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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
58/125

第八話

「もう! 最悪!! いつになったら解放されるのよ!!」

 ソファーを独り占めしているマリ子は、スマホの画面を睨みつけて怒鳴った。

「いつでも。お金大丈夫なの? 記憶が確かなら、マリ子さんはアラブの石油王の娘じゃないはずだけど」

 たかしはソーシャルゲームに課金を続けるのを止めようとしたのだが、何を言っても無駄だった。

「大丈夫じゃないわよ。でも、アイスを買うお金を残しとけって言うの? ここで使わないと、お金が減って体重が増えることになるのよ。今ならお金が減るだけ。パーフェクトボディはそのままよ」

「よかったよ。体重の増加がむくみだけで……」

 たかしは心底ほっとしていた。もしかしたら、一生ダイエットに付き合わされるのではないかと思っていたからだ。

「実に愚かだよ……。推しキャラは暇つぶしに当てる存在じゃないんだぞ」

「そう? ごめんなさいね。明夫が狙ってたキャラを当てちゃって」

 マリ子が嫌味にスマホを見せつけると、明夫は一度しっかり見てからそっぽを向いた。

「初期レベルのままだ」

「そうよ。私が狙ってるのは男キャラ。それもイケメン。女には用がないの。だから、売ってお金にする」

「待った待った待った! 売るだって!? そのキャラクターの価値がわかってるの?」

「わかってるわよ。女の私に谷間を見せてアピールしても無意味よ。こっちは超3Dおっぱいの持ち主なんだから、平面に負けるかっての」

「いいかい? ゲーム内のゴールドって言うのは、実際に換金は出来ないんだぞ」

「わかってるって言ってるでしょう。……女キャラって売り払ったら、なんかの団体から講義くる?」

「知らないよ……とにかく絶対ダメ。それを売るだなんてとんでもない!」

「アンタが当てればいいでしょう。私は【峰よしお】を狙ってるの。これヤバくない? 超インドアなのに、腹筋板チョコだよ。まじ溶かしたい……」

「それはただのレア。このノーマルカードを捨てればいいだろう!」

「やーよ、イケおじだもん」

「ノーマルクエストを回してたら、邪魔なくらい出てくる」

「女は男と違って、初めてを大事にするのよ。アンタは、量産型の女で抜いてなさい。私は初めて出会ったこのキャラを大切にするわ」

「え? ゲームキャラを呼び出せるの? 本当に魔女?」

「……やめるわ」

 マリ子は二万ほど課金したソーシャルゲームをあっさりやめた。

「それはオレもどうかと思うよ。二万って大金だよ? どうしちゃったのさ」

「別に私のお金じゃないもの。ボスの店でカードを買ったらおまけにもらったの。あそこサービス良すぎない? 毎回一万のギフトカードって店潰れるっての。私は出かける。せっかく痩せたのに、オタクの相手をしてもね」

 マリ子は京のバイトの制服を見に行こうと家を出て行った。

「ボスの店ってそんなサービスあった?」

「ないよ。僕が何回ボスの店で買い物してると思ってるのさ。倉庫に眠らせてるカードを出させるのにジュースを奢っても、奢られたことはない」

 たかしと明夫は顔を見合わせると、そのままの格好でボスのカードショップへ向かうことにした。



「恐喝で警察を呼ぶぞ!」

 ボスの店に入り、一番最初に聞こえたのはベルの音でも、店内を流れるオタク向けBGMでもない。

 ボスの罵声だった。

 只事ではないと、たかしは慌ててレジカウンターへと向かったのだが、そこでボスと言い合っていたのは強盗でもなく、よく見知った顔――赤沼だった。

「警察を呼ぶ前に、半裸のアニメキャラのパーカーを脱いだら?」

 たかしがどうせくだらないことだと呆れていると、安全だとわかった明夫が店の中へ入ってきた。

「くだらないね。実に愚かだ」

「まだ何も言ってないだろう。でもちょうどいい」

 赤沼は自分の味方になってくれと明夫を引っ張李、それを見たボスはたかしを引っ張った。

「これで二対二だぞ」

 肩を組まれたたかしは、ボスの腕から逃げ出すとため息をついた。

「オレを巻き込むなよ……」

 赤沼とボスが「巻き込んだのはどっちだ!」と同時に声を荒げたので、たかしはびっくりして距離を取った。

「なに?」

「たかし……オマエが連れ込んだ女が原因でこうなってるんだぞ?」

 たかしは一瞬ユリのことを想像したのだが、この店は強烈過ぎるので連れてきていない。すると、順番的にマリ子のことを言っているのは理解出来たが、それがどうしてこなっているのかは全くの不明だった。

「だからボスが勝手にマリ子さんを口説いてるんだ。たかしはフラれたから、僕のターンのはずだぞ」

「……別れたの。恋に順番なんてないだろう」

「そりゃフラれた奴が言うセリフだ。いいか? 女ってのは金が好きなんだ。だが、現金を渡すほどオレはバカじゃない。今はギフトカードという便利なものがあるんだ」

「現金を渡すほどのバカじゃないことは知ってるよ。でも、ギフトカードを渡すバカだっていうのも知ってる。酷なこと言うようだけど、君達二人に脈はないよ」

「オレも言わせてもらう。君達二人じゃなくて、オレ達三人だ。いいか? オレ達はまだフラれてないが、たかし――オマエはフラれてるんだ。上にいるみたいに思ってるけど、オマエは下だ」

「だからフラれたんじゃなくて、別れたって言ってるだろう……。とにかく、君達二人はオレの大事な友達だ。こんなことでいがみ合ってほしくないよ」

「たかし……今はそんな綺麗事聞きたくない。股間にもう燃料は詰めてんだ。オレの煙突からは蒸気が出てる」

 ボスが凄んでくると、たかしは力無く項垂れ対戦コーナーの椅子を寄せて座った。

「本当に蒸気が出てるなら病院に行けよ。とにかくチャンスは平等。別にお金が有効じゃないとは言わないけど、毎回続けたらこの店を引き払うことになるぞ。それに自分が勇気を出さないのを人のせいにするなよ。気持ちがあるなら今すぐ伝えるべきだ」

 たかしに図星を刺された二人は黙ったのだが、明夫は違った。非難する瞳でたかしを睨んでいた。

「うそだろう……まだあの魔女に惚れてるっていうのか?」

「そんなこと一言も言ってないだろう……」

「じゃあ、なんで二人がマリ子と付き合わないように仕向けるわけ? あの二人が今のままで現実の女性と付き合えないことくらいわかってるだろう」

「さすが親友……適切に痛いところを刺してくるね……」

 赤沼は大袈裟に胸を押さえた。

「今は赤沼のことはどうでもいい」

「すごいね。今日は親友が大暴走だ……。僕の話だと思ったけど?」

「明夫が変んなことを言い出すからだろう。オレがマリ子さんに惚れてるって。オレはユリさんと付き合ってて、それでもマリ子さんを狙うとでも思ってるの?」

「恋愛シミュレーションゲームにはそういう奴が出てくるものだよ」

「なんか言ってやってよ……ボス……」

 たかしはオタク二人では話にならないと助けを求めたのだが、いかつい見た目のボスも中身はしっかりオタクだ。

「モテる秘訣を教えてくれ……」

 たかしは茶化すなと「ボス……」と名前を呼んだのだが、ボスは本気だった。

「だって、オレの知ってる中でたかしだけだぞ。あんなオタク部屋で彼女を作ったのは」

「あれは明夫のもので、オレのじゃないからだ」

「オレの記憶じゃ、三回は明夫のコレクションケースの前でしてるはず」

「あれはギャラリーが欲しいって言うから……。待った! なんで知ってるわけ? ……なんで知ってるんだ」

 たかしはボスを睨むと、その目のまま明夫の方を向いた。

「君が指紋を拭かないからだよ。おかしいと思ったんだよ。【九月の殺人鬼】と【八月の詐欺師】のフィギュアの前に、僕のじゃない指紋が残ってた。僕が独自のルートを使い調査したところ。夜の十一時にたかしが性的に興奮することが判明した。そこで監視カメラを仕掛けたところ。君とマリ子がいたってわけ」

 明夫は今流行りのホラーゲームのフィギュアのことを言っていた。

「家に隠しカメラを仕掛けたってのか?」

「監視カメラだよ」

「八月の詐欺師なんて、まだ十歳の少年だぞ。何をさせてるんだ」

「詐欺師をやめさせるべき」

「とにかく、僕の八月の詐欺師のフィギュアには、【八月の詐欺師(性を知る)】って余計な付加価値がついたんだぞ。たかしとマリ子が盛るせいだ」

「だからって見せたのか?」

 たかしはボスに見せるだなんてあんまりだと怒ったが、明夫はそんなことしてないと首を振った。

「あんな気持ち悪いもの。僕がいつまでも手元に残すと思う? さっさと消したよ。ボスには内容を話しただけ」

「最後には押し倒されて、男の面目丸潰れだってな」

 ボスはニヤニヤとした笑みを口元に浮かべてからかったのだが、あまりまともな恋愛とは呼べないものばかりしてきたボスに、たかしが負けるようなことはなかった。

「いいや、あれは男の夢って言うんだ」

「たしかに……。ゲームなら一枚CGものだ」

 赤沼がわかった風に頷くと、たかしはもう興味がなくなった話題に一応終止符を打とうと話題を戻した

「それで、どうするの? マリ子さんを口説くの? 口説かないの?」

「口説く」

 赤沼は真剣な顔でたかしの手を握った。

「オレを口説いてどうするんだよ……」

「オレも口説く」

 ボスまでも反対の手を握りしてきたので、たかしは軽い混乱状態に陥っていた。

「なにこれ……ドッキリ?」

「違うよ。たかしが管理してくれれば良いんだ。僕は勇気を出して、マリ子さんをデートに誘う。そして、ボスも同じだ。だから、たかしには僕達のデートのスケジュール管理をしてほしい」

「元カノを友達に斡旋しろってのか?」

「それはたかしの好きな言い方でいいいよ。でも、僕は本気」

「オレもだ」

 ボスが監禁しそうな勢いで言うので、たかしは肩を落としながらマリ子にメッセージを送った。

 返事は面白そうだからオッケーというマリ子らしいものだった。

 結局、その話をマリ子にするために、たかしは一人カードショップを後にしたのだった。



「本当……男の考えることってわからないわ……」

「本当にわからない?」

「ただの男ならわかる。でも、オタクはわからない……」

「今からでも断る?」

「全然良いのよ。明夫だったらお断りだけど。それに久しぶりに楽しそう。だって私のために必死にデートコースを考えてくれてるわけでしょ? そういうのに弱いのよ。最近の男はデート情報まで共有。前の時は本当に最悪で、行く先々で友達と遭遇。デートの日まで共有すんなよって感じ。ロマンチックは嬉しいけど、もっと恋人のことを考える時間を大切にしてほしいわね」

「本当に断らなくていいの?」

「夏までの暇つぶしにはいいでしょう。今年の夏は腹筋を基準に彼氏を探すわ。私の体に似合う相手じゃないと」

「でも、アイス食べちゃ台無しじゃない?」

「ちょっと……元恋人でしょう。少しは信じたらどうなの?」

「元恋人だから、家に帰る前に教えてるの。すごいバニラの匂い」

「本当? よかった今教えてもらって。なぜかバレるのよね……京には」

「親友ってそんなもんじゃない?」

「でも、食べてた銘柄まで当てられるのよ。これって凄くない?」

「それは凄いね。待った……。アイスってどこで食べてる?」

「どこって、あの君の悪いケースの前よ。あそこなら、京が急に帰ってきてもわかるから。なによ……たかしまで、つまみ食いを怒るわけ」

「そこ隠しカメラついてる……。明夫が仕掛けたやつ。オレ達がイチャイチャするから、警告しようとして取るの忘れてたんだって」

「それがなんの……ちょっと! みゃーこ!!」

 そのカメラ映像を利用していると勘付いたマリ子は、もう見えている家に向かって走っていった。

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