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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
65/127

第十五話

「ワクワクしてきた」

 赤沼は興奮に身震いしながら言った。

「そうだよ。これは【ミルドの森 2ndステージ】だ。延期に延期を重ねて発売された新しいバトフィールド!」

 明夫が拳を握って力強く説明する隣では、青木が平伏すような格好でカードゲームのフィールドマットを見ていた。

「嗅いでみてよ。まだ包装紙の匂いが残ってる」

「本当?」と早速明夫がフィールドマットの匂い嗅ぐと、すぐに赤沼も嗅いだ。

 まるで豚の飼育小屋のように鼻を鳴らす音が聞こえる部屋で、とうとう我慢出来ずに芳樹が声を張った。

「その変な儀式……しないとダメなのか?」

「新品を嗅ぎ分けてるんだ。本物の匂いを知らないと、本物かどうかわからないだろう」

 明夫があまりに真剣な顔をして言うので、一瞬騙されそうになった芳樹だがすぐに思い直った。

「新品を買えば新品だ。中古を買えば中古。当然のことだろう」

「聞いた?」と赤沼が呆れると、青木が「初心者なんだ。いじめるなよ」と庇った。

「庇うなよ。意味もないのに情けなくなるだろう……」

「そんな情けない君もここでは勇者だ」

 そう言って青木は芳樹に初心者カードパックを渡した。

「いいか? このゲームは知ってる。俺も男だからな。でも、この【マジックソード・ウォー】は小学生の頃に辞めるもんだ」

「それを極めたからオタクって呼ばれてるの」

 明夫がもっともらしいことを言うが、それで騙されるような芳樹ではなかった。

「とにかくやらねぇよ。思い出しながら対戦だなんて、こっちが不利になるだろう。オタクにでかい顔されてたまるかよ」

「聞いたかい? 対戦だって」

 明夫は含み笑いを浮かべた。

「なんだよ……。対戦だろう」

「僕らがやるのは対戦――じゃなくて大戦。四人協力プレイだ!!」

 明夫は勢いよくフィールドマットを広げた。

 協力プレイは探索と攻略のゲームになっており、フィールドマップを手持ちのカードで切り抜けるということだ。

 テーブルトークロールプレイングゲームを応用したカードゲームということになる。

 付属品に大量の指令カードがあり、その指令をクリアしていくのが普通の遊び方。札を個人で書き換えることにより、いくつも物語が広がっていくという。テーブルカードゲーム。

「初心者もいるし、デフォルトルールでいいよね」

 明夫はカードケースを開くと、デッキの確認を始めた。

「気を付けろよ。デフォルトルールって言っても、結構過酷なのもあるから。僕なんか、【殺戮の亜人:後がないオーガ】と二人きりでダンジョンに閉じ込められたんだ」

 青木の熱を込めた回想に、芳樹は「そりゃよかったな」と適当に返した。

「よかったよ。明夫が【モリアテエルフの治癒結界】を伏せていてくれたおかげで、僕は大怪我を顧みずに闘うことが出来たんだ」

「あれは我ながら冴えてたね。マップが光って見えたんだ。ここには何かが起こるって」

「完璧だったよ。モリアテエルフのおかげで、ダンジョンは森に隠された。もうオーガ達が追ってくることもない!」

「もう最悪だ……」

 芳樹はガス溜まりで苦しんでいるたかしをお見舞い兼茶化しにきたのだが、それより先に来た公子に軽い運動をするのが一番と誘われて、ジムに行ってしまったのだ。

 運の悪いことに今日はオタクの集まり。

 オタク三人に気に入られている芳樹は捕まってしまったのだ。

 無視して帰ることが出来るのにしないのは、彼が寂しがり屋だからだ。

 最近は親友のたかしとも悟ともなかなか時間が合わない。

 うろつき回るよりこの家にいた方が誰かがいるので、居心地が悪くてもこの家にいるのだ。

「最悪なもんか。後ろを振り返らなくていいんだぞ。前だけ進むんだ」

 青木は先輩風を吹かして、励ますように芳樹の背中を叩いた。

 それに待ったをかけたのは赤沼だ。

「ちょっと……彼が初心者だからって適当なこと言わないでよ。後ろは絶対に木にするべき。わざわざ二つに分けて販売されてるんだよ。絶対に、後ろから何かモンスターが追いかけてくるよ。1stで倒してない敵はいたか?」

「それを考えるのは僕らの役目ってこと。僕の親友には先陣を切ってもらう」

 赤沼は見せ場を与えてやったぞ目配せをしたが、芳樹から返答はなかった。

「なるほど……僕らは新人を鍛えるベテラン冒険者か……悪くない設定だ」

 明夫は盛り上がってきたぞと頬をにやけさせた。

「それなら、どんなことにも対処できるってことを証明しないと。ちょっとデッキを見直すよ」

 赤沼は初心者を救済するために、回復やトラップ解除の補助カードを新たに加えた。

「それで、君はどのカードをプレイヤーにするんだい?」

 青木はメインとなるプレイヤーカードを広げた。

「じゃあ、この一番強いやつ」

 投げやりで選んだカードは、数値だけ見ると初心者デッキで一番強いカードだ。

「見た。まるで小学校の頃の僕みたい……」

 青木はあるあるだと、芳樹の選択を微笑ましく見ていた。

「高レベルカードは出せないよ。マナ溜まりを見つけて、神殿を立てるんだ。その【グレイテストヒーロー】は神殿で三ターン待たないと召喚できない。神殿を立てるには、種族制圧をしなくちゃ。それがどれだけ大変なことかわかってる?」

 明夫はこれだから初心者は困ると、これ見よがしのため息をついた。

「わからねぇよ。オレの時はこんなルールなかったからな」

 芳樹が投げやりに言うと、青木は真面目な顔になった。

「ネガティブな古参発言は、オタクからも嫌われるから気をつけた方がいい」

「もういいから始めろよ。変人に囲まれるってオレはアリスか?」

「その言葉に答えるには、君がどのアリスについて言ってるかで変わる。金字塔の海外アニメのことを言っているのか、エッチなゲームの話なのか、アニメ、漫画。アリスというのは多岐にわたって活躍するスーパー子役だ」

「オマエらを残さず殺すアリスってのはどれだ?」

「【薄ら笑いのアリス】のことだ! ほら見ろ! 彼は絶対に才能があるって言っただろう!!」

 青木は自分のデッキに入ってるカードを裏返すと、よくも芳樹をバカにしたなと立ち上がって二人を非難した。

「わかった……認めるよ。薄ら笑いのアリスを出すのは相当のオタクだ。僕らに並ぶ権利がある」

 明夫はようこそと芳樹の手を握った。

「日本語なのに外国人と話してる気分だぜ……」



 芳樹がうんざりしている頃。

 たかしもまたうんざりしていた。

「ほら! どうした! そんなもんか! 腰抜け! 玉ついてんのかー! それとも無駄にでかい玉が引っかかって走れんのかー!」

 公子はランニングマシンの隣で、たかしに檄を送っていた。

「それってどうにかならない?」

「しょうがないでしょう。背は大きくなれないんだから」

 公子は台の上に乗ってぴょんぴょん飛び跳ねて言った。

「そうじゃなくて、罵詈雑言の方。オレ……なんか悪いことした?」

「してない。したのは、あっちのクソガキ。中学生だと思って声かけたんだって。あのロリコン」

 公子はナンパしてきた男がいる方角に向かって、べーっと舌を出した。

「彼らは高校生だ」

「でも、ロリコン」

「とにかく、余計にストレスが溜まるから……ちょっと静かにしてもらえると……」

「本当に根性ないんだ……よくマリちんと付き合えたよ」

 公子はぶつぶつ文句を言いながら、自分のトレーニングをしに消えていった。

 ようやく静かになったとうなだれるたかしに、「急に止まると危険だぞ。続けた方がいい、徐々にスピードを落とすんだ」とアドバイスする男が現れた。

「ごめん。使うところだった?」

「いいや、ゆっくりやってくれ。てっきり終わりどころがわからなくて黄昏てると思ってたからな。それで声をかけた」

 男はたかしの隣のランニングマシンを使い始めた。

 まだ全然走ってないたかしは、彼のペースを合わせるように再び走り始めた。

「それで? 目的は海か? プールか?」

「どっちでもない。いや……結果的に海なるかも」

 男は「この正直者」と茶化すように言った。「まぁ、今の時期ジムにくる男は大体皆そうだ。女の方が早く海の準備を始めるって知ってたか?」

「そりゃもう身に染みて……」

 たかしはマリ子のことを思い浮かべて笑みを浮かべた。

「オレは昌也だ。なぁ……どっかであったか?」

「どうだろう。酸欠の時って記憶力ある?」

「オレはある」

「オレはない。とにかく、普段はジムにあまり来ないんだ。来たことも忘れそうだよ」

 たかしが痛む横腹を押さえながらなんとか言うと、昌也が悪いと謝った。

「こっちのペースに合わさせちまったな」

「オレが勝手に合わせただけ。気にしないで」

「そうもいかない。話しかけたのはオレだ。会話のスピードに引かれることってあるだろう? 歩くの早くなったり遅くなったり」

「あるね。特に女の子と歩いてる時は」

「相当惚れてるな」

「わかる?」

「笑顔に愛おしさが溢れてた。良い顔だ」

 昌也は額の汗を拭うついでに髪をオールバックにすると、爽やかな笑みを浮かべた。

「よかったよ。良い人そうで。さっきまで虐められてから」

「よくあることさ。筋トレってのは人に教えるのも楽しいもんだからな」

「気持ちはわかるよ。助かるアドバイスがあるのも確かだ。やっぱり勉強してるんだろう?」

「まあな。参考書にインターネットに先輩。様々な情報がある中。何が信じられるかわかるか?」

「自分とか?」

「なんだよ! おい! わかってるじゃないか! そう自分を信じるのが一番だ。自分を信じれば筋肉が語りかけてくる。ストレングスマシンを使ってみろ。恋人との抱擁より、ずっと自分を抱きしめてくれるぞ」

「なに? ストレングスマシン?」

 ジム初心者のたかしにはマシンの名前を言われてもピンと来なかった。

「なんだ知らないのか? そうだな……やってみるか。筋肉の声を聞く前に、筋肉の悲鳴を聞くのも悪くない。どうだやってみるか」

「恥ずかしいくて言い出せなかったけど、ガス溜まりの解消で連れてきてもらったんだ。他の器具を使ったら……ガスじゃないものも出そう」

「それは残念だ。だが、ガス溜まりにランニングはいいぞ。適度な運動と睡眠でストレスも飛ぶってもんだ。何より、筋肉がゆっくり話しかけてくるだろう。『スピードを上げるか?』『いや、ここは抑えろ』右足と左足。それもふくらはぎと太ももで言うことが違うんだ。まいったよ」

 たかしが昌也が変な奴だと気付くのと同時に、公子が戻ってきた。

「おう、まだやってたのかー。意外に根性あんじゃんよー。お姉さん見直したぜ。って昌也? 最悪……」

 公子は昌也の顔を見るなり、露骨に態度を変えた。

「公子……たかしのトレーナーはオマエか。ガス溜まりにランニング。ナイス判断だ」

 昌也がグータッチを求めると、公子は乱暴に拳を合わせた。

「え? 二人は知り合い?」

「知り合いも何も、昌也をマリちんに紹介したのは私。そうだ。これを先に言っとかないと。たかし、これがマリ子の元カレ。昌也、こっちがマリ子の元カレ」

「オマエも元カレ。奇遇だな!」

 あっはっはと笑う昌也と違い、たかしは慌てていた。

「元カレってどう言うこと? 何人目の?」

「落ち着け青年。二人とも同じ元カレ。何番目とか関係ないの。関係あるのは、自分の筋肉と会話する変態男に目をつけられたって話」

「おい、公子。そんな言い方はないだろう。オレとたかし良い感じだったんだぜ」

「はいはい……面倒を見てるのはこっちなんだから邪魔しないで」

「あの……公子さんそのことなんだけど……」

「もしも、昌也の方が教え方が上手いって言ったらぶち殺す」

「そんなこと言わないよ! オレならこう付け足す。今日の夜は奢る」

「乗った。まぁ、突然筋肉と語り出すこと以外は良い奴だから。それは保証するよ。汗流してこよー。酒だー酒だー」

 公子は上機嫌に歌いながら消えていった。

「そんなことになったんだけど……頼んでもいいかい? ガス溜まりが治る間のコーチ」

「当然だろう。オマエの筋肉の声が聞こえてたんだ。だから声をかけたんだ。なんて言ってたか知りたいか?」

「もう走れないかな」

「なんだ。聞こえてるじゃないか。あっはっは!」

 ひょんなことからマリ子の元カレと知り合い仲を深めたたかしだったが、そのことをマリ子が知るのはもっと後になってからだった。

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