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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン1
7/121

第七話

「やあ」と家を訪れたのは、赤沼と青木の二人だった。

「いらっしゃい。いい? 今うちには女がいる。母親だと思って無視して」

 明夫はマリ子と関わると危険だと説明すると、二人を家の中に招き入れた。

「知ってるよ。ひどい女なんだろう? 君の話じゃ、随分な女だ。オタクでよかったとつくづく思うよ」

 赤沼はサラサラのおかっぱ頭をなびかせて、やれやれと首を横に振った。

「僕もだ。でも……まさか僕達男の城に女が来るだなんてね。考えてもみなかったよ。妹が突然出来るのは何度も考えたけど」

 今日はオタク三人が集まってカードゲームをする日だった。飽きたら他のゲームと。それぞれ食べ物を持ち寄って、一日中遊ぶというまるで小学生が思い描く夢のような一日だ。

 しかし、「あら、いらっしゃい」とマリ子と鉢合わせたことにより、小学生が中学生へと変わってしまったのである。

 マリ子に挨拶をされた二人は固まってしまった。女性への免疫が少ないというだけではない。明夫から聞いていた容姿とは全然違うからだ。

 特に赤沼にとっては、見た瞬間から心臓を鷲掴みにされるほど好みの顔だった。

「聞いてる? おーい」

 マリ子は赤沼の目の前でヒラヒラと手を振って反応が返ってくるのを待った。

 緊張に枯れる赤沼の口から思わず出た言葉は「好き」の一言だった。

「あら、ありがとう」と、今度はマリ子が固まった。それっきり赤沼が喋らなくなったからだ。

 やっとのことで口に出したのは「返事は?」というものだった。

「わざわざトラウマを植え付けられたいの? やっぱオタクの友達って変だわ……」

 マリ子は言わなくても答えはわかるでしょう。とでもいうように肩をすくめると、オタク見学は済んだと自室へ戻っていった。

「わーお……すごい女……昔僕をいじめた女の子とそっくり。本当に君のママだとしたら、僕は泊まりに来られない」

 青木は信じられないといった表情で、マリ子が立ち去った廊下を見つめた。

「明夫! 彼女はブスだって話じゃなかったのか?」

 たかしはあんなに綺麗な子は初めて見たと、明夫に詰め寄った。

「言ったよ。毎日作画が違うんだぞ。今日のはまだまし。昨日なんか右の眉毛がない状態で家の中をうろついてた」

 明夫はそれはひどいものだったと両眉を寄せた。

「これだからオタクの意見は参考にならないんだ」

 赤沼がため息をつくと、明夫は心外だと声を大きくした。

「おい、同じオタク仲間だろう?」

「僕は二次元に童貞を捧げる方法なんて本気で探してない」

「僕は明夫の味方だよ」と青木は明夫の肩を抱いた。「さっきの女性が、妹だっていうなら話は別だけどね」

「いいから、さっさと【マジックソード・ウォー】をやるぞ。リビングは僕らのものなんだからな!!」

 明夫が拳を掲げて声を張り上げると、オタク二人も同じように拳を掲げた。誰にも邪魔されず、人の目も気にならない空間などあまりない。この家はオタク趣味の二人にとっても、とても大事な場所だった。



「いいか? 僕は【微笑みの魔術師】を生贄にして、火のエレメントを一枚ドロー。さらにチェーン。【死神の釜】を使い。異方属性融合だ。場にある水のエレメントを融合することにより。【核熱のウンディーネ】を特殊召喚」

 青木はテーブルにカードを置くと、得意顔でターン終了と告げた。

「なら、僕は」と明夫は少し悩んでからカードを出した。「【ボンガルの引退戦士:ダビドン】を召喚して、高台を建設する。ダビドンの特殊効果により、捨てた手札の枚数だけ高台の数字を上げられる。捨てるのは三枚。核熱のウンディーネにあるエレメントは二枚。これで僕にはウンディーネの攻撃【熱湯の津波】は高さ制限によって無効化できる」

「オレの番だ。いいな?」と赤沼は笑顔を見せた。「オレが出すのは【巨大モグラの群れ】だ。断層運動により隆起。フィールドの高さはすべて一マスあがる。そして、地のエレメントを消費することにより、フィールドの一部を沈降することが出来る。つまり、僕のモグラは一マス分地中深くにいるから問題なし。異方属性融合の精霊カードはダメージを与えられないと消滅する」

「ちょっと! ずるいよ。先行が不利すぎる」

 負けてしまった青木はやってられないと、残ったカードを投げ捨てた。

「しょうがないだろう。三人対戦用の【デルタフィールド】はそういうものだ。なんでターン変更のマジックカードを入れておかなかったんだ?」

 明夫は常識だろうと付け足すと、赤沼と一騎打ちを始めた。

「四人対戦だと思ってたからだよ。明夫がそう伝えたんだからね。たかしはどうしたんだよ。僕らオタクでも気にせず遊んでくれる普通の一般人は彼だけだ」

「そんなことないだろう」

 赤沼は自分達も一般人寄りだと言ったが、青木はバカにして鼻で笑った。

「他にもイケてる友人がいるのに、僕らにわざわざ時間を割いてくれる一般人がどこにいるっていうのさ」

「安心しろよ。僕に彼女が出来ても、君とは遊んであげるから。彼女といえば……さっきの女性……めちゃくちゃ可愛かったよな。それにゼノビア様と同じ香りがした……」

「前に明夫が使ったシャンプーの匂いだろう。明夫が暴力の香りって言ってたのがわかったよ」

「あの人は何もやってないだろう」

「オタクだと蔑んだ目で見てきた。あれは立派な暴力」

「僕の妹が青木を見る目も同じだぞ」

「だから、僕は君の妹が好きなんだ。家に行くたび毎回ご褒美をくれるからね。妹のやることなすこと全部がご褒美だ」

「ちょっと集中してよね……。僕らがやってるのは知能育成ゲームだぞ。片手間に出来るものじゃない」

 明夫が不機嫌になると、赤沼は「悪かったよ」と謝りゲームに戻ったのだが、場を何回見ても自分の負けが確定しいてた。「もっと早く言えよ……」

「でも、自分が敗北する瞬間は目に焼き付くだろう? 大事な勝負で目を離すのが悪い」

「勝負の流れを見てないんだぞ。悔しいも何も……クソ……やっぱり悔しい」

 赤沼は勝てた勝負だったのにと、カードをテーブルに叩きつけて悔しがった。

「君は忘れていたようだね。このマジックソード・ウォーは会話も駆使する頭脳戦だってことをね」

 明夫は気を逸らしてくれた青木とハイタッチをして喜んだ。

 しかし、その歓喜の時間はアイスを取りに降りてきたマリ子の一言で、あっという間に消えてしまった。

「オタクでも会話って出来るの?」

 明夫は「なに?」と不機嫌に返した。

「だって、オタクって会話が苦手なイメージじゃん」

「そんなことない」

「だって、この家に来て三時間は経つのに、そこのオタク二人は未だに私に名前を聞いてこないんだよ」

「赤沼です」赤沼は立ち上がってよろけながら自己紹介をした。「あっちは青木」

「私はマリ子よ。それで、いい年して子供向けのカードゲーム? お酒もないのに?」

「高さと奥行きを駆使した。テクニカルカードゲームだよ! 邪魔するなら出てってよ」

 明夫はオタクタイムを邪魔されたと怒るが、赤沼は違った。

「そうだ! マリ子さんを加えたら四人だ! テトラフィールドを使って二対二で戦えるぞ!」

 赤沼の提案に青木は肯定的に頷いた。

「それはいいかも。テトラフィールドならターンで不利になることはない」

「ちょっと……正気? 僕らは男だぞ。それも大学生だ。いい年の大学生の男が女と遊ぶっていうのか?」

 少し考えてから「それって……なんかおかしいこと?」と、赤沼は首を傾げた。

「言葉を間違えたよ……僕らはオタクだ。オタクの大学生活に、現実の女の思い出があっていいと思ってるのか?」

「そっちは同棲してるんだから、ガタガタ言うなよ」

「わかったよ。ただしお荷物はそっちで受け取って」

「当然だよ。さあ、隣へどうぞ」

「やるとは一言も言ってないんだけど……」

 オタクの妙な熱気に押されて、マリ子は渋々テーブルを囲んで座った。

「基本の動きは将棋やチェスみたいなものだよ。そこに高さが加わり、カードに書かれた効果も加わるってわけ」

「なにこのエレメントって新種の野菜?」

「簡単に言えばマジックパワーのことだよ。無限に魔法が使えると思った? そんなの小説やアニメの世界だけ。現実のゲームでは制限があるんだ」

 ニコニコで説明する赤沼に、マリ子は呆れていた。

 明夫も同じだ。デッキを整理しながら、マリ子を誘った赤沼に呆れていた。

「男のゲームを女とやることになるとはね」

「でもいいチャンスじゃないか?」

「どこが?」

「だって、これに勝てば君の一勝だろう? 同棲生活でイニシアチブを取れるぞ」

「なるほど……オタクの力に彼女も平伏すってことか……悪くない」

「だろう? 僕らがオタクがどれだけこのゲームに時間と知能を費やしたか見せてやろう!」

 意気込む二人を見て、マリ子はキツく言って断っておけばよかったと後悔した。

 そして、いざゲームが始まると「あーっと。忘れた」と赤沼が声を大きくした。

「やっと思い出したの? オタクのゲームに美女がいるなんておかしいって……」

「違うよ。大事な説明を忘れてた。このゲームの醍醐味だ。つまり頭を使う部分ね。カードにない効果でも、口から出まかせが使える。その場のオリジナルスキルってやつ」

「それって、今オタクの間て流行ってるオレ最強ってやつ?」

「違うよ。相手を納得させられなきゃダメなんだ。理屈をつけてね。過度なイチャモンは禁止。つまり、ファンタジー世界を盛り上げるスパイスみたいなものさ」

「へぇ……オタクのゲームも進化したのね」

「まぁ、僕が先にやるから見ててよ」赤沼は咳払いをして声の調子を整えた。「僕は【乙女剣士エルフ】を召喚し、森のフィールドを増やす」

 明夫はお見通しという笑みを口元に浮かべると「なら、僕はダークエルフだ。【清純なるダークエルフ】を召喚して、森を戦闘地帯に変える。種族争いの人員補充ため、今後エルフカードは森以外には召喚出来ない」

「それにチェーンだ」と青木が畳み掛けた。「マジックカード【魔界血清】により、僕のカードはすべて闇属性になる。明夫のダークエルフが攻撃をすると、半径に二マスいないのカードは追撃を出来るようになる。僕は【風精の友人フェアリー】を召喚させてもらう。さぁ、どうぞお姫様」

 明夫と青木は既に勝ったという気になって笑顔を浮かべていた。

「じゃあ、【踊り子】のカードを出すわ」

 マリ子は流れとは全く関係のないカードを出した。このゲームはプレイしながらのストーリーも大事なので、全く関係のないカードを出すとなにも出来ずに無駄なターンを過ごすことになる。

「ちょっと……それでどうするつもり?」と赤沼は慌てた。

「だって三人が出したカードって、どれも処女臭いんだもん。だからビッチっぽいカード出したの」

「あのねぇ……」と呆れる明夫だが、青木は「ちょっと待って! 続けて!」と食いついたのだ。

「だってこれって女同士で争ってるんでしょ? 女の争いで一番多いのは男関係よ。ビッチのが強い。男を味方につけられるもん」

「それはありえないね。僕は処女の味方だ。妹萌えの青木も当然僕の意見に賛同」

 明夫の言葉に青木は深く頷いた。

「それはどうかな」とマリ子は突然シャツを引っ張って谷間を露わにした。

 思わず青木と赤沼はそれに釘付けになってしまった。

「あら……これで三対一ね。踊り子は、男を援軍に呼べるってのはどうかしら?」

「ありだと思う」

 青木と赤沼が深く頷いたことにより、マリ子の意見は通ってしまった。

 その後も「女のことは女がよくわかっている」や、「あんた達に女の気持ちがわかるわけ?」などオタクには対抗できない言葉を使い、勝負を有利に進めていき、見事勝利を収めたのだった。

「僕のカード達がビッチになっちゃった……」

 明夫はまさか負けるだなんてと、心底悔しそうに顔を歪めた。反対に、隣にいる青木は心底嬉しそうな顔だった。

「僕のカードをビッチにしてくれてありがとう……。僕のカードにプレミアがついたよ」

「いいのよ。枕の下に敷いたら、三人でする夢が見られるかもよ」マリ子は下卑た笑みを浮かべると立ち上がった。「それじゃあ、これ以上付き合ってたら頭がおかしくなりそうだから行くわ」

「待って! その……楽しかったよ」

「そうね……私も思ったより楽しかった。誰かさんは負けて悔しいみたいだけど」

 マリ子は明夫にだけ意地悪な笑みをすると、二人には手を振ってリビングを立ち去った。

「なんだよ。思ったよりいい子じゃん。本当にお姉さんかお兄さんいないの?」

 青木はマリ子が誰かの妹だったらと悔しがった。

「彼女は今のままで最高だよ」

「僕は最悪だ……。あんなゲーム進行があるか? あんな異世界ルールは二度とゴメンだ」

「楽しかっただろう?」

「じゃあ、言わせてももらうけど、彼女の話を聞いてたんだろう? その上で、君たちに恋人ができると思うかい?」

「それは……無理……」と青木も赤沼も、女心は理解できそうにないとを歪めた。

「やったね! 言い負かした僕の勝ちだ。次からはビッチルールは無効だ!」

 明夫はそう叫ぶと、従来のルールで再びカードゲームを始めたのだった。






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