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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
87/125

第十二話

「だから絶対水族館。今プロジェクトマッピングで深海の映像流れるんだよ。テレビ見てないの? 凄い綺麗なの。暗いから少しくらいのおいたも平気よ」

「ダメよ……ダメ。そんなの怖いわ」

「それなら無難にモールでも回る? お手軽デートだけど、ランチちょっと奮発みたいなの」

「モールだなんて……知り合いに見られたら困るわ。困っちゃう……」

 マリ子はバイト先のスタッフルームで、朱美店長と今度する予定のダブルデートの計画を立てていたのだが、マリ子の提案に全て首を横に振っていた。

 最初はナイトプール。次は高級ラブホテル。

 どれも恋愛経験乏しい朱美店長には厳しいものだったので、レベルを下げていったのだが、それもハードルが高いらしく尻込みを続けていた。

「テンチョー……まさかここに集まるつもり?」

 マリ子が呆れていると、朱美店長は笑顔になった。

「それがいいわ! ここなら知ってかったる場所だし安全だもの!」

「お客が来たら逃げられるしね」

 ドアが開く鈴の音が静かに――だがしっかり響くと、「いらっしゃいませ」とたかしの声が聞こえた。

「逃げられないじゃない……」

「私の彼氏は有能なの」

 マリ子と朱美店長が話し込んでいる間。店番はたかしがしている。

 なぜか毎回話し合いはここなので、たかしは短期バイトということでたまにマリ子と一緒に出勤していた。

 マリ子ほどの愛想はないものの。慣れた手つきと、誰にでも隔てない優しさから、店は変わらず動いていた。

 マリ子がバイトの時は、料理が不得意なマリ子の代わって朱美店長がキッチン。マリ子がレジと役割が決まっていたのだが、たかしはそれを一人でこなせるので、何の問題もなかった。

「逃げたいわ……。どこか遠くへ……」

「じゃあ逃げた先をデート先に決める」

「ひどいわ……どうしてそう酷いことするの」

 朱美店長は瞳をうるうると潤ませてマリ子の目を見た。

「最初は純粋に一緒にデートをしたら楽しそうだと思ったけど……もしかしたらテンチョーをいじめたいだけかもー」

 マリ子は膝に頭を乗せるようなアクションで朱美店長にじゃれついたが、本気で受けっとった朱美店長は瞳に怯えを滲ませていた。

「怖い……怖いわ……」

「冗談よ……。高校生ならカラオケ連れてけば一発なのに」

「私をカラオケに誘うなら、銃弾の入った拳銃を用意しておいてちょうだい。……いつでも死ねるように」

 表情を暗くして放たれたセリフは思ったよりも迫力があり、思わずマリ子もたじろいだ。

 お客が途切れ、朝といいタイミングで「だからさ、デートって深く考えさせるからダメなんだって」たかしがやってきた。

「そうよね! そうなの! デートはしなくていいのよ」

「えーそれじゃあつまらない」

「だからオレとマリ子さんはデート。ボスと朱美さんは付き添い。どう?」

「それって保護者同伴のデートじゃない? つまんなさそう……」

 マリ子が渋い顔をすると、朱美店長は尚のこと食いついた。デートとは程遠いなにかだとわかったからだ。

「それでいいわ。決定。この話は終わりよ。新作のザンギビビンバ丼の研究の再開よ」

 これ以上話を広げられたら困ると、朱美店長は逃げるようにキッチンへと向かった。

「逃げられちゃった……彼氏なら私の味方をしたらどう?」

「してるよ。だって結局これってダブルデートだろう? 向こうが良い雰囲気になれば、結果的にそういうことになる」

「本当……私の彼は優秀ね。いいこいいこしてあげる。わんわんスタイルとにゃんにゃんスタイルどっちがいい?」

「ここでわんわんスタイルはちょっと……」

「じゃあにゃんにゃんスタイルね」

 マリ子は猫をあやすようにたかしの首元をくすぐると、最後に頭を撫でた。

「待った……。逃げようとしてない?」

「SKKなの。彼氏ならわかって」

 マリ子はアプリで素早くタイムカードアプリで退勤すると、上機嫌に鼻歌を奏でながら店を出ていった。

「SKKってなに? まさか……仕事は 彼氏任せて 帰る?」

 たかしはため息を落とすと、マリ子の代わりに夕方までのシフトを引き受けたのだった。



「さあSKKよ!」

「SKKってなに?」

 いつものファミレス。呼びされていた京は、やたらテンションの高いマリ子に気圧されつつも、いつものことだと受け入れた。

 しかし、同時に呼び出されたユリは何事かと驚きを隠せずにいた。

「これって裏バイトに誘われてる?」

「違うわ。SKKよ。スーパー 緊急 会議」

「スーパーをつけるとややこしくない? 強さのスーパーなのか、マーケットのスーパーなのか。私はスーパーはマーケットのほうがいい。フードコートの割引クーポンもまだ余ってるし」

 ユリは面倒くさい話をされるなら、話題がとっちらかってギスギスしない場所への移動を提案した。

「モールはともかく、スーパーマケットで集まるのはおばさん臭くて嫌。ここならどんなゴシップも店の中で収まるの。ラーメンの油が濃すぎて湯気が立たないみたいにね。……ラーメン食べたくない?」

「今アイスを食べてるのに?」京はマリ子が持っているアイススプーンに目を向けると「お腹を壊すわよ」と心配そうに目を細めた。

「そうよ、それにせっかく痩せてより綺麗になったのが無駄になるわよ。私みたいに……」

 ユリはシャツを捲くって二人だけに見えるようにお腹を出した。

 マリ子ほど大々的にではないが、夏に向けてユリもダイエットしていたのだ。

 しかし、見せる相手のたかしとは別れてしまい、どうにもやるせない気持ちになっていた。

「まだ怒ってる?」

 マリ子にしては珍しく、まるで怯える小動物のように相手の反応を待っていた。

「怒ってないわ。おかげでこれが食べられる」

 ユリは笑顔で店員を呼ぶと、ハニートーストにバニラアイスをトッピングして頼んだ。

「それで?」と京が聞くと、マリ子は「……私も同じの!」と店員に頼んだ。

「私はSKK――スーパー緊急会議の内容を聞いてるのよ。なにかあったんでしょう?」

「そう! 聞いて! ダブルデートに乗り気じゃないのをどうすれば解決できるか」

「薄着に着替える」

 ユリが簡単だと答えると、マリ子も簡潔に返した。

「相手は女」

「放っておいてあげれば?」

 自分がダブルデートに誘われたことを考えると、それが一番だと京は提案した。

「待った。ダブルデートなのよ。それはなし。楽しまなくちゃ。相手は誰と誰?」

 ユリは積極的に話を聞いた。適度なゴシップと相談が合わされば、この上ないほどの暇つぶしになるのはわかっているからだ。

「ボスとテンチョー」

「誰?」

「だからカードショップ開いてるボスと、メイドのザンギ屋のテンチョーよ」

「行き詰まって方向性を見失ってるカップル配信者?」

「ただの女と男よ。どっちも奥手」

「二人は知り合ってどれくらい?」

「まだ顔をも合わせてないわよ」

「なにそれ……面白そう。身近な恋愛リアリティショーをただで見られるってわけでしょう」

「そうよ。でも、別にセックスしろって話じゃないの。ただお互いフリーで恋愛に夢見がち。茶化し抜きにしても、お膳立てくらいはするべきものでしょう。――友達として」

「そうね――友達として」

 マリ子とユリはお互いの顔を見合って、いいわけでもし合うかのようにうんうんと頷きあった。

「ユリは二人共面識がないでしょう」

 乗り気になってきたユリを京が窘めた。

 気になる観察対象であることは確かだが、恋愛が関わるとややこしいことになるのは、マリ子と数年付き会っただけでも身にしみるほど理解していてた。

「だから一番気になるのよ。奥手な男が一生懸命考えたデートプラン。それを受けれ入れて飲み込むときの女の顔。……ドラマよねぇ」

 ユリはうっとりとした顔のまま、今しがた運ばれてきたハニートーストにナイフを落とした。

「真面目な話よ。お互いの顔も知らないんでしょう?」

「顔を合わせてないだけ。顔をは知ってるわ。さすがに私も手を抜かないわよ。他人事でも恋愛事なんだもん。第一印象が悪くないのに、足踏みなんてもったいないでしょう。なにより……ダブルデートがしたい」

 マリ子は真剣な顔でユリを見つめた。あまりに力が入っているので、他人からは睨んでいると思われるほどだ。

「なぜダブルデートにこだわるの?」

「なんでって、相手カップルに撮ってもらった写真が一番の目的。楽しそうにしてる自分じゃなくて、楽しんでる自分を綺麗に撮って貰える。まずこれって最高じゃん。写真撮るってわかってるってことは、オシャレも気合い入りまくり、愛の相乗効果よね。向こうはデート慣れしてないから、こっちが楽しませる。ほら皆がハッピー」

「マリ子の世界では誰もがハッピーね」

 小学生の感情だけでも足りえるくらい単純に導き出された答えに、京は呆れと慈愛の両方の気持ちを持って返した。

 だが、マリ子の表情は曇っていた。

「そうでもない。今明夫とは戦争中。アイツ……私がブラで胸の形を整えてる時に詐欺師って呼んだのよ。だからアニメキャラクターの公式プロフィールには、全員十キロ足せって現実を突きつけてやった。そしたら向こうはガチギレ。二次元と現実世界だと重力の違いで体重の計算も変わるんだってさ。それマジ良くない? 二次元式体重計算法。現実に転生してこないかな」

「沖縄と北海道だと、沖縄のほうが体重が軽くなるって知ってた?」

「まあじ? ヤバヤバのヤバじゃん。沖縄ずるじゃん。私も沖縄に住む」

「グラム単位の話よ。だから体重計には地域設定の項目があるの。逆に北海道だと少しだけ重くなるみたいね」

「絶対北海道に設定してるわ……私」

 マリ子が真面目なトーンで言うと、ユリも真剣な表情で頷いた。

「私も。変え方わからないから、そのままにするけど」

「私もそれ。確認の仕方もわからないから、確認しないけど六百グラムくらいは違うってことよね」

「せいぜい数十グラムじゃない? そのひとくちをやめれば、気にする必要のない数字よ」

 京は今まさにハニートーストに溶けたアイスを塗りったくっているマリ子を見て言った。

「なら、よく気がつく女でいるためにも食べないと」

「別に少し体重が増えたくらい気にしないでしょう」

 同じ食べ方をしているユリは、はちみつで濡れたナイフの切っ先をマリ子に向けながら言った。

「気にするわよ」

「自分じゃなくて、恋人よ。たかしがそんなの気にする?」

「気にしないから気を使ってるの。優しすぎる恋人って女をダメにするって本当。やっぱり女は厳しくいかないと、私が努力してるんだからそっちもしろっての。オマエの将来の頭じゃないんだから、ムダ毛は勝手に抜けてかないっての。赤くなった毛穴と勝負をしてから、文句たれろっての」

「それ本当思うわ。セックスの時しか肌を褒めない男とかね。そのコンディション保つのにどんだけお金と時間かかってるか知らないから、あんな乱暴な手付きで触れるのよね。早く精神的童貞捨てろって話よね」

「いる。彼女とのセックスを技の披露会だと勘違いしてる男。オマエのコマンド入力下手すぎて、バグゲーみたいな動きになってるじゃんね」

 マリ子は周りを気にせず笑ったが、笑っているのが一人だと気づくと、ピタリと笑うの止めてユリを睨みつけた。

「なに?」

「最後の例えがわかんない」

「だからコマンド入力が下手だら、スムーズに動かなくてカクついてるってこと。……もしかしてオタク臭いこと言ってる?」

「まだギリギリ大丈夫よ。化粧の匂いでごまかせるわ。もう少し暴走したら、香水が必要かもだけど……」

「最近家のオタク指数が上がってるのよね。アイツら涼みにくるから」

「まあ……元気に外を歩いてる姿は想像できないわね」

「そうそう全員インドアでしょう。これからの人生一歩も外でなくてもいいような奴らだから、ゲーム大会にアニメ上映会にフィギュア鑑賞会。やってらんないわよね。ね?」

 マリ子は同居人の京に同意を求めるが、オタクの行動を楽しんでメモに取っている京は「そう? 私は楽しんでるわ」とマイペースに返した。

「本当変わってるわよね。京って……」

「マリ子ほどじゃないわ」

「私が? 私は普通の可愛くて美人でおっぱい大きな女の子よ」

「私が言ってるのは、悩み事もカロリーも常に積み上げてる現状のことよ」

「まあ私を呼んだ時点で、悩み事じゃなくて憂さ晴らしなのはわかってたことよ」ユリは一旦ハニーとストを食べるのをやめると、スマホを開いた。「バイト休んだんでしょう? 夜からやってるところはいっぱいよ」

「さすがユリ。ハム子は仕事だから、夏休み誘いにくいのよね。本気で泣くから……会社行きたくないって……」

「なら私達は学生のうちに遊んでおきましょう。いいでしょう? 京ぉ」

「ええ。二人に任せるわ」

「やた!」とマリ子は短くガッツポーズをすると、共同で使っているSNSにご飯は作れないとメッセージを残した。



「ちょっと……マリ子が食事当番だろう」

 エアコンで冷え切った部屋で明夫が不満を漏らしていた。

「SKKなんだからしかたないだろう」

 たかしはイライラしつつ、バイト先から持ち帰った唐揚げを皿に並べていた。

「意味わからない。また利用されてるわけ?」

「ささっと からあげを 食えだ」

「それがSKK? そんなんだから 彼女に 勝てないんだ」

 明夫はため息を落とすと、マリ子が持って帰ってくるより美味しいザンギを食べながら文句を続けた。

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