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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
40/125

第十五話

「たかしって生きてて楽しいわけ?」

 明夫から突飛な言葉が出たのは、ファーストフード店のテーブル席だった。

 珍しくたかしと明夫の二人きりの食事。マリ子が来る前はたまにあったが、ルームシェアをするようになってからは始めてだった。

 そんな久しぶりを楽しんでいる時に、明夫から喧嘩を売られるようなことを言われたので、たかしは少しムッとなった。

「いきなり喧嘩を売る人生よりは全然楽しいよ」

「わかってないな……僕らがなんのために【バクラバーガー】なんかに来てると思ってるわけ?」

「朝食を食べにだよ」

「それ本気で言ってる? 不味いって評判のバクラバーガーだぞ。それが本当なら、朝食を食べに来てるのはたかしくらいのもんだよ」

「誘ったのは明夫だろう?」

 たかしはほとんどソースの味しかしないハンバーガーを一口食べると、ほとんど噛まずにアイスコーヒーで飲み込んだ。

「僕はバクラバーガーに行こうって言ったんだ。朝ご飯を食べようだなんて誘ってない」

「じゃあ、何しに来てるんだよ……」

「そんなの【オーロラの姫騎士】とコラボしてるからに決まってるだろう」

 明夫はニコニコしながら限定バーガーのおまけ品を開封した。

 中身はランダムなのだが、目当てのゼノビアというキャラクターを当てた明夫は「やりぃ!」と叫んだ。

 その声は店の中に大きく響いて視線を集めたが、当の本人は全く気にした様子がなかった。

 代わりに、たかしが居心地悪そうに小さくなっていた。

「もういいだろう。帰ろう」たかしはハンバーガーを無理やり口に押し込むと「ほら、早く」と立ち上がった。

 しかし、明夫は腕を組んでどっしりと座り直した。絶対に動いてなるものかと、姿勢を良くした。

「言っただろう? 生きてて楽しいわけ? その答えはそこに入っている」

 明夫が睨むようにして見たのは、ハンバーガーの包み紙と一緒になっているたかしが頼んだ分の景品だった。

「オレはいらないよ。欲しかったら持っていきなよ」

「ちょっと……オタクに情けをかけるつもりか? それはたかしのだぞ。僕が貰うわけにはいかない」

「いつも勝手に持っていってるだろう……」

「これは君を正常に治すための儀式でもあるんだ」

「治療が必要なのは明夫だ。この時期メンタル不調が多くなるって、大学の掲示板に貼ってあったぞ。病院を紹介しようか?」

「最近の君は恋人とのデートばかりじゃないか」

「そうだね。理由は簡単。僕が異性愛者で、恋人は異性だから。もっと言うと凄い美人」

 たかしがしまらない顔で惚気ると、それこそが原因だと明夫はため息を漏らした。

「惚気てばっかりだぞ」

「少しくらいいいだろう」

「少しくらいだって? 昨日はなんて言った?」

「どこにデートへ行ったか話だけだろう」

「三時間もか? 良いかい? 青臭い恋愛がしたいなら、恋愛シミュレーションゲームがある。その先に進みたいなら、エロゲーがある。君は少し恋人と距離を置くべきだよ」

「迷惑はかけてない」

 たかしが余計なお世話だと言い切ると、明夫はこれを見ろとスマホの画面を見せた。

 そこにはマリ子から『たかしがうざいから少し黙らせろ』という文章と、人質に取られた明夫のフィギュアの写真が送られていた。

「うそ……マリ子さんにもウザがられるくらい話してた?」

「君はここ数日の話だと思っているかもしれないけど、もう十日はその状態だぞ。君はオタク友達からも避けられてる」

「それは……オレの代わりに悟というおもちゃを見つけたからだろう。……なんだよ、どうすればいいんだよ」

 迷惑をかけたのは事実だと、たかしは自分を変えようと意見を聞いた。当然恋人と別れる選択肢は不可だ。

「簡単だよ! 現代のストレス社会。生き返るための処方箋は一つしかない。推しを見つけることだ。さぁ! オタクらしく開封の儀を!!」

「オレは別にオタクじゃないのに……。まったく……」

 たかしは明夫の気が済むならと、乱暴に箱を開けて中身を取り出した。

 すると、そこには箱には記載されていないキャラクターのアクリルスタンドが入っていた。

「シークレットだと!?」

 明夫はテーブルに手をつくと、その勢いを利用して立ち上がった。

 当然周囲の視線を集めることになり、たかしが恥ずかしいからとなんとか座らせた。

「シークレットって言うけどさ、どうせネットで売られてるよ」

「そんなの当然だろう! だけど自分の力で引く事に意味があるんだ!!」

「ないよ……そんなの」

 たかしは頼むから静かにしてくれと言ったが、明夫のテンションは上がるばかりだった。

「あるね。貸してみなよ」

 明夫はたかしのスマホを借りて景品の写真を取ると、勝手にSNSへ投稿した。

「なにすんだよ……。急に変な写真をあげたら、友達が心配するだろう……」

 スマホを奪い返したたかしは、友人からのからかいのメッセージにいちいち返信していた。

 最初の数件を返した時、おかしなことが起こっているのに気付いた。

 知らない人からのメッセージや、いいねボタンが押されているのだ。

 そのメッセージはどれも羨ましいというものだった。

「ほら見なよ」

 明夫は予想通りだと、得意げに肩を揺らした。

「意味がわからない……」

「今やオタクは一種のステータスなんだよ。まぁまぁゲームが好きなだけなのに、ゲームオタクですって言う有名人がいっぱいいるだろう。世界はオタクに牛耳られているんだ」

「もう一回だけ言うぞ。意味がわからない」

「だから、たかしはアニメキャラだなんだってバカにするけど、世の中みんながキャラクターに助けられて生きてるってことだよ。僕こそ、もう一回だけ言うぞ。たかしって生きてて楽しいわけ?」

 反論しようとしたたかしだったが、その時恋人のユリから『おそろいだね』と同じアクリルスタンドの写真が送られてきていた。

「明夫……オレが間違っていたみたいだ。どうやら……オーロラの姫騎士は市民権を獲得したらしい……」

「当然だ。近年稀に見る神アニメだからね。浅瀬でぱちゃぱちゃ楽しんでるオタク達を、ディープな世界へ引き摺り込む作品だよ。何人が定期預金を崩したと思っているんだい?」

 このままでは恋人との話題に溝ができるかもしれないと、たかしは明夫にオーロラの姫騎士とは何かを教えてもらう事にした。



「明夫……これって本当に必要なことか?」

 ファーストフード店から移動した先、オタクショップの棚の前。

 たかしは際どいフィギュアがずらっと並ぶ光景に圧倒されていた。

「当然だよ。オーロラの姫騎士っていうのはね。このフィギュアありきの作品なんだ。それはなぜか、全ては彼女から始まるんだ」

 そう言って明夫が取り出したのは、先ほどファーストフード店で当てたアクリルスタンドだ。

「それって、明夫が好きなゼノビアってキャラクターだろう?」

「正しくは僕の推しのゼノビア様だ。彼女はその美しさから魔王に呪いをかけられてしまう。呪いにより、小さくなってしまったゼノビア様は――」

「ちょっと待った。それ長くなるだろう」

「当然。言っておくけど、一週間の集中講義に出てもらうよ」

「そんな時間がないのはわかるだろう。かいつまんで教えてよ」

「かいつまむだって!? あの作品をかいつまんで教えろって言うのか?」

「そう言ったろ」

「絶対嫌だ」

「わかったよ……。じゃあ、こう考えてくれ。仮にだ。仮にオレがオーロラの姫騎士にハマれば、君はオタクグッズのいくつかを買わないで済む。なぜならオレが買うから。明夫は浮いたお金で、フィギャアでも抱き枕カバーでもキーホルダーでも、好きなものを買えばいい? どうだ? 得だろう」

 明夫はあごに手をつくと「ふむ」と頷いた。「続けて」

「今ので全部だよ……」

「たかしはオタクの心を揺さぶるのが下手だね……。オタクを喜ばす職業には向いてない。就職先のリストには外しておいた方がいいよ」

「そうするよ……。それで、どういう物語なんだ?」

「呪いをかけられた姉妹が主人公が知り合い、呪いを解くために冒険をする話だよ」

「それだけ?」

「かいつまんで話せっていたのはたかしだろう。それに、ファンタジーなんてそんなもんだよ。ファンタジーって言うのは、最終回までの過程を楽しむんだ。いいかい? 起承転結の簡単な言葉の間には、見たことのないファンタジー風景と、ヒロインとのイチャラブがあるもの。でも、それは言葉にするんじゃなくて、心に感じるものなんだ。目をつぶれば……ゴブリンが作るサンドウィッチの匂いが風に運ばれてくるようだよ」

「ファンタジーなのにサンドウィッチが存在するの?」

「するよ。ファンタジーだぞ。知らない惑星に墜落した冒険譚じゃないんだ。ババザライズが落ちたようなことを言っても、サンドルダーガが復活するわけでも、ミンの古代都市が復活するわけでもない。そういうのって、アンのコールデンを撃つコンケルケって言うんだ」

 突然訳のわからないことを言い出す明夫に、たかしは「なんだって?」と聞き返した。

「君がファンタジーなのにとか言い出すから、ファンタジーらしく例えて話してあげたんだよ。満足した?」

「するわけないだろう……。わかったオレが悪かった。それで? この作品の人気のポイントってなんなんだ?」

「王道ファンタジーとパンチラ」

「なんだって?」

「王道ファンタジーとパンチラだって」

「なんでパンチラなわけ?」

「ふわふわとか半熟と一緒だよ」

「一緒なものか」

「じゃあ、なんで君の恋人がオーロラの姫騎士を知ってるわけ? ファミレスのメニューと一緒。ふわふわや半熟なんて、今やメニューに記載されていても珍しくないだろう? ふわふわ半熟と共に、パンチラって言うのは一般認識されたの」

「また……話を大きく……」

「じゃあ聞いちゃうけど、ラブコメとパンチラは?」

「まぁ……合うだろうね。男子なら誰でも一度は漫画で読むだろう」

「ギャグとパンチラは?」

「昔からある組み合わせだね」

「職業ものとパンチラ」

「言われてみれば……どんな職業だってお色気担当のキャラっているもんな」

「ほら見ろ。ハンバーグの半熟卵乗せと、ファンタジーキャラクターのパンチラ見せ。どっちも違和感がない」

「一回自分で紙に書いてみなよ。違和感だらけだ……」

「たかしは文句ばっかりだよ……。とにかく、ここに並んでるフィギュアは全部身長が同じなんだ。これがどういうことかわかる? そう、自在のゼノビア様と同じ大きさなんだ!!」

 明夫が声を張り上げるが、ファーストフードの店と違い、誰かが不審人物を見るような視線はなかった。代わりに、拍手のようなものがあちらこちらからパチパチと控えめに聞こえてきた。

「待ってよ。今実在って言わなかった?」

「言ったよ。ほら見て」と明夫はたかしをあるコーナーへ連れて行くと、棚から目についたプラモデルの箱を渡した。「1/144スケールって書いてあるだろう? これは、このロボットが実在するんだ。だから、1/144スケールって書いてあるの」

「それはそういうていだろう。子供の夢を壊さないような配慮だ」

「これは大人の夢だ」

 明夫は値札を突きつけるようにフィギュアを見せた。プレミアがついていて、とても子供が買えるような値段ではなかった。

「ごめん……朝からずっと言ってることがわからないし、わかるのも不可能だと判断した」

「だから、たかしは夢がないって言ってるの。もうちょっと現実から離れるべきだ」

「恋人とは絶対別れないぞ」

「僕が心配しているのは、正しくそれだよ! 君が別れるんじゃないかってこと」

「待った。オレが別れることを心配してくれてるの?」

「親友だ。当然だろう」

 明夫の友情に驚きつつも、たかしは「ありがとう」とお礼を言った。

「そのためにも君は夢を語るべきだってこと。いつだって君は真実しか話さない」

「正直者で怒られる日が来るとはね……」

「友達に話す時は嘘も必要ってことだよ。たかしの恋人の話はよく聞かされるけどさ、まるでポートレートを聞かされてるみたい。君がこうだと決めつけた恋人の姿しか、僕には浮かんでこないよ。それって恋人に失礼だと思わない?」

 以前ユリと喧嘩したたかしは、その内容が幼なじみの芳樹から聞かされた情報を話題に出したからだ。

 ユリにも知られたくないことがあり、自分が彼女の知らない相手にそれを話しているかもしれないと思い、たかしは明夫の言葉に胸を打たれていた。

「まさか明夫のまともな助言が聞ける日が来るとは……。でも、その通りだよ。いくら彼女とのデートが楽しかったとしても、ペラペラ細部まで話すのは止めることにするよ」

「止めるなら、その女をやめろよ。僕にしとけ」

 明夫は真っ直ぐたかしの目を見て言うと、自分でも言っていることがおかしいとわかって首を傾げた。

「それは、オレがする仕草だろう……。なんだってこんなところで愛の告白をするんだよ」

「僕がたかしに? そんなのあり得るわけないだろう」

「オレだってそう思ってる。でも、言っただろう」

「言ったよ。だから驚いてるんだ」

 二人は見つめ合ったまま、なんとも言えない空気が流れた。

「と……とにかく帰ろう」と、たかしはこの場に流れている空気に耐えきれなくなり、そそくさと店を後にした。



 家に着くと、リビングでテレビを見ていたマリ子が「また届いてたわよ」とダンボールをつま先で突いた。

「また? やりぃ!」

 明夫がモミの木の下にあるクリスマスプレゼントを見つけたように喜ぶが、たかしは不審に思っていた。

「またって?」

「この間も届いてたのよ。宛先は不明。でも、中身はスケベなゲームだったから、送り返さずもらってるんだって」

「明夫……そんな怪しいものどうすんだよ。後からものすごい金額を請求されるかも知れないだろう」

「エロゲを送ってくるような奴だよ。エロゲ好きに悪い奴はいないよ。それに、ユーザー激減のエロゲ業界。こうやってパッケージ版を買って送ってくるなんて、彼はきっとサンタの上位互換だよ」

「バカね。サンタはクリスマスだけよ」

 マリ子はテレビが聞こえないから静かにしろと付け足した。

「クリスマス以外にもプレゼントをくれるから、サンタの上位互換なんだよ」

「なんだ……。エッチがしたくてたまらないおっさんのことをそう呼ぶのね」

「まったく……女なんてろくなもんじゃない。やっぱり男が一番だ」

 明夫がため息をつくと、たかしはやっぱりおかしいと思った。

「なぁ、そのエッチなゲームって本当にエッチなゲームだった?」

「当然だろう。待っててよ」

 明夫はノートパソコンを持ってくると、ゲームを起動して画面を見せた。

「これなんてゲーム?」

「わからないよ。検索しても出てこないし、今オタク仲間に聞いて情報待ち。変だよね。同人ゲームの情報サイトにもないんだよ」

「それをやったのか?」

「当然。正直言うとシナリオはいまいち。背景とBGMはフリー素材臭いし、何より女の子が可愛くないんだよ……」

「これって女の子?」

 たかしがマリ子にノートパソコンの画面を見せると、マリ子は「あら、イケメンじゃない」と呟いた。

「なに!?」明夫はノートパソコンを奪い取ると、クリアしたCG集を確認した。「ない……ない……これもない……。ないよ! あれもこれもそれもない!!! ついてないし! ついてる!」

 明夫が女性だと思っていたキャラクターは男性。つまりBLゲームだったのだ。

「それで……変だったのか。まさかBLゲームに影響されるとはな……。よかったよガッツリハマらないで……」

 明夫はハマり癖があるので、もしBLゲームに明夫がハマったとなるとややこしくなるのは目に見えていた。

「嫌がらせだよ。全く……パッケージ詐欺にも程がある」

 明夫は女性的に書かれた男キャラクターのパッケージを見ると、そのままゴミ箱へ入れた。

「おい、明夫……。雑がみはゴミ袋が違うだろう」

「そうだったね。これは萌えるゴミには入れられないよ……」

 明夫は今日届いたゲームも捨てると決意すると、落ち込んだ様子で部屋へと戻っていった。

 たかしはそう言えばと思い出して、マリ子に今日当てた景品を見せた。

「どう、これいい?」

「あー? オタク臭い」

「マリ子さんも欲しくなったりしない?」

「私が? なんで? 露出狂の女の絵を欲しいと思う?」

「いや……そうだよな」

 たかしは肩をすくめると、今日一日を冷静に振り返り、アクリルスタンドをゴミ箱に入れたのだった。






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