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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン3
51/125

第一話

 神と魔王が支配するポウラワールド。

 神は魔王を倒すために天使を創り、魔王は悪魔を創った。

 やがて天使を崇める獣人や人間が生まれ、悪魔を崇める魔族や魔法生物が生まれていった。

 互いの主張をかけた戦争が始まるが、命をかけるのは人間や魔族といった末端の種族達だ。

 命を削り合う中。双方は次々と兵器を編み出していった。

 殺伐とした時代は長い間続いたが、憎み合うものだけではなく、互いに手を取り合おうというレジスタンスが生まれた。

 人間がからくりを造り、魔族が魔法というエネルギーを与えたことにより、機械という文明が発達した。

 この力は神と魔王を倒せるほど強大であったが、それを世界に納得させるリーダーがいなかった。

 一筋の希望が闇の雲に飲まれそうになった時。不思議なことが起こった。

 機械に生命が宿ったのだ。

「――それこそが、ポウラワールドの勇者だ! ……僕の言いたいことがわかる?」

 明夫が熱を込めて語れば語るほど、たかしは内心また始まったと思っていた。

「『メカニッククエスト』の新作が出る?」

「違う! 何事もバランスが大事ってことだよ。神と魔王は僕とたかしのことだ。二人で上手くやってただろう? それなのに天使だ魔族だって、勝手に作るからバランスが崩れた。それで、新たな生命が生まれたの。わかる? 混沌の産物。僕らの場合は、生まれるのは騒動だけだよ」

「でも、明夫は新たな生命が生まれてくれたほうがいいんじゃない? フィギュアが喋り出すかもよ」

 たかしはからかいの高笑いを響かせると、今日は朝からデートだと軽い足取りで家を出ていった。

「聞いた? 朝からデートだって。普通デートは朝に終わるのに……爽やかな恋愛してるのね」

 寝巻き姿のマリ子が大あくびをしながら京と一階へ降りてきた。

「出たな……悪魔と天使め」

 新たに京が加わった男女四人のルームシェア生活も、既に一週間が経過している。

 新参者の京だが、もう自分の家のように慣れた様子で生活しており、逆に明夫のほうが借りてきた猫のように大人しくなっていた。

「聞いた? 京」

「ええ、聞いたわ」

「褒めるんなら、もっと素直に褒めなさいよ」

 マリ子は満更でもない様子で明夫の肩を叩くと、朝食を取るのにキッチンへと向かった。

 その後ろを、母親に続く子供のように明夫がついて回った。

「言っておくけど、悪魔は君の方だ」

「知ってるわよ。よく言われるもの。小悪魔だって」

 鼻歌を鳴らすマリ子とは違い、京は眉間にシワを寄せていた。

「それなら私が天使? イメージじゃないわね……」

「エンジェルブラつけてるくせに」

 マリ子は品のないおじさんのようにからかった。

「今日は違うわよ。暖かくなってきたし、透けても目立たないのにしてる」

「白シャツやめればいいのに」

「好きなのよ」

「ブラを透けさせて、男の視線を集めるのが?」

 マリ子のからかいに、京は「そうね」と乗っかった。「いつもしてるけど、マリ子が隣で谷間を放り出すから気付かれないの」

「京に手を出されないために、私が体を張ってるのよ。男らしいでしょ? 惚れたら、抱かせて」

 マリ子はふざけて京に抱きつくと、ため息が響いた。

「ちょっと……やめてよ……」

 明夫はうんざりした表情で言った。

「そうね。童貞のオタクにはキツイ内容よね」

「朝からする内容じゃないってことよ」

 からかい混じりのマリ子と、一定の理解を示す京だったが、明夫の答えは違っていた。

「二人共おっぱいの形が良くないよ」

 明夫が良い終えた瞬間。まだ飲みかけの牛乳パックが飛んできた。

「ぶっ殺すわよ……私のおっぱいを見たっていうの? 見てから文句を言いなさいよ!」

 マリ子がシャツに手をかけると、びっくりした室内犬のような動きで、明夫はソファの後ろに隠れこんだ。

「やめろよ! おっぱいなんか見たくない!!」

「いいから見なさいよ!」

「やだやだ! 絶対嫌だ! 誰か助けて!! おっぱいに殺される!」

「前にも言ったでしょう。一般女性のおっぱいからはビームは出ないって。ほら、脱いだわよ! これでも形が悪いっていうの!」

 マリ子がシャツを脱ぎ捨てて前を睨みつけるが、そこに明夫の姿はなかった。

「明夫君なら逃げたわよ。マリ子が胸に引っかかったシャツに苦戦してる間に」

「嘘でしょう? 私のおっぱいってそんなに価値がないわけ? この大きさは天然物よ。養殖でも加工肉でもないんだから。日本人なら有難がってなんぼなんじゃないの?」

「おっぱい恐怖症とか?」

「そんなわけないでしょう。じゃないと、あんな不快なフィギュアなんて飾らないでしょう」

 マリ子はリビングに隠すことなく飾られている、セクシー衣装のフュギュアを指した。

「似たようなのマリ子の部屋にも飾ってなかった?」

「あのボディが目標なの。男が海外のマッチョのポスターを部屋に貼るのと同じ」

「とにかく謝りにいきましょう。共同生活なんだから、いつまでも部屋に閉じこもっていられても困るでしょう」

「むしろ平和だと思うけど? 引きこもっても周りも、そうかくらいしか思わないわよ」

「マリ子」

「わかったわよ……」

 マリ子は京が言うならと、渋々明夫の部屋の前へ言った。

「明夫いるんでしょう! わかってるのよ! 部屋の鍵を開けなさい!!」

 マリ子が乱暴にドアをノックすると、部屋の中から「誰もいません」と返ってきた。

「じゃあ誰が返事してるって言うのよ。アンタの部屋のものは、全部勝手に喋りだしそうで怖いしキモいのよ!」

「マリ子」

「なによ、譲歩してるでしょう。どれがキモいのかは言わないでおいてあげてるんだから」

「私に任せて」京は優しく一度だけドアをノックした。「聞こえてる? 明夫君」

「……聞こえない」

「そう、残念ね。私もマリ子も、あなたを傷つけるつもりはなかったのよ。マリ子のおっぱいが、あなたの世界へ侵食してくることはないわよ」

「ちょっと……わたしのおっぱいをなんだと思ってるのよ」

 マリ子が呆れてため息をつくが、それに合わさるように明夫が鍵に手をかける音が聞こえた。

「……マリ子は服を着てる?」

「着てるわ」

 京は弟に話しけるようなトーンで言った。

「二つのミサイルで、僕の国を威嚇してこない?」

「するわけないでしょう。あんたには予算がもったいないわよ」

「わかった……」と明夫は部屋のドアの鍵を開けた。

「これで仲直りね」

 一件落着だと思った京だったが、ドアが開いた瞬間――マリ子は明夫の胸ぐらを掴んだのだった。

「誰のおっぱいの形が悪いって? ああん?」

「服は着てるって言っただろう!!」

「だから、着てるでしょう。訂正しろって言ってるのよ」

「わかった! わかったから! その不自然なおっぱいをどうにかしてよ! 僕がどうにかなっちゃう!」

 あまりにも明夫が本気で叫ぶもので、マリ子は思わず胸ぐらを掴んでいた手を離した。

「前から思ってたけど……あんたって女の体をなんだと思ってるわけ? 不快を通り越して心配になるレベルだわ……」

「君こそ、自分の体のおかしさに気付くべきだ。正しいおっぱいはこれだ!!」

 明夫はタブレット端末のスリープを解くと、動画配信サービスにログインして、アニメの映像を二人に見せた。

 明夫にとっては少しセクシーなラブコメものであり、ツッコミどころはなないものだった。

 だが、女性二人にとっては違う。

「なにこのおっぱい……水が入ってるわけ?」

「なにって、揺れるだろう。マリ子の胸だって揺れてる」

「揺れるっていうのはこういうこと」マリ子は自分の胸を触って揺らすと、タブレット画面を指した。「これはどう考えたって跳ねてるでしょう。揺れじゃないわよ」

「君のおっぱいがおかしいんだ。見ろ! もう一人の魔女は不自然に揺れてないぞ!」

 明夫は京の胸を指して叫んだ。

「私は胸が小さいから、裸じゃないと揺れないわ。でもこれ……凄いわね。乳首に重りがついてるような揺れ方」

「というか乳首そのものが重りなんじゃないの。うわぁ……服の上から形がわかるってどんだけ鋼鉄よ。その上この柔らかさでしょう? ……歳を取ったら、自分の首を吊れるくらい垂れそう」

「『むーたん』をそんな目で見るなよ!」

「あんたこそ、こんな女やめなさいよ。あと揺れるって言葉を一回辞書で調べなさい。あんたの見てるアニメの女の子は、胸を揺らしてるんじゃないのよ。胸を振り回してるの。おっぱいバトルアニメーションね」

「やめろよ! オタクでもない君がだ! 心揺さぶるワードを繋ぎ合わせるな! この天才め!」

「……ねぇねぇ。これって褒められてる? 貶されてる?」

「マリ子がオタクに崇められる存在で満足するなら――褒められてる」

 マリ子は「うーん……」と考えて首を傾げた。「もう一声」

「世間一般からは貶されてる」

「ちょっと! 明夫!」

「なんだよ! 君がだらしないおっぱいをしてるだけだろう」

「このおっぱいは地球の重力じゃありえない」

「僕の世界のおっぱい基準はこれなんだ。それがオタクの世界だ! いいかい? 現実をそのまま捉えるのがアニメじゃないんだ! 多次元空間を二次元に要約し、さらに抽象化してる。アーティスティックな作品なんだ。それを理解できないのは、君の頭の悪さが原因なんじゃないか?」

「どうしよう京……」とマリ子は小声になった。「あいつがなにを言っているかわからないんだけど……私って本当にバカかも」

「そうね……私もバカになりそうだもの」

 話の内容が次々と変わっていく二人の会話に、京はだんだんついていけなくなっていた。

「反論が出来ないなら僕の勝ちだ。マリ子に謝る必要はない」

「そう……反論できなければ勝ちなのね。あんた好きなむーたんだっけ? あの女のキャラ……ノーブラで男を誘惑するビッチよ」

「そんなわけがないだろう!!」

 明夫は適当なことを言うなと激怒した。

「ブラがなんの為にあるかわかってんの? 男を喜ばすためじゃないのよ。いい? アンタの好きなゲームと一緒。ブラは防具なの。合わない装備を組み合わせても、バフはかからない。ところがぴったりと合うと、バフがかかって肩こり予防になるの。揺れるってことは防具をしてないってことよ。男の初期装備だけでも攻め込めるやわな女よ」

「むーたんが住んでる世界は、そんな殺伐としてないんだ!」

「なに言ってるのよ。一人の男を取り合う女の世界じゃない。そんな世界の女よ。わかるでしょう」

「わからないから、僕はオタクをやってるの」

「わかった……わかったわよ。なら、全部私に置き換えてみなさいよ。胸を押し付けるのも、無防備な格好で誘うのも、あんた全部隣で見てきてたでしょう。私がたかしにやってたのを。それと一緒よ」

「うそだろう……」

 明夫は膝から崩れ落ちた。

 あろうことか、自分の好きなアニメのヒロインと、マリ子の姿が重なってしまったからだ。

「最後に言うけど、普通はもっと太って見えるわよ。なによ、あのブラみたいにぴったりなシャツ。アンダーバスト食い込んでんじゃん。やばくない? あの服……超欲しいんだけど」

「苦労してるものね」

 京はマリ子が太って見えないよに気を使っているのを知っているので、アニメのヒロインが着るような服があれば気に入るだろうと理解を示した。

「ちょっと……現実にアニメを持ち出すのはダメで、アニメを現実に持ち出すのはいいわけ? なら、僕だってヒロインに出てきてほしい」

「あんたねぇ……気持ち悪いこと言わないで――待った。それ、悪くない」

 急にニヤっと笑みを浮かべたので、京は「マリ子?」と名前を呼んだ。

「だってヒロインが出てくるなら、服も出てくるってことでしょう? 服だけもらって、中身はあんたにあげるわ」

 とんでもないこと言い出すマリ子に、珍しく明夫が面食らっていた。

「……今引いてるのって僕だけ?」

「私も引いてるわ……。マリ子、なんの話をしてるのよ」

「アニメを現実に持ち出されるならって話でしょう。ほら、この服とか超可愛いじゃん。まじ? これ? ワンピでも太って見えないの? 革命だわぁ……」

 すっかり仲良くタブレット端末取り合う二人を放っておき、京は自分の部屋へと戻っていった。



 そして、夜。

 鼻歌交じりで帰ってきた卓也の目に飛び込んできたのは、罵り合う明夫とマリ子の姿だった。

「なにやってんの?」

 たかしは冷静にコーヒーを飲んでいる京に聞いた。

「あら、おかえりなさい。たかし君。見ての通り口喧嘩よ」

「それはわかる。毎日のことだから」

「最初は仲良くやってたのよ」と、京は今日あったことをたかしに話した。「でも、気付いちゃったの。明夫君の大好きなむーたんが、マリ子とまったく同じスリーサイズと身長だったって」

「むーたんって、今やってるアニメだろう? マリ子さんとはサイズは違うはずだけどな……」

 明夫に無理やりアニメ鑑賞に付き合わされているので、たかしはマリ子のほうがスタイルがいいと指摘した。

「あら、さすが元恋人ね。そう私がこっそり書き換えたの。同じになるように」

「なんで」

「私はこれが見たかったから」

 そう言うと、京はコーヒーを一口すすり、まるで映画でも見るように、明夫とマリ子の喧嘩に視線をやった。

「京さんって変わってるって言われない?」

「よく言われるし、ここではあなた以外皆変わってると思うわ」

「……異論なし。でも、今日はオレも少し変人になる」たかしは京の隣に座ると、同じように二人の喧嘩を見守った。「責任が分担されるって最高だと思わない」

「そうはいかないわ。私のマリ子の味方よ。家賃のように折半はしないの」

 京はそろそろ見飽きたと二人の喧嘩を止めにいった。

 その後姿を見ながら、たかしはこれから忙しくなるのか楽になるのか考えたが、結局見当もつかなかった。







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