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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
69/125

第十九話

「本当にこれを飲むだけで痩せられるの?」

 マリ子はカップに注がれた液体を、子犬のように何度も鼻を鳴らして嗅いでいた。

「痩せられるわけないでしょう……」と京はため息を落とした。「ただのスペアミントティーよ。消化器官に良いってだけよ」

「それって痩せるってことじゃないの?」

「健康を保つものであって、何かを劇的に改善するものじゃないのよ。ハーブティーは」

「今のところ……嗅いだだけで具合が悪くなりそうだけど」

 マリ子がなかなかカップに口をつけないのは、ハーブティーから歯磨き粉の匂いがするからだ

「だからペパーミントにしたほうがいいって言ったのよ。そのスペアミントのハーブはオーガニックでそこそこ高いのよ」

「みゃーこは私の性格わかってるでしょう。拒まれれば燃えるタイプなのよ。それにしても、京とハーブって似合いすぎよね」

 マリ子はテーブルの上のケースを見て言った。

 ものが少ない京の部屋で唯一潤沢に揃っているのがハーブだった。

 元からコーヒー好きということもあり、飲み物にはこだわるタイプなので一般的なハーブから、少し変わったハーブまで揃っているのだ。

「それで痩せるハーブはどれなのよ」

「そんなのがあったら、とっくに絶滅してるわ」

「くそ! 過去のビッチどもめ! 美容品は分け与えるって知らないのかしら」

「とにかく、ミント系のお茶は口の中がさっぱりするしおすすめよ。食べる気がなくなるでしょう?」

 マリ子はミントティーを一口啜って「うーん……」と首を傾げた。「チョコミント食べたくなってきちゃった」

「本当に……マリ子は……可愛いわね」

「でしょう? さあ、買いに行こう! ついでにいつもの喫茶店行って、イチャイチャ見せつけてこよう。京は私のだってアピールしてこないと、時々勘違いした女が寄ってくるから。追っ払わないと」

「男も離れていってる気がするんだけれど」

「捕まえる? なんなら手錠貸すけど?」

「なにに使ったか聞きたくもないわね……。まあ、ミントティーが口に合わなかったみたいだし、コーヒーでも飲みに生きましょうか」

 京は「それじゃあ、行ってくるわね」と残して、マリ子といつもの喫茶店へと向かった。

「聞いてた?」

 赤沼はゲーム画面を見ながら、隣のオタク二人に話しかけた。

「聞いてたよ。行ってくるねって言ってた。妹からだったら最高なのにね」

 青木はガッカリと肩を落としながらも、ゲーム画面では銃を持って暴れ回っていた。

「そうじゃない。マリ子さんがハーブティーにハマってるって言ってただろう?」

「そんなこと言ってた?」

 青木と明夫は顔を見合わせてから首を傾げた。ゲームに集中してたせいで、女性二人の会話はほとんど聞こえていなかったのだ。

 まだマリ子にほのかな恋心が残っている赤沼だけ、会話に聞き耳を立てていた。

 しかし、ゲームに集中しているせいで、肝心の話は全く聞こえておらず、ところどころのワードしか頭に残らなかった。

 それで、マリ子がハーブにハマっていると勘違いしたのだ。

「言ってたよ。言ってたよな?」

「言ってかもね。魔女とハーブは相性ぴったりだから」

 明夫が嫌味を混ぜていうと、赤沼は「ほら見ろ」と食いついた。

「マリ子さんはハーブにハマってる。間違いない」

「だからどうしたってんだよ。僕らに身近なハーブはRPGだけ。挿絵付きの攻略本でもプレゼントする?」

「僕らがプレゼントするんだよ」

「赤沼……彼女らは原始人か?」と青木が呆れた。「僕らが買わなくても、ネットで買ってるだろう。君の祖父母にプレゼントするときはいいかもね」

「たかだかハーブをプレゼントするだけだぞ。そんなに考えることか?」

「違うと思うなら、行動に移すのはどうだい?」

 青木は全く動かない赤沼を見て、どうせいつも通り行動に移さないと確信していた。

 本人も口だけで全く動くつもりはなかったのだが、意外にも明夫が乗り気になった。

「そうだ! オーガニックって言ってだろう? 僕らで取りに行くってのはどうだ?」

「山へ?」

「山か川は知らないけど。よくある展開だろう? 主人公が苦労して探したプレゼントをヒロインが喜ぶってのは」

「まさか協力してくれるのか?」

 赤沼が驚くと、明夫が当然だろうと手を握った。

 すぐに着替えて支度をしてくると家を出て行く赤沼を見送った明夫は、興奮気味に青木へ振り返った。

「聞いたか? 採取クエストだぞ! 一回現実でやってみたかったんだ!!」

「なるほど……それでこそ明夫だね」

「なんだよ、青木は来ないのか?」

「行くに決まってるだろう! 僕も帰るよ。採取の効果音が鳴るサウンドボックス持ってるんだ。これは臨場感が出るぞ」

「凄い……採取して音が出るだなんて、まるで現実世界じゃないか!! 僕も穴あきグローブをつける日がやってきたか……」

 明夫はこれは重要な日になると決心すると、一旦青木と別れ、再度待ち合わせ場所と時刻を決めたのだった。



「見て、この枝……。【ダークフォレスト〜森の洋館〜】に出てくる世界樹の枝にそっくり」

 青木は節くれだった枝を剣のように高く掲げた。

「あっ、いいな」明夫も手頃な枝がないかと周囲を見渡すがなにもなかった。「これが予言書通りなら、迷子の妖精が現れるはず」

 明夫は自分の言葉にハッと息を呑むと、腰をかがめて周囲を警戒した。万が一妖精が現れてたとしたら、人間の姿が見えると逃げてしまう。というのがゲームのイベントだった。

「妖精イベントは良かったね。ありきたりな始まりだけど、ファンタジーが始まるって感じでさ」

「洋館ってところがいいんだよ。僕らは最初狭い世界を冒険するんだ。しかし、洋館を出たらもっと広大な森が広がっている。そこに迷子の妖精が現れて、行く道を照らしてくれる。よく出来てるよ。現実世界からファンタジー世界へ。しかし、妖精の光でしかファンタジー世界は見ることはできない。最後に妖精に姉がいるとわかった時は、思わず歓喜の涙が溢れ出したよ」

「最後以外は同意だね。妖精と別れてから羊羹に戻ると、廃墟だっていうのも泣かせる演出だったよ」

「妖精が妹だったシーンだね」

「違う。あれはいらない設定だよ。せめて裏話的に広めてほしかったね」

「絶対にいる設定だ。姉がいることにより、彼女の甘えや決断の葛藤がより色濃くなる。これがただの妖精だったとしたらどうだ? 誰もここまで熱を上げないよ」

「僕は上げてない。あの妖精ライトの照らし方が下手なんだもん。昨今のアクションRPGで、あの追従ライトはありえないね」

 明夫が目についた葉っぱを適当にちぎると、緊張感にかかけるポワポワした効果音が鳴った。

「明夫は薬草を手に入れた」と青木がつぶやくと、明夫はヌフフと不気味に笑った。

「やっぱり、ダークフォレストの効果音はいいね。いちいちファンシーだもの。このファンシーさが、現実とファンタジーが混じり合う鍵なんだよね」

 明夫と青木が盛り上がっている横では、赤沼が必死にスマホと睨めっこしながらハーブを探した。

「見つけた! レモンバーベナだって!! ほら、触ってみてよ。レモンに似た匂いがするから」

 テンションが上がる赤沼とは逆に、明夫はすっかり冷え切っていた。

 それは青木も同じで、赤沼が歯をむしり取った際には効果音を鳴らさなかった。

「雑草じゃん」

「雑草じゃない。ハーブだよ。ほら、ここに書いてあるだろう」

「僕の家にも生えてるよ」

 明夫は以前に巨大生物の島に舞い降りた巨大少女という題材で、フィギュアを使って撮ったムービーを見せた。

 そこには全く同じ葉っぱが写っていた。

「近くにハーブを育てる人がいると、勝手に増えるのかもね」

 青木はレモンバーベナを手に取ると、青臭さとレモンの香りが混ざった微妙なにおいに顔をしかめた。

「でも、これで目標達成だ」

 赤沼は保存方法見ながら次々にレモンバーベナを摘んでいくが、青木は近所の野良猫を見ていた。

「僕でもわかるよ。猫のおしっこつきの花束は女子に嫌われるって」

「オーガニックってそういうことだろう?」

「おしっこまみれがオーガニックって言うならそれでもいいけどね」

「間違ってる気がしてきた……」赤沼は摘み取った葉を全て捨てた。「でも、こうするしかないだろう。僕は何もないオタクなんだ。オタクが一般男性と並ぼうとするには、それは多大な努力がいるんだぞ」

「親友として言うけど、マリ子はやめといたほうがいいよ」

 明夫はどんなに自分勝手な女かと説明したが、一目惚れを拗らせた赤沼の耳には届いていなかった。

「だいたい人の恋愛に口を出すけど、自分達はどうなわけ? 一生こうしてるつもりか?」

「考えたこともないよ」と明夫。「確実に言えるのは、赤沼ほど切実じゃないだけ」

 明夫や青木とは違い、赤沼はおしゃれに気を遣っている。さらさらのおかっぱ頭もこだわりがあってのものだし、服装も二人と違って会った瞬間からダメ出しをされるようなものではない。まだ自分を見捨ててはおらず、普通の恋愛に憧れる男ということだ。

「僕だって男。カッコつける時はあるよ」

「僕らは安心だけどね。君がカッコつけてその程度なら、いつでも追いつけるから」

「ムカつく……けど反論が出来ない。でも、友達の恋愛を応援するくらいいいだろう」

「そこが難しい」と明夫と青木は同時に肩をすくめた。

「なにがだよ」

「僕らも明夫のルームシェアに関わるようになって結構経つだろう?」

「ルームシェア前からあの家には集まってるけどね」

 赤沼が訳のわからない反論をすると、青木はお手上げだと肩をすくめた。

「僕らが言ってるのは、君に脈なしってこと」

「それはわかってるよ。だけど、チャンスでもあるのは確かだろう」

「わかったよ。そこまで真剣に言うなら、僕も真剣に答えよう。いいかい? たかしとマリ子の間には、まだバカップルの匂いがする? これってどういうことかわかるでしょう。……僕を見捨てようとしてる」

 明夫はマジな話だぞと眉間にシワを寄せて言った。

「おいおい、そんな雰囲気はなかっただろう」

「でも、僕を見捨てようとしてるんだ」

「わかったよ。その時は僕の家へ来い。それで……その情報は本当なんだろうな」

「本当も何も一緒に暮らしてるんだよ。エッチまで発展してないのが奇跡。この間のガス溜まりからだよ」

「奇跡バンザイ!!」と赤沼が叫んだ。「待った……それって僕もガス溜まりになればマリ子さんと距離が縮むってこと?」

「そうかもね。女の子前でオナラをする勇気があるなら別だけど」

「……それって普通いじめられるじゃん。そんな勇気あるわけないよ」

「だろうね。だから、僕らはここがお似合いってこと」

 明夫は期待に満ちた瞳で枝を見た。

 そこには小さくて真っ赤なイチイの実が鳴っていた。

 赤沼は少し悩んでから、イチイの実に手を伸ばした。

 すると、その瞬間に青木が効果音を鳴らした。

 その効果音が鳴り終わる前に、明夫が「おかえり」と満面の笑みで言った。

「ただいま……。人生の底なし沼。さあ! 僕も枝を探すぞ!!」

 赤沼が叫ぶと、青木の手元で効果音は鳴り続けた。

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