第十話
「やーん! 可愛い! 絶対買わなくちゃ!!」
「凄い! カッコいい! 絶対買わないと!!」
マリ子と明夫が見ているものは同じ。しかし、セリフは同じものを見ているとは思えなかった。
「なになに? 楽しいもの見つけたの?」
たかしがワクワクしながら棚に目を向けると、LEDテープライトと書かれた商品が目に入った。
「これ」と明夫とマリ子は同じ商品を同時に指した。
「わかったわかった。どれがかっこよくて、どれが可愛いの?」
「これ」と明夫とマリ子は、先程と全く同じ動作で商品を同時に指した。
「同じものに見えるんだけど……」
「同じよ。別に見えてたら病院を勧めるわ」
「それでどう感想を言えばいいわけ?」
「それを聞かないで出来る男が、モテる男って言うの。今日は忙しくなるわよぉ」
マリ子はご機嫌でLEDテープライトをレジへ持っていた。
「ギャルとオタクが共通するものなの?」
たかしが全く意味がわからないと首を傾げていると、明夫は信じられないと目を見開いた。
「君は昭和の人間かい? 時代は時時刻刻と変化してるんだよ。まさかまだ白熱電球を使ってるわけじゃないよね」
「クリスマスには早いだろう。パーティでもするわけ?」
「流行りに疎い親友を持つと大変だよ……。いじめられないように色々教えないと」
明夫はため息を落とすと、見たほうが早いとスマホでストリーマーの配信画面を見せた。
そこでは色とりどり明かりが、部屋中を照らしていた。だが、クラブのように忙しない雰囲気ではなく、カラフルな間接照明で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「へぇ……近未来って感じ」
「だろう」となぜか明夫が得意げになっていた。
「でも、明夫が持ってるパソコンもこんな感じで光ってるだろう」
たかしはそれなら必要ないのではないかと指摘するつもりだったのだが、これが明夫に火をつけてしまった。
「良いところに気がついたね! 統一感と没入感を演出するためには――」
「そうじゃなくて、光るオモチャは十分に持ってるから、もう必要ないだろうってこと」
「オモチャ? オモチャだって!?」明夫は絶句した。
「だってシーリングライトじゃないんだろう。クリスマスツリーみたいなもんだ」
「たかしには間接照明とはなんとやらを説明したいよ……」
「いや、今のでだいぶ説明されたよ。理解した。それでマリ子さんも欲しがってるわけだ」
間接照明と聞いて、たかしはなるほどと思った。部屋を安価でカラフルに彩られるインテリアは、マリ子に誂え向きだ。
たかしが商品を手に取り、パッケージの裏面を眺めている間に、明夫は会計を済ませてしまった。
見ていなかったので、明夫が自分の分までLEDテープライトを買っているとは思ってもいなかった。
「さて、どうしたものか……」
たかしは部屋でLEDテープライトを広げたまま固まっていった。
マリ子も京の分を買っており、暗くなったら部屋の改装お披露目会をするということになったのだ。
シーリングライトがあれば、あとは読み物をする時のブックライトがあればいいタイプのたかしは、どう使っていのかわからないでいたのだ。
そこでネット使い動画を見て、皆がどう使っているのかを確認することにした。
デスクの側面につけたり、天井拭きの壁を一周させたり、棚の奥につけたり、用途によって実に様々な使い方がされていた。
共通しているのは、どれも壁を照らすような使い方をされているということだ。そして、光だけではなく影も楽しむ。
それがLEDテープライトを使っている人に多く見受けられた。
ベッドの足元につけているのを見て、トイレに起きた時いちいち明かりをつけなくていいのは悪くないと思い、早速実行した。
まだ夕方にもなっていないので部屋は明るいのだが、輝度を最大にするとなんとなくの感じは掴めた。
最初は良い感じだと思い、無駄にベッドをゴロゴロしたりしてみたのだが、すぐにこれは使わなくなると思ったたかしだった。
あまりに無難な使い方に、三人がLEDテープライトをどう使っているのか気になったたかしは、温かい飲み物を入れてついでに確認しに行くことにした。
二回は女性の部屋があるのでメッセージを送って確認を取ったたかしは、部屋からプロレス会場のような騒音がしている物騒なマリ子の部屋を後回しに、京の部屋をノックした。
「どうぞ、鍵は開いてるわ。ちょっと手が離せないから勝手に入って」
「失礼するよ。ブラックでいいんだよね。一応ミルクも用意してあるけど」
「なら、ミルクも貰うわ。少しまったりしたいし。どうぞ、腰掛けて」
京の部屋はシンプルなものだった。白と木目調が基本であり、凝ったインテリアはない。家具も少ないので、部屋が広々として見えた。
「私は百円均一で買ってきたベニヤ板に貼り付けたわ。カラフルなライトはあまり好きじゃないのよ」
「そんな感じがする。でも、ベニヤ?」
「そう。たまにこういう明かりを見たい時に、壁に立てかけるの」
京は部屋の電気を消すと、LEDの電源をつけた。
既にカラー設定がされており、壁には南国のサンセットを思わせるライトに照らされていた。
壁全てが照らされているわけではないが、窓枠から入る光のように一部が照らされる空間は、なかなかオシャレのように思えた。
「これはまた――ムーディーだね……」
まるでベッドに誘えと促されているような空間に、たかしは少し胸が高鳴るのを覚えた。
「そうね。恋人の友達の部屋で興奮する気分はどう? とても背徳的でしょう」
「元恋人の友達だ」
「私はマリ子じゃなくて、ユリのことを言ってるの。彼女も私の友達よ。話せばマリ子も気に入りそうなのに……」
「想像するだけで胃が痛いよ……。って――ちょっとなにしてるわけ?」
「なにってお香を炊くのよ。知ってた? 匂いって記憶に強烈に残るらしいわよ。初体験の時とか、特別な日の料理の香りとか。深く愛し合った恋人の匂いとか……。まぁ――冗談よ。このお香は貰い物。本に香りが移るから、私は使わないわ。マリ子にあげて」
京はいたずらな笑みを浮かべると、期待通りの反応で楽しかったと満足気にドアを締めた。
相変わらず何を考えているかわからないと思いながら、たかしは次いでマリ子の部屋へ向かった。
京の部屋のすぐ隣。京の部屋にいる間もずっと騒音が響いていた。
「マリ子さん? 紅茶はどう?」
「貰うわ。砂糖とミルクたっぷりで」
マリ子も勝手に入るように言ってきたので、部屋に入ったたかしだったが、その光景に圧倒された。
なんと、マリ子はLEDテープライトを体中に巻き付けていたのだ。
「ちょっと待って……今良い感じに捉える努力をするから。そうだな……マリ子さんは絵本に出てくるキラキラドレスを来たお姫様になりたい。そういうことだね」
「明夫じゃないんだから、そんなわけないでしょう。絡まったのよ天井に貼り付けようとしてたら、服にベタベタと!! あーもう!! ムカつく!!」
LEDテープライトは強力テープで壁に貼り付けるのだが、マリ子は先に全部テープの保護シールを剥がしてしまったのだ。
それで、あちこちにくっついて剥がすために暴れていたのだ。
「手伝う?」
「というかやって。私は紅茶を飲む」
マリ子は埃で汚れたLEDテープライトをたかしに押し付けると、自分は紅茶を飲んで推しアイドルの曲をかけて休憩に入った。
たかしはLEDテープライトを持つと、壁に貼る為にベッドの上に立ったのだが、ここで過ごした様々な思い出がフラッシュバックしてきた。
「なんか、もう他人の部屋みたいに思えるよ」
「ベッドの上に立ってるのが? ベッドの上で立ってるのが? 後でオカズにするつもりなら、わかんないようにやって」
「ごめんごめん。なんか感慨深くってさ」
「そうね。たかしがそう思うのも無理ないわ。あなたと付き合ってた頃から模様替えしてるし」
「だよね。オレと付き合ってる時は、こんなものなかった」
たかしはベッドの脇にあったカスタム済みのコントローラーを拾って棚の上へ戻した。
「野球好きの彼氏と付き合ってた時は、部屋中タオルとメガホンだらけだったわ。懐かしい思い出ね……思いっきりフルスイングしたけど、彼の玉は大丈夫だったかしら」
「聞いてるだけで腹痛が……」
「オモチャのプラスチックバットよ。それに浮気したほうが悪い。二回浮気したからちょうどよかったのよ。二球分のティーバッティングにね」
「君って、前世拷問官かなんかだった?」
「前世はクレオパトラに決まってるでしょう。それも超エッチな小麦色の肌してるの。私が私に興奮しそう。待った――やっぱり京を興奮させよう」
「それで思い出した。これ、京さんから。お香だって」
「お香? 京が? 変なの。アロマも嫌いなのに。あっ! でもこれ私が好きな匂いだ」
「そうなの?」
「そうよ、バニラの香り。この部屋でもずっと使ってたんだけど。ベッドに入る前のムード作りに……」
「だって、マリ子さんはいつも終わった後にアイスを食べるんだもん。その香りで上書きされちゃう」
「アイスを食べる度に私とのセックスを思い出すわけ? デザートビュッフェに連れてったら通報されそう……」
「そこまでじゃないよ――たぶん……」
「冗談よ。それよりも、そこズレてるわ。しっかり貼って。今日はアイドルライブよ! 見て、光るうちわも周りを気にせず存分に触れるわ。大声で歌っても文句も言われない!!」
「言うよ。明夫が」
たかしは埃でつかなくなった代わりにマスキングテープをとガムテープを使い、なんとかLEDテープライトを壁に貼っていた。
「言わないわよ。絶対に私と同じことするもの。問題はチビだから壁の高いところに貼れないってことね」
「確かに……声優のライブ映像に劇場版アニメ。明夫がこだわるところはありすぎる……。確認しに行くのが憂鬱だ……」
「でも、行くんでしょ。たかしって優しいわよね」
「そんなことないよ」とたかしは照れた。
「優しい男との恋愛って難儀なものになるって知ってた?」
「そんなことないよ……」
「難儀になる前に別れたから、今のところ良い思い出ばかりよ。あなたと付き合って頃の思い出は――」少し変な雰囲気になってるのに気付いたマリ子は、気を取り直して「さぁ、出ていって。後は夜のお楽しみよ」とたかしを部屋から追い出した。
ティーセットは置きっぱなしになってしまったので、明夫の部屋には手ぶらで向かうこととなったのだが、それは正解だった。
なぜなら、明夫の部屋はティーセットを置いておけるような場所はなかったのだ。
プロジェクターのためのホワイトスクリーンや、声優の声を一番良い状態で聞くためのスピーカー。壁に貼られたアニメのポスター。フィギュア棚に本棚。
LEDテープライトを部屋一周させるのにも、まるで引っ越し並みの作業が必要になってしまったのだった。
「オレは何も見なかった」
踵を返すたかしのシャツの裾を明夫はしっかり掴んでいた。
「ちゃんて見て。これが僕の全てだ」
「隠して。男の全ては見たくない」
「じゃあ、僕がコードを押さえるからたかしが貼ってよ。僕がゴネると長いのを知ってるだろう」
「嫌というほどね」
たかしは慣れた風に足場の少ない部屋を進むと、保護テープを剥がしながら壁にLEDテープライトを貼っていった。
とりあえず貼れるということに満足した明夫は、たかしの作業をボーッと見ていることなく、片付けを始めた。
LEDライトのことを考えて配置を変える。まるでクリスマスツリーの飾り付けのようだ。
明夫はご機嫌でアニメの主題歌を熱唱し始めた。
その歌はアイドルとのタイアップものであり、マリ子も二階で歌いだした。
最高にテンションが上った二人の歌声に包まれてルームシェアハウスだったが、一週間後から誰もLEDの電源を入れることはなかった。
「これなんだ?」
芳樹はリビングに転がっているマリ子が剥がしたLEDテープライトの塊を見て、不思議なものを見るように首を傾げた。
「あー……それはクリスマスツリーのライト」
「もうすぐ夏だぞ」
「だから転がってるの。クリスマスツリーだって、二、三日しか点灯させないだろう。なんか文句ある?」
一番苦労したたかしだが、その苦労が無駄になったということもあり芳樹に強く当たった。
「ないです……。ところで、貼るだけでエッチな部屋になるライトを持ってると言ったらどうする?」
芳樹は良いものがあるぞとニヤニヤして言ったが、正体に見当がついているたかしはうんざりとした表情をしていた。




