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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
82/125

第七話

「ねぇ、どっちの色が良いと思う?」

 マリ子は二色の上着をそれぞれ手に持ってたかしへ見せた。

「選んでも怒られないほう……」

「選ばないのが一番怒られるって知ってるでしょう」

「でも、選んでも怒られる」

「わかった……。どっちが今日のブラの色だったら嬉しい?」

「……薄水色」

「なら緑のにしよ」

「ほら」

「ブラとアウターの色を合わせたってどうしようもないでしょう」

「それなんだけどさ……本当に来るわけ?」

 たかしは困ったように右頬を掻いてうつむくと、再び気まずそうに右頬を掻いた。

「むしろなんで行ったらダメなのよ。彼氏が誘われたパーティに彼女が参加。どこが不自然なのよ」

「パーティーってのはパーティーゲーム大会で。場所はボスのカードショップ。誘ったのは明夫。本当に来るわけ?」

「じゃあなに? 限られた若い時間をだらだら一人家で過ごせって言うわけ? ありえない。それならオタクにチヤホヤされに行く」

「そこが問題なんだけど……」たかしは言葉を選びに選んでから「たぶん相手にされない」と思い切った。

「彼氏の嫉妬にしては言葉が悪いわよ。私がどんだけ人気者か知らないでしょう」

 たかしがユリと付き合っている間、マリ子はゲームにハマっていたので、ボスのカードショップにも何度か足を運んで小規模のゲーム大会に参加していた。

 普段は店に来ないタイプの女性ということもあり、お客が浮足立っていたのも確かだ。

 しかし、その後のことを知っているたかしはマリ子がどんな扱いを受けるのかわかっていた。

「マリ子さんも知らないでしょう。オタクはメインヒロインのサイクルの移り変わりも早い」

「大丈夫よ。どんなにバカがいても、私のかわいいおバカちゃんはあなただけよ」

 マリ子は五歳児の子供をあやすようにたかしの頬を軽くつねると、鼻歌交じりの上機嫌で家を出た。



 たかしの言っていることを理解しないまま。半ば無理やりボスの店へと付き添ったマリ子だったが、店に入ってすぐに後悔した。

「うわっ……最低ね……」

 そう言ってマリ子が睨みつけた相手は、いかにもオタク相手に金を稼いでると言ったようなコスプレをしている悟の姿だった。

「僕が好きでパステルカラーのメイド服を着てるとでも思うわけ?」

「私が言ってるのはオタクに媚びて人気者のフリをしてるってこと。ほら、こっち見なさい。本物のいい女よ。現実世界にハウス!!」

 マリ子が大声を上げるが、客達の反応はない。

 全員が昨日見たゲーム配信の話やアニメなどの話題を悟へ振るのに一生懸命で、マリ子の存在に気付いていないのだ。

「なんて浅はかな……」と頭を振って現れたのは明夫だ。「こうなるから君は呼ばなかったんだ」

「どういう意味よ……」

「君は本物にはなれなかったんだ。彼こそが本物の女性。わかる?」

「これは誰かの誕生パーティーで、誰かを驚かそうとするのに私を巻き込もうとしてる? 正解でしょ。……じゃなかったら、集団催眠にかかってるヤバい集団ってことになるけど。ピンクのパステルカラーのメイド服を着てる男に、大量の男が嬉々としてとりとめのない日常話を繰り広げてるのが正常の世界は、まだこの世に存在してない」

「ピーチカラーのセーラーメイド服だ。ちゃんと襟を確認した?」

「目視できない……」

「仕方ないな……」明夫はやれやれと演技ぶると悟の横に立った。「勝ち」

 悟に向かって勝利宣言する明夫に、マリ子は「は?」とがんつけた。

「わかりやすくする? なら、こうだ。君の負け」

 明夫はマリ子を指してはっきり敗北したと宣言した。

「まだ勝負は始まってないわ。――待った……。なんで、私がこんな負け役みたいなセリフを言わないといけないのよ……。イチから説明しなさいよ」

「だから、この場のメインヒロインは彼であって君じゃないの。だから呼ばなかったんだ。君は現実でいい女を気取ればいい。でも、この世界のいい女は彼なんだ」

「本当に……」とマリ子はため息をついた。「――アンタの言葉って、人をバカにしてるのか自分をバカにしてるのかわからないわよね。……で、どっち?」

 マリ子に睨まれたたかしは「バカにされてる」と正直に伝えた。

 誤魔化したところで明夫が追撃を仕掛けてくるのは目に見えているからだ。

「ようし……わかった。全員わからせる……」

 マリ子の本気の瞳を見て、たかしは慌てて彼女の腕を掴んだ。

「ちょっと待った! まさか脱ぐとか言わないよね」

「たかし……。自分の彼女をなんだと思ってるわけ……」

「だって、いつもそうするじゃん」

「おバカね……。それはベッドに誘う口実を作ってあげてるんでしょう」

 思いがけずピンク色の雰囲気に包まれた二人だが、それでも周囲からの反応はなかった。

「気分悪いわぁ……。スタイルが良くて顔も良い。絶世の美女とそれをものにした普通の男よ。それがイチャついてたら、舌打ちの一つでもするのが礼儀だと思わないわけ?」

「オレは普通の男なんだ……」

 たかしがボソッと呟いた。

「二回もものにしたんだから満足しなさいよ」

 マリ子がたかしに身を寄せると、明夫はうんざりした様子で肩を落とした。

「ちょっと……ここは君たちが行くような安ホテルじゃないんだぞ。まったく……。いいかい? 彼が男か女か。確認するまでわからない。彼はシュレディンガーの猫ってわけ。わかる? 彼は男かもしれないし、女かもしれない。僕らはゲームを楽しんでるんだ」

「わかった……」とマリ子は低い声を出すと「アンタらの得意なゲームで勝負ってわけね」

「違う。マリ子は今日のゲーム大会にさそってないもん」

「違う。恋愛ゲームの話よ。恋愛ゲームは私のほうが得意ってこと」

「違う。恋愛ゲームは僕の分野だ」

「あーもう! とにかく! この夏!! 嫌でもアンタらオタクの凍りついた時間を進めてやる!! 待ってなさいよ!!」

 マリ子はレジカウンターに拳を叩きつけると、たかしの腕を掴んで店を出ていった。



「オレはゲーム大会の参加者なんだけど……。どこへ向かってるわけ?」

 たかしは明夫に大会不参加の誤りのメールを送りながらも、マリ子に手を引かれたまま街の景色を眺めていた。

 普段明夫達と遊ぶオタクショップが集まる場所でもなく、芳樹や悟と遊ぶような複合施設でもなく、オフィスビルが立ち並ぶ区域だった。

 スーツだらけの雑踏。愛嬌のない人の群れをマリ子は慣れた風に進んでいき、常識を持ち合わせていたら絶対に通らないであろうビルの隙間を抜けた。

 すると、たかしも見たことのある住宅街へと出たのだった。

「ここって……マリ子さんのバイト先?」

「そう。【メイドのザンギ】よ」

 マリ子が乱暴な音を響かせて引き戸を開けると「いらっしゃいませ」というか細い声が遠慮気味に響いた。

「いらっしゃったわよ」

「あらマリ子ちゃん」朱美店長は見知った顔を見つけると、表情を柔らかくして「いらっしゃい」と言い直した。

「テンチョー。話があるんだけど」

「お客さんもいないからいいわ。こちらへいらっしゃい。彼氏さんもどうぞ」

 朱美店長は写真をマリ子から見せられていたし、たかしが何度か様子見に来ているのも知っているので、警戒心を持つことなくスタッフルームへと招き入れた。

 折りたたみの椅子とテーブル。それとロッカーだけの質素で狭いスタッフルーム。

 マリ子は椅子を二つ出して一つをたかしに勧めると、座った途端に「テンチョー。ダブルデートしよう」と本題を切り出したのだった。

「困るわ……困るわ、マリ子ちゃん。ちゃんとした経験がないのに三人でなんて」

 朱美店長は顔を両手で覆っていやんいやんと身を捩った。

「テンチョー……。デートよ、ただのデート」

「びっくりしたわ……。いつの間にか危ないサービスにお店を利用されたのかと……」

「ねぇ……いいでしょう。テンチョーもたまには外に出てハメを外さないと」

「ダメダメ……ダメよ。どんな勇気ないもの」

「別にブラを外せって言ってるんじゃないの。いい? 同じ夏は二度とこない。同じ髪質も同じ肌も二度とこないのよ。見せなくちゃ。世界よ――こんにちはじゃないわよ。世界が――こんにちはよ。ねぇ、たかし」

 急に話題を振られたたかしは「オレ?」と思わず自分を指して聞き返してしまった。「そうだな……無理に誘う必要はないと思うけど。だって、夏が好きな人ばかりじゃないだろう」

 たかしの助け舟に、朱美店長は言葉を出さずに何度も首を振って肯定した。

「わかったわ……。じゃあ言い方を変える。私が好き?」

「当然」

「私の友達も好き?」

「当然」

「なら私の言いたいことわかるでしょう」

「もしかして……これって朝の仕返し? これどっちがいい? の完全版になった難問とか……」

「ただのダブルデートよ。私とたかし」

「それはわかる。朱美店長さんの相手の都合も聞かないと行けないだろう」

「それなら大丈夫よ。ほら、連絡して」

 マリ子は朱美店長ではなく、たかしに向かって言った。

「オレ? オレが誰に連絡するわけ?」

「ボスよ。今日一日ボーっとしてたわけ?」

「ちょっと待った……イチから説明して……」

「たかしの好みの薄水色のブラをして、オタクショップに言ったら喧嘩を売られたから買ってここにきた。店長とボスが付き合えば、オタクの城は陥落。そこにはマリ子の城が建つってわけ。わかる? この夏オタクは行く宛がなくなって、ゾンビのように街をうろつくの。したっけ熱中症予防に外でなくなるでしょう。やることは家でゲーム。はい、オマエの電気代に大ダメージ!!」

「つまりただの腹いせってこと?」

「でも、明夫にも悟にも有象無象のオタクにもダメージを与えられるチートアイテムだよ。次のアプデて使用禁止になるね。あーもう!! こういうセリフが出るのも全部オタクのせい」

「ごめん。断る」

 今回はマリ子の憂さ晴らしなので、たかしは付き合うつもりはなかった。

 仲間内の騒動ならまだどうにか出来るかもしれないが、マリ子のバイト先の店長とよく行くカードショップの店長を巻き込むわけにいかないと思っていた。

「今、自分で言ったのよ。断るって。断って」

 マリ子は自分のスマホをたかしに渡した。

 既にボスにメッセージを送っており、内容はたかしが女を紹介するというものだった。

 結婚願望のあるボスは何度もたかしにお礼の通話をかけると、連絡先を交換する前にまずは四人で会おうと無理やり押し付けると電話を切った。

 通話が切れる音を遠くに聞きながら、たかしはため息を落とした。

「本当に決まりなの? これ。朱美店長さんはいいんですか?」

「私はマリ子ちゃんが面接に来たときに悟ったわ。彼女に逆らっちゃいけないって……」

「はい、決まり! 忙しくなってきたわよ。今日からここは作戦本部。私が集合って言ったらここに来るのよ」

「バイト先を勝手に利用していいわけ?」

「家で作戦会議するっての? とりあえず群れるオタク達と寂しがり屋の芳樹に邪魔されるわよ。それに――」マリ子はたかしの唇に人差し指で触れると「ここなら、人目も気にせずキス出来るわよ」と妖艶な笑みを浮かべた。

 これだけでたかしは思わず頷いてしまった。

「キスだけ! ここでしていいのはキスまでです! 風営法に引っ掻かったら困っゃうわ……」

 朱美店長はまるで本物のキスシーンにでも遭遇したかのように慌てていた。

「まさかアウターの色選択だけでこんなことになるとは……」



「まさかメイド服の色選択だけでこんなことになるとは……」

 ボスはマリ子から受け取ったメッセージを見たまま、まだ信じられないと固まっていた。

「ボス! 絶対に騙されてる! 相手はマリ子だぞ。魔女だ!」

 ボスに恋人が出来ると、店の休みも増えると思った明夫は絶対に阻止だと声を大きくした。

「でも、電話でたかしに確認したぞ。アイツは嘘を言うか?」

「言って欲しい。そうだ! ボス! 夏は男だけオタクだけ集まって徹夜でゲームをしよう! 最高だよ。ナンバリング作品を無印からプレイしていくんだ。つまりゲームの進化と僕達の歴史を同時に感じようと言うわけだ。ボス? ボス?」

 明夫が熱弁してる間に、ボスはレジ横にあるパソコンでデート用の服をネットで探していた。

「嘘だろう……男の城が……オタクの城が……たった一人の女に壊されるかもしれないだなんて……。やはり男か女か……選択を迫ると時がきたのか……」

 明夫がため息混じりに眺めたのは悟の背中。

 悟が悪寒を感じたのは言うまでもなかった。

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