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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
38/134

第十三話

「悟の様子がおかしい?」

 芳樹から最近の悟について何か知っているかと聞かれ、たかしは思い返してみるが不審な点は思い付かなかった。

「なにかないか? そわそわしてるとか、挙動不審だとか、音信不通になっただとか」

「悟になにかあれば芳樹だって気付くだろう」

「オレは気付いてるんだ! でも、なにがおかしいのかがわからない……」

「勘違いだろう」

「オレが勘違いなんてすると思うか?」

「つい最近まで、バイプレイヤーをエッチな言葉だと勘違いしてた男が言うセリフか?」

「それは絶対にオレだけじゃない。そうじゃなくてだ……悟の様子だよ。今日だって、一回も姿を見てないだろう?」

 芳樹は午前中に同じ講義に出てるのに、顔を合わせないのはおかしいと主張した。

「会わない日もあるだろう。会いたくない日だってあるし、用事がある日もある。オレ達は小学生じゃなくて大学生だ。四六時中一緒にいるなんてこともないだろう」

「でも、親友だろう?」

「そう思うなら、SNSでメッセージを送ってみればいい」

「よし! いいだろう!」

 芳樹はなぜか偉そうに言うと、悟にメッセージを送った。

「それで変なメッセージが帰ってきたら、オレも認めるよ。悟の様子がおかしいって」

「その必要はない」

 芳樹はすぐに返ってきたメッセージをたかしに見せた。

 そこには、友達と約束があるから先に帰った。用事があるなら、夕方から空いてると言うメッセージだった。

「これをどう思う……」

 芳樹は眉間にシワを寄せた。

「どうって……なんもないってことじゃないの?」

「おかしいと思わないか? オレがおかしいと思ってるのに、なにもおかしくないんだぞ? これはおかしいぞ……」

「探偵ごっこに飽きたら教えて」

 たかしは立ち上がると学食を後にした。

 今日の大学は終了。午後の講義は教授がいないので、後日レポート提出で賄われる。

 明夫は大学で、マリ子は新しく出来たオタクの彼氏の元へ押しかけている。久々に家でゆっくり出来ると思ったたかしは、スーパーで飲み物とお菓子を買って、悠々自適に過ごすことを決めた。

 しかし、帰宅すると、そこには用事があると言ったはずの悟の姿があった。

 たかしは「……悟?」と確認を取ると、悟はいつも大学で会うように手をあげて軽い挨拶をした。

「やぁ、たかし。おかえり」

「ここって本当にオレの家? トランプの兵とか、ハートの女王とか出てこないだろうな……」

「たかしがウサギを追っかけて帰って来たんじゃなければね。それよりどう?」

「どうって言うのは、現在進行形でオレを混乱せているその格好のことを言ってるわけ?

「僕は似合うと思ってるんだけど」

「似合いすぎだよ……」

「どうもありがとう」

 悟はにっこり微笑むと、スカートの裾を摘んでお辞儀した。

 悟が知っている格好というのは、オタク三人がハマっていたアニメキャラクターのコスプレ衣装だった。

「ちょっとたかし……邪魔しないでよ。今は姫のワンショットなんだから」

 明夫はカメラにたかしの姿が映ってると手を払った。

 すると、赤沼と青木の二人がたかしの腕を掴んで、カメラに映らない場所まで引っ張っていった。

 赤沼は「もう少し待って。今オープニングの撮影中だから」と説明すると、レフ板を悟に向けた。

「説明してくれるんだろうな……青木」

 たかしは腕を拘束している青木を睨みつけた。

「五千万人お兄ちゃん計画だよ。彼は日本の男全員の妹になるんだ」

「オレはこの状況を説明しろって言ってるの。君のバカげた妄想をじゃない」

「それが……あながち間違いでもないんだよ。見てて」

 悟はスカート翻すように回ると、最後に自分の頬を摘んで、いかにもぶりっ子なポーズを取った。

「悟……全く意味がわからない」

「男が女の服を着たっておかしい時代じゃないだろう。ほら、僕って女顔だし」

「オレの親友が、変態オタク三人達の目の前で女装してるのは……絶対におかしい」

「たかしにとっては親友かもしれないけど、僕らにとっては姫だ。わかったら声も出さないで。オープニングを撮るって言っただろう」

 まだ聞きたいことが山ほどあったたかしだったが、青木に口も押さえられてしまったので、なにも言うことは出来なかった。

 喋れない、動けないたかしの目に映ったのは、ノリノリでアニメのセリフを言う悟の姿だった。

 たかしは意味がわからないと眉間のシワを深くするが、それよりも深いシワを作ったのはカメラを回している明夫だった。

「やっぱり画面外から出てきた方が良くない? 僕らテーマは九十年代アニメのオープニングだろう?」

「でも、それをすると次々場面転換をしないといけなくなるだろう。僕らがカメラを回せる場所は限られてるんだぞ」

 赤沼はオタク三人が女の子を囲んでいる姿は、外では通報ものだと付け足した。

「でも、オープニングの『お兄ちゃん』ってセリフは欠かせないよ。だって、そう言わないと妹がどうかわからないだろう。たかしはどうお思う?」

 青木は大真面目な顔で、たかしにどうすればいいのかと助言を求めた。

「全員一旦病院で頭を診てもらったほうがいいと思う。それか自首して。オレの親友を洗脳したって」

「洗脳なんかされてないよ。最初はなに言ってるんだと思ったけど。どうせ女の子に間違われるなら、女の子の格好をしてても問題ないだろう?」

 悟はコスプレは楽しいと数回ポーズを取った。

 そのどれもがオタク好みのもので、プロデュースした三人は完成度の高さに、悟がポーズを取るたびに歓声を上げていた。

「本当に問題ないと思ってる?」

「だって稼げるって言うんだもん。バイト先で女の子に間違われてセクハラされるより、オタクに媚び売ってお金を貰う方が健全だよ」

「そうかも知れないけど……明夫だぞ? こうなるから明夫とは会わせたくなかったんだ」

「僕に文句を言うのも結構だけど、姫と知り合ったのは赤沼だぞ。僕はオタクチャンネルで稼ごうと誘っただけ」

「オタクチャンネルって、前にボロクソ叩かれた動画配信チャンネルじゃなかった?」

「そうだよ。だから、流行りの女装子を取り入れて再び天下を狙うわけ。そこで相談なんだけど……女装子と男の娘どっちがいいと思う? やっぱり女装子だとエロ目的の男が来ちゃうかな? でも男の娘だと、VRキャラに軍配が上がっちゃうだろう?」

「どっちでもいいよ……」

 たかしはもう関わるのは予想と、ため息まじりに答えた。

「なるほどね……どっちでもいいはありだ。あえて明記しないで、グレーの存在で遠そう。そうすれば、そうすれば男の娘見える女が好きな層も取り込める。たかし……君と親友で本当に良かったよ」

「オレは親友を辞めたいと本気で考えたことがあるよ……。とにかくオレは関わるつもりはないから、終わったら言って。というか、夕方までには終わらせてよ。今日はオレが夕食の当番なんだから」

 たかしはオタクの熱意には敵わないと、部屋に引きこもることにした。悟も乗り気なので、助ける必要もない。

 四人の話し声が聞こえないように、イヤホンで音楽を聞いていると、たかしはいつの間にか寝てしまっていた。



「――起きて。起きて。もう……起きてよ、お兄ちゃん」

 小さな両手に体を揺さぶれたかしは目を覚ました。

「寝ちゃってたか……ありがとう。起こしてくれ……て?」たかしは目ヤニを擦って落とすと、ようやく頭の中で聴き慣れない単語を弾き出すことができた。「待った……お兄ちゃん?」

 たかしのお腹に乗り「やっと起きた」と悟は笑みを浮かべていた。

「なんだ!? 悟!? なにしてるんだよ?」

「カット! 違うよたかし……そこは『お兄ちゃんの部屋から出ていけ!』だろう。しっかりしてくれよ……。何年オタクの親友をやってると思ってるんだ」

 明夫はせっかく良いシーンが撮れそうだったのに、たかしのせいでボツになってしまったとうなだれた。

「何年もオタクの親友やってても、急に妹は出来ない……」

「それはどうかな」と青木が不敵に笑う。

「わかった……。悟は君たちの妹だ。でもオレの妹ではない。言いたいことわかる?」

「たかしも呼びたいなら姫って呼んでいいよ」

 悟は気にしないと言うが、たかしにとっては気にすることだらけだ。

「急に悟のことを大学で姫って呼んでみなよ……。学校中で大騒ぎだ」

「いつもなにかしら騒いでるじゃん。この間も、芳樹が金髪を止めるかどうかだけで大騒ぎだ」

「それと、オレの上にいつまでも乗ってるのは関係あるわけ?」

「ないけど……ちょっと待った」悟は退ける前に、スマホでたかしとのツーショットを撮った。「自分で言いたくないけど、僕って本当女の子……」

「そう思うならスカートを脱げよ……。あとその写真は誰にも見せるなよ……」

「安心してよ。芳樹くらいにしか見せないから」

「これ以上芳樹を心配させるなよ……。気にしてたぞ。最近様子がおかしいって。そして実際におかしい……」

「まだ言ってるわけ? 僕が本当に女装が趣味だったらどうするつもりだ?」

「同じことだ。……明夫には近付かないように言う。そもそもオタク趣味でもなかっただろう? そのコスプレ。なんのキャラクターかわかってるのか?」

「知らないよ。だから、アニメキャラクターでも本物の女子高生の制服でも、僕にとっては同じ。たかしも着てみる?」

「あー……ダメダメたかしは死ぬほど似合わないから」

 明夫は今撮ったばかりの映像をノートパソコンに繋いで、動画を確認しながら言った。興味は映像の中の悟で、現実の悟はどうでもいいのだった。

「なんだよ……たかしだってコスプレしてるんじゃん」

「二度と思い出したくないよ……。四人で魔法少女アニメのコスプレをしたんだぞ。しかも、それでイベントに出掛けたんだ……」

「人付き合いの良さが裏目に出たね。断れなかったの?」

「たかしは日給一万に釣られたんだ」

 赤沼は昔に四人で撮った写真を悟に見せた。

「これたかし? なんか……全体的に安っぽくない?」

「コスプレ衣装ってそんなもん。特にやる気のない大学生の男が着るとなるとね。悟が似合いすぎなんだよ」

「待てよ」と赤沼は考え込んだ。「僕ら三人とたかしと姫がいれば……明夫! 五人揃うぞ! 今季のアイドルプラネットが揃うってことだ!!」

「赤沼……僕らは女装が死ぬほど似合わないから、もう二度とやらないって決めただろう。その戒めのために、四人が同じ画像を持ってるんだぞ」

 明夫は今赤沼が見せている画像こそが、その時の画像だと指摘した。

「あの時は可愛いくなろうとしたから間違いなんだ。今回はおふざけ。そう考えれば、どんな酷いコスプレになったって笑い話だろう?」

「笑い話と笑われるの違いわかってる? オレはこれ以上黒歴史を増やしたくない」

 たかしは絶対にやりたくないと、頑なに頷かなかった。

「でも、これって黒歴史じゃないの?」

 悟はさっき撮ったばかりの写真をたかしに見せた、それは彼氏が寝ている間に勝手に撮った自撮りのようだった。

「まさか親友を脅すのか?」

「一緒に堕ちるのも親友だろう。さぁ、とりあえずスカートを履いてみようよ」

 悟は脱いだスカートを押し付けた。

 しかし、たかしがベッドで暴れるので、オタク三人が体を取り押さえて、悟がたかしのズボンに手をかけた。

 すると「助けて欲しいなら、助けてあげるわよ」と、マリ子の声が聞こえてきた。

 間髪をいれず「助けて!」とたかしが叫ぶと、マリ子は軽々とオタク三人を引っぺがした。

「なにやってるのよ……」マリ子はたかしのズボンを脱がせる悟ごと写真に収めると、最後に悟も引っぺがした。

「助かったよ……夕飯いらないって言ってたから」

「そのつもりだったけど。彼実家暮らしだから……。母親にアンタの分のご飯は用意してないって、釘を刺されたのよ。絶対アンタがいないうちに、息子の童貞を食ってやるって宣言して帰ってきたの。でも、帰ってきて良かったわ。今度から余興をやるときには、前もって言ってよね」マリ子は今撮ったばかりの写真を京に送るとすぐに返事がきた。「京も今から来るって。だから、もうちょっとそのままでいてね」

「絶対やだ……」

 マリ子が「じゃあいいわ」と諦めたのでホッとしたたかしだが、「こっちの方が面白いから」と赤沼にコスプレの写真を送ってもらっていた。

「赤沼! それは諸刃つるぎだぞ!」

「たかしにはわからないだろうけど、僕みたいなオタクは女性の匂いを嗅いだだけで、なにも考えられなくなっちゃうんだ……」

 四人のコスプレ写真で馬鹿笑いするマリ子を見て、赤沼は送ったことを後悔していた。



「たかしの様子がおかしい?」

 数日後。悟は芳樹から相談を受けていた。

「そうだ……そわそわしたり、落ち着きなかったりするだろう?」

「まぁね。でも、そっとしておくのが友情だよ」

 理由を知っている悟は、含み笑いを浮かべると、芳樹の妄想だらけのへっぽこ推理に耳を澄ませた。






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