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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
68/126

第十八話

「マリちんってさぁ……もしかしてオタク?」

 公子はFPSゲームに熱中するマリ子を見て言った。

「はぁ? これのどこがオタクなのよ?」

「ゲーム用パソコンを使って、ゲーミングキーボードとゲーミングマウスを使ってるところとか?」

「オタクのお下がりなんだから、道具はオタクに染まってて当然でしょう」

「スマホの待ち受けも、昔ならアイドルとか俳優だったと思うけど?」

 公子がマリ子のスマホに触れると、銃を持ったキャラクターの待機画面が現れた。

「文句ある? 脱いだら凄いのよ。夏限定の衣装見た?」

 マリ子がキャラクターの衣装を着替えさせると、公子はすかさず食いついた

「わお……凄いじゃん。なにこの筋肉。これをモデリングした人は相当の変態だね」

「好きなの嫌いなの?」

「好きに決まってんじゃん。でも、いいわけ? いつものマリちんなら、男がいないと呼吸が出来なくて死んでるのに。まさかもう恋人を作るのをやめたの?」

「私は出会いを大事にしてるのよ。今焦って変な男と付き合うより、海で変な男と一夜を過ごす方が万倍マシ」

「同意。でも、変な感じ」

「そっちこそ。オタクに惚れてたんじゃないの?」

「惚れてるよ。でも、私が来る時にちょうど来ないんだもん」

「青木ね……。あの変態のどこがいいんだか」

「ロリコンじゃないところ」

「ロリコンでもあるだけの変態よ」

「よく人の好みをアレコレ言えるね。マリちんの過去の男なんて相当だよ。筋肉と対話出来ると思ってるおバカさんでしょ。付き合ってる間は絶対に髪切らない男でしょ。他にも――」

 公子が昔の恋人のことを話し始めたので、マリ子はお手上げだとゲームの電源を切った。

「わかったわよ……女の子しに行けばいいんでしょ」

「ズバリそうだよ。社会人の私が、わざわざ休日に友達の家に来る理由ってなに? ゲーム? ノンノンだよ」

「急に平日休みになったから、寂しくてうちに来ただけでしょう」

「それもまたズバリそうだね。急な休みでテンションが上がるのは学生だけ。前日でも遅えっつーの。ありえなくない? どうせあのババアの有給休暇に合わせてシフト変更だよ。不倫なら美男美女がしろっての。ブスがブスと不倫してドロドロって悲惨だよ。ブスブスドロドロって可燃性廃棄物かっての」

 公子がストレス発散にクッキーを食べるのを見て、マリ子はこれはダメだと立ち上がった。

 なぜなら、自分の手元も無数の包み紙で散らかっていたからだ。

 おしゃべりで盛り上がり、気付かないうちについついお菓子に手が伸びてしまっていた。

「行くわよ……。食べた分のカロリー……絶対に歩かなきゃ……」



「まあ……言葉通り歩くことになるよね。こちとらセレブじゃないんだから」

 公子はため息をつくと背伸びして、ショーウィンドウに飾られたブランド物の鞄を見た。

 大学生のマリ子と社会人二年目の公子。思いつきの行動で自由に使えるお金があるわけもなく、ショッピングセンターでウィンドウショッピングというわけだ。

「いつかセレブになった時の為の予行練習よ」

「セレブになってショッピングセンターを彷徨うとはね……。これは社会人になる前に現実を突きつけたほうがいい?」

「オタクと仲良くなって学んだこと。それは――妄想は楽しい」

「わーお……攻めに攻めるマリちんが守備に回るとはね」

「守備は最大の攻撃よ。見てこのブラ。わざと脱がしにくい位置にホックがあるのよ。ベッドで受けの姿勢を見せつつ、精神で攻める。まあ女の常套手段よね」

「その下着に私のサイズがないってことは、私を女と見なしていないと」

 マリ子は「正直……」と公子の姿をつま先から頭頂部まで眺めた。「女として見られたら通報もんじゃない?」

 化粧と髪型でなんとか誤魔化しているが、よく見れば見るほど公子は成人女性に見えない。髪型を変えた日には、昼間に街をうろつくだけで補導が入るくらいだ。

「私は一ミリも悪くないじゃんかよー。ロリコンが悪いし、なんなら女の方が見下してくるんだけど。友達を子供扱いしてる私可愛いが見え見え。テメェが面倒見てるように振る舞ってるけど、こっちの方が常識人じゃボケェ」

「公子と話してると社会人に夢がなくなるわ……」

「社会っていうのは夢じゃなくてお金で動いてるの。社会人ってのはお金に動かされる。あーあ……話して虚しくなってきた……」

「趣味見つけなさいよ。スポーツで発散って中学生男子じゃないんだから」

「スポーツ程度で発散出来るなら、中学生じゃなくて中年だよ。もういっそ今から中学生に唾つけとく? 逆光源氏計画」

「童貞の情につけ込むっての? 危険よ。ベッドに入った次の日にはもう理解者ヅラだもの。オマエ誇らしい顔するほど、昨夜仕事してねぇぞってなもんよ」

「こっちはマリちんみたいに紐くじに当たりがついてるわけじゃないの。目玉商品の周りにはロリコンとか、言い訳するロリコンとか、自覚ないロリコンとか、開き直ってるロリコンとか」

「ロリくじ一回懲役数年ね」

「私はロリじゃないんだけど」

「言い訳するロリね」

「だから、向こうがロリコンなだけ。こっちはただの幼い顔してるだけ」

「開き直るロリかしら」

 マリ子はからかい続けるが、公子はそれに応戦するでもなく、不審者を見る目でマリ子を見ていた。

「マリちん……なにしてるの?」

「なにって下着を見てるのよ。ハム子が言ったんでしょ。オタクを悩殺する下着を見たいって。で、私は子供の下着売り場に連れてったけど、ハムがふざけるなーってここに引っ張ってきたの。忘れたの?」

 マリ子は次々に下着を取り出すと、デザインがどうとか、手触りがどうとか難癖をつけて再び棚へ戻した。

「私が言ってるのは、なんでわざわざそこに戻るわけ?」

 公子が指摘しているのは、マリ子は下着を手に取ると鏡の前ではなく、わざわざ店の隅に行って体に下着を合わせることだ。

「なんでって。ここが一番安全でしょう?」

 真顔で答えるマリ子に、公子は「なに言ってるの?」と真顔で聞き返した。

「ここが一番安全なの。まず周囲が見渡せるでしょう。背中は壁にあるから、背後から撃たれる心配はなし。いざとなったら、そこのショピングカートをバリケードに出来るし」

「……赤ちゃんを連れたお母さんが押してるショッピングカートをバリケードにするんだ。へー……。……いったいなにから?」

「敵に決まってるでしょ。最悪はゾンビ。あいつら、数で押し寄せてくるのよね……」

「もう一回聞くけど。なに言ってるの?」

「ショッピングモールとゾンビがセットなの知らないわけ? どうやって生き延びるつもりなのよ。使える武器は全部使わないと生きられないわよ」

「マリちんの世界にはゾンビがいるかもしれないけど、私の世界にゾンビは存在してないんだけど……」

 公子が精神不安者を見るような瞳で見てくるので、マリ子はわかったと下着を置いた。

「ゲームのことを忘れたらいいんでしょ」

「マリちんはオタクと過ごしてるから忘れてるかもしれないけど、普通に今のぶっ飛び発言だよ。着地点探してふわふわしちゃったじゃんかー」

「悪かったわよ。今のゲームってこれくらい頭使うのよ。どうやって自分が生き延びて、相手を隅に追いやれるか。……イジメがなくなんないわけよね」

「ハマり症なんだから……何度男に趣味を合わせてきたか」

「だって、ちょっと趣味のことを聞いたら得意げで話してくるんだもん。そういうとこ可愛いじゃん」

「それで最終的にうざくなって別れるのは誰さ」

「いつまでも得意げになって話してくる男が悪い。実際にハマって、私の方が詳しくなったら不機嫌になるってどういうことよ」

「はいはい。愚痴を聞いてあげるからフードコート行こう。今日は火曜日だからどこもサービスしてくれるよ」

「そうね……ランジェリーショップでする会話じゃないわね」

 マリ子は少し名残惜しそうに下着を棚へ戻すと、そこからは忘れたかのようにすっかり軽やかな足取りでフードコートへ向かった。



「見て、トッピングケチるようになったと思わない?」

 マリ子はチョコスプレーとアーモンドスライスをスプーンの先でいじりながら、不満そうな表情を浮かべた。

「普通じゃない? というか、トッピングの量を覚えてるほどアイスなんか頼まないもん」

「ステーキのサイズはわかるのに?」

 マリ子は熱々の鉄板に乗せられた牛ヒレステーキを怪訝な瞳で見ていた。

「だってステーキはサイズで言ったら、そのサイズで出てくるんだもん」

「今のは皮肉よ。普通女の子が集まって、ステーキを食べると思う?」

「食べてんじゃんかよー」

「食べてもニンニクはトッピングしない」

「嘘つけー。いつもしてるじゃん。第一軽食なのにタンパク質がたりてないよ」

「わかったわよ……こう言えばいいんでしょ。ダイエット中の私の前でステーキを食うな。この小動物が……」

「最初から素直に言えばいいじゃん。つーかカロリーそんな変わんないし」

「うそ!? アイスとステーキよ? 元が牛くらいしか共通点ないじゃない」

「私はミニステーキ。マリちんのはアイスのダブル。それもトッピングましまし。むしろそっちの方がカロリー高いんじゃない」

「トッピングをケチるせいよ……まったく」

 マリ子は愚痴を言いながらもアイスを食べた――と、いつもなら想像通りの行動をするのだが、今回は違った。スプーンの先でカラフルなチョコスプレーの色分け始めたのだ。

「マリちん?」

「回復薬作ってるのよ。赤と黄色を合わせてブースト剤を作ってから、茶色と合わせるのよね。ここで緑を入れちゃうと、回復量が減っちゃうの」

「さっさとアイスを食べて脳を回復させた方がいいよ。糖分がたりてないんだよ、きっと。じゃなければ、マリちんはオタクになった」

「失礼なこと言わないでよね。こんなに美人で巨乳のオタクがいる?」

「巨尻を忘れてる」

「忘れたんじゃない。不名誉だから抜かしたの。とにかく、私はオタクじゃ――オタクかも……」

 マリ子は自分でも知らないうちに、スプーンを使ってアイスにゲーム会社のロゴを掘っていた。

「どうしてそうなっちゃたのよ……ちょっと前までルーズソックスをはこうか悩んでたギャルとは思えないんだけど」

「それ、高校の時の話でしょ。さすがに古すぎてやめたわよ。公子は変わらず中学生みたいだったけど。食べたら帰るわよ。一度心のオタクを部屋にしまってから出直し」



 マリ子はせっかくの外出だったのにと文句を言いながら家へと戻っていった。

 家のドアを開けるなり、「隠れろ!」と明夫の声が響いた。

「ソファーの後ろでしょ。鏡で見えてるわよ。ばーん」

 マリ子は右手で銃の形を作ると、それを明夫に向かって口で発砲した。

「驚いたよ……」と明夫がソファから顔を出した。「まさか君がここまで戦場を理解してるとはね……。どうやら再戦を受ける権利はあるらしい」

「当然よ。今度はルールも覚えたし、男三人が集まったとことで、グレネードで一発よ。――って公子! どこ行くのよ」

「どこって帰るんだよ。オタクがいない場所に……」

 公子も右手で銃を作って撃つと、マリ子は胸を押さえてソファーに倒れ込んだ。

 公子のため息はかき消され、マリ子が顔を上げた時には公子の姿はなかった。

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