第十二話
「よう、久しぶりだな」と芳樹はご機嫌だった。
「なにさ」と悟はまだ眠い目を擦っていた。
今は早朝だ。朝の五時前。いるのは二人だけではなくたかしもいる。
集まったのは芳樹に呼び出されたからだ。
「なにって、オレ達は親友だろう?」
「……それは今から発せれる言葉によるね」
悟は大学があるのにと公園のベンチで横になった。
「親友ってのは会う時間が大事だと思わないか? 日々の愚痴。目標。青春の一ページ。オレ達最近三人で会ってるか?」
「会ってるじゃん。なんなら前より顔を見るよ」
たかしは自販機で買った缶コーヒーを一気に飲み干して、重いまぶたをどうにかしようとした。
「オレ達三人だぞ。オタクがなしの。女もなし。男による男だけの世界だ。いや、男みたいな世界か?」
芳樹は一瞬悟の顔を見てから、たかしへ視線を移した。
「それ……ムカつく。確かにさ、この三人でってことはな少なくなったけど、それぞれ遊んでるじゃん」
「オレは三人で遊びたいんだ。たかしと悟とオレの三人だ。懐かしき大学一年生を思い出すだろう?」
「さては、またフラれたな」
たかしは睨むような半目で芳樹を見た。
こういうことは過去にも度々あった。フラれるたびに寂しさに襲われるので、友達に癒してもらおうという魂胆だ。
「フラれてない……。まだ付き合う前だからな! ……なんでオレはいつもフラれるんだ?」
「お金のない大学生が社会人を狙うから」
悟は全く興味がないと会話を打ち切ったつもりだったが、芳樹はそれだと食いついてきた。
「お金があったらどうだ?」
「どうって、別に大学生が起業するのは珍しいことじゃないじゃん」
「バレるだろうが」
「誰に? 芳樹のことを知ってる人なら既にバレてるし、知らない人ならバレる心配がない」
たかしがもう帰ろうとまとめに入ると、芳樹が突然抱きついてきた。
「それでこ親友だ……。その言葉が聞きたかった! じゃあな!」
芳樹はご機嫌で帰ってしまったので、たかしと悟は見つめあって首を傾げあったのだった。
「よう、久しぶりだな」と芳樹はご機嫌だった。
「なにさ」悟はまだ眠い目を擦っていた。
今は昼。あの朝から七時間は経ったということだ。
悟もたかしも十分な睡眠が取れていなかったので、寝不足から不機嫌になっていた。
「なんと恋人が出来ました!!」
芳樹は満面の笑みでスマホに保存した写真を二人に見せた。
「芳樹……」たかしは勘弁してくれと項垂れた。「こういうのは悪用しちゃダメなんだぞ」
「彼女から送ってきたんぞ! 美咲……きっと実際に会っても綺麗なんだろうな」
芳樹がうっとりする横では、たかしと悟は朝と同じ表情で見つめ合っていた。
「実際に会ってないのに彼女が出来たって?」
「そうだ。別に珍しいことじゃないだろう」
「そうだね。それで彼女火星にでも住んでるの?」
悟が嫌味を言うと、たかしは「それ面白い」と笑った。
「言っとけ言っとけ。彼女に重大な隠し事をしてる男と、彼女が出来なくて女になった男に変わりねぇんだからな」
「まぁ、なんでもいいよ。早朝に呼び出されなければ」
悟は相当眠いらしく、いつまでも朝のことを引きずっていた。
「それはよかった。早朝には呼ばねぇよ。今日の夜な! 三人対三人で飲もうぜ!!」
芳樹はまたもや最後まで詳しいことを話はせずに、一人ご機嫌に去ってしまった。
「どういうこと?」
たかしが首を傾げると、悟は全てを理解した顔で頷いた。
「つまりたかしがこれからすることは、隠し事を増やすか、正直に打ち明けることだね。芳樹が諦めないのは知ってるでしょ? 最悪、たかしの家が酒盛り場になるよ」
「まだ重要な方の隠し事話してないっていうのに……。まぁ、こっちの方が話しやすいか」
たかしは予行練習になるかもしれないと思い、女の子と飲み会へ行く許可を取るのにユリへ電話をかけた。
すると、驚くほどあっさりオッケーが出たのだ。
『あーわかってるわ。芳樹だもんね……うるさいし、諦めないのはたかしよりもわかってるわ。おさななじみだもの』
『本当にごめん。絶対に浮気はしないから』
『それは口に出さないほど当たり前のことよ。でも、もししたら言い訳に楽しみにしてるわね』
そこでユリとの会話は途切れたのだが、通話の向こうでは楽しそうな女友達の声が聞こえていた。
「どうせなら、あっちと飲み会したいよ……」
「そう思うなら、芳樹に紹介すればいいのに」
「ユリさんが嫌がるんだ。ムードが台無しになるって」
「なんだかんだ芳樹は友達だけど……一つも擁護できないね。仕方ない……寝るよ。夜に備えてね」
悟の授業は午前中で終わりなので、一旦家に帰ることにした。
それはたかしも同じだった。
明夫もマリ子も京も大学なので、誰にも絡まれることもなく家を出たたかしだったが、電車に乗り駅を降りた時だ。
階段で「たかし」と青木に声をかけられたのだった。「遅いよ」
「え? 青木も飲み会に来るのか?」
まさか一般人の飲み会に、濃いオタクで有名な青木が参加するとは思ってもいなかった。
「限定カードフォルダーを買いに来たわけじゃないの?」
「違うよ。オレはカードショップじゃなくて、その並びにある居酒屋に行くんだ」
「理性を飛ばす水か……よく飲めるよ」
「別にオレも今日は飲みたい気分じゃないんだけど。付き合いってものがあるんだよ。普通の人間にはね」
これはたかしによる、人付き合いというものをなるべく遠ざけている青木への皮肉だ。
「そうでもない。最近は僕も見聞を広げて色々な人とやり取りをしてるんだ」
「それって、声優のラジオにメールを送って読まれたくらいのものだろう」
たかしと青木が談笑をしていると、一本遅れた電車で芳樹がやってきた。
「よう! 親友! タイミングバッチリじゃん」
「やあ、親友」
青木がにっこり微笑むと、芳樹の笑顔が消えた。
「なんだこいつは……」
「そこで会っただけだよ」
「よかった……」
芳樹がほっとしたのも束の間。
青木は「僕も行く」と突然飲み会への参加を希望し出したのだ。
「なんで?」
「親友が参加するのは当たり前だろう?」
「そうだ。芳樹と青木は親友だったよな」
たかしはこれは面白いことになるぞ、やる気のなかった飲み会へのテンションが上がった。
「三人までだ。人数が決まってる。予約だからな。残念。またな」
「悟が来られないって」
たかしがタイミングよくきたメッセージを芳樹に見せると、芳樹はすぐにお尻のポケットからスマホを取り出した。
「どうせ仮病だろう。電話かけてやる」
『なに?』
『どうして飲み会に来ないんだよ』
『頭痛がするから。誰かがの寝不足のせいで。とにかく一人はそっちで探してよね』
「僕がいる。問題ない」
まるでアニメセリフのように青木が雄々しく言った。
『青木? 青木がいるの? やった! 僕の代わりゲット! 頼んだよ!』
悟はテンションが最高潮のまま電話を切った。
スマホから通話切れの音が聞こえた芳樹は「な? 仮病だっただろう?」となぜか誇らしげだった。
「さすが芳樹だな。今後の展開の予想も聞きたいところだよ」
「オタクが大暴れ……。おい、酒は飲んだことあるか? いいか? 飲んだことがないなら絶対に飲むな」
「僕は二十歳を超えてるんだよ? ちゃんと推しキャラの待ち受け画面の前で、大人になった報告をして。ワイングラスを傾けたよ」
「たかし!!」
芳樹はこれは自分ではどうにもできないと助けを求めたのだが、たかしはこの状況を楽しんでいた。
「本当だよ。ワインを買いに行くのに付き添ったもん。コンビニのワインをあそこまで吟味する人は初めて見た……」
あの時の思い出は恥ずかしすぎるので、出来ればもう一生思い出したくないことだった。
「なんだよ。推しキャラと飲むにはどれがいいか聞いたことまだ怒ってるのか?」
「入ってくる客全員に聞くからだろう」
「まぁ、良い思い出じゃん」
たかしと青木は思い出に笑い合ったのだが、芳樹はそうはいかなかった。
なぜなら、今から心配事が現実になる気がして仕方がなかったからだ。
「本当に大丈夫か? 女と飲むんだぞ」
「大丈夫だよ。僕にだって女性に免疫がある。いつも懐にいるんだ」
「小人かよ……」
「そんな芳樹には良い漫画があるよ。ヒロインの女の子が小さくなっちゃってね。なんと主人公の――」
「話題を振ったんじゃない。打ち切ったんだ」
「なるほど。それが会話術。勉強になる。さすが親友だ」
先ほどまで頑なに青木の参加を拒んでいた芳樹だったが、褒められた途端に上機嫌になり、参加を許可してしまった。
だが、それはすぐに後悔することとなってしまった。
「話題を振ったんじゃない。打ち切ったんだ」
「やだ、何それかっこいい。アニメのセリフでしょう」
「違う。親友の名言だ」
「聞いた? 親友だって。やっぱりオタクなのかしら」
飲み会は思いの外盛り上がっていた。
というのも、この場は全員が初対面であり、青木をいじることにより成立していたのだ。
皆過剰にいじることもなく、知らない人から見れば、まるで青木が中心人物のように思えるだろう。
「見て! スマホのケースもアニメキャラ」
「それ、僕の推しキャラ。見てて、ここを押すとLEDが光るんだ」
青木はアプリを起動していじると、スマホケースのキャラの宝石が光った。
「なにこれ」とひとしき笑った後、一人の女性が「これのアイドル版ってないの」と真面目に聞いた。
「ないけど。簡単に作れるよ」
「教えて」
「なに? 仁美もオタクになるわけ?」
「ライブ時のライトに使うのよ。絶対目立つでしょう。皆がスマホを振ってる間に、私はLED付きで目立つってわけ」
「マリ子さんみたい」
青木がポツリとつぶやいた言葉は、女性全員が拾った。
「うそ!? 彼女いるの? それもアニメの名前」
盛り上がる女性三人と青木。
たかしはユリへの操を立てられるとご機嫌だったが、芳樹は違った。
「なんでオタクがモテてる……」
「下心がないからじゃない? 少なくとも、合ってすぐに王様ゲームをしようとしなかった。今時王様ゲームって……」
「たかしだって恋人がいなけりゃ食いついてた」
「否定はしない」
結局この日。芳樹が特定の女性と仲良くなることはなかった。
たかしですら、芳樹が誰と連絡を取り合っていたかもわからない状況だった。
そして、青木を中心の飲み会は二次会が開かれることなく、九時前に健全に終わってしまった。
女性陣だけは謎の盛り上がりを見せて、今度行く予定のライブのグッズをDIYすると張り切っていた。
「もしかして、これって……所謂合コンってやつだった?」
さすがに青木もただの友達同士の飲み会ではないことに気付いた。
「オマエが来た時点で違う……」
「なら良かった。友達付き合いってのもいいもんだね」
青木は思いの外楽しかったと、体を揺らしながら人混みへ消えていった。
芳樹はというと、消える背中にため息を落とし、すぐにスマホを取り出して別な女の子へメッセージを送ったのだった。