表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
42/126

第十七話

「三百八十五円になります」コンビニの店員は少し待ってから、反応のないマリ子の顔を見た。「……お客様?」

「聞いてるわよ。三百八十五円でしょう」

 マリ子はスマホのアプリで支払うが、視線は店員ではなく、別の客へ向いていた。

「……お客様?」

「なによ。今から袋に詰めるところでしょう。文句があるなら、サッカー台でも作りなさいよ」

 マリ子の表情は不機嫌になり、もはや隠すことなく睨みつけていた。

 しかし、その視線は店員ではない。やはり別の客へ向いていたのだ。

 それからマリ子は時間をかけて買い物袋に商品を詰めると、最後に「けっ」と吐き出してからコンビニを出ていったのだ。



「ね。超ムカつくでしょう。ムカムカのムカよ」

 マリ子は上着を乱暴に脱ぎ散らかすと、大きなお尻でソファーを揺らした。

「それって……コンビニにサッカー台がないことに怒ってるわけ? それとも……給料日前なのに、三百八十五円もする高級アイスを買った自分に怒ってるわけ?」

 たかしは自分が頼んだものが買われていないと遠回しに批判したのだが、鼻息の荒くなったマリ子はそれに気付く様子はなかった。

「何を聞いてたわけ? ムカつく女がいたって話でしょう」

 マリ子が呆れ気味に言うと、公子も「マリちん、別れて正解だよ。この男はなにもわかっちゃいないんだから」と、年齢不相応の幼い声で呆れていた。

「なにもわかってないオレに教えてほしいんだけど……公子さんがオレの家にいる理由を」

 たかしは床に座り、我が物顔になってソファーで寛ぐ公子を見上げていた。

「私の家でもあるからよ。友達を呼ぶのになんか問題でもあるわけ?」

「そうだそうだー! ミヤちんだけずるいぞ。私も呼ばれる権利はあるし、着替えを置いておく権利もあるんだ!」

 公子は拳を掲げて、自分が寛ぐのになんの問題もないと主張した。

「問題って……見てわかんない?」

 たかしは立ち上がると、公子の隣に立って並んだ。

 年齢では公子が歳上なのだが、どうみてもたかしの妹にしか見えない外見をしている。そんな彼女が自由に家を出入りするとなると、近所であらぬ噂を立てられるのは時間の問題だ。

 つい最近まで男の二人暮らしだった家に、中学生くらいにしか見えない女性との相性は最悪だ。

 明夫のオタク具合は近所でも知られており、オタクはイコールでロリコンという世間のイメージは未だに根強く残っているので、最悪公子が出入りする度に通報される可能性もあった。

 公子は「減点一……」とたかしを睨みつけた。「別れて正解だけど、別れる時に玉を蹴り上げられるべき男に格下げ」

「またたかしと付き合う時には覚えておく。それでどう思う? 最悪でしょう?」

 マリ子はコンビニにいた女性客が気に入らないと不機嫌になっているのだが、たかしはその女性客がどういう人なのかという情報が全くなかった。

 マリ子が話しているかも知れないが、彼女の話は世間話と愚痴が混ざり合い、友人の公子と話すことで更に撹拌されるので、話題がとっちらかってたかしの頭に残らないのだった。

「本当に聞いてなかったわけ?」マリ子はため息を一つ挟んだ。「私、このコンビニで一番イケてる! ――みたいな雰囲気丸出しで突っ立ってる女がいたって話よ」

「聞いてるよ。だから、君の話だろう?」

「私は、その女にムカついてる女」

「あぁ……なるほど。聞いてなかった。でも、マリ子さんが勝手にそう思っただけだろう?」

 たかしは考えすぎだと言おうとしたのだが、公子の大声に遮られてしまった。

「わかるー! そういう女いるよねー。私達理想のカップルでしょ? みたいな雰囲気出す奴でしょ。あの自分に浸った時の仕草。最高にムカつくよねー」

「でしょ! わざわざ背伸びして、彼氏の背中から陳列棚見てるの。手なんか後ろ手に組んじゃってさ。腰も反らして、超ぶりっ子じゃん。でも、オマエが可愛いと思ってる仕草、それ鳥の骨格標本だからっての。まじざまぁ。ざまぁざまぁのざまぁよ」

「わかったよ……」たかしはお手上げだと、とりあえずこの話題には納得をみせた。しかし、彼にはもう一つ聞きたいことがあった。「彼女がいる理由は?」

「わかんない男だねー……。私がここにいるのは、マリちんに恋の相談があるからだよ」

「え? ハム子が私の相談に乗ってくれるわけじゃないの? 私、今ずっと相談してたんだけど」

「私もずっとマリちん相談してたんだけどー! まじ!? 話が前に進まないわけだね」

 マリ子と公子は目を合わせて、くだらない行き違いを大笑いしたのだが、たかしはますます混乱するばかりだった。

「それじゃあ……ごゆっくり。恋の相談に男は邪魔だろうから、オレはどこか行くよ」

 たかしは女性のいざこざに巻き込まれる前に立ち去ろうと考えたのだが、行動に移すのが少し遅かった。

 公子に「お待ち……」と指を刺された。「おすわりよ、ワンちゃん」と言う声は、外見からはとても想像がつかないような大人の女性の声だった。

「オレは関係ない」

「あるでしょう。私の恋のお相手は、君の友達のオタクなんだから」

「あぁ……。まだ諦めてないわけ?」

 公子が恋をしている相手。それは明夫のオタク友達の青木だった。

 公子はその幼い容姿から、ロリコンに声をかけられることが多く、そういう男はオタクだろうと、勝手に一括りにして毛嫌いしていた。

 しかし、青木というのは妹であれば子供でも年寄りでもかまわないという特殊なタイプであり、ロリ顔で子供体型の公子がいたところでなんとも思わない。

 公子に言わせてみれば、自分に全く興味を持たないところが、たまらなくそそられるとのことだった。

「運命の相手なのよ。あんな男は滅多にいないんだから」

「そりゃそうだろう。あんなのが何人もいてごらんよ……。考えただけで……過去の悪夢が……いくつも……」

 たかしは明夫と赤沼も合わせた三人に囲まれた思い出が脳裏をよぎり、ろくでもないものだったとため息をついた。

「ロリコンじゃないってことよ」

「なにを言ってるんだよ……。青木は立派なロリコンだ。友達の妹にも興奮するくらいだぞ」

「ロリコンでオタクだったら、私は今頃彼の子供を生んでる。まだ生んでないってことはそういうことよ」

「その顔で言われると強烈……。言っておくけど、青木との仲を取り持つのは不可能だからね。彼に好かれたいなら一つ、親に養子を頼んで姉を作ることだ。君が義妹になればチャンスはある。これ大真面目に言ってるからね」

 公子はそんなわけがないとマリ子を見るが、マリ子は変な奴なのよと静かに何度も頷いていた。

「じゃあ……なに? 私は一生振られ続けるってわけか? おい。じゃあ、どうやって性欲を発散させればいいんだよ。こらぁ」

 公子はその見た目からは想像もできない力で、たかしを床に押し倒して屈服させた。

「セックスの相手がいなくて性欲発散できないから、ジム通いしてる女よ。たかしに勝ち目はないと思うけど」

 他人事のマリ子は、溶け始めたアイスをすすりあげながら言った。

「セックス以外にも……ほら、お酒とかもあるだろう」

「お酒を注文する度に免許を見せる気持ちがわかるのかー?」

「なら……大声! カラオケとかは?」

「おまわりは巡回してるんだぞー。二十歳超えて補導された経験あるのかこらー。『こんな昼間から学校は?』。こちとら働いとるんじゃぼけー」

「美味しいものを食べるとか」

「じゃあ金出せよー。こちとら世の男が金を払ってでもしたいことを我慢してるんだぞー。なのに、金を払ってストレスを発散しろって言うのかー。あほなのかー」

 公子はたかしの胸ぐらをつかむと、何度も振って頭を床にぶつけた。

「ハム子はゴネたら長いわよ。日々不満の中に生きる女だから。映画代は子供料金だけどね」

「いいでしょう。R15の映画も映画館じゃ見られない身なんだから。ストレス貯金があるなら、とっくに家を建ててる。信じられる? この前なんか、みりんを買うのに年齢を聞かれたんだよ! ロリ顔子供体型に本みりんは早いってのか? ムカつくー滅びろー」

 公子はようやくたかしを開放すると、乱暴にソファーに座り直した。

「そうだ、ハム子。ついでに、ヒョウタンゴミムシも滅びるように祈っておいて」

「ロリコンっていうゴミムシだけじゃダメなの?」

「小学生の頃、クワガタ取ったって男子に自慢したら、それはオオヒョウタンゴミムシだってバカにされたの。思い出しただけでムカつく……」

「しょうがない……滅びの呪いをかけておいたよ」

「なんか、投げやりじゃない?」

「人間にとっての滅び。つまり血筋が絶える。ってことは?――」

「――今も童貞。それって最高。クソガキのまんまだったらざまぁだし、イケメンに育ってたら燃えるわぁ……」

「マリちんには彼氏がいるでしょう。というか、それで相談なんだよー。オタクってどうやって落とすの?」

 マリ子は「さぁ」と肩をすくめた。

「なんだよ……またそのおっぱいか? またそのお尻か? この歩く誘蛾灯が……」

「話題が古いって言ってるの。私がいつまでオタクと付き合ってると思ってるわけ?」

「ちょっとまった……」たかしはそれはおかしいと割って入った。「一昨日は聞かされたぞ。彼氏との惚気話を」

「その一昨日よ、別れたのは。女物の服が彼の部屋に置いてあったから、それに着替えて待っていたら怒られたの。――私がね。なんで? 意味わかんなくない? それを着させてセックスしたかったんじゃないのかよ。だから着替えたってのに」

「きっと着せたかったんだよ。自分の手で」

 いつの間にか冷蔵庫から勝手にビールを持ってきた公子は、マリ子の別れ話を肴にぐいっと一杯やっていた。

「ハム子……私も女よ。それくらいの童貞の夢は、いくらでも叶えてあげるわ。私が怒ってるのは、それは将来の彼女に着せるコスプレ衣装だって。はぁ? でしょ。じゃあ私は? 私はなに?」

「彼……キスする度、マリちんにお金払ってなかった?」

「ハム子!」

「マリちん……冗談じゃんかぁ。え? じゃあやられ損?」

「やってないから怒ってるのよ。キスどころか、手も握ってない」

「おちんちんついてたぁ? ミヤちんみたいに、女なのにカッコいい顔してるとか」

「ついてたら、今頃私を襲ってるわよ……。今まで尽くしてた時間が超無駄……」

「大学生でしょう? まだ取り返せるよ」

「無理よ……体が忘れられないの……。もう高ランク、高スコアを目指す体になっちゃってるのよ……。これからも時間を無駄に使うんだわ……」

 マリ子はこれから先の自分の人生を思い浮かべて悲鳴を上げた。彼氏だと思っていたオタクと話を合わせるためにゲーム漬けの毎日を送っていたので、ゲームをする生活がすっかり普通になっていたのだ。

 それも、この家は明夫のオタク仲間が出入りするので、対戦相手にも協力相手にも困ることがない。

 これから先。マリ子にゲームなしの人生は考えられなかった。

「まぁ、元気だしなよ。お姉さんがお金出してあげるからさ。ビールでも買ってきなよ」

 公子は財布から三千円出すと、おつまみも買っていいと付け足した。

「ハム子が飲みたくなっただけでしょう……一本空けたから。でも、男の悪口には酒ね。行くわよ」

 マリ子は立ち上がると、たかしについてくるように言った。

「なんで? すぐそこのコンビニだろう? まだ夕方にもなってないんだぞ」

「聞いてなかったの? あのコンビニにはムカつく女がいるって。また来てるかもしれないでしょう。そんなアウェイなところに私一人で行かせるつもりなの?」

「つもりじゃない。行くべきだよ。ついでに、オレが頼んだ唐揚げも買ってくるべきだ。お金は先に払ったんだぞ……」

「ついてきたら、奢ってあげる」

「君のお金じゃないのに……」



 仕方なくコンビニへついていったたかしは、店に入るなりマリ子に引っ張られた。

「ほら、ねね? いたでしょう。アレがムカつく女よ……」

「見えなかったよ……。いいから、ビールとおつまみ買って帰ろう」

「本当に使えない男ね……。少しはチャンスをものにしようと、コンドームを買おうとか思わないわけ?」

「僕は恋人がいる」

「今、僕はって強調した。ムカつく……」

 たかしとマリ子がコソコソ話している頃、レジでカップルも話をしていた。

「ほら、話したでしょう。あの女よ。見栄っ張りって、このコンビニの嬢王蜂は私だって顔してるでしょう」

「そうは見えないけど」

 彼氏は一瞥もすることなく財布を見ていた。

「だって、わざわざ彼氏を引き連れて戻ってきたのよ。普通そんなことする? しかもコンビニに入るなり、手を引っ張ってイチャイチャしだした。アレ……絶対私への当てつけよ」

 マリ子を睨む女性客へ、店員は「あの……お客様……」と声を少し大きくした。

「なによ。聞いてるわよ。おつりでしょう。電子マネーを使わせたいなら、ポイント還元率を上げて」

 彼女は明らかに苛立った様子で店員に当たっていたので、彼氏はおつりを受け取ると、すぐに彼女を連れてコンビニを出ていった。

「なにを不機嫌になってるんだよ」

「聞いて、あの女。今日だけじゃないのよ!」

 彼女はマリ子に対しての愚痴を彼氏にこぼし。

 その数分後。全く同じ愚痴をたかしにこぼすマリ子の姿があった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ