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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
75/125

第二十五話

「よう! 来てくれたのか!! 心の友よ!!!」

 芳樹は病室のベッドから勢いよく上体を起こして手を振った。

 その元気な姿は、本当に盲腸で入院しているのかと疑うほどだった。

「責任を取ってもらいに来たんだ」たかしはため息を「はあ……」とつくと、来客用の丸椅子に腰掛けた。

「ユリと別れたのはオレのせいじゃないだろう。むしろ誰より応援してたんだぜ」

 芳樹はこんなことになって本当に残念だと表情を暗くした。

「それはわかってるし、感謝の気持もある。でも、責任を取って貰う必要はある」

「おい……誤解されるようなこと言うなよ。まだ言ってないけど、この病院に狙ってる看護師がいるんだ。勘違いされたら困るだろうが」

「誤解はさせないよ。ただ芳樹の力が必要ってだけ」

「たかし……」頼られた芳樹は一瞬感動に瞳をうるませたが、不審な動きをする付添人を見て眉間にシワを作った。「誤解されるようなことをしてる奴がいるぞ」

「おかまいなく」と明夫は軽い調子で言うと、物色するように明夫のベッド周りをいじっていた。

「本当に構いたくねぇからどっか行ってくれ……」

「大丈夫。僕のことは空気に佇む妖精だと思ってくれていいから」

「妖精どころかウイルスだろうが……。なんだよ、オマエら……。お見舞いに来てくれたんじゃねぇのか?」

「お見舞いに来たよ。ほら、お菓子」

 たかしは後で病室の皆と分けて食べてくれと、お見舞いの品を芳樹のベッドに置いた。

 ベッドテーブルやテレビ台などは既にお見舞いの品で埋まっており、そこにしか置く場所がなかった。友人の多い芳樹は、たくさんの友人がお見舞いに訪れていたのだ。

「おっと、羨ましいだなんて思うなよ。誰かがお菓子を食っては、誰かがお菓子を置いてく。講義の合間の空き時間潰しの場所にされてんだ。ここはな」

「自分でここの病院を選んだんだろう。大学の近くだから寂しくないって」

「なんだよ。オレが悪いっていうのか」

「悪い悪くないの話はしてないよ。それでオナラは出たの?」

「ばっちりだ。すぐに退院出来るってよ」

 芳樹は心配してくれてありがとうと白い歯を見せて笑ったのだが、たかしの表情は暗くなっていた。

「そうだね。退院だ……喜ばしいことなんだけどさ……どうにか延長できない?」

「ここをカラオケ屋だとでも思ってるのか? 出来るわけないだろう」

「そうなんだけど。大爆笑で傷口が開くとか……ありえないことじゃないだろう?」

「親友が入院期間を長くする方がありえねぇよ。なんなんだよ」

「時間が足りないんだ」

「オレの病状をからかってるわけではなさそうだな……。わかったぞ。この名探偵ヨシキにかかれば簡単なことだ。犯人はオマエだ!!」

 芳樹はお見舞いの品をチェックする明夫に人差し指を向けた。

「おめでとう」と明夫は拍手を静かに響かせると、後はそれっきりでお見舞いの品のチェックに戻った。

「いい加減説明してくれないとよ。大病だって大騒ぎするぞ……」

 芳樹は病院だから変に目立ちたくないだろうとたかしを睨んだ。

「わかったよ……白状する。ラジオに送るネタが欲しいんだ」

 思いもよらない回答に芳樹は「はあ?」と声を裏返して聞き返した。

「だからラジオのネタ。医療アニメのインターネットラジオのコーナーに、あなたの入院生活ってコーナーがあるんだ。でも、僕ら入院してないだろう? 嘘をつくのは嫌だし……」

 たかしが視線をそらして、言いにくそうにまごまごしていると、明夫が急にMCのように場を流暢に回し始めた。

「僕らの親友がちょうどよく入院したってわけ。僕は幸運だったよ。まさか親友が入院してくれるだなんてね。さすが親友だよ」

「アイツも殴りたいが……。たかし……オマエの方がもっと殴りたい。どうしちまったんだよ! オマエはアニメで友情にヒビを入れるような奴じゃなかっただろう!! もしかしてオレの呪いのせいか!? 呪いの第二形態か? オレはなんてことをしちまったんだ……」

 後悔の念でベッドにうずくまる芳樹だったが、二人とも彼に声をかけることなく、入院中のコップや雑誌の配置など、後でメールに書きやすいように状況再現用の写真を撮っていた。

「おい」と芳樹が顔を上げると、さすがにたかしだけは手を止めた。

「悪いとは思ってる。でも、これが最後のチャンスなんだ。コヨりんのナースフィギュアなんて、もう二度と手に入る機会はないぞ」

「たかし……違うって。手に入る機会はあるけど、ブラックライトを片手に中古屋を走り回ることになるって言ってるの」

 明夫は詳細が間違っているたかしに、やれやれポーズをつけてと呆れた。

「今なら戻ってこられるぞ。オレの退院と同時にオタクを治したらどうだ?」

「言わせて貰えばオタクは治る治らないの次元にない」

 明夫が偉そうに言うと、芳樹も偉そう返した。

「こっちも言わせてもらうけど、痛いオタクは治すべきだ」

「いいこと言う。さすが親友だ」

 明夫が素直に拍手を響かせると、話が通じないと芳樹が項垂れた。

「大丈夫か? 入院が伸びそう?」

 たかしが声をかけると、芳樹はもう帰れと二人を追い出した。



 その数日後。マリ子がうんざりした顔で「もう止めなくちゃ」と決意を瞳に滲ませていた。

「本当にその通りよ」

 京はマリ子を見て言った。

 現在マリ子の口にはアイススプーンが咥えられており、目の前ではすでに三パック分の空のアイスが積まれてた。

 このアイスはマリ子が自分で買ったものでもなければ、京が甘やかすために買ってきたものでもない。

 アイスの景品目当ての明夫とたかしが、近所のコンビニで手当たり次第に買ってくるのでなくならないのだ。

 初めはアイス代が浮いて得だと思っていたマリ子だったが、あれば食べてしまうので先日までのダイエットが台無しになってしまう可能性がある。

 ダイエットに協力した京も、無になるのは嫌なのでどうしようかと考えていた。

 元々食玩や一番くじなど、アニメコラボは明夫だけがやっていた。その時は一人なので問題がなかった。余ったお菓子は大学に持って行けばいいし、偏った食生活というのも大学生ならではだ。

 だが、もう一人オタクが増えてしまったとなると、消費が間に合わないのだ。

 最近ではコンビニを回るのも面倒なので、ネットでダンボール注文をしようという話も出ており、マリ子と京は部屋がダンボールで埋まる前に手を打つ必要があるということになった。

「問題はどう切り出すかよね……」

 マリ子はアイスを食べると、スプーンを咥えたままうーんと唸った。

「私なら体重計を取り出すけど」

「わかった。もうやめるわよ」マリ子は食べかけのバニラアイスにチョコシロップをかけて、それをお粥のようにかきこむと、空箱を雑にゴミ箱に捨てた。「それで? オタクが感染した場合の対処法は? ゾンビゲーみたいにヘッショ? それなら楽。問題はこの日本でどう銃を手に入れられるかよね。ゲームなら冷蔵庫に入ってそうだけど」

「新たな感染者になってるわよ」

「冗談よ。何も対処法が思い浮かばないんだもん。場を和ませたくもなるってもんでしょう」

 たかしも明夫も自分のお金で買い物をしているので、ルームシェアのルールで口出しできない。

 部屋の場所をとるような大型のものを買うのならば相談することになっているが、問題になっているのはアイス。それもマリ子が消費するので実際には大した問題になっていない。

 手をつけるマリ子の体重が一番の問題だ。

 そんなことで明夫が聞く耳を持つはずもなく、二人がいない隙に女二人で会議しているのだった。

「そうね。たかし君を元に戻せば良いってことでしょう?」

「簡単に言わないでね。なんでオタクがオタクを辞められないのかわかる? 居心地がいいからよ。オタク部屋から出たら風邪引をくという明夫の名言もあるわ」

「でも、たかし君なら大丈夫よ。元から広く浅くの性格なんだから、今回の行動も一種の現実逃避よ。オタクという逃げ場に片足を入れて、ダメな自分を守ろうとしてるの。ジョギングを始めたり、オタ活を始めたり、今回の失恋は相当心が傷付いたようね。失恋は人生を豊かにするって研究結果があるの知ってた?」

「知らないけど、私と別れた時にあんなに落ち込んでなかったのは確か。これどういうこと? なんて研究結果?」

「知らないけど……。円満な別れじゃなかったの?」

「円満よ。円満過ぎてムカついてきた。確かにしばらくウジウジはしてたけど、付き合ってる時にガス溜まりになるほど悩んでもらってないし、別れた後に気分転換に新しいことも初めてない。これってユリに女として負けたってこと?」

「何で勝ち負けをつけるかによるけど。普通は勝敗はつけないものよ。個人的価値観だもの」

「個人的価値観ってやつ。他人のをどうやって操作するの?」

「聞いてなかったの? 個人的な価値観よ。他人のはいじれないわ」

「でも、しないと私プライドに関わる」

「まだ好きなの?」

「それとこれとは別。出会いと別れは平等であるべきよ」

「マリ子がどう思うが勝手だけど。無理だと思うわ」

 最近のたかしは明夫の勢いに流されつつも、オタ活を楽しんでいるように思える。京はおそらくマリ子が何をしても無駄に終わると思っていた。

 今日も明夫とたかしは一緒に帰宅をし、一緒にアニメキャラクターが描かれた紙袋から、同じアニメキャラクターのフィギュアの箱を取り出し、おそらく店舗でもしていたであろう会話をそっくりそのまま繰り返し始めたのだ。

 その姿はまさしく友情を育んだ幼馴染だ。

 だが、美しいとかと言われれば別な話だ。

 マリ子はもう見ていられてないと、たかしの胸ぐらを掴んで引っ張った。

「痛いことはしないで!!」

 思わず目をつぶるたかしだったが、ビンタが飛んでくることはなく、そのまま引っ張られた。

「痛いことはしないわよ。わからせるの」

「なにするつもり? 今から明夫とフィギュアを飾るレイアウトの相談があるんだ」

 たかしは紙袋をギュッと握って、マリ子の目を見た。

「なにって聞いた? なにってセックスするのよ」

「意味がわからないんだけど。さてはセックスを餌にレアフィギュアを奪おうとしてるな……」

 マリ子はこれはダメだと頭を抱えると、たかしの次の答え次第で、思い切った行動に出ようと決心した。

「女にベッドに誘われて断る理由は?」

「フィギュア」

 たかしがキッパリいうと、マリ子はため息を一つ落としてからシャツに手をかけた。

 明夫がいるのも無視で、ブラごとシャツを脱ぐと「もう一度聞くわよ。女にベッドに誘われて断る理由は?」と、体を隠すことなく聞いた。

「ないです……」

「よろしい。ほら行くわよ」

「あっ! ちょっと……」

 たかしはフィギュアを乱暴に足元に落とすと、そのままマリ子に連れられて二階へ上がっていった。

 リビングでは「たかし治っちゃうの?」と明夫が寂しそうにしていた。

「治りそうね。それにしても……あんな特効薬はマリ子しか思い浮かばないわね」

 京は天井が軋むのを感じると、リビングのテレビをつけて音量を上げた。

「せっかくたかしと真の友情が育めると思ったのに……」

「真の友情よ。たかし君と明夫君の友情は。同じ色ではないだけ。でもしっかり結ばれてるわ」

「なら、いっか。バイバイ……オタクのたかし」

 明夫はたかしがオタクになった原因のゲームをパッケージにしまうと、それをゲーム棚ではなく、飾り棚に飾った。

シーズン3はこれで終わりです。

シーズン4の投稿再開日は、Twitterと活動報告で知らせます。

評価やブックマ―ク。とても執筆の力になっています。ありがとうございます。

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