっているのだが、マリ子は一体どうしたのか気になってチラチラ様子を見ていた。

「まだ項垂れてる。それとも自分のアソコに語りかけて励ましてるわけ?」

「いつもの戯言を聞きたくないなら、無視するのに限る。いいかげんわかってきただろう?」

「それでも気になるのが女なの」マリ子は食事の途中で席を離れると「なにやってるのよ」と聞いた。

「ハーレムは四人までという定石が崩れたんだ」

 わけわからないことを言われたマリ子は、助けを求めて振り返ったが、たかしも京も薄情に視線を外して朝食を続けた。

「アンタねぇ……。オタクはいいから、せめて現代の地球人にわかるように言ってもらえる?」

「だからハーレムは四人までって話。それが三人へと変わったんだ!! こんなひどい話って他にある?」

「きのう机の柱に小指をぶつけた」

「わかってない……それは君が女だからだ」

「そう。私は女よ。よくわかったわね。褒めてあげるから、さっさと詳細を話さないとぶん殴る」

「今時暴力ヒロインは流行らないよ」

「右の頬と左の頬どっちがいい? 爪やすりで軽く削って唐辛子貼り付けるけど」

「わかったよ……。でも、聞いたからには答えを出すのを手伝ってもらうぞ」

 明夫の覚悟たっぷりの表情を見て、思わずマリ子も眉間に皺を寄せて頷いた」

「いいかい? 今までは一人が僕に膝枕。二人を両腕枕だ。そして、最後の一人は抱きしめるよういして、添い寝する。それがハーレムの限界だった」

「……アンタの方程式を聞いてると、自分がバカだって錯覚しそうで嫌。結局、オタクの甘い理想が打ち砕かれたってことでしょう」

「打ち砕いたのは君の恋人だ」

「さすが私の恋人ね」

 振り向いて笑顔を見せるマリ子に、たかしは笑顔で返した。

 しかし、すぐに笑顔を維持できない言葉が明夫から返ってきた。

「上に乗られて寝られると重いってさ」

「おっと。バイトに遅れちゃう……」

 たかしは無理やり残りを口にかっこむと、もう喋れないよと頬を膨らませながら慌ただしく家を出ていった。

「今夜は激しくなるわよ……」

「本当にそうして……マリ子が太ってなければ僕はハーレム四人編成で満足出来たんだ。それを君が現実の体重で押し潰した! 僕の推しがマリ子の体重で一人潰れちゃったよ!!」

「全員ぶっ潰してやるわよ。端から端まで、包装紙のようにプチプチやってやるわ」

「僕は真面目に悩んでるんだ!」

「私は真面目に怒ってるのよ!! 推しどころか、アンタごと潰してやる! この痩せたお腹でね!」

 マリ子はシャツの裾をめくってお腹を見せると、そのまま明夫に飛び乗ろうとしたが、夢を壊されたお腹相手となっては必死でソファーから転げ落ちて逃げた。

「アンタ……本当にムカつくわね……。とにかく! ハーレムなんて言ってる時点で答えなんてないのよ」

「本当にそう言える?」

「言える」

「なら、考えてみなよ。君は吊り椅子に揺られている。ここはビーチで、南国の風が吹いてるところだ」

「そうそう。オタクなら、想像力をいい方に働かせなさいよ。ちなみに私のビキニは南国テイストの花柄ね。今って野暮ったい方が人気なの知ってた?」

「とにかく続けて。マリ子の首にはウエルカムレイがかかったまま。傍には南国のドリンク」

「いいじゃない。……続けて」

「椰子の葉で風を送る男達。フルーツ片手に指示を待つ男。さあ――君は今何を想像した!!」

「やだ……どうしよう。腹筋と色黒なのにオイルまで塗ってるの? だからムダ毛も処理してんだ」

「さあ! 君にハーレムは何人だ!!」

「風送り係が二人と、電話番が一人。そしてフルーツを持った指示待ち男の四人よ」

「今はスマホがあるから電話番はいらない。君のハーレムは三人になりました」

「ちょっと! せっかくイケおじで想像してたのになんで消すのよ!!」

「それが君の彼氏が僕にしたことだ」

「たかしめ……」

 マリ子は重いと言われたことと、都合の良い妄想の邪魔をされたことの二倍の怒りを感じていた。

「これでわかっただろう? ハーレムは四人! なんとか取り戻さなければ!!」

 明夫が「おーっ!」と拳を掲げると、マリ子も同じように掲げた。

 いつものおバカなノリで話は終わりかと思われたのだが、食事を終えた京が食後のコーヒータイムに会話に入ってきたことにより、自体は再びややこしいことになった。

「腕枕は腕が痺れるのよ。それに……両腕で腕枕をしてるのなら、明夫君は寝返りを打てないということ、腰の筋肉が固まって腰痛になるわね。膝枕もそうね。首が固定されすぎて痛みがひどくなるはずよ。ヘルニアまっしぐらね」

「マリ子……君の友達が怖いこと言ってる」

「奇遇ね。私も、私の友達が怖いこと言ってると思ってたところよ……」

「私は想像にリアリティーを持たせる派なの」

「僕だってそうだ」

「アンタのリアリティーって声優と結婚するとかそんな浅いもんでしょう」

「オタクが声優と結婚願望があるなんて幻想。よく考えてごらんよ、アニメキャラの着ぐるみを着て歩いてるようなもんだよ。そんな結婚生活僕は嫌だ」

「安心しなさい。九割の女はアンタをお断りって言うから。今から抱き枕を孕ませる方法でも考えたら?」

 マリ子はどうせアンタを好きになる女なんかいないわよと付け足した。

 だが、その言葉は明夫の鼓膜を揺らすことはなかった。

 なぜなら、大量の足音が玄関から雪崩れ込んできたからだ。

「あら、たかし君が鍵をかけ忘れたのかしらね」

 京がリビングのドアを開けると、そこには今出たばかりのたかしの姿。そしてその背後のは、赤沼と青木。そして芳樹までいた。

「ちょっと……いくらここが自由にできる場所だからって、四六時中クーラーを求めて来ないでよね」

 マリ子は一番涼しいこの場所は譲らないとソファーを陣取ったが、たかしまでもがマリ子を無視して明夫の元へ駆け出した。

「明夫!!」

 たかしに大き声を出され、明夫は共通の講座からフィギュアを買ったのがバレたと思った

「確かに僕が悪いけど、給料が入るまでだよ――それに」

「そんなことはどうでもいい! 恋人ができたっていうのは本当なのか!?」

 たかしが詰め寄ると、マリ子もソファーから発射せるように明夫も元へ駆け寄った。

「はあ? アンタに彼女!? 嘘でしょう?」

「本当だよ。一つ年下の大学生だって」

 青木が答えると、たかしは目に涙を浮かばせて拍手した。

「まさか……明夫に彼女が出来るだなんて……。ようやく人間に戻る気になったんだな……」

 鼻をすするたかしの肩をマリ子が抱いた。

「たかし……」

「マリ子さん……大丈夫だよ。嬉し泣きだから」

 鼻を何度もすするたかしは異変に気付いた。鼻をすするたびに肩が重くなっているのだ。

 原因はマリ子がわざと体重を預けてるから。

「どう重い?」

「まさか……そんな……」

「じゃあ、もう片手で抱きついて両足をぶらんぶらんさせてもいい?」

「ごめん……明夫に余計なことを言いました」

「よろしい。それで、彼女が出来たってのは本当なの?」

 マリ子が詰め寄ると、明夫は無表情で首を振った。

「同じアニメが好きで、そこから仲良くなったんだろう? 青木が言ってたぜ」

 青木からこの情報を聞いた芳樹は、自分より先にオタクが幸せになるなんてと興奮していた。

「知らないよ。だいたい今は夏の新作アニメの吟味中だろう? 好きなアニメが変わるこの時期に、僕が軽々しくマイフェイバリットアニメを宣言すると思うかい?」

「一理ある」

 明夫と付き合いの長いたかしは、この話がどこかおかしいことに気付いた。

 だが、何がおかしいまでは気づけなかった。その間に、話はどんどんと進んでいっていた。

「でも、会う約束をしたって聞いたぞ。夏休みの終わり、ボスの店で待ち合わせだって」

 青木は裏切り者を見る目で、しっかりと明夫を睨んでいた。

「知らないってば、疑うなら僕のスマホを見たっていい」

「面白そう! 私が見る」

 明夫のスマホデータに興味深々のマリ子は、すぐさまスマホを取り上げて中身を確認した。

「これは……つまらないわね」と覗き見していた京がため息をついた。

 アニメキャラの待ち受け。リアルタイムで鑑賞予定のアニメ時間のアラーム。やたらと公式からの通知が多いSNSのアイコン。そして、これでもかというほど上から目線で書かれたアニメレポート(書きかけ)。

 明夫のライフワークを知っていれば、どれも驚くようなことはない。

「彼女からのメールもメッセージもないわよ」

「だろう。僕が現実の女に拐かされるとでも思ってるのかい? 原画氏もバックについていない現実の女だよ? せめて彩色担当まで決まってからフィールドに上がってほしいよ」

「じゃあ、なんでこんな話が出回ってるのよ……」

「オレは青木から聞いた」と芳樹。

「僕もだ」と赤沼。

「オレはそこで二人に聞いたばかり」と最後にたかしが話をしめた。

「つまり――噂の出どころは青木君ね」

 京は結論を早めた。

 わかりきっていることを誰かがしっかり言葉にしなければ、この場は次々と新しい話題が生まれるので話が終わらないからだ。

「そうだよ。青木だよ。どう言うつもりだ」

 赤沼はビックリさせてと、これがドッキリだと思っていた。

 しかし、青木が見せたスマホ画面では、明夫と夏休みの終わりにボスの店でデートをすると予定が立てられていた。

「本当だ……僕の名前だ。どういうこと?」

「こういうことだよね?」

 青木は説明してやってと言わんばかりの顔で芳樹を見たが、見られた芳樹は意味がわからないと、ヤンキーのようにガンをつけた。

「どういうことだよ」

「前に言っただろう。僕は本名と実際のプロフィールを使ってマッチングアプリに登録するほどバカじゃないって」

「だから説明しろって言ってんだよ……」

「僕の苗字はあおきだろう? 並べ替えるとどうだ?」

「きおあ?」

「それは逆から読んだだけ。名前になってないだろう」

「あきおだ……」と叫ぶような大きな口で小さく呟いたのはたかしだ。「つまり、青木がマッチングアプリで仲良くなった女性と、明夫がデートするってこと?」

「その通りだ。すごい推理。さては、今季のアニメ『ユカちゃんは推理と料理がお好き』を見てるな。そう、白状するよ。親友の頼みで始めたけど、僕は妹以外に興味がない。でも、向こうが食いついてきた。その時、天啓が降りてきたんだ。明夫の名前を出せば、向こうが持ってるダブりガチャと交換出来るって。おかげで僕は『超天使 ドリルマウンテンお嬢様』の水着ミニフィギュアをコンプリートすることが出来たよ。もう少しでフリマに頼るところだったよ。一つ手に入れるために、フルセット買わないといけないってキツイよね。あと『友達の彼女の友達』って言葉に『妹』と同じくらいの響きの良さを感じたんだ」

 という青木の話は誰も最後まで聞いていなかった。

「どうするのよ。向こうもオタクってことでしょう。夢を持って出てくるのよ。絶対に無碍にしちゃダメよ」

 マリ子は良い思い出だけ持たせて帰るれるようにと会うことに賛成だった。

 逆に反対なのは芳樹だ。

「やめとけマッチングアプリで噂になったら厄介だ。最初から合わないことに限る。一つの嘘が身を滅ぼすこともあるんだぞ!!」

 芳樹の言い方は真に迫っていた。

「勝手に話を進めないでよ。同じオタク仲間でも、現実の女と付き合うわけないだろう」

「でも、ゼノビア様の逆転位フィギュアも持ってるぞ」

 青木がポツリとこぼした言葉に、明夫はすかさず反応した。

「それは限定ファッションフィギュア!? なんで彼女が持ってるんだ!」

「同じアニメが好きだからだろう」

「さては百合好きか……気が合うかもしれない」

 変な理想を思い描いて興奮している明夫を見て、マリ子は後悔していた。

「合わせない方が良い気がしてきた……」

「まあ……どうせまだまだ」

 たかしはバイトに遅れると立ち上がった。

「ちょっと白状じゃない?」

「もう一つのデートもまだ終わってないんだよ。そっちにも首を突っ込むつもり?」

「正直面白そうだから、めっちゃ首突っ込む。いってらっしゃーい」

 マリ子は笑顔でたかしをバイトへ送り出すと、明夫の恋がどうなるのかと残った皆んなで盛り上がり始めたのだった。

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