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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
44/125

第十九話

「おまたせしました。こちら期間限定メニューの【砲弾アイス】になります」

 そう言って店員が持ってきたのは、カレー皿に盛られたアイスだった。

 ラーメンどんぶりですくったのかと思うほど大きなアイスで、バニラアイスの周りをストロベリーアイスで包み、さらにそれをダークチョコレートでコーティングして凍らせたものだ。

 砲弾と呼ぶのにためらいのない見た目のアイスに、マリ子は慣れた手付きでスプーンを突き刺した。

 地割れのようにチョコのコーティングが割れると、マグマのような赤い果肉の混ざったストロベリーアイスが顔を出した。

 至福の表情でアイスを舐め取るマリ子を、公子は頬杖をついて呆れていた。

「……なにしてんの? マリちん」

「見てわかるでしょう。これで豪華客船を鎮めるって脅すの。で、私達は乗客がボートに逃げたあとの船に乗って世界一周旅行するって寸法よ」

「私は行かないよ。弟の世話があるから」

 京はコーヒーを口元へ持っていった。しかし飲むわけではなく、軽く一息吹きかけて、立ち上がったコーヒーの香りを楽しんでいた。

「ちょっと……ふたりとも……。親友が男に振られて傷心なの。それなのに……その言葉はないんじゃないの?」

「だってさ、マリちんは結局付き合ってないんでしょう」

「そうか……やった! じゃあ、マザコンでゲームオタクで女の気持ちを何一つ考えないアホとのことは、私の歴史には残さない」

「ねね……紹介して」

 公子はファミレスのテーブルに身を乗り出すが、マリ子はアイスを唇で拭うと、そのスプーンを公子に向けた。

「聞いてなかったの? 最低な男よ」

「聞いてたよ。マザコンでオタクで、女の気持ちがわからない男でしょ。でも、ロリコンの文字はなかった」

「どうせゲームにロリキャラが出てきたらハマるわよ」

「男なんてそんなもんさ。たぶん十年後も同じ会話してるよ。マリちんの夫が女子大生に寝取られたって」

「そん時はハム子を娘にする人生を選ぶ。養育費は自分で稼いでね」

「私がその寝取った女だったりして」

「十年後って私達もう三十代よ。その時もハム子がJCみたいな顔してたら、さすがに引くわ……。というか、三十代の自分に絶望しそう……。なんで人間って年をとるわけ?」

「それが人間だから。失恋の悲しみをアイスで流し込む。それもまた人間だね」

 ハム子はため息をついた。だが、それは呆れのため息ではない。感心のため息だ。

 あんなに大きいアイスを、マリ子はいつのまにかぺろっと完食していたのだ。

「私のカロリーはおっぱいとお尻につくからいいの。つーか……京。さっきからなにしてるわけ? 鼻でも詰まってるの?」

 マリ子は定期的にコーヒーの香りを嗅ぐ京が気になっていた。

「ここのコーヒー……。変わったと思わない?」

「思わない」

 公子はコーヒーの香りに顔を歪めた。

「ハムはコーヒーを飲まないでしょう」

「飲むよ。今の時間に飲んだら夜に眠れなくなるから飲まないだけ」

「まだ昼よ」

「もう昼だよ。女三人。無駄な時間。貴重な休日がぁ……」

 明日からまた仕事だと考えるだけで、公子は体の力が頼りなく抜けていくのを感じた。

「京の勘違いなんじゃない? コーヒーの豆を変えるほど、流行ってる店でもないでしょう」

 マリ子は暇そうにしている従業員を見ながら言った。

「それもそうね。それで……二人共どうするの? この後の予定は?」

「ハム子が決める」

「マリちんが決める」

「ハム子……。今日はアンタが呼び出したんでしょう」

「だってさ、やることないんだもん」

「前から思ってたんだけど……。ハム子って私と京以外に友達いるの?」

「うわー……。むっかっちーん! こっちはマリちんとミヤちんより三つも歳上なんだぞー。それだけ大人の付き合いもあるってもんさ。社会人を舐めるなー!」

「なら、同僚に慰めてもらえばいいのに」

「だってお酒誘ってくれないんだもん。警察に説明するのがいちいち面倒だって」

「うそ……飲む時間までここにいるつもり?」

「他にある? これから一銭も使わずに、夜まで過ごす方法」

「ないわね……。でも、ここも飲み放題はコーヒーくらいよ。サラダバーはレタスが萎びてて最悪だし」

「そうだ! マリちんの家行こうか!」

 公子は家なら、平日の昼間から飲んでも誰の目も気にならないとすっかり乗り気になってしまった。

「私の家? 二人共給料日前だからなにもないわよ、うちにも」

「男の家でしょう。ビールの一本や二本、タブも開けられずに転がってるよ」

「キモオタとザ・普通の男よ? 転がってるのはフィギュアのパーツか、清書前のレポートくらいのもんよ」

「でも、ここでいくら粘っても何も奢らないよ……。社会人が貯金を崩すっていうのは、誰かを殺すのと同じ覚悟があるときだけだよ」

「わかったわよ……。京もウチくるでしょう?」

「当然。飲まないけどね」

「飲まないのにオタクの城に来るわけ? それって装備足りてる? ……あぁ、もう本当最悪。オタクカルチャーが私の生活に侵食してるわ……」

 マリ子はため息を落としてから立ち上がった。



「いっちばーん!」と家に入った公子は、すぐさまソファーに飛び込むとクッションを抱きかかえた。

「ちょっと気を付けてよね。その辺のものを壊すと、まじで呪ってくるわよ……。オタクの執念って凄いんだから……ディスプレイの中まで効果あり。現代版呪いのビデオみたいなもんね」

「望むところ。オタクの呪いにかかったら、青い王子様に呪いを解いてもらう」

「あー……やめてよね。よりにもよって、あの青木が王子様だなんて……。一番こじらせたド変態よ」

 マリ子は妹、妹と連呼する青木を思い出して身震いした。自分が公子の立場になったとしても、絶対に惚れることはないだろう。

「つーかさぁ……。学生のくせに一軒家なんて生意気過ぎない? なんかソファーもいいの出しさぁ」

 公子は寝転がったままの格好で体を揺らし、ソファーの柔らかさを確かめると、わかったような顔で頷いた。

「一軒家でも、ボロよ。賃貸だし。それも三等分で払ってるから。そのソファーはオタクのこだわりの一品。アニメを見てよし、ゲームをやってよし、オタクにとって王座のようなソファーだ。って言ってたわよ。それより、なんか温かいもの飲まない? どうせまだ時間かかるでしょう」

 マリ子は床に置かれたままの袋を拾うと、中身を適当に冷蔵庫へ入れた。

 お酒のおつまみの材料ばかりで、買うより作ったほうが安いとスーパーで買物をしてきたのだ。

「私はコーヒー。安物のインスタントで全然オッケーよ」

 京は座る前にトイレに行くと、飲みたいものを伝えた。

「またコーヒー? 胃とSMプレイしてるの? それとも膀胱と焦らしプレイ?」

「知ってるでしょう。好きなのよ、コーヒーが」

「いいけど、そのうちおしっこがコーヒー臭くなるわよ。で、ハムは?」

「ココア。バターとマシュマロ入れて。砕いたアーモンドかけて。あっ、マシュマロは二個ね」

「アンタね……遠慮知らずの小学生だって、人の家に来たらもっと遠慮するわよ……。ココアになに? バターとマシュマロと砕いたアーモンド? ハム子……アンタってばカロリーだけで妊娠するつもりなの?」

「傷付いた女の心を治すには、甘いものしかないって忘れたの?」

 公子はらしくないとでも言いたげに、抱きしめているクッションにため息を染み込ませた。

「私がさっき特大アイス食べたの忘れたの?」

「忘れてないよ。完食の写真撮ってSNS載せたもん。あっ、そうだ。キャンペーンで。写真を載っけたからクーポン出たよ。また行こうね」

「私はアイスを食べて、ココアも飲んだらカロリーがヤバいって言ってんの。雪山行かないと消費し切れないカロリーだよ」

「ちょっとマリちん……。食べるのは私」

「それはどうかな」

 マリ子はカップを三つ取り出すと、一つにはインスタントコーヒーの粉を、残りの二つにはココアの粉を入れた。

「あーあ……これからお酒も飲むっていうのに……」

「今日はそういう日なの」

「そういう日って?」

「昼にはアイスを食べて、夕方前には高カロリーにカスタマイズしたココアを飲む。そして、最後にお酒で高脂質のおつまみを胃に流し込むの」

「マリちんって本当に乙女なんだから」

「でしょ。それで、本当に青木を狙うわけ? 言っておくけど、私はもうオタク勘弁ってくらい後悔してるわよ」

 マリ子はバターとマシュマルを入れたココアを持って、公子の寝転がるソファーへ向かった。

「成人してから初めてだよ。その他大勢の女にカテゴライズされたの。これって運命じゃん」

「ハム子が特殊過ぎんのよ。だいたいアンタに興味が出たらロリコンってことよ。ロリコンでもいいの?」

「ロリコンやー! 絶対やー。アイツら私の年齢聞いてなんて言うか知ってる? ラッキーって言うのよ」

「うわ、それって最悪……」

「ね、最悪でしょー! そりゃカロリーの爆弾にやられたくなる時もあるってもんさ」

 公子はマリ子からカップを受け取ると、お礼を言ってから口をつけた。

「でも、実際問題ハム子の見た目なら、母校で授業受けられるよね」

「こっちは中学をちゃんと三年で卒業してる」

「……私だってしてるわよ。義務教育なんだから。じゃなくて、ドキドキしない? 学校に行くのって」

「中学だよ? 中坊なんて固くて早いだけだよ」

「固くて早いのは役に立たないって、オタクも言ってた。使い道ないって。私が言ってるのは、そういうストレスの発散ってありじゃないってこと。母校に突如として現れる謎のフェロモンお姉さん。その名も私よ」

「確かに……マリちんみたいなのが現れたら、男子中学生は大変だろうね。たぶん教員用トイレまで個室が埋まってる」

「男子中学生は夢に見るわよ。私サキュバスになれそう。いや……違う。これが夢を与えるってことなのね……。【稲倉】や【松尾】の気持ちがわかったわ」

「稲倉って大リーガーの? 松尾ってサッカーの? マリちん……さっさとその舞台から降りてこないと恥かくよ……」

「人が気持ち良く妄想に浸ってるのを邪魔しないでよね」

「気持ち良い妄想に浸ってるのは中学生でしょ。まぁ、邪魔しちゃ悪いのは同じだね。それにしてもミヤちん遅くない? うんち?」

「どうだろう。京ってさ。朝に全部一回で出てそうなイメージあるけど。超健康そう」

「マリ子も糖質をもっと控えれば、便秘に悩むこともなくなるんじゃない?」

 トイレから帰ってきた京は、自分がいないところで話題にするなと二人を睨んでから、忘れられていたコーヒーを自分で淹れて戻ってきた。

「うそ!? 糖質って制限をしたほうが便秘になるって聞いたんだけど」

「それは食物繊維も取らなくなるからでしょう」

「私サラダ好きだもん」

「サラダもでしょう。……なんにでも限度ってものがあるのよ」

「そう思うでしょう? アイスにはないのよ」

 マリ子がたまらないと吐息を甘く響かせると、ところでと京が話題を変えた。

「最近明夫君になにか変化はあった?」

「京ってさ、明夫のこと気にするよねぇ。もしかして好きなわけ?」

「ええ」

「おっ、これで私達三人は、オタクに一度は惚れたってことだね」

 公子は皆仲間だと二人と肩を組んだ。

 しかし、マリ子にとっては大問題だ。京が明夫と付き合うだなんて絶対に不幸になるのが目に見えているからだ。

「別に好きって、好意じゃないわよ。興味があるの」

「よかった……」マリ子は胸をなでおろした。「それ、前も言ってったけど全然意味わからない」

「だって、行動が予測不能なんだもの。組織的な蟻の巣を眺めているよりも、全然楽しいわ」

「私……。京の趣味がよくわからない……」

 マリ子が困惑すると、公子も同じように困惑した。

「私もだよ……。でも、京って心理学を専攻してた?」

「いいえ。でも、私……そういう興味ってなくならないのよね」

「例えば?」

「例えば……そうね。例えば監視下がなくなった環境で、誘惑に負けるかどうかとか」

「うわ……なんかそれっぽいね」

 公子はココアを一口飲んで言った。

「そうでしょう。結果は……誘惑に負けたみたいね」

 京は鼻の下にマシュマロのヒゲを作ったマリ子を見ながら言った。

「負け? 違う。これは勝ったのよ。自分に打ち勝って、体重を気にするのをやめたの。つまり大勝利ってわけ」

「マリ子がそれでいいならそれでいいけど……。お得だからおつまみにするって言ってた半額の豚バラ。どうする?」

「しっかりお墓を立てて埋めてあげることにするわ」

「本当マリちんって誘惑に弱いよね……欲に負けすぎ」

「私のせいじゃないもん。誘惑するほうが悪い。いつかスイーツの系のCMを訴えて、慰謝料だけで生活してやるわ!」

「裁判は絶対に傍聴するわ」

 京は疑問に首を傾げるマリ子の手を握ると、これからの人生は絶対に目が離せない事だらけだと確信した。






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