第二十四話
「――聞いて、ユリがね。――そうだ! ユリがね。――ユリってば」
すっかりユリと友情を深めたマリ子は、毎日遊んでは家で誰かに話していた。
今日は京が掴まり、聞いているのかいないかわからない淡々とした相槌を返していた。
「たかし……あれだよ」
明夫はリビングでコントローラを握り、テレビから目を離さずに言った。
「オレにどうしろって言うんだよ。どっちにも口出す権利はない」
「違うって、たかしもあんなんだったよ」
たかしとユリが付き合っている間。のろけ話を聞かされていた身としては、どちらも大差ない光景だと明夫は興味も示さなかった。
「まさか」
「こっちがまさかだよ。こっちはたかしの初体験の話だって聞かされてるんだ。興味なんか一個もないのに」
「あの時はとにかく地球の人類全員に幸せだって言って周りたかったの。そのうち明夫にもそう言う時が来る」
「来たよ。初めてのエロゲーの時は報告しただろう」
「……頼んでもないのにね」
「僕だって頼んでなかった。だいたいさ……君が結婚して子供が出来たなら認めよう。でも、実際は失敗してフラれたんだろう。僕にあれこれ恋愛がどうだって講釈を垂れる権利があると思う?」
「言わせて貰えば権利はある。……普通は恥ずかしいから行使しないけど」
「いやいや、権利は行使するべきだ。君にはこのゲームをプレイする権利がある」
「あのな……明夫。オレがフラれたり失敗したり、落ち込んだ時にオタクの道へ誘うのはやめてくれ」
「でも、アニメキャラクターは癒すために生まれたものだぞ。人間は人間を傷つけることもあるが、アニメキャラクターは無害。世界が色々なものの解禁や解放に向かうんなら、僕は二次元キャラクター達の解放に向かいたいね。近いぞ、次元の融合は……。多次元空間が集まる世界。ワンダーラン島。この世界にはそれぞれ種族が住んでいる」
「あのなぁ……ゲームのあらすじを混ぜるなよ」
「最後まで聞けって。主人公。つまりたかしはミニノミニマ族が住む世界。モルトで目覚めることから物語は始まる。ここの種族は魔法も使えなければ剣も振れない。銃の技術もなければ、機械を作ることも出来ない。そんな中なにがあるか。愛だ。たかしは愛を持って世界を渡り歩いていくんだ」
「っていうゲーム? マンガ? アニメ?」
「マンガだよ。どう? 自分のペースで読める上に、まだ声優が決まってないから好きな配役を選べる。アニメ化前にだけ出来る神聖な儀式だ。次元の扉で異世界へこんにちわ。つまりファンタジー、宇宙、学校なんでもあり。古き良きジャパニーズファンタジーだ!!」
「そういうのって節操がないって言わない?」
「今はキャラに個性なんて適当なもんさ。数うちゃ当たるで、キャラクターの飽和状態。それもオタクの世界だって受け入れなきゃ」
「なんだっていいよ。オレはやらないんだから」
「わかってる。やる、やらないはたかしの自由さ。でも、ゲームをセットしておくのも僕の自由だ。たまたま明日から数日雨の予報でランニングに出られない日を狙ったわけじゃないよ」
「芳樹と飲み会続きなんだ。そろそろ明夫の慰めが来るなと思って狙って用事を入れたわけじゃないよ」
たかしはマンガに逃げてなるものかとリビングを後にした。
飲みにいく前に、課題のレポートを見直しておこうと机に向かっていると、スマホが緊急サイレンを鳴らしたかのように振動した。
ただの通知のバイブなのだが、たかしにはそう聞こえたのだ。
そして、スマホを開くとあながち離れてもいないような内容だった。
盲腸で入院したという連絡だ。つまり、まるっきり暇になってしまった。
そろそろ夏休みなので、課題に追われる学生とはなかなか予定が合わない。
都合のつきそうなメンバーは皆ドキドキ海フェスに同行したメンバーなので、金欠なのはわかりきっている。
せっかくだしバイトの日数を増やそうかと考えながら、たかしは昼寝をしてしまった。
昼寝といっても夕方近く、リビングでマリ子と明夫が騒いでもたかしが起きることはなかった。
そして、深夜。つけっぱなしのテレビの眩しさに目を覚ましたのだ。
五分ほど記憶を辿ったところ、芳樹との予定がなくなり暇になったことを思い出した。
とりあえずお腹が空いたので、マリ子が作った塩辛いスープに水を足して薄めると、これまたマリ子が作ったバイト先の焦げた唐揚げをレンジで温めた。
ご飯は明日の朝のために水をつけて準備がしてあるとことであり、もう一度レンジを使うのも面倒臭いので、スープと唐揚げだけの夕食をすることにした。
揚げすぎた硬い唐揚げを咀嚼し、ボリボリと脳天に直接音を頭の内側から聞きながら、たかしはなぜテレビがついてるのか頭をかしげた。
マリ子や明夫が寝落ちしていることはあるが、その二人の姿はない。
それにつけっぱなしだったなら、常識人の京が消してくれるはずだ。
たかしはおかしいなと思いながらも、ゲーム機にスリープモードの点灯がされているのに気付いた。
明夫がつけっぱなしにしたと思い、セーブをしておいてやろうと軌道した。
テレビには起動画面が映し出された。
オープニングでスリープモードになっていたのだ。
ここでたかしは明夫がゲームを勧めてきていたことを思い出した。
その手に乗るかと一度電源を落としたのだが、皆が寝静まった深夜。一人起きていても暇だと気付くと、自分で自分に言い訳をしてゲーム機の電源を入れ直した。
キャラクターメイク機能が凝っており、見た目はもちろん。ステータスによって友好種族や敵対種族が変わる。
要は自由度の高い3D RPGだ。
キャラクターメイキングで終わらせよう。ちょうどいい暇潰しになる。
そう思ったのが悪かった。
キャラクターメイキングが終わると、このキャラクターが世界でどう動いてるのかを見たくなってしまったのだ。
ファーストクエストだけ。そう思い進めていくと、用途不明のアイテムが手に入り、その使い方を村人に聞けばいつの間にか交流を深め仲間が増えていた。
三時間もゲームを続けていれば、それなりにキャラクターにも愛着が湧き始めていた。
贔屓キャラクターには最新装備を与え、スキルポイントも集中して振っていく。
たかしがあれもしようこれもしようと考えていると「僕の掌の上」と背後から囁かれた。
振り返らなくてもわかる。この家にいるもう一人の男は明夫しかいないのだ。
「マンガは読んでないぞ」
「でも、そのマンガの原作がゲームなの。ちなみに音楽を聞こうとしたら、ゲーム声優のラジオが流れるようにしてあった」
「無駄なことを……」
「無駄じゃないだろう。ほら見ろ。普段人にオタクだなんだいってる癖に、推しキャラは【峯先輩】か。にわかの癖にわかってるじゃん。やっぱり同じ境遇ながらも、卑屈にならず前を向く姿勢に惹かれた? 今のたかしにはピッタリだもんね」
「たまたまだよ」
「たまたま一番レベルが高くなって、たまたまレア装備をつけさせて、たまたま初期ブーストアクセサリーを装備させてる彼女が推しじゃないと? たかし……嘘はオタクの世界でも、オタクの世界じゃなくても嫌われるぞ」
「わかったよ……。峯先輩は可愛い。頼りになる。何より、魔法を唱えモーションの脚がたまらない」
明夫はオタクの世界へようこそと両手を広げた。
「ようやく偉大な一歩だ。自分を素直に受け入れる。オタクの第一歩目だ。気をつけろよ。一歩進んだら、オタクをブランドだと勘違いする奴もいる。オタクはあくまでオタクだと言うことを忘れないように」
「わかってるよ。後戻りができなくなったオタクを知ってるからね」
「僕は自分で橋を壊したんだ。再び橋が架かる時。それは二次元からの虹の橋だ。その時はたかしも連れてくよ」
「迷惑だ。とにかくもうおしまい。四時だぞ。大学もあるのに、起きてらんないよ。無理にでも寝なくちゃ」
たかしはコントローラーを置いたのだが、「峯先輩の専用装備は取ったの?」と質問されると再び手に取った。
「専用装備? そんなのあるの?」
「あるよ。仲間キャラクター全部に専用装備がある。どれも強いものじゃないけど特殊効果がいい。なんと見た目が変わるんだ! RPGにおける最高の特殊効果だろう。ちなみに峯先輩の専用装備はホットパンツ」
「それを先に言えよ。どこにあるんだ。取り返しつかない場所にないだろうな」
「次元を移動する転移学校があるだろう? 峯先輩が部屋として使ってる保健室にある。右から二番目の薬棚だ」
「本当だ……なんでこんなところに」
「プライベートを想像させるゲーム会社の手腕だろう。いいか? 聞き飽きただろうけど、何度でも言うぞ。オタクの世界は想像の世界だ。想像力がなくなったものからオタクをやめていく」
「たかが着替えだぞ。見ろよ……すごい……良い。3Dって凄いよな。ありきたりだろうけど、もう本物だよ。本物じゃない世界も本物だもん」
たかしは誤魔化すために3D技術を褒めに褒めまくったが、明夫が聞き逃すことはなかった。
「凄いだろう。ホットパンツで出来る陰影が。シェーダーの限界を超えてるよ」
「わかった。認める。本当にすごいし、オレもこの魅力からは逃げられない」
「その言い方はもう逃げてる」
「逃げてるというか……下だけホットパンツっていうのがなんとも」
「わがままだね。そこもこだわるの? でも、それがオタク。そして、そのオタクの対処はとっくの昔にゲーム会社が編み出してるの」
明夫はスマホを取り出すと、ある写真を眼前に突きつけて見せた。
たかしは思わず「それは……ちょっと……」と尻込みをした。
明夫が進めているものは、セクシー衣装のキャストオフフィギュアだからだ。普段は制服姿だが、服を外すとホットパンツとキャミソール姿になる。
そして、このフィギュアにはシリアルナンバーが付いており、番号を入力するとゲーム内で使える専用装備のキャミソールがもらえるのだ。
つまり、フィギュアと全く同じ見た目で冒険が出来ると言うことだ。
「破格の七八〇〇円だぞ。いいのか? あんなに可愛い嶺先輩が、上がセーラで下はホットパンツというダサい格好をずっとするんだぞ。君にそれが耐えられるか? 買うべきだ」
「七八〇〇円だぞ! その金額で何が買えるのかわかってるのか?」
「何が買えるかより、何が買えないかの方が大事。七八〇〇円で家が買える? 車が買える? ゲーミングパソコンが買える? 答えはノーだ。それならフィギュアくらい買ったってなんだ」
「詭弁にもなってないぞ」
「そうだ。僕はたかしのこころ懸命に息をしているオタク魂に声をかけたんだ。ほら、もうすぐ産声を上げるぞ。聞かせてくれ!」
明夫が手を当てて耳を向けてきたので、たかしは見透かされているので取り繕うのは無理だと諦めた。
「峯先輩――と、アリアのフィギュアも」
「惑星プレシアの王女アリアね。たかしなら選ぶと思ってたよ」
明夫はすでにお気に入りに登録済みだと、商品をカゴに移した。
それから数日後。マリ子が変化に気付いた。
「なんか人形増えてない?」
「そう?」
たかしはゲーム画面から目を離さずにいった。
「部屋の肌色指数上がってるんだけど……」
今日は季節先取りの夏日ということもあり、マリ子は薄着だった。
にもかかわらずたかしが反応することはなかった。
「そうかもね」
「ねぇ……そんなカップ持ってた?」
「峯先輩のキス顔カップのこと? 持ってたとかいう次元の話じゃなくて、いくつ持ってるかの次元にいるんだけど?」
「そう……」
「そうだ!! 峯先輩のキャラソンが発売されるんだけど。買わない? キャラクター総選挙に参加出来るよ」
「遠慮しておく……お大事に」
マリ子は自分にも経験があると、すっかりオタクの世界に浸かってしまったたかしに優し視線を向けた。




