第二十二話
「さぁ、緊急会議よ。なぜ女は太るのか」
いつものファミレス。京と公子を呼び出したマリ子は、自身の体重増加をどうにかするべくダイエット計画を立てようとしていた。
「食べるからでしょう……。私会社の昼休みなんだけど……。OLのランチを大学生が集まるファミレスで済ませろって言うの?」
会社の制服姿の公子は、居心地が悪さを誤魔化すようにマリ子を睨みつけた。
「つーかハム。その制服ダサくない?」
マリ子は公子の地味な制服が気になっていた。
「そうでしょう! そう思うでしょう!! このベストスーツ。何年前のセンスだって話だよ。今時こんな目の荒いチェックのベストある?」
「私のおじいちゃんが、そんなちゃんちゃんこ持ってる」
「やった! これで私も立派なババアじゃん!」
「どっちかというと、じいちゃんの家に遊びに来た孫? 寒いから来てきなさいって言われたんでしょう」
マリ子が公子をからかっていると、コーヒーの香りのため息が聞こえがしに響いた。
「ハム子の制服を弄っても、マル子の体重が減るわけじゃないのよ」
「うわ……ひどっ……京ってば私がそんなに太ったと思ってるんだ」
「うん。今から写真を撮って、一ヶ月前のマル子と並べて見てもいい?」
「絶対だめ……。そんなことしたら、体重が増えたのは京に孕まされたからって言いふらすよ……」
マリ子が本気で睨んでくるので、京はそんなことありえないと呆れた。
「いいや……ありえるよ。私たまにミヤちんでもいいやって思う時あるもん」
公子が京の横顔をまじまじ見ながら言うと、マリ子は大きな声で賛同した。
「ハム! それ私も思ってた!。マジで女なのもったいないよね。こんなイケメンって、アイドルにもいなくない?」
「いや、どっちかというと俳優顔だよ。ミヤちん……ツーショット撮っていい?」
「同僚に見せるつもりでしょう……」
京は勝手にしてと諦めた。
「当然。お昼はイケメンデート。だって吉川さんとかさ、給食食べに行くの? とか聞いてくるんだよ。最悪でしょう」
「そのバカ女に、ちゃんと中学は給食がなくて学食だったって言ってやった?」
「言ってやった。そしたら、可哀想だって給食ランチのお店に連れてってくれた。超美味しかった」
「愚痴なのか自慢なのかわからないわよ……」
「自慢に決まってるでしょう」
「給食なんてみんな食べてるわよ」
「私は小学校アメリカだし、中学は弁当か学食だからないんですー。私の背が小さいのは、アメリカのランチ事情のせいだ。これって訴えた方がいいかな?」
「絶対訴えた方がいい。弁護士雇って慰謝料山分けしよ。いや、いっそ私が弁護する? 節約できるよ。待った……それより、アメリカのイケメン輸入条約結んだほうがいいかな?」
「あーダメダメ。アメリカは日本より厳しいんだよ。アメリカの店でID出しても、私は絶対にお酒は買えないね……。生きにくい国だよアメリカは」
公子がうなだれると、京はテーブルに肘をついた。すっかり公子は写真のことを忘れてしまっていたからだ。
「ハム子……生きにくいもなにも、もう英語喋れないんでしょう」
「喋れるよ。ただ日本の文化が私に英語を話せなくさせたのさ」
「通ってたのは日本語学校でしょう」
「うっせうっせ! ミヤちんうっせ! アメリカの空気を吸って育ったことは確かだぞー!」
「わかったわよ。とにかく、マル子は痩せたいなら食後のアイスはなし。ハム子は子供に見られたくないなら、きちんと制服を着る。乱れてるから、余計子供っぽく見えるのよ」
京が公子の制服を整えると、童顔ながらも制服のお陰で中学生には見えなくなった。
「ミヤちんって決断力あるよね」
「そう? 普通よ」
「だって、私ミヤちんいなかったらニートだよ。ミヤちんが就職先を探してくれたから、私は今日も元気に時間無駄に潰せるのだ」
「ハム……進路っていうのは普通複数選ぶものよ」
「だって着ぐるみアクターとか、しょうもないものを担任が勧めてるんだもん。私が着ぐるみに入ったら、汗をかいてさらに小さくなるじゃない」
「なったら面白いわね。それで? マル子はまたダイエットするの? なら昼休憩が終わる前に、ハムにメニュー作ってもらったら?」
ハム子は「おやおや……マリちん」と急に態度を大きくした。「苦しいけど痩せるか、面倒臭いけど痩せるか。さて、どっちを選ぼうかなー」
「楽して痩せるダイエットは!?」
「そんなのあるわけないでしょう……。私が何回マリちんのダイエットメニューを組んだと思ってるの。あれってさ、長く長ーく続けるから効果があるものだよ。目標体重に届いたから終わり! だと、結局脂肪も減っていないし、筋肉も増えてないから、あっという間にリバウンドだよ」
「知ってる。それってバスケットの漫画でしょう」
「オタクと付き合うには、自然とそういうセリフでないとダメなの?」
青木を狙っている公子は、それならマリ子を真似て習得しようと思ったのだが、マリ子は違うと首を横に振った。
「たかし部屋にあったのよ。オタクの部屋にある漫画は……なんか無駄におっぱいとかお尻が出てる女ばっかりの漫画よ」
「それってまんまマリちんじゃん」
「私のは無駄じゃない。絵の谷間でタクシー代を無料にできる?」
「それって、下品だから降りてくれって言われたやつでしょう」
「そうなの! あのおっさん! ちょっとダンディな顔してるからってマジムカついたわ」
「クレーム入れてやった?」
「そんなことするわけないでしょう。でもタクシー会社に乗り込んで、そのおっさんの元まで行った。意味もなくにっこり微笑んで帰ってやったわ」
「うわぁ……悪女だ。絶対誰か奥さんに告げ口して修羅場になってるよ。……今からそのタクシー会社行っても、修羅場に間に合うかな?」
「あのおっさんは独身よ。だから狙ってたのに」
マリ子がため息を落とすと、ちょどよく公子のスマホが振動した。
「あー昼休みも終わりだ。私行かないと」
「OLって大変ね。午後サボれないの?」
「マリちんが養ってくれるならね」
三人は割り勘で店を出ると、公子は職場へ、マリ子と京は大学へと向かっていた。
「マジでハムの制服姿おもろいよね。写真取っておけばよかった。多分中学の卒アルに忍び込ませても気付かれないよ」
「マリ子……よかったの?」
「よくないって。写真撮っとけばよかったって言ったでしょう。撮ってないの」
「ダイエットメニューよ。それでハム子を呼び出したんでしょう。職場は離れてるっていうのに無理やりね」
「え? じゃあ、私達ってなんの話をしてたわけ? ダイエット計画で呼び出してるのに、ダイエットメニューが決まらないっておかしくない?」
「私が聞きたいくらい。聞き耳立てても、全然理解出来なかった。二人は話題が飛び過ぎなのよ」
「京が一つの話題に固執し過ぎなだけの気もするけど……まだオタクに興味あるの?」
「えぇ、最近は興味あることばかりよ。あのオタク君三人と悟君の関係。ハム子と青木君の今後。それと、まだこのコミュニティーに深く関わっていない芳樹君のこととか、マリ子はたかし君と――ヨリを戻すのとか」
京は顔色を確かめるようにマリ子の顔をじっと見た。
「ちょっとたかしはもう彼女がいるでしょう。ムカつく女だけど、上手くやってるわよ」
「そう、そこよ。ムカつく女。私はそうは思わなかった」
「あら、そう? でも私はムカついた」
「たかし君を取られたから?」
「別れた後よ? 取られるもなにもないわよ。私だって彼氏がいたんだし」
「そこも気になっていた。本当に好きだった? 名前も覚えてない彼氏君は。……そもそも付き合ってないんじゃなかった?」
「彼氏ってことにしておかないと、京の話に信憑性が出ちゃうでしょう」
「まぁ、とにかく。その他諸々のことを含めて考えた結果。私は研究を第二段階に進めることにしたわ」
「痩せ薬でありますように。痩せ薬でありますように……。痩せ薬でありますように!」
「違うわよ」
「違ったか! 誰か作ってよ……肝臓だって半分無くなっても再生するんだから、脂肪だって取れたっていいじゃんね?」
「その理論だと、脂肪は戻ってくるんじゃない?」
「私の理論じゃ戻ってこない。難しすぎて説明できないのが悔しいわ」
「――ってわけよ」
夕食も終わり、見ているようで見ていないバラエティ番組がリビングに流れる時間帯。
マリ子は昼間の話をたかしと明夫に話していた。
「どういうわけ?」
明夫は全く理解できないと首を傾げた。
「だから、脂肪は戻るのか戻らないのかって話よ」
「戻るよ。目の前に良い例がある。僕が知ってる中でも、君は三回はダイエットだって張り切ってた。脂肪が戻らないなら、一回で済むはずだ」
「たかし……オタクムカつく」
「明夫」
「なんだよ、たかしはマリ子の味方をするのか? 上に乗ってきたら重いって愚痴ってたくせに」
「ちょ! ――それは!」
「ちょ! はこっちのセリフよ。なんてことオタクに話してるのよ」
「違うよ。確かに明夫には言った。でも、あれは食後に君が甘えてくるから。お腹はキツいよ」
「はぁ!? お腹は全然余裕なんですけど! 太ったのは太もも! よくも言わせたわね!!」
マリ子が騒ぎ立てていると、たかしが噴き出して笑った。
「あっ……ごめん悪気はないんだ」
「悪意しか感じなかったけど」
「マリ子さんと付き合ってた頃を思い出したんだ。あの頃もずっとこんな賑やかだった」
「今だって賑やかだよ。君達のせいでね」
明夫はせっかくのオタクライフが台無しだと二人を睨んだ。
「明夫だって楽しんでるだろう。オレの友達をコスプレイヤーにするとは……恨むぞ」
「本人が好きでやってるんだからいいだろう。そうだ! 今度四人で大会に参加するんだ。応援にきてよ。今、ボスのところに置いてあったチラシ持ってくるから」
明夫は部屋に戻ると、たかしとマリ子はどちらからともなく視線を合わせた。
「本当……変な関係ね。私達って」
たかしは「思ったより上手くやれてるよ。オレ達」と言うと、じっとマリ子の顔を見ていた。
「なによ」
「いやー……やっぱり好みの顔だなぁーと思って。……なんで別れたんだろう」
「あなたに甲斐性がないからじゃない。普通恋人がいるのに、昔の恋人にそんなことは言わないわよ」
「それもそうだ……忘れて」
たかしが肩をすくめると、マリ子は真似して肩をすくめた。
「ただで忘れろっていうの?」
「アイスでいい? コンビニ行くから、ついでに買ってくるよ」
「百円アイスじゃダメよ」
「わかってるよ。それじゃあ行ってくる」
たかしが玄関に向かうと、マリ子はソファーに仰向けに倒れ込んだ。
「ビックリした……いきなり変なこと言わないでよね……」
激しく脈打つ胸を押さえると深呼吸をした。
目を閉じて、一度二度と呼吸を繰り返すと、急に明夫に声をかけられて悲鳴を上げた。
「ちょっと! どういうつもり!」
「それはこっちのセリフ。リビングでおっぱいを揉まないでよ。するなら部屋で。常識がないんだから」
明夫はマリ子が自慰行為でも始めたのかと思い、軽蔑の視線を向けた。
「アンタは少し世間の荒波に揉まれてきなさいよ……。まったく……全然頭が回らない。寝るわ」
今日は変なことを考える日だったと、マリ子は早々に部屋へと引きこもった。
翌日。たかしが買ってきたアイスをしっかり食べ終えてから、ダイエット中なのを思い出したのであった。




