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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
62/125

第十二話

「よう、久しぶりだな」と芳樹はご機嫌だった。

「なにさ」と悟はまだ眠い目を擦っていた。

 今は早朝だ。朝の五時前。いるのは二人だけではなくたかしもいる。

 集まったのは芳樹に呼び出されたからだ。

「なにって、オレ達は親友だろう?」

「……それは今から発せれる言葉によるね」

 悟は大学があるのにと公園のベンチで横になった。

「親友ってのは会う時間が大事だと思わないか? 日々の愚痴。目標。青春の一ページ。オレ達最近三人で会ってるか?」

「会ってるじゃん。なんなら前より顔を見るよ」

 たかしは自販機で買った缶コーヒーを一気に飲み干して、重いまぶたをどうにかしようとした。

「オレ達三人だぞ。オタクがなしの。女もなし。男による男だけの世界だ。いや、男みたいな世界か?」

 芳樹は一瞬悟の顔を見てから、たかしへ視線を移した。

「それ……ムカつく。確かにさ、この三人でってことはな少なくなったけど、それぞれ遊んでるじゃん」

「オレは三人で遊びたいんだ。たかしと悟とオレの三人だ。懐かしき大学一年生を思い出すだろう?」

「さては、またフラれたな」

 たかしは睨むような半目で芳樹を見た。

 こういうことは過去にも度々あった。フラれるたびに寂しさに襲われるので、友達に癒してもらおうという魂胆だ。

「フラれてない……。まだ付き合う前だからな! ……なんでオレはいつもフラれるんだ?」

「お金のない大学生が社会人を狙うから」

 悟は全く興味がないと会話を打ち切ったつもりだったが、芳樹はそれだと食いついてきた。

「お金があったらどうだ?」

「どうって、別に大学生が起業するのは珍しいことじゃないじゃん」

「バレるだろうが」

「誰に? 芳樹のことを知ってる人なら既にバレてるし、知らない人ならバレる心配がない」

 たかしがもう帰ろうとまとめに入ると、芳樹が突然抱きついてきた。

「それでこ親友だ……。その言葉が聞きたかった! じゃあな!」

 芳樹はご機嫌で帰ってしまったので、たかしと悟は見つめあって首を傾げあったのだった。



「よう、久しぶりだな」と芳樹はご機嫌だった。

「なにさ」悟はまだ眠い目を擦っていた。

 今は昼。あの朝から七時間は経ったということだ。

 悟もたかしも十分な睡眠が取れていなかったので、寝不足から不機嫌になっていた。

「なんと恋人が出来ました!!」

 芳樹は満面の笑みでスマホに保存した写真を二人に見せた。

「芳樹……」たかしは勘弁してくれと項垂れた。「こういうのは悪用しちゃダメなんだぞ」

「彼女から送ってきたんぞ! 美咲……きっと実際に会っても綺麗なんだろうな」

 芳樹がうっとりする横では、たかしと悟は朝と同じ表情で見つめ合っていた。

「実際に会ってないのに彼女が出来たって?」

「そうだ。別に珍しいことじゃないだろう」

「そうだね。それで彼女火星にでも住んでるの?」

 悟が嫌味を言うと、たかしは「それ面白い」と笑った。

「言っとけ言っとけ。彼女に重大な隠し事をしてる男と、彼女が出来なくて女になった男に変わりねぇんだからな」

「まぁ、なんでもいいよ。早朝に呼び出されなければ」

 悟は相当眠いらしく、いつまでも朝のことを引きずっていた。

「それはよかった。早朝には呼ばねぇよ。今日の夜な! 三人対三人で飲もうぜ!!」

 芳樹はまたもや最後まで詳しいことを話はせずに、一人ご機嫌に去ってしまった。

「どういうこと?」

 たかしが首を傾げると、悟は全てを理解した顔で頷いた。

「つまりたかしがこれからすることは、隠し事を増やすか、正直に打ち明けることだね。芳樹が諦めないのは知ってるでしょ? 最悪、たかしの家が酒盛り場になるよ」

「まだ重要な方の隠し事話してないっていうのに……。まぁ、こっちの方が話しやすいか」

 たかしは予行練習になるかもしれないと思い、女の子と飲み会へ行く許可を取るのにユリへ電話をかけた。

 すると、驚くほどあっさりオッケーが出たのだ。

『あーわかってるわ。芳樹だもんね……うるさいし、諦めないのはたかしよりもわかってるわ。おさななじみだもの』

『本当にごめん。絶対に浮気はしないから』

『それは口に出さないほど当たり前のことよ。でも、もししたら言い訳に楽しみにしてるわね』

 そこでユリとの会話は途切れたのだが、通話の向こうでは楽しそうな女友達の声が聞こえていた。

「どうせなら、あっちと飲み会したいよ……」

「そう思うなら、芳樹に紹介すればいいのに」

「ユリさんが嫌がるんだ。ムードが台無しになるって」

「なんだかんだ芳樹は友達だけど……一つも擁護できないね。仕方ない……寝るよ。夜に備えてね」

 悟の授業は午前中で終わりなので、一旦家に帰ることにした。

 それはたかしも同じだった。

 明夫もマリ子も京も大学なので、誰にも絡まれることもなく家を出たたかしだったが、電車に乗り駅を降りた時だ。

 階段で「たかし」と青木に声をかけられたのだった。「遅いよ」

「え? 青木も飲み会に来るのか?」

 まさか一般人の飲み会に、濃いオタクで有名な青木が参加するとは思ってもいなかった。

「限定カードフォルダーを買いに来たわけじゃないの?」

「違うよ。オレはカードショップじゃなくて、その並びにある居酒屋に行くんだ」

「理性を飛ばす水か……よく飲めるよ」

「別にオレも今日は飲みたい気分じゃないんだけど。付き合いってものがあるんだよ。普通の人間にはね」

 これはたかしによる、人付き合いというものをなるべく遠ざけている青木への皮肉だ。

「そうでもない。最近は僕も見聞を広げて色々な人とやり取りをしてるんだ」

「それって、声優のラジオにメールを送って読まれたくらいのものだろう」

 たかしと青木が談笑をしていると、一本遅れた電車で芳樹がやってきた。

「よう! 親友! タイミングバッチリじゃん」

「やあ、親友」

 青木がにっこり微笑むと、芳樹の笑顔が消えた。

「なんだこいつは……」

「そこで会っただけだよ」

「よかった……」

 芳樹がほっとしたのも束の間。

 青木は「僕も行く」と突然飲み会への参加を希望し出したのだ。

「なんで?」

「親友が参加するのは当たり前だろう?」

「そうだ。芳樹と青木は親友だったよな」

 たかしはこれは面白いことになるぞ、やる気のなかった飲み会へのテンションが上がった。

「三人までだ。人数が決まってる。予約だからな。残念。またな」

「悟が来られないって」

 たかしがタイミングよくきたメッセージを芳樹に見せると、芳樹はすぐにお尻のポケットからスマホを取り出した。

「どうせ仮病だろう。電話かけてやる」

『なに?』

『どうして飲み会に来ないんだよ』

『頭痛がするから。誰かがの寝不足のせいで。とにかく一人はそっちで探してよね』

「僕がいる。問題ない」

 まるでアニメセリフのように青木が雄々しく言った。

『青木? 青木がいるの? やった! 僕の代わりゲット! 頼んだよ!』

 悟はテンションが最高潮のまま電話を切った。

 スマホから通話切れの音が聞こえた芳樹は「な? 仮病だっただろう?」となぜか誇らしげだった。

「さすが芳樹だな。今後の展開の予想も聞きたいところだよ」

「オタクが大暴れ……。おい、酒は飲んだことあるか? いいか? 飲んだことがないなら絶対に飲むな」

「僕は二十歳を超えてるんだよ? ちゃんと推しキャラの待ち受け画面の前で、大人になった報告をして。ワイングラスを傾けたよ」

「たかし!!」

 芳樹はこれは自分ではどうにもできないと助けを求めたのだが、たかしはこの状況を楽しんでいた。

「本当だよ。ワインを買いに行くのに付き添ったもん。コンビニのワインをあそこまで吟味する人は初めて見た……」

 あの時の思い出は恥ずかしすぎるので、出来ればもう一生思い出したくないことだった。

「なんだよ。推しキャラと飲むにはどれがいいか聞いたことまだ怒ってるのか?」

「入ってくる客全員に聞くからだろう」

「まぁ、良い思い出じゃん」

 たかしと青木は思い出に笑い合ったのだが、芳樹はそうはいかなかった。

 なぜなら、今から心配事が現実になる気がして仕方がなかったからだ。

「本当に大丈夫か? 女と飲むんだぞ」

「大丈夫だよ。僕にだって女性に免疫がある。いつも懐にいるんだ」

「小人かよ……」

「そんな芳樹には良い漫画があるよ。ヒロインの女の子が小さくなっちゃってね。なんと主人公の――」

「話題を振ったんじゃない。打ち切ったんだ」

「なるほど。それが会話術。勉強になる。さすが親友だ」

 先ほどまで頑なに青木の参加を拒んでいた芳樹だったが、褒められた途端に上機嫌になり、参加を許可してしまった。

 だが、それはすぐに後悔することとなってしまった。



「話題を振ったんじゃない。打ち切ったんだ」

「やだ、何それかっこいい。アニメのセリフでしょう」

「違う。親友の名言だ」

「聞いた? 親友だって。やっぱりオタクなのかしら」

 飲み会は思いの外盛り上がっていた。

 というのも、この場は全員が初対面であり、青木をいじることにより成立していたのだ。

 皆過剰にいじることもなく、知らない人から見れば、まるで青木が中心人物のように思えるだろう。

「見て! スマホのケースもアニメキャラ」

「それ、僕の推しキャラ。見てて、ここを押すとLEDが光るんだ」

 青木はアプリを起動していじると、スマホケースのキャラの宝石が光った。

「なにこれ」とひとしき笑った後、一人の女性が「これのアイドル版ってないの」と真面目に聞いた。

「ないけど。簡単に作れるよ」

「教えて」

「なに? 仁美もオタクになるわけ?」

「ライブ時のライトに使うのよ。絶対目立つでしょう。皆がスマホを振ってる間に、私はLED付きで目立つってわけ」

「マリ子さんみたい」

 青木がポツリとつぶやいた言葉は、女性全員が拾った。

「うそ!? 彼女いるの? それもアニメの名前」

 盛り上がる女性三人と青木。

 たかしはユリへの操を立てられるとご機嫌だったが、芳樹は違った。

「なんでオタクがモテてる……」

「下心がないからじゃない? 少なくとも、合ってすぐに王様ゲームをしようとしなかった。今時王様ゲームって……」

「たかしだって恋人がいなけりゃ食いついてた」

「否定はしない」

 結局この日。芳樹が特定の女性と仲良くなることはなかった。

 たかしですら、芳樹が誰と連絡を取り合っていたかもわからない状況だった。

 そして、青木を中心の飲み会は二次会が開かれることなく、九時前に健全に終わってしまった。

 女性陣だけは謎の盛り上がりを見せて、今度行く予定のライブのグッズをDIYすると張り切っていた。

「もしかして、これって……所謂合コンってやつだった?」

 さすがに青木もただの友達同士の飲み会ではないことに気付いた。

「オマエが来た時点で違う……」

「なら良かった。友達付き合いってのもいいもんだね」

 青木は思いの外楽しかったと、体を揺らしながら人混みへ消えていった。

 芳樹はというと、消える背中にため息を落とし、すぐにスマホを取り出して別な女の子へメッセージを送ったのだった。

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