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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
48/125

第二十三話

「これはどうだろう……」

 悟は目の前に広げられたセーラー服を半裸の姿で見つめていた。

「姫……これは本物の高校の制服なんだよ。姫が着なくて誰が着るんだ」

 赤沼は大真面目な顔で言うと、興奮で汗ばんだ前髪をかき上げた

 水分を含んだ重い前髪は癖毛になることはなく、元のおかっぱへとすぐに戻った。

「だからだよ。こんなのを着て動画を上げてごらんよ。僕はどうなる?」

「変態で通報だな」

 芳樹は自分の言葉にバカ笑いを響かせるので、たかしも思わず口元に笑みを浮かべたのだが、悟が睨んでいるのに気付き、慌てて口元を手で押さえた。

「芳樹……発言には気をつけろよ。ここはオタクの城だぞ。利は彼らにある」

 ここはシェアハウス。いつもと違うのは、たかしの友達と明夫の友達が一堂に会している。

 これは過去に一度もなかったことだ。色々な偶然が重なり、男子指数が高い家へとなってしまった。

 マリ子はダイエットだと外へ飛び出してるので、今はいない。

 オタクの城というよりも男の城と化していた。

 つまり、いつも以上に下品な言葉が飛び交う場所だということだ。

「でもよ、見ろよ。オタクの着せ替え人形だぜ。オレはあーはなりたくないね」

 芳樹は腕を組んで威圧的に見下ろした。

 現在ソファーに座っているのは、芳樹とたかしの二人だ。

 明夫の友人であるオタク二人は、金髪の芳樹にすっかり萎縮してしまい、すっかり発言が少なくなってしまった。

 いちいち芳樹が茶化すのだから無理もない。

 芳樹も芳樹ですっかり気持ち良くなってしまい、自分がここの支配者のように振る舞っていた。

 しかし、それも明夫が帰ってくるまでのことだった。

 明夫がスカーフを買いに行って戻ってくると、芳樹は「げ……」と露骨に嫌な顔をした。

 だが、明夫は違う。

「いやー、我が友よ。久しぶりじゃないか」と笑みを浮かべながら近付いてきた。

「近付くなオタク……」

「それ僕が買ったソファー」

 明夫が指摘すると、芳樹はソファーから降りてオタク二人と並んで座った。

「どういうこと?」

 赤沼が首を傾げると、青木は明夫に人差し指を向けた。

「勇者だ! 勇者明夫誕生だ! 魔王を追い払ったぞ!」

 青木が捲し立てると、今度は明夫が支配者のように振る舞った。

「来い、友人。僕の右腕にならせてやる」

「是非に」

 青木がノリノリで隣に座ろうとすると、明夫が手で制した。

「聞こえなかったのかい? 僕は友人を呼んだんだ」

 明夫は芳樹に向かって手を差し出した。

 芳樹はいつもとはまったく違う態度で「オレを巻き込むな……」と呟いた。

「そうだよ。彼はただのお調子者だ。陽キャだぞ。陰キャの僕らの右腕にはなれない」

 青木が真面目な顔で言うと、明夫もため息をついて落としてから、同じく真剣な表情をした。

「いいかい? 陽気な金髪というのは、主人公の友人ポジションに一番適しているのだ。ヒロインからはバカな奴と認識されて攻略対象にはならない。でも、彼がいることにより様々な騒動が起こる」

「お風呂イベントだ!」

 赤沼は勢い良く挙手して言った。

「大正解! 彼は女風呂を覗こうと言う。僕らは止める立場だ。だが、友人の誘いは断れずに覗きを実行する。そこで僕らはバレてしまう! 芳樹は逃げ、僕達はヒロインに捕まる」

「妹の嫉妬イベントだ!」

 青木も手を上げていうが、明夫の表情は冷たいものだった。

「湯煙全裸介抱イベントだろう。怒り狂ってたヒロイン達は、主人公が気絶した途端に心配して駆け寄ってくるんだ」

「一枚絵!!」

 赤沼と青木は声を揃えて叫んだ。

「何を言ってるのかまったくわかんねぇよ……」

 芳樹はうんざりと肩を落とすと、あぐらを掻き直した。

「慣れるしかないよ。ここに来るなら」

 明夫を苦手としている芳樹がシェアハウスに来たのには訳があった。

 たかしは恋人と仲良くやり、悟までオタク達と仲良くしているので、一人の時間が増えて寂しいのだ。

 たかしと同時期に付き合った恋人とは既に別れているので、寂しさを紛らわすために入り浸りだしたのだった。

「もっとあるだろう。男ならよ……そうだ! ナンパに行こうぜ! 六人いればフォーメーションは作り放題だぞ」

「僕達オタクがそんなことすると思う?」

 赤沼は本気で言ってるのかと眉間に皺を作った。

「それじゃあなんだ? こんな天気の良い昼間から、オレの親友を女装させるのが正しい休日の使い方ってのか?」

 赤沼は初めて強気に笑うと、「君の親友は、今じゃ僕らの姫だ」と勝ち誇った。

「なんだと! ……これってオレが負けたのか?」

 芳樹に真顔で聞かれた悟は「知らないよ……」と項垂れた。

「その格好をしておいて知らないはないだろう……。これ近所の高校の制服じゃねぇかよ」

「僕だってこんな格好させられるとは聞いてないよ。今日はたかしに呼ばれたんだから」

「ってことは、普段はそんな格好してるってことじゃねぇか」

「そうだよ。なんて言ったって、僕は姫なんだから。というかさ、これを機に芳樹も少しは歩み寄ったほうがいいよ。じゃないと、孤立しちゃうよ。学食に一人でいたいわけ?」

 悟に仲良くやろうと言われて、芳樹は決心を固めた。

「わかった! どうにでもしてくれ」

 芳樹は胸の前で腕を組むと、あぐらを深くした。

「切腹するつもりじゃないなら、もう少し楽しそうにしたら?」

 たかしはこの状況を楽しんでいた。いつもは明夫に振り回されるのは自分だが、今回は芳樹がオタク達に振り回されている。友人の知らない一面を見るのは、説明のできない嬉しさがあった。

「切腹も同然だ。見てろよ……オレの男気をな!!」

 芳樹は服ぬいで素早くパンツ一枚になると、さぁセーラー服を着させろと両手を広げたのだった。

「芳樹!?」

 たかしは驚いた。友人がまさかの行動に出たのだ。理解が追いつくことはなかった。

「これがオタクと交流を深める儀式だろう。気にするな。オレに着させろ」

「芳樹……」

「大丈夫だ。他の友達には彼女と変態プレイをしたってことにしておく。それなら、小さな嘘で済むからな」

「覚悟を受け取ったよ。君はこのセーラー服を着る権利あるのかもしれない……」

「ない!」と、待ったをかけたのは青木だ。「そのセーラー服は妹設定だろう? 姫ならともかく、金髪のヤンキーに着せるのか?」

「でも彼が着たいって言ってるんだ。着せるべきだよ。僕らだって、一度女装は経験済みだろう」

 明夫はオタク友達だけではなく、たかしの方も向いて言うのものだから、芳樹は驚いて口をポカーンと開けていた。

「オレのは強制だ……。誰がオタクの祭典で売り子をするかって話になったんだよ。その妄想だけで女装させられたんだ。……イベントにも行かされた」

 たかしが白状すると、芳樹は声を大きくした。

「たかし!」

「わかってるよ。しょうがないだろう。明夫は強引なんだ」

「オレだけ女装させないってのか!」

「芳樹?」

「だってそうだろう。悟はともかく、悟とたかしも女装してるんだぞ。オレだけしてないいのは、おかしいと思わねぇのか?」

 芳樹が真剣な表情で睨むように見てくるので、たかしはそうだったとため息を落とした。

「忘れたよ。芳樹がアホだってことを。女装したいなら止めないよ。オタクのおもちゃは多い方がいい。分散されるからね」

「なにがオタクのおもちゃだよ。言っておくけど、たかしはずっと減点のままだからね。せっかく魔女と別れたと思ったのに……。僕らのゲーム大会がいくつ中止になったと思ってるんだ?」

「オレも気になってた。よくユリと続いてるな」

 たかしの恋人のユリは芳樹と幼馴染なので、たかしよりもユリには詳しい。

 今までどんな男と付き合って、どんな理由で別れたかも知っているので、長く続いてるたかしとユリが不思議だったのだ。

「いい子だもん。そりゃ続くよ」

「それはどうかな」と口を挟んだのは赤沼だ。「いい子っていうのは存在しないんだ。なぜなら、いい子っていうのはキャラクターとして薄い。だから大抵ヒロインの友人ポジションにいるんだ。僕が一番好きなタイプのモブキャラだよ。そう考えると、たかしは幸せものだよ。世のオタクが泣いて喜ぶよ。今はモブキャラに魅力を感じる人が増えてるんだ」

「バカにされてるようにしか聞こえない。だいたいさ……赤沼。君はどうなんだよ。一時期とは言え、オレと君は恋のライバルだったんだぞ。まさかもう牙が折れたのか?」

「オタクの牙は脆いの……。もうとっくに総入れ歯だよ」

「でも、僕に告白の練習してるじゃん」

 悟がサラッと会話に混ざると、赤沼は「それは内緒だって!」と慌てた。

「そんなことしてたわけ?」と呆れたのはオタク二人。

 オタク三人組の中でも、取り分けて恋愛に興味が薄い二人なので、赤沼の行動に理解ができないのだ。

「呼び出したのは妹だよ」

「そうだね。でも、いつも妹さんいなくない?」

「服と化粧が決まらないから、部屋から出て来られないんだってさ」

 赤沼は悟を睨んだ。現在妹は悟に好意を持っているので、仲良くしつつも注意して見ているのだ。

 そんな少女の秘めたる思いは、デリカシーのかけらもない男の一言で悟に伝わってしまった。

「それって、悟に惚れてんじゃねぇのか?」

「芳樹……そういうのは気付いても言わないでよ。赤沼の家に行きにくくなるだろう」

「神様!」青木は妹と悟を引き離した芳樹に抱きついた。

「やめろよ……。上半身裸なんだぞ」

 青木は「そうだね……」と離れた。そして「服を着せよう」とセーラー服を拾ったのだった。

「本当に着るのか?」

 たかしはいつもの悪ノリが始まったと思っていた。

「当然だ。オレは熱い友情を持った男だぞ。女装くらいなんだ! 男らしく女装してやる!」

 芳樹がセーラー服の着方をわかるはずもなく、オタク三人が変に慣れた手つきで着させた。

 その完成した姿は、実に見事に似合っていなかった。

「鎖骨こわ……出すぎでしょう」と赤沼は顔を歪めた。

「これは胸筋が発達してるからそう見えるだけ。鎖骨が出るってのはオマエらオタク三人のことを言うんだよ。で? どうだ? 惚れそうか?」

 芳樹はスカートを翻して一回転すると、最後に二の腕に筋肉を作るポーズを取った。

 その行動に明夫は大変満足していた。

「どうだい? 逸材だろう? 彼ほどお調子者はいない。僕らは主人公になれるぞ。その前に……もう少しどうにかできないかな? オタクの妄想で」

 普段ならここで終わりなのだが、あまりに芳樹の女装が似合っていないせいで、何か手を加えたくなってしまった。

「そうだ! 眼鏡っ娘にしよう! 少しは鋭い目つきが柔らかくなるかも」

 青木の提案をすぐに採用すると、明夫は部屋から伊達メガネを持ってきて芳樹にかけさせた。

 結果は微妙であり、スカート短くしたり、スカートの下にジャージを履かせたり、様々なオタク妄想でアイテムが足されていくが、どれも芳樹に似合うはずもなかった。

 何度も着せ替えられているうちに「もうやってらんねぇ!」と芳樹が吠えた。「男が着ても、似合わねぇに決まってんだよ」

「そうでもないだろう」

 たかしがからかって悟を見ていうと、それならと芳樹はセーラー服を脱いだ。

「たかし……オマエが着てみろよ。オレに着させたんだ。まさか嫌とは言わねぇよな」

 たかしはすぐにからかい過ぎたことを後悔した。

 芳樹の悪ノリと、オタク三人組の暴走が融合されると逃げられるはずもないからだ。

 悟も助けるのは不可能だと肩をすくめたので、たかしはセーラー服を着るしかなかった。

 女装したたかしを皆が似合わないと笑っている時。

 最悪のタイミングでマリ子が帰ってきた。

「わーお……一瞬別れた原因はそれかと思っちゃった。というか、アンタら……一回全員病院に行った方がいいわよ」

 マリ子の目に映っているのは半裸の男が二人と女装した男が一人。それに、スカートの長さを確かめるために覗き込むオタク達。

 マリ子はこんな家にはいられないと、取りに来た荷物を見つけるとすぐに家を出ていった。






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