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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
83/125

第八話

「なにこれ」

「最悪だ……」

「僕……幸せ……」

 三者三様のセリフは、全て一つの物体に向かって発せられていた。

「いいから食べたらどうなのよ」

 その物体を作り上げたマリ子は苛立ちに目つきを鋭くしながら、皿の端にある花の模様を何度も何度も箸で叩いてキンキン鳴らした。

「これを?」と、明夫は信じられないとマリ子を見返し、

「最悪だ……」と、青木は最初と全く同じセリフを発し、

 赤沼だけが「食べるのがもったいない」と、変わらずに頬を緩めていた。

「口を動かすなら咀嚼しなさいよ。喋るんじゃなくて食べる。男はみんな好きでしょう? ――ハンバーグが」

「それは君がそう呼んでるだけ。僕は異世界に行っても、これをハンバーグだなんて作って自慢しない」

「ハンバーグ風うんこだ」

「マリ子さんの手作りならなんでもいい……。写真に収めるだけで満足だよ……」

「ちょっと……アンタらまともな感想も言えないわけ?」

 マリ子がテーブルを力任せに叩くと、焦げて真っ黒だったハンバーグが振動で崩れ去り、真っ赤な生焼けのひき肉が顔を出した。

 明夫に「まともな料理も作れないわけ?」と返されたマリ子は「作れないからアンタらに食わそうとしてるんでしょう」と開き直った。

 現在マリ子は料理の勉強中。

 理由は簡単。

 恋人のたかしに喜んでもらおうと、ありきたりではあるが手料理を振る舞おうと考えたからだ。

「俺たちは約束された地のモルモットじゃない!!」

 明夫が急に作った声で張り上げると、青木はしまりのない「ふへへ」という笑い声を漏らした。

「なによ」

 マリ子は意味がわからないと青木を睨みつけた。

「今の【アガルト戦記】の【クワイト】が初めて反抗心を見せるところだろう。でも、それはまだ穴の上の世界を知らないから、無知ゆえの勇気を振り絞るシーンだよ」

「でも、その一言が穴を開け、世界に一筋の光を落としたんだ」

「あームカつくわ。なんでアンタらみたいのって勝手に自分の世界に入るわけ?」

「それって、オタクのことを言ってる? 童貞のこと言ってるの?」

「男全般のこと。いい? 今の議題は私が美味しくハンバーグを作れるかどうか。アンタらは食べて美味しいって言うだけ。なんでこんな簡単なことが出来ないのよ」

 マリ子は疲れたとため息を落とすと、母親が子供に見せつけるかのように肩をトントンと叩いて椅子に座った。

「美味しくないからこうなってるんじゃ?」

 青木がサラッと言うと、明夫は「君はいつも一言多いんだ……」とうなだれた。

 マリ子が暴れるのがわかっていたからだ。

 結果は予想通り。

 マリ子の気が晴れるまであーだこーだと脱線する文句を聞いてるうちに、常温放置された焦げて生焼けの食べられないハンバーグは、焦げて生焼けで腐って食べられないハンバーグに変わっていた。

「まさかこれを食べろだなんて言わないだろうね……」

 明夫はコバエの止まったハンバーグだったかもしれない物体を見ながら言った。

「言わないわよ。もう一度作るから待ってなさい」

 マリ子は冷凍庫から出したばかりのひき肉を、肉たたき用のハンマーで力任せに叩いた。

 ラップに包んだうえで保存パックに入れていたので、肉片は飛び散らなかったのだが、その光景はさながらホラー映画のワンシーンのようだった。

「こんなヒロインいないよ……」

 明夫が引きに引いて下唇を突き出すが、マリ子にほのかな恋心を抱いている赤沼は好意的に捉えようとしていた。

「料理が苦手な暴力ヒロインって、良き時代のヒロインじゃないか」

「料理が苦手な妹も暴力を振るってくる妹も最高だけど、毒物を食べさせようとしてくる友達の彼女だよ。妹じゃないのにヒロインなんて図々しい」

 青木がいつもの妹属性至上主義のマウントトークを繰り広げていると、明夫が良いことを考えたと声を張り上げた。

「そうだ! ヒロインだよ!」

「そうだよ。マリ子さんはヒロインだ」

「いい加減目を覚ませ……赤沼。まだ君の心に図々しくマリ子が居座ってるは知ってる。アイスを片手にね。でも、あれはたかしのものだ。レアも出ないコモンだけの健康被害ガチャを引くつもりか? バクラバーガーのハンバーグのほうがまだ健康的だ」

 バクラバーガーの名前を出された瞬間。赤沼の現実世界に戻ってきた。

 それほど悪名高いまずいバーガーショップなのだ。

「コラボの利益だけで授業員を養っている伝説のバーガーだぞ。つまりオタクの心も胃袋もダメにするあのバーガーより悪いのか……」赤沼は真実に気付き目を覚ましきる前に「待った」と自分の心に言い聞かせ、言葉に出した。「――待った。それとこれとヒロインのなにが関係あるのさ」

「僕らオタクの根本的な考え方だよ。欠点こそ魅力。そして個性だろう。どんな体勢からでも、個性に変えられるのがオタクだ。だから四十八手というCG集があるんだ」

「普通はセックスのときに体勢を変えるのよ。だから四十八手っていう指南書があるの。アンタらが知らないのは指南をされてないから」

 バカにする視線を向けるマリ子に、明夫は同じ視線で返した。

「だから何度も言ってるけど僕は童貞で構わないの」

「そんなことより誰か玉ねぎ切ってよ。両端切り落としとらバラバラ事件なんだけど。このままじゃあ迷宮入りしちゃう」

 コロコロ話しの変わるマリ子に振り回され明夫はうんざりしていた。

「君の事件だろう……自分で解決してよ」

「このままじゃ完全犯罪になるって言ってるの。親元で葬式をあげてもらいたかったら手伝え」

「それってどっちにしろ死ぬじゃん。わかったよ……」

 明夫は嫌々ながらも慣れた手付きで玉ねぎを刻み始めた。

「本当無駄な特技よね……。アンタが料理が出来るだなんて」

「料理は出来ない。アニメの料理が出来るだけ。この二つは大きく違う」

「はいはい。それで、どうやったら玉ねぎをバラバラにしないで殺せるのよ」

「繋がってるところを切り落とさなければいいだけだろ」

 明夫は自分が言うとおりにやってみせた。

 玉ねぎを切る行為自体難しいものではないし、料理漫画で知識と実践を積み重ねてきた明夫が手間取るようなことではなかった。

「あら、上手じゃない」

「君に褒められても嬉しくない」

「嬉しい人もいるの。次は誰がひき肉をこねる?」

 マリ子の策略にまんまとはめられた赤沼は勢いよく片手を上げると、テーブルに放置されていた冷凍ひき肉をレンジの解凍モードを使って温めだした。

 そのまましばらくは、明夫が玉ねぎ刻む音タンタンっという小気味の良い音と、赤沼が皮肉をこねるネチャネチャという粘り気のある音が響いた。

 ふいに「これって誰の手作り?」と青木がつぶやくと、そのすべての音が止まった。

「”私が”作ったって言わなければ、そこは有耶無耶に出来るの。なんか文句ある?」

「文句はないけど提案はある。作ってるところは写真に取らなくちゃ」

「はあ?」と懐疑的なマリ子とは正反対に、明夫と赤沼は忘れてたと自分を責め立てていた。

「そうだよ。料理が壊滅的な苦手なヒロインには一枚絵のイベントCGだ」

 赤沼がテーブルに手をついてうなだれると、マリ子は露骨に表情を歪めた。

「そのイベントCGって表現なんかムカつくんだけど」

「イベントCGってのは一番良いシーンで活用されるの。僕は君をヒロインとは認めてないけど、一枚絵はコミカルなシーンでも使われる。僕はそこを認めてるってわけ」

「喧嘩を売ってるのはわかった」

 マリ子がシャツの袖をまくると、青木が「一番可愛く映ってるってこと。つまり映えだよ」とフォローした。

「それならそう良いなさいよ。オタクの褒め方っていつも遠回しなんだから」

「それは時代の変化。オタクは流れに敏感なの。だからオレの嫁ではなく、推しに変わった。そしたらどうだ。皆が使い始めた。映えだってそう。全ての映えは美少女ゲームの一枚絵から影響を受けていると言っても過言ではない」

「なら料理の絵でも描けばいいじゃないの」

「それはもう別口にある。いいかい? CGにCGを重ねる技法はありきたりなんだ。RGBで肌の質感を変えるのも、既にオタクがCG制作で始めていたことだ。いいかい? 戦争とオタクは新しい技術を生み出すんだ」

 明夫が見開いた目で言うと、マリ子は関わってらんないと青木に向き直った。

「アンタが一番まとなことを言ってたわね。で、写真を取るんでしょ。谷間はあり? なし?」

「たかしに送るんだろう? 今更谷間に食いつくの?」

「いつでも食いつく。なんにでも食いつくから、そろそろ匂いでしつけようとしてるところ。それよりどう? これ流行りのグラビアポーズ」

「それも二次元からの流用」

 青木不満げに言うと、マリ子ははっきりうるさいとつばを飛ばして言うと、汚れた顔を洗いにいったので、ようやく本題に入ることが出来た。

「それで。どうすればいい?」

「簡単だよ。一枚絵っていうのはバイト数を超えたデータの宝庫だ。僕らはオタクはデータ化されてない数値までも読み込む。自室――つまり背景一つでヒロインの印象は変わるんだ」

「一理ある。いい女のSNSの自撮り。女向けと男向けで背景が違うもん。つまり私のSNSね」

「それと角度。実際にプレイヤーを通した目線か、それともプレイヤーに状況を整理させるために別角度で目線か」

「なる。匂わせるってわけね。いい女のSNS自撮りによくある。あれ? これ誰が撮ってるんだろうって。つまり私のSNSね」

「なにより大事なのはカメラを意識しない」

「ちょっと! そんなの失礼じゃない。アンタらAVの中で役者がこっちのそっちのけでやってたらどう思うのよ」

「僕はAVを見ない。作られたセックスならアニメも同じ。とにかく、こうやって撮っておけば料理を作ってるようには見える」

 青木はマリ子がまだ意識してない時に撮った写真を見せた。

 そこには自然な表情で料理をするマリ子の姿があった。

「あら……いかにもオタクの好きそうな構図。勝手にヒロインとして登録したら起こるわよ」

「妹でもないのに? なんて図々しい」

「やっぱアンタもムカつくわ……。でも、ほか二人に比べてマシ。少しは現実世界の女に興味出てきたってことでしょう」

「親友の影響ってやつだよ」

「あら、そんな人いたのね。大事にしなさい」

「マッチングアプリで大事なのは写真で騙すことだって、次に経歴、あとは堂々と嘘をつく勇気だって」

「今すぐ疎遠になりなさい。どうせ芳樹でしょう」

「そこまでわかってるなら、僕が彼をどれだけ大事に思ってるかわかってるでしょう」

「わかってるから、言葉を選んだほうがいいわよ……」

「とにかく、作戦名はこう。たかしに現実世界で恋愛シミュレーションゲームをやらせよう作戦」

「意味わかんない」

「君には答えを見せたほうが早い」

 青木は先程の写真をたかしに送り付けた。

 すると『凄い楽しみ』だと返信が返ってきた。

「どう? 今彼の中ではゲーム画面みたいに選択肢が出た。今、選んでる最中ってわけ」

「それって、私を思う時間が増えるってことでしょう? ……最高じゃない」

 それからマリ子と青木は色々な小道具やポーズを使ってたかしにメッセージを送り続けた。



 そして、赤沼と青木が自宅に帰り、たかしも夕飯に間に合うように返ってきた。

 マリ子の手料理が死ぬほど楽しみだからだ。

 料理が苦手ということも知っているが、今回は画像付き。美味しいハンバーグが出来上がってるのを知っているので、憂いは一切なかった。

 しかし、テーブルについて出されてたのはインスタントラーメンだった。

「ハンバーグは?」

「美味しかったわよ」

 マリ子は昼にオタク達に作らせたハンバーグの写真を見せた。

「この写真は?」

 たかしは自分に送られた、完成品のハンバーグと一緒に映っているマリ子の写真を見せた。

「美味しかったでしょう?」

 マリ子はエプロンで隠しきれていない谷間を指でピンチして拡大させると、ニッコリと微笑んだ。

 そして、自分はお腹がいっぱいだと自室へ戻っていた。

 明夫だけが「君の選んだヒロインは手強いぞ。オタクじゃないものが生み出したモンスターだ」と、慰めかどうかわからない言葉をかけて自室へと戻った。

 一人残されたたかしは、スマホの画面をピンチして胸の谷間を拡大するとため息と一つ落とした。

 そして、今度は自分に対してため息を落とすと、用意されたインスタントラーメンをすするのだった。

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