第十一話
「ちょっと! 迂回しなさいよ! 何年このゲームしてるのよ! ノロマが!」
マリ子が声を荒らげると、赤沼は「ごめん……」と謝った。
「謝る暇があったら、敵の一人でも倒したらどう? ほら、SWから撃たれてるわよ。ちゃんと見て!」
「対処してるよ。……いちいち怒鳴らなくても聞こえる」
明夫はうんざり気味に言った。
ここ数日マリ子はずっとこの調子だった。
好きな男に合わせようと始めたゲームに、どっぷりハマっていたのだ。
最近は京と顔を合わせるより、家でオタク三人とゲームをしている時間のほうが長い。
それも知識と技術を身につけてきたので、いろいろ口出しするようになり、明夫は口うるさいマリ子を煩わしく思っていた。
「やった! 私の勝ち! ざまぁみろ雑魚ども!」
マリ子が画面に向かって中指を立てると、青木がため息をついた。
「ゲームマナー悪すぎ……」
「なによ、いいでしょう。別に相手に直接言ってるわけじゃないんだから」
「そうだよ。それにさ、これでボスの店のゲーム大会も優勝できる可能性が出て来たよ!」
赤沼はマリ子と一緒にゲームが出来るだけではなく、一緒に大会まで出場できるなんてと興奮していた。
「本当にマリ子でいいの? 絶対騒動の原因になるよ」
明夫はマリ子が他のオタクに絡んで、迷惑をかける可能性があると言った。
「だって、ボスの店に張り紙したのに誰も来なかっただろう? 大会は四人参加だ。他に誰を誘う」
「たかしがいるだろう」
「たかしはデートだろう。彼が今の恋人と付き合ってる限り、僕らと大会に出ることはないよ」
「そうだ! 別れさせよう!」
「一生大会に出てくれなくなるぞ……。マリ子さんでいいじゃん。ね?」
赤沼は一緒に頑張ろうと握手のために手を伸ばしたが、マリ子がその手を握ることはなかった。
「あれ……言ってなかった? 私もボスの大会に出るって」
「言ってるよ。だから、僕らと一緒に出るんだろう?」
明夫は今更なにを言っているんだと顔をしかめた
「私は別の男と出るの。言ってなかった?」
「聞いてない……じゃあなんで僕らとゲームしてるのさ」
「弱点を探るため」マリ子は可愛い顔でにっこり微笑むと「それじゃあ、チームの練習に出かけるわ。頑張ってね」と立ち上がった。
「一緒にやってたならわかるだろう! 僕らは強い! 頑張る必要はないんだ」
明夫が吠えると、マリ子はあしらうように鼻で笑った。
「私が言ってるのは仲間集めよ。アンタら他に友達いるの?」
マリ子が勝ち誇った笑いを残して去っていくと、青木はどうしたものかと唸った。
「これって泣いて引き止めるべきだった? まさか大会に出られないだなんて……」
「いいや……そんなことする必要がない。仲間を集めるなら酒場だ。昔からそう決まってるだろう」
明夫は立ち上がると、二人にも立つように煽った。
「明夫……僕らはお酒が飲めない。知ってるだろう? どれだけ弱いか」
「僕らの酒場はボスの店だ。もっと目立つところにポスターを貼ってもらうんだ」
意気込んでカードショップに来た三人だが、掲示板を見て驚愕した。
自分達が頼んだ張り紙はされていなかったのだ。
「ボス! どういうことだ!」
明夫はカウンター越しに叫んだ。
「なんだよ……値下げ交渉は受けないぞ」
「違うよ! 僕らのチーム集めのためのポスターは?」
「あー……あれか。いいか? よく聞け。君らのポスターは貼ろうと思ったんだ。でも、貼らなかった。胸の谷間に勝てる男がいるか?」
ボスはカウンターから出てくると、店の壁にあるコルクの掲示板を指した。
カードゲーム大会のお知らせや、カードのトレーディング情報など、オタク達のメッセージに囲まれて、一つだけ異彩を放つ丸文字の張り紙があった。
それはマリ子の文字で、パーフェクト・シーズンのゲーム大会に出たいのでチームメイトを二人募集するというものだ。
「これのせいだよ! この張り紙のせいで僕らに連絡がなかったんだ」
「違うと思うぜ」
ボスはオタク三人が描いた張り紙を広げて見せた。
そこにはチームメイト募集の他に条件が付けられており、オタクに人生を捧げること、おしゃれ番長の座を狙わないこと、妹がいたら紹介することと、ゲームに関係のないことばかり書かれていた。
「どこが悪いのさ」
「まっ、タイミングだな。諦めてくれ。オレは常連のオタク三人より、ナイスバディの姉ちゃんを選ぶ」
ボスは大会までまだ一週間はあると言い残すと、買わないなら客じゃないと三人を追い返した。
その帰路。青木は明夫にどうするか聞いていた。
「どうしようもないよ。僕らの周りに他にゲームしてるオタクっている?」
明夫はため息を落とした。
「オタクじゃないとダメなの?」
赤沼が聞くと、青木が明夫とまったく同じため息を落とした。
「オタク以外に友達がいるってのか? ゲーム好きの?」
そんなのありえないと二人は足を止めなかったが、赤沼は足を止めてスマホをいじり出した。
「実はいるんだ……ドラゴンオーシャンをプレイしてるから、もしかしたらパーフェクト・シーズンもプレイしてるかも」
「なんだって!」
明夫と青木は慣れてないフォームながらも、全力で走って戻ってきた。
「ドラゴンオーシャンをプレイしてるなら、絶対パーフェクト・シーズンもやってるよ! やってなかったら、僕らが鍛えればいい!」
明夫が興奮気味に言うと、赤沼は早速この間知り合ったばっかりの悟と連絡を取った。
「やぁ、まさか連絡をくれると思ってなかったよ」
待ち合わせ場所へフレンドリーに現れた悟だが、明夫と青木の反応は微妙なものだった。
「どうしたんだよ。せっかく呼んだのに……その反応は失礼だぞ」
「帰ってもらって」
明夫はきっぱり言った。
「何で? 大会に出るためには四人めが必要だろう」
「ついさっきマリ子に裏切られたんだぞ。もう忘れたのか?」
「勘違いしてるようだけど、悟は男だよ」
「信じられない。男の娘なんて現実にいると思ってるのか?」
明夫は睨むような真剣な表情で悟の顔を見た。
「普段ならここで帰るけど……君達はマリ子に復讐したいと見た。そうだろう?」
悟は三人をの顔を見渡して言った。
「それはそうだけど……」
「なら、僕が男か女かなんてどうでもいい。男だけどね。でも、それは一旦置いておこう。僕の彼女には恨みがある。彼女のせいで、男に声をかけるハメになったんだから……」
悟がどういう経緯で赤沼と知り合ったかを説明すると、ようやく明夫は納得した。
「魔女がやりそうなことだよ。……わかった。君をチームメイトと認めよう。いいだろう青木」
「よくないよ。妹はいる?」
青木は真っ直ぐ悟の目を見て聞いた。
「姉が二人。妹はいない」
「なるほど……わかった。チームメイトと認めよう。――姫」
「よかったよ。それで――いや、待った。なに? 姫って……」
「だって姉がいるってことは、君は妹だろう。なら、君は姫だ」
「赤沼……君の友達が意味のわからないことを言ってくるんだけど」
悟が困って赤沼の顔を見るが、赤沼はいい考えだと手を打って音を鳴らした。
「なるほど……オタサーの姫か。これはいいぞ! 本物の女性じゃないから、喧嘩して僕らの仲が崩壊することもない。でも、他のオタクからは羨望の眼差しを受けられる。これっていいことじゃない?」
「どこがだよ……。君達は女性に人生を振り回されすぎ。僕の中では男の娘も女性だ。でも、それはモニターの中の話だ」
断固として首を縦に振らない明夫に、赤沼は一つ提案した。
「僕らのチャンネルがあるだろう?」
「今じゃ誰もアクセスしてないチャンネルのこと? 僕らもアクセスしてないあのサイトが何の関係があるんだよ」
「彼が入ればアクセスはうなぎのぼりだよ。だって、オタクはオタク趣味の女性を求めるもんだ。つまり、僕らはアクセスを稼いで、広告収入でオタ活を活性化出来るってわけだ」
「赤沼……それっていい考えだよ。カップル配信者計画も、オタクチャンネル計画も失敗したけど、オタサーの姫チャンネルはまだ失敗してない。彼がいれば、僕らはレアカードも買えるってこと?」
「ちょっと……僕はゲーム大会の参加を決めただけなんだけど……」
悟は配信するなんて聞いていないと、眉間に深いシワを作った。
「そうだった……。まずはゲーム大会だ」
明夫はボスに、四人目が決まったから参加するとメッセージを送った。
「まずってどう言うこと?」
悟の問いに答えることはない。代わりに、気合を入れるためのオタクの雄叫びが響いた。
家へ帰ってきたたかしは、なぜか家へ居る悟にその理由も聞かず「オレが会わせたくないって言った理由がわかった?」と言った。
「わかったから……時間を戻して」
悟はオタク三人にすっかり気に入られて、仲間と認められてしまっていた。
「時間を戻すって言えば【モルドの丘の女子高生】だね。見た? あの主題歌最高だよ……」
明夫は主題歌を口ずさみながらも、モニターから目を離さなかった。
モニターではパーフェクト・シーズンの画面が映っている。
口うるさいマリ子もいらず、リラックスしてやるゲームは最高だと、すっかりいつものオタクパーティーになっていた。
「自分を客観視するとこうなるのか……」
いつもは自分が悟の立場なので、たかしは今の光景を面白がって見ていた。
しかし、それは違うと明夫はバカにした笑いを響かせた。
「彼は姫だぞ。たかしと同じ扱いのわけがないだろう。よく見ろ」
明夫が指したモニターを見て、たかしは驚愕した。
「待った! それ一番高級なモニターじゃん! オレもまだ使わせてもらってないぞ!」
「それは君がただの男だからだ。悪いけど、君の地位はもうないよ」
「そうそう」と青木が同調した。「たかしはオタクの友達だ。それも、ただの友達。でも、姫は違う。オタサーの姫だ」
「待って、ずるいよ。オレはそのモニターでゲームをするのを楽しみにしてたんだぞ。パーティーゲームで一位になったら使えるモニターだろう? 悟はゲームに勝ったのか?」
たかしがあまりに不満を口にするので、悟はすっかり良い気になっていた。
「姫に口答えする気?」
「待てよ。女扱いされるのは嫌いなはずだろう」
「今は良い気分。見てよ、このモニター。たかしが見たことのない世界が広がってる」
悟が勝ち誇っていうと、赤沼は「それがオタクの世界だ」と悟とハイタッチをして、たかしをからかった。
「青木いいのか? 君もまだあのモニターを使ったことないだろう?」
たかしは何とか青木を仲間に引き入れようとするが、青木はバカにするなと睨みつけた。
「悟にお姉ちゃんがいるって知ってた」
「知ってるに決まってるだろう。悟とは君達より一緒に過ごしてるんだぞ」
「なら、わかるだろう。彼は妹だ。僕は現実世界の男の娘も受け入れられる」
青木がたかしにさよならと手を振っていると、マリ子も帰宅した。
「あらら……珍しい男がいるじゃない」
マリ子は悟をからかおうとするが、それより早く赤沼がマリ子をからかった。
「君の方こそ珍しい。こんな時間に帰ってくるなんて。さては、目当ての男に相手にされてないな」
赤沼が嫌味に言うと、悟はよく言ったと握手した。
「ちょっと……赤沼。アンタ、私に惚れてたんじゃないの?」
「そうだけど……君は姫じゃない」
「それに妹でもない」と青木も加わった。「つまり君は僕らの中で格下げされたってこと」
「はぁ? 意味わかんないんだけど」
「飽きられたってことだろう」
悟は三人に混ざって勝ち誇った笑みを浮かべた。
「悟……オタサーの姫になるわけ?」
「最初はムカついた。そうそう……その顔。僕もそんな顔してた。マリ子のその顔が見られるなら、それでもいいかもと思ってきた。ゲームの趣味も合うしね」
「オタクに混ざって幸せなわけ?」
「そっくりそのまま返すよ。あっ……ごめん。一言付け足すよ。マリ子が狙ってるオタク趣味の男。僕を見てなんて言うかな」
悟は普段絶対にやらないような、媚びた女性的な笑顔を浮かべた。
「首を洗って待ってなさい。大会でぶっ殺してやるわ……」
「オタクの大会でね」
火花を散らす二人を見て、たかしはガックリと肩を落とした。
「こんな面白そうな大会に出られないだなんて……初めて後悔してるよ」
「たかし……」明夫は肩に手を置いた。「別れれば君もすぐにこっちに来られるよ」
「言ってみただけ。今が最高。この中で恋人持ちはオレだけ。君らの分も幸せに過ごすよ」
たかしは面白いことになってると、ユリと芳樹に送るメッセージを考えながら自室へと向かった。




