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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
70/125

第二十話

「平日に開かれるイベントってどうなのかしら。全く想像がつかないんだけど」

 今日は【ドキドキ海フェス】が開かれる日だ。

 たかしは集合場所の最寄りの駅までユリを迎えに行っていた。

「明夫の話だと、もうすぐ終わりそうなイベントなんだってさ。今回で三回目か、過去に三回開かれたって言ってたよ」

「そうよね。人が集まらなそうだもの」

 ドキドキ海フェスはオタクのイベントだ。普段海に行かないような人間をターゲットにしたイベントだったが、誰もが予想した通り見事に失敗だった。

「あの明夫達が行けなかったくらいだからね。水着に負けたって言ってた」

「水着にも免疫がないの? 大丈夫? 私水着よ」

「免疫がないのは自分の体。水着に着替えて鏡の前に立ってみたら、あまりに枯れ木にそっくりで、自分に自分でびっくりしたって」

「私は羨ましい。世の女の子悩みよ。無駄な贅肉を落とす」

「明夫は必要な筋肉も落ちてる。それに男が言う痩せてるって、女の子と違うからね。女の子の言う痩せてるはガリガリ過ぎるよ」

「ならもっと太らないと」

 ユリがからかって笑うと、たかしも笑った。

「まぁ、とにかく。全員癖はあるけど、良い奴なのは間違いないから。ユリさんもすぐに慣れると思うよ」

「何人かは会ったことあるのよね。京はかなり仲良くなったし」

「まぁ、明夫の相手が出来れば十分だよ」

 たかしは心配ないとユリを安心させると、彼女の荷物を持って歩き出した。

「ここ! ここ! ここだよ!」

 ドキドキ海フェスを誰よりも楽しみにしていた明夫は、なかなか来ないたかしを心配して迎えにきたのだった。

「あら、ワンちゃんみたい」

 走ってくる明夫を見て、ユリは素直な感想を口に出した。

「犬の方が話がまだ通じるよ……。お手と待てが出来るだけ向こうがおりこうだ」

「いいから早く! ドキドキ海フェスなんだぞ。ドキドキ駅フェスじゃないんだ。こんなところで立ち止まってどうする」

「はいはい。ドキドキ電車フェスでもないしね」

 たかしが適当にあしらうと、明夫が信じられないと言った顔でシャツの裾を掴んだ。

「うそぉ……そんなのもあるの? まさか今日開催じゃないよね」

「ね? 犬の方が通じるだろう? 話が」

「それだけ楽しみなのよ。ほら行きましょう」

 ユリが長い足の一歩を踏み出すと、明夫はいよいよだと興奮して拳を高く上げた。

 それが子供だったらどれだけ可愛い光景だったか、たかしとユリは周囲の奇異の視線に晒せながら、集合場所へと向かうことになった。

 


 集合場所にやってきた二人を見た芳樹は「ユリも来んのか」と幼馴染の登場をあまり良く思っていなかった。

「なによ」

「オマエがいるとやりづらい……」

「お互い様よ。それで……あなたがマリ子さんね。会ったことはなかったわよね」

「そう考えることも出来るわね」

 マリ子はずいっと一歩前に出ると不敵に笑った。

「そうかもね」

 ユリも柔和な笑みで返すが、肘でたかしにこれは一体どういうことなのかと合図を送った。

「それはちょっと……わからないかな」

 実際にはなんとなくわかっているたかしだが、それを説明すると他にも説明することが山ほど出てくる。

 少なくとも出発前にする話ではなかったので誤魔化した。

「さぁ、全員揃ったわね」とマリ子は仕切り直した。「車は二つよ。座席を決めましょう」

「私はたかしと乗るわ」

 ユリがたかしに寄り添うと「仲が良いのね」とマリ子が言った。

「それって……どういう意味?」

「そのまんまの意味よ。私も彼氏がいたら、彼氏の隣がいいもの。今のは本当に他意はないわ」

「ってことはさっきのは他意があるってことね」

「私達女よ? 他意だらけじゃない」

「確かに」とユリは笑ったが、たかしはいつ火がつくのかヒヤヒヤしていた。

 なぜマリ子が強めにユリに当たるのかもわからないので、尚更心配になっていた。

 だが、それはたかしだけのことだ。他は興味がないか、興味がありすぎるの二択だ。

 二人の間に流れるなんとも言えない空気に「わお……女の戦い?」と公子はワクワクしていた。

「見逃せないわね」と京は先に車へ乗った。

「それなら、他意の真意を探りましょう」

 ユリは京が乗った車のほうへ一歩出た。

「あら、楽しいドライブになりそうね」とマリ子も一歩前へ出て車の前へ立ったので、座席はほぼ適当に決まってしまった。

 しかし、車に乗った瞬間から文句を言ったのは公子だった。

「こう来るとは思ったよ。クソが……」

 車の中。後部座席の真ん中で公子が悪態をついた。

「ピッタリなんだから良いでしょう。車にも酔わないんだから」

 助手席に座っているマリ子は、お気に入りの音楽をスピーカーに設定してながら言った。

「せめてお酒に酔わせろってんだ……。車だよ? 私が三番目に安全にお酒が飲める場所。一番は自宅。二番はマリちんの家ね」

「家は託児所じゃないわよ。それにしても、運転出来たのね」

 マリ子は運転する赤沼に声をかけたのだが、その瞬間から汗が噴き出した。

「病院にワープして欲しくなければ話しかけないで……」

「ちょっと……自分で大丈夫だって言ったんでしょう。しっかりしなさいよ」

「その時は女の子だらけの車に一人で乗るとは思わなかったんだ」

 赤沼は女性の香りが充満する車内でテンパっていた。

 元から車の運転はオタクグッズを買いに行くのに使っている赤沼だが、女性に関しての免疫はあまりないので、この空間は車の運転に集中するだけでいっぱいいっぱいになってしまっていた。

 この車には運転席に赤沼が座り、助手席にマリ子。後部座席の真ん中には公子。そして、挟むように京とユリが座っていた。

「代わりましょうか?」

 京が聞くと、赤沼は話しかけられなければ大丈夫だと返事をした。

「天国へのドライブにならないといいんだけど……」

 京はクラクションを鳴らして抜いてく車を見て、ポーカーフェイスながらも不安を感じていた。



 赤沼が人生の山場を迎えている頃。

 たかしは気が気じゃなかった。

 てっきりユリは自分と同じ車に乗ると思っていたのだが、ほぼ男性陣と女性陣に分かれてしまった。

 誰かがルームシェアのことを話してしまったら、ユリは第三者から知ることになる。

 喧嘩や別れ話の原因となるのは火を見るより明らかだった。

「先に言っとけば良かったのに」そう苦言を呈したのは後部座席の真ん中に座る悟だ。

 こっちの車の運転手は芳樹であり、助手席には青木。たかしと明夫はそれぞれ後部座席の端に座っている。

「言わないでよ……。後悔と心配で心臓がどうにかなりそうなんだから」

「本当だ……ロックバンドのドラムみたい」

 悟はたかしの胸に手を当てて鼓動を確認した。

「おいおい……そういうのは女子がいるから盛り上がるんだ。男同士でなにやってんだよ」

 芳樹は慣れたふうに運転を続けるが、どうも前の車の様子がおかしかった。

 前にいるのは女性陣が乗っている車なのだが、急にスピードを出してこっちの車を振り切ろうとしているのだ。

 おかしいと思ったたかしはユリにメッセージを送って聞いてみた。

 返信は『赤沼君が緊張でお腹を壊してます。トイレに着いたらまたメッセージを送るね』だった。

「だから、オレをあっちの車の運転手にしておけば良かったんだ」

 芳樹は自分が率先してアピールしたのにと文句を言っていた。

「下心が透けてるからだろう。あとは……そうだな。芳樹の親友が公子さんとの車は嫌だけど、芳樹と一緒がいいってゴネたからか」

「オマエか……」

 芳樹は助手席にいる青木を睨んだのだが、青木はそれを何かの友情のサインだと勘違いしてしてしまったので笑顔で返していた。

 気分を上げようとノリノリでかけたアニメソングは、最近の深夜アニメばかりで盛り上がるのは青木と明夫だけだった。

「ちょっと【にゃんにゃんファイター おかわりさん】の主題歌を知らないってのか? ほら、これだよ」

 明夫が「にゃんにゃん」と甲高い声で歌い出しかと思ったら、青木が「ふー!」と格闘家のように気合の入った声を上げた。

「やめてくれ……頭がおかしくなる。もっとあるだろう最新の曲。ロックとかラップとかないのか?」

「あるよ。本当に聞く?」

 どうせアニソンだと悟った芳樹は「やめておく……」とつぶやいた。

「そうだ! 昔のアニメの歌は? オレ達全員カラオケで歌えるだろう? ほら『GO! GO!』から始まるやつ」

 歌を口ずさみながらたかしがかけた曲とは、モンスターと主人公の少年少女が旅をするアニメのオープニングだ。

 国民的な人気を誇るアニメで、別にこの場にいる男達だけが盛り上がる曲ではない。

 つまり日本にいる男なら、その全員が盛り上がる曲だ。

 車の全員同じ。

 イントロがかかった瞬間に、誰からともなくノリノリ奇声をあげて『GO! GO!』と叫んだのだった。

 


「ちょっと……なんか後ろ揺れてない?」

 マリ子はサイドミラーから、小さくなった男性陣が乗っている車の様子を伺っていた。

「あの揺れ方は……。絶対に【Poop Making Machine】だ!」

 便意の波が収まった赤沼は、男達が全員で主題歌を熱唱してることに気付いた。

 なぜならいつもは自分があちら側にいて、振り付け付きで熱唱しているからだ。

 好意を寄せているマリ子が助手席に座っているにも関わらず、赤沼は向こうの車に乗っていなかったことを後悔していた。

「なに? 音楽で盛り上がってるわけ。じゃあ、こっちも対抗しましょう」

 マリ子はアイドルの曲をかけたが、盛り上がったのは「いえーい!」と子供のような声を上げた公子一人だった。

「皆ノリ悪くない?」

 マリ子は周囲に酔ったのかと聞いた。

「違うわ。うるさくすると、彼が漏らしそうだから……」

 再び便意の波に襲われた赤沼は、額に脂汗を流して運転していた。

「わかったわよ。トイレ休憩の時に、車の座席も見直しましょう。せっかくプレイリスト編集してきたのに」

「そうね。今ドラマの主題歌も歌って旬だし、昔のアルバムも聞きたくなるわよね」

 ユリが一瞬流れた曲に反応すると、マリ子のテンションは上がった。

「わかるー。二枚目の【LOVE】ってアルバムに入ってる【Love On Love】は思い出の曲なの」

「昔の恋人との思い出?」

「そう。この曲がかかってる時に、思いっきりケツを蹴ってやったわ。で、蒙古斑のついたお尻で浮気相手の家まで乗り込んで行った。気分爽快。向こうも浮気で、修羅場なの。まじザマァみろ」

「それ爽快ね」

「だしょ?」

 マリ子が後ろ手に手を差し出すと、ユリは小気味いい音を立てるようにタッチした。

「マリ子さんは強いのね」

「強く見せてるのよ。男は優しくしたらつけ上がるから。まず会って早々に睨むの。やましい思いがあったらすぐに反応するわ」

「うー怖い」

「そうよ。私は怖い女よ。浮気したらガソリンで揚げ物してやるわ」

 マリ子とユリが車という密室空間で急激に仲を深めている頃。

 男性陣が乗った車でも友情が深まっていた。

 今度は映画の主題歌をかけ、感動する場面を思い出した芳樹が泣き始めると、全員が感化されて涙ぐみ出したのだ。

 だが、やることは一緒。涙で震えた声で熱唱する。

 まだまだ大きく揺れ動く車を見たマリ子は「向こうも漏れそうなのかしら」と勘違いしていた。

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