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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
55/125

第五話

 弾が飛び交う戦場。漂う緊張感の最中。

 立ち上る煙の向こうに敵の影を見つけた時にはもう遅かった。

 命を奪うには明らかに軽々しいヒュンという音。銃声は一人を狙い複数回飛んできた。

「くそ……もうダメだ……誰か……」

 倒れ込んだ兵士の手からスマートホンが落ちた。

 その画面は発信中の文字が表示されていた。

「――それでオレ達を呼んだのか? ……なんの為に」

 青木の家に呼ばれたたかしは不満顔だった。

 なぜならゲーム画面を前に、青木が憤慨しているからだ。

「たかし……わかるだろう? 僕らの仲間が煽られたんだぞ!」

 もう一人。一緒に呼ばれた明夫はこんな酷いことがあっていいのかと、ゲーム機に保存されていたリプレイ動画を何度も見返した。

 青木が銃弾に倒れた後。そのすぐ横で、敵プレイヤーが何度も飛び跳ねたり屈伸を繰り返したりしていた。

「ただの挨拶だろう」

 たかしはよく見る光景だと気にしなかったが、明夫と青木は違った。

 特にやられた張本人の青木は、まだ怒りに興奮していた。

「ただの挨拶? 今のゲームは昔と違ってエモート機能があるんだぞ」

「オレに言ってもしょうがないだろう。まさか……みみっちい復讐をするために、オレ達を呼んだんじゃないだろうな」

「たかし……それ以外あるわけないだろう。僕ら三人で寄ってたかって、あのプレイヤーを狙うんだ! 正々堂々袋叩きにする!!」

 明夫は意気込んでコントローラーを握ったが、たかしは頑なにコントローラーへ手を伸ばさなかった。

「すごいね。成人を迎えた男三人が平日の昼間に集まって、一人を囲んで大盛り上がりをするわけだ」

「それが戦略ってものだよ」

 青木はつべこべ言わずに付き合えと、コントローラーをたかしに投げ渡した。

「別にゲームに誘われるのにはなんの文句もない。でも、もう少し普通に誘えないわけ?」

「これはゲームではない現実だ。繰り返す。これはゲームではない現実だ」

 青木がゲームのセリフをマネて言うと、明夫のテンションは上がり、シャツの袖をまくって細い腕をあらわにしてやる気を見せた。

「帰りたい……」

 たかしはため息をつくと、仕方なくコントローラーを握った。

「帰り道は――前方の道。たた一つだ! GO! GO! GOGO!!」

 明夫はゲーム画面で弾のリロードをすると、坂道を駆け下りていった。

「さすが明夫だ! 頼りになる!」と青木も後を続いたのだが……。ゲームが終わる頃になると「――なんて頼りにならない男だ……」と、全く反対の意見に変わっていた。

「僕のせいじゃない! あのプレイヤーはずるだよ!! 僕らの動きがわかってるみたいだ。絶対にチートだね。チーターだ!」

 ゲームオーバーの文字に明夫は言い訳を始めるが、青木のため息が大きくなるだけだった。

「明夫……認めろよ。オレ達が下手ってだけだろう」

 たかしはこれで終わりだとコントローラーを置いたのだが、明夫はもう一戦。もう一戦だと何度も粘った。

 しかし、どれも明夫達のチームの敗北。

 どういうわけか、いつも被弾確率が高いのだ。

 現在地がバレている様子もなければ、相手の百発百中というわけでもない。やればやるほど、相手がチートを使っていないということがわかってきた。

 それに焦ったのは明夫だ。普段たかしにゲームでマウントを取っているので、ここで負け続ければ自分は尊敬されなくなってしまうと本気で思っていた。

 たかしは明夫を尊敬しているわけではないので、負け続けようが勝ち続けようが、世界大会で優勝しようが、まったくどうでもいいのだが、そのことに明夫が気付くことは一生来ない。

 だが明夫はたかしに良いところを見せようとして、何度も相手に再戦の願いを出していた。

「諦めろよ。別に負けたっていいだろう。プロゲーマーじゃないんだから」

「いいわけあるか! 僕らが何年このゲームに時間を費やしたと思ってるんだ!」

 明夫が焦っている間。青木は冷静に動画をチェックしていた。

 そしてあることに気が付いた。

「見てよ! 僕らの動きを先回りしてる」

 青木が指摘したのは、相手がジャンプ撃ちした時のことだ。数秒先の未来が見えるかのような動きで対応していたのだ。

「本当だ……奴は……バケモノか!?」

 迫真の演技でアニメのセリフを言う明夫に、青木が対になるセリフを合わせた時だ。

 たかしと明夫がいないルームシェアハウスでは、マリ子が京と一緒にリビングにいた。

「ね? 簡単でしょう?」

 得意気なマリ子に、京は「簡単だけど……」と納得いかない様子で言葉を濁した。

「なによ……京でも楽しく遊べる方法を考えてあげたんでしょう」

「私には揺れる胸がないけど、ゲームで揺らすほど飢えてないわよ」

 京はマリ子に教わってFPSのバトルロイヤルゲームをやっていたのだが、その遊び方はとにかくジャンプや屈伸をして体を動かし、おっぱいを揺らせというものだった。

「おっぱいを揺らすのはオマケみたいなものよ。大事なのは目の前でおっぱいが揺れると、男は大抵同じ動きをするってわけ。現実でもゲームでも一緒。胸を見て視線が一瞬固まるから、そこを狙い撃つってわけ」

「相手は女性かもしれないわよ」

「その時は顔面をパンチすればいいのよ。同じ女同士遠慮することなんてない。女が二人集まればいつだって戦場。女なら暗黙のルールを知ってるはずよ」

「私は知らない」

「それは京がかっこいいから。相手の女の顔面を殴り、拳についた血で紅を引く。それが男を食らう正装よ。それをマイルドにしたのが勝負下着ってわけ。つまりヒップホップ文化と一緒ってわけね」

「……マル子がそれでいいなら。それで、このゲームはいつまで続けるつもり?」

「決まってるでしょう。相手が連戦のロビーサーバーから退出するまでよ!!」



 翌日。明夫はゲームに負け続けるという悪夢で目を覚ました。

 目の下にくまを作った明夫に、マリ子は「あら早いじゃない」と満面の笑みで朝の挨拶をした。「早いのに文句か不満でもあるわけ?」

「文句はあるわよ。でも、アンタとベッドに入ることは一生ないから不満はない。文句ってのは、感じ悪いわよってこと」

「そうだ。僕は今日から不良になってやるんだ」

「あら怖い。反抗期ってわけね」マリ子はからかって言うと、急に真顔になった。「言っとくけどマフラー改造したバイクなんて家に置いたら、座席シート便器にカスタムしてやるから」

「僕がそんな事すると思う?」

「わかんないわよ。マンガやアニメが流行ったら、アンタだって不良になっちゃうかも。でも、別に女って不良が好きなわけじゃないわよ。不良っぽい見た目が好きなだけ。中身は誠実が良いに決まってるでしょう。あとはボスザルの女を気取りたい女が偉そうにしてるくらいね。あー羨ましい……私も一回くらい権力者の女になってみたいもんだわ」

「君って本当に僕と同じ時代を生きてる?」

「それには質問を質問で返すわ。アンタって本当に私と同じ次元を生きてる?」

「残念ながらね。でも、最近良い話が出たよ。こんなの知ってる? 高次元空間から低次元空間へ移行する際。障害は然程ないって研究が出たって」

「聞きたくない」

「だろうね。知らないと思ったよ。これは二つの可能性を示唆しているんだ」

「知らないじゃない。聞きたくないって言ってるのよ。そんなんだからゲームで負けるのよ」

「なんで知ってるんだ!?」

「アンタがゲームで負け越した時以外で、目の下にくまを作ることがある?」

「ない。アニメの徹夜鑑賞は僕にとっての栄養補給だ。たとえ二日間寝なくても、目の下にくまが出来ることはない。体がそう出来てるんだ。これって体が二次元に入るための準備に入ってるんだと思うんだけど、どう思う?」

「この世界のためにも、アンタが二次元の世界に入ったまま出てこないことを祈るわ……」

「そう祈ってて。近い未来に異世界で救世主の登場だ」

「どっちかといえば宇宙人襲来って感じ」

「うるさいなぁ……。だいたいなんで朝からそんなにご機嫌なんだよ」

 朝からパンケーキにたっぷりのハチミツをかけるマリ子に、明夫は若干の不信感を持っていた。

「私はゲームに勝ったから。どっかの誰かと大違いね」

「君でも勝てるゲームね……。想像がつくよ。どうせ小学生に大人気ってゲームだろう」

「アンタがハマってる朝のアニメも、小学生女子に大人気のアニメよ」

「僕は違う。なぜなら小学生女子じゃないからね」

「本当? 驚いたわ。妹みたいに思ってたのに。ねね、ゲームの勝ち方を教えてあげようか?」

「君が僕に!? ゲームの勝ち方を教えるだって!? へそで茶をわかすよ」

「どうせなら紅茶にして。それで教わるの教わらないの?」

「そんなの! ――教わるに決まってるだろう……」

 マリ子にゲームを教えてもらうのは屈辱だが、昨日の相手に負け続けるのも屈辱だ。

 明夫はプライドを一旦置いて、一旦マリ子に教えを請うことにした。

「そうそう男は正直なのが一番よ。出そうなのに出ないって我慢して気まずい空気にさせるなっての。こっちはオマエの配管を修理しに来てるんじゃないんだってのよ」

「君の言うゲームって男のセックスのこと? 僕に教えてどうするのさ」

「本当……どうかしてたわ。男でもアンタは願い下げよね。それで必勝法とは、こうよ――こう!」

 マリ子は両脇を締めて胸の谷間を深くすると、上半身を振って明夫の前で胸を揺らした。

「……不愉快だ」

 明夫は谷間に目もくれずにマリ子を睨みつけた。

「こっちのが不愉快よ……。美女の谷間を見て立てるのが腹なわけ? 男としてどうかしてるわよ」

「結局君の教えってセックスじゃないか」

「違うわよ! ……いや、そんなに違わないか。とにかく、おっぱいを揺らすのよ。アンタだってゲームの中では女のキャラを使うでしょ。胸を揺らして注意散漫にさせるの。いい? 男は揺れる二つのおっぱいを、二つの目で追いかけるの。つまり……おっぱいに奪われた両目に、銃口が映ることはないってことよ」

「そんなバカな男はいない」

「男って書いてバカと読むのよ。ほら見なさい」

 マリ子は明夫に向かって官能的に胸を揺らして見せたのだが、明夫にエクボが出来ることはなかった。

 ただただ眉間にシワを寄せてマリ子を睨んでいた。

「実に滑稽だよ。ただ脂肪が揺れるのを見たければ、体重一二〇キロの僕の友達のお腹でも見てるね。いいかい? キャラクターのおっぱいっていうのは現実ではないんだ。クリエイターが脳という高尚な仮想現実の中で計算したもの。それがキャラクターのおっぱいなんだ。だからオタクの心を震わせる。本当に揺れるおっぱいは、心をも震わせるんだ!!」

「アンタとまともに話そうってのが、土台無理な話よね……」

 マリ子はパンケーキを口に押し込むと、出かける支度をするのに部屋へと戻っていた。



 それからマリ子も明夫も大学に出かけ、各々用事を済ませると、夜には家へ戻り全員で夕食を食べた。

 マリ子は京と部屋へ行き、リビングでは明夫とたかしがソファーに座っていた。

「さぁ……リベンジの時間だ」と意気込む明夫に、たかしは「まだ諦めていなかったんだ」と呆れていた。

「当然だろう。向こうも二人、僕らも二人。これでイーブンだ」

「昨日は三人で一人を囲もうとしただろう。それに、向こうは二人だったけど、一人は初心者ですぐにやられてただろう」

「なら、条件は全く同じだ」

 明夫はたかしの目を真っ直ぐ見て言った。

「わかったよ……これっきりだぞ。ネットの相手でも揉めるのは嫌なんだ」

 たかしは渋々ゲームをモニターに繋いだ。

 昨日の対戦相手へゲームメッセージを送って再戦したのだが、結果は負けだった。

「なんでだよ! 絶対に僕のほうが上手いのにおかしいよ!」

 明夫の言う通り、戦果の画面では明夫の成績が上回っている。

 だが、試合には負けてしまうのだった。

「オレが足を引っ張ってるって言いたいのか?」

「君から言ってくれて助かったよ。明らかに君の動きはおかしい。いつもの動きじゃない」

「それは仕方ないよ。眼の前でおっぱいが揺れるとつい……ね」

「なにがついだよ。リアルのおっぱい……だ……なんて……」

 急に明夫が言葉を止めたので、たかしは何度も名前を呼んだのだが、考えがまとまるまで明夫が反応することはなかった。

 やがて「そうだ……」とおもむろに口を開いた。「おっぱいだ! おっぱい!」

「そうだよ。これはおっぱいだ」

「違う! これは3Dゲームのおっぱい。つまり僕にも作用するってことだ。やられたよ……天才的な戦略だ。こんな天才的なことを考えたのは……!? マリ子!!! おっぱいめ!! おっぱいーーー!」

 明夫が二階に向かって叫んだ名前は、しっかりマリ子にも聞こえていた。

 だが、マリ子は対戦相手を明夫と知らないので、ただおっぱいを連呼してるようにしか聞こえなかった。

「オタクに私の生谷間は刺激が強すぎたか……まさか壊れるとは」

「マル子……」と京はため息をついた。

「わかったわよ。あとで説明しに行くわよ」

「そういう面白いことをするなら事前に報せてもらわないと……。なんのためにルームシェアしたのかわからないわ」

 京は二度目のため息をつくと、明夫の様子を確認しに行くために下の階へ下りていった。

「主な目的って、私のダイエットの監視じゃないの?」

 マリ子は肩をすくめると、京がいないすきに新しいお菓子を開けて食べ始めた。

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