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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
50/125

第二十五話

「ちょっと! どういうことさ!!」

 明夫は混乱の中悲鳴を上げた。

 理由は軽トラックが家の前に止まっているからだ。

「オレも昨日聞かされたんだよ」

 たかしは今日の予定を知っているので何も驚かなかったが、明夫は違う。

 意味不明な日常が突然始まったのだ。

「僕は今……たった今聞かされたんだけど」

「明夫は絶対に反対するから、軽トラックが到着するまで絶対に黙ってろって言われたから」

「誰にさ」

「マリ子さんに」

 たかしはそういうと、畳まれたままダンボールを渡した。

「なにこれ……」

「アニメグッズをしまうためのダンボールだよ。わざわざ新品のダンボールを買ってきてやったんだぞ。感謝しろよ」

「グッズをしまうだって!? まさか……」

 明夫はあることを思いついて驚愕した。

「そうそのまさかだ」

「ゼノビア様の等身大フィギュア!? うそ……買ってくれたの?」

「違うって……」

 たかしは勘違いだと言おうとしたのだが、それよりも早く明夫が駆け出したので真実を伝えられないままだった。

 ゼノビア様と叫んで玄関を出た明夫は、外にいるマリ子に「なにはしゃいでるのよ……」と呆れられていた。

「僕のゼノビア様は? 超限定。世界に三つしかない等身大フィギュアだぞ。そのうち二つはトレーダーで儲けてる変態に買われたって話」

 明夫は得体の知れない生物のように軽トラックの側面に張り付くと、五分くらい時間かけてようやく荷台に乗っかった。

 ようやくゼノビア様とご対面だと興奮する明夫の目に映ったのは、マリ子の友達の京だった。

「後ろ開くの知らないの?」

「ゼノビア様は?」

 京は「さぁ」と肩をすくめた。「そう呼ばれるのも構わないわよ。これからしばらく共同生活をするんだし、妥協点は必要だものね」

「ちょっと待った……この流れは見たことがあるぞ。たかし!!」

 明夫は金切り声をあげて叫んだ。

「今回、オレはノータッチだよ。マリ子さんの独断」

「あっ……裏切り者」

 マリ子はたかしを睨むが、たかしはそんなことお構いなしだ。

 なぜなら、明夫のオタク部屋を一つ潰す恐ろしさは身をもって知っているからだ。

「僕に確認は取ったのか?」

「取るわけないでしょう。ここは私の家よ」

「僕の方が長く住んでる」

「なら、そろそろ引っ越せば? いいでしょう。まだ部屋は空いてるんだから」

「あの部屋は最後の広い部屋だぞ。トイレみたいな狭さの部屋にフィギュアを飾れって言うのか?」

「そうしてくれるかしら」

 京は荷台から服の入ったダンボールをもつと、明夫に渡した。

 しかし明夫は叩きつけるように、荷台に段ボールを置いた。

 わざとそうしたわけではなく、服の重みに腕が耐えられなかったのだ。

「何これ……鉄アレイでも入ってるの?」

「ただの服よ」

「ただの服がこんなに重いわけがない……。バトル漫画の主人公だってこんなオモリはつけないよ」

「何言ってんだよ。ジーンズも重く感じるほど、筋力がないだろう」

 たかしは明夫の代わりにダンボールを持った。

「待った! たかしはいいのか? 女が一人増えるんだぞ。僕らの男の城に」

「男の城っていうか、オタクの城だったしね。明夫のオタク友達が引っ越してくるより全然マシ」

「裏切り者……」

 明夫が睨んでくるが、たかしは今回は関わらないとダンボールを持ってさっさと部屋に運びに行った。

「僕……聞いてない……」

 たかしがいなくなったので、明夫はマリ子に向かって不満を漏らしていた。

「言ってないもの。反対されることをわざわざ言うわけないでしょう。いいじゃないの。この機会に生身の人間と触れ合ったら? 特に女性と。明夫、このままだと変態になるわよ。オタクと変態が合わさると、それはもう兵器よ。女を殺すってそういう意味じゃないのよ」

「僕を君みたいなセックスマシーンと一緒にしないでくれ」

「セックスマシーンってのは、決まった体位でしかしない男のことを言うのよ。わかったらさっさと運びなさいよ」

「これなら軽いわよ」

 京は明夫にある箱を渡した。

「これ僕エロゲだぞ!!」

「えぇ、返すわ。なかなか楽しめたわ。オタクの都合の良い妄想っていうのも、なかなか面白いものね」

「あら、よかったわね。気が合いそうじゃない」

 マリ子がからかっていうと、明夫は下唇を突き出した。

「最悪だよ……女がエロゲーをやるってことは、エロゲーはオワコンってことだぞ。女はいつも男のコンテンツを荒らしていくんだ」

「なに言ってんだよ。エロゲー時代は終わり。これからは同人ゲーだって、自分で言ってたじゃないか」

 次の荷物を取りに来たたかしは、軽トラの荷台を石鹸箱のようにして演説をする明夫をバカを見る目で見ていた。

「そういう問題じゃない。住み分けの問題だ」

「女がコンテンツを壊すんじゃなくて、女に媚び売る男が壊すんでしょう。女のブラ一つで戦争が起こる世界じゃない」

 マリ子はバカにして言うと、これは一騒動起きそうだとたかしは手伝いに身を入れることにした。

「否定できないし、巻き込まれたくないから、オレは荷物を運ぶ」

「ありがとう」

 京がお礼を言うと、たかしは含みのある笑顔を浮かべた。

「これから大変だよ。小学生を相手にするようなものだから」

「大丈夫よ。弟の世話で慣れてるから」

「待ってよ! これからが話し合いだろう? 多数決で決めるべきだ! ルームシェアに反対の人」

 手を上げたのは明夫だけ、三人は腕を動かすこともなかった。

 マリ子は「決まりね」と勝ち誇った。

 言い出したのは明夫なので、もう訂正は出来ない。

「たかし!!」

「ダンボールを持ってるんだぞ。どうやって手をあげるんだよ。それに、オレが上げたところで二対二だろう。結局振り出しだ。それなら、別にルームシェアでもいいんじゃない? 女性がマリ子さん一人ってのもどうかと思うし」

「さすが私の元カレ。良いと言うじゃない」

「そうだろう。君に鍛えられたからね」

「それは調教されただけだろう。僕らの友情はどうなる」

「あれ? オレ達の友情は壊れたって前に言わなかった?」

「その言葉をここで出すのは卑怯だぞ……」

「それなら、何も言わずに立ち去るよ」

 たかしは頑張れと明夫に向かって手を振るが、その願いは叶わず、全ての荷物が運び込まれてしまった。



「軽トラは夜にでも返しにいくわ」

 京はとりあえずダンボールを運んだ狭いリビングでコーヒーを飲んでいた。

 部屋はまだ明夫の私物が飾られているので、ダンボールを運び込めないのだ。

「それにしても、よく明夫が納得したね」

 たかしは明夫を説き伏せたマリ子に感心していた

「してないわよ。私の裸を見せるって脅しただけ」

「それってご褒美じゃないの?」

「あなたにとってはね。オタクにとっては毒みたいよ」

「そういえば……買ってた漫画雑誌のグラビア。明夫がお焚き上げに持っていってたっけ。呪われるって」

「その冗談面白い」

 京は笑ったが、たかしは真面目な表情だった。

「そうだろう。でも、冗談じゃないから怖い。肌のトーンが理想と違うから、一生人間は好きにならないって宣言してる男だからね」

「興味深いわ」

 京はコーヒーを多めに飲むと、ゴクリと喉を鳴らして飲んだ。

「最初はみんな言うよ。興味深いって、この家にオレが友達を呼べない理由はこれ」

「確かに……私もぶっ飛んだわ。初めてこの部屋を見た時。呪いの人形が飾られてる家に来たのかと思ったもの」

 マリ子はフィギュアを見て、自分の胸のほうが大きいと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「日本人形よりは怖くないだろう」

「日本人形よりエッチだしね。見て、京これ。これがオタクの理想なのよ」

 マリ子は飾られた胸の大きいフィギュアを渡した。

「あら、凄いのね。これだけ大きと猫背になりそうだけど、しっかり真っ直ぐ立ってるわ」

「その感想も違う気が……。そういえば肝心なことを聞いてなかったけど、なんで京さんはルームシェアを決めたの?」

「そうね……一番は自立かしら。一人暮らしも悩んだけど、ここにいる方が面白そうだから」

「まぁ、退屈はしないよ。でも、色々噂を立てられるかもよ。最近はおしゃべりな芳樹が寂しがって来るようになったし」

「素敵ね。暇な大学生の溜まり場。それもお金がかからず」

「ハム子もどんどん呼ぼう。居酒屋より安上がりって言ったら、毎日来るわよきっと」

 盛り上がる女性二人に、たかしは気まずそうに頬をかいた。

「ちょっと……夢見るお二人さん。それは不可能だと思うよ」

「なんでそう思うわけ? さては女三人が集まった時のパワーを知らないんでしょう」

「オタク三人が集まった時のパワーを知ってる?」

「知ってるわよ。翻弄してやったわ」

「甘いね。それは君が今までゲストだったからだ。ちなみに、これがオレがゲストだった時の写真」

 たかしはスマホから一枚の写真を見せた。

 まだ高校生の頃写真で、垢抜けていない初々しいたかしと、何も変わっていないオタク三人が写っている。

「なによ、オタク三人が笑顔であなたを囲んでる普通の写真じゃない」

「ちょっと待って……」と京は間違い探しを見つけたように、慎重に指を画面に置いた。「写ってるスマホの背面。変なシールが貼ってない?」

「すごいね。そこに目をつけるとは。そうだよ、それはアニメのシール。もう名前も覚えてないけど、当時流行ってやつだよ。でも、もっと気付いてもいいはず」

「あなた……幼稚園児が見るようなアニメのシャツ着てるの?」

「これが受け入れられた儀式。当時は明夫の友達だし、仲良くしようとしてたんだけど……今となっては少し後悔中」

「オタク試験ってわけ。私受けてないわよ」

「マリ子さんはギャルだから。最初から明夫が敵に回ってただろう?」

「そういえばそうね。今も敵みたいなもんだけど」

「京さんは今のところ敵ではなさそうだから……下手したら強制的オタク試験が行われるかも」

「あら、楽しみ」

 京は笑顔を浮かべると、それを隠すようにコーヒーカップに口をつけた。

「片付けたよ……これでいいんだろう」

 不機嫌を隠すことなく明夫が二階から降りてくると、早速マリ子と京は荷物を運びにいった。

「なんだよ……いつから香水の匂いがする家になったんだここは」

「確かに、マリ子さんの香水は強い。でも、シャンプーの匂いは良い匂いだろう」

「たかし……良い匂いっていうのは妄想の中にしか存在しないんだ」

「それはいつものオタク妄想だろう。京さんは弟もいるって言ったぞ」

「だからなんだよ。僕に弟になれって言うのか?」

「ゲームの相手が出来るってこと。オレも恋人とのデートに集中できる。明夫を気にしないでね」

「気になんてかけてないくせに……」

「だから、買っただろう。同じゲーム機を」

「大会には出てないだろう。それにあの女は得体が知れなくて不気味だ……」

「マイペースだよね。でも、考え方はかなり大人だよ。マリ子さんより話が通じると思うけど」

「それって私がわがままで子供みたいってこと?」

 次の荷物を取りに戻ったマリ子は、偶然会話が聞こえたことにより足を止めた。

「そこが好きだった」

「ありがとう。私も好きだったわよ。そういう誤魔化すのが下手なところ。浮気してたら絶対わかるから、とっちめってやったのに」

「オレが浮気をすると思う?」

「今の所は思わないわ。誠実というよりも根性がなさそう」

「正解。話を戻すけどさ、もう少し明夫に遠慮してもらってもいいかい?」

 たかしは一応明夫のフォローも入れて置いた。

「遠慮ってどうすればいいのよ」

 たかしに言われたことなので、マリ子も妥協を決めたのだが、すり合わせどころが見つからなかった。

「簡単だよ。アニメの女の子になればいい。――ごめん冗談。例えばテレビは明夫が買ったものだ。女性二人で占領するのはいかがなものかな。それは明夫に許可取るとかね」

「わかったわよ……それくらいは妥協するわ。家でゲーム大会を開くときは、私も遠慮する。それでいい?」

「だってさ、明夫。言うことがあるんじゃないか?」

「……出てけ」

「明夫」

「わかったよ。二人目の魔女を認めるよ。マリ子の時みたいに、妥協案を見つけていけばいいんだろう。まったく……浮いた家賃でなにを買えるか考えるよ……」

 明夫が渋々部屋に戻るのと入れ替わりに京がリビングにやってきた。

「なるほど……マリ子と明夫君が上手くやれてるのは、スットッパー役が優秀だからなのね。越してきてよかったわ。こういう発見を待ってたのよ」

 京は自分でも気付かない鼻歌を鳴らしながら、残りの荷物をこれから自室となる部屋へ運び入れたのだった。






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