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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
36/125

第十一話

「ちょっと! 迂回しなさいよ! 何年このゲームしてるのよ! ノロマが!」

 マリ子が声を荒らげると、赤沼は「ごめん……」と謝った。

「謝る暇があったら、敵の一人でも倒したらどう? ほら、SWから撃たれてるわよ。ちゃんと見て!」

「対処してるよ。……いちいち怒鳴らなくても聞こえる」

 明夫はうんざり気味に言った。

 ここ数日マリ子はずっとこの調子だった。

 好きな男に合わせようと始めたゲームに、どっぷりハマっていたのだ。

 最近は京と顔を合わせるより、家でオタク三人とゲームをしている時間のほうが長い。

 それも知識と技術を身につけてきたので、いろいろ口出しするようになり、明夫は口うるさいマリ子を煩わしく思っていた。

「やった! 私の勝ち! ざまぁみろ雑魚ども!」

 マリ子が画面に向かって中指を立てると、青木がため息をついた。

「ゲームマナー悪すぎ……」

「なによ、いいでしょう。別に相手に直接言ってるわけじゃないんだから」

「そうだよ。それにさ、これでボスの店のゲーム大会も優勝できる可能性が出て来たよ!」

 赤沼はマリ子と一緒にゲームが出来るだけではなく、一緒に大会まで出場できるなんてと興奮していた。

「本当にマリ子でいいの? 絶対騒動の原因になるよ」

 明夫はマリ子が他のオタクに絡んで、迷惑をかける可能性があると言った。

「だって、ボスの店に張り紙したのに誰も来なかっただろう?  大会は四人参加だ。他に誰を誘う」

「たかしがいるだろう」

「たかしはデートだろう。彼が今の恋人と付き合ってる限り、僕らと大会に出ることはないよ」

「そうだ! 別れさせよう!」

「一生大会に出てくれなくなるぞ……。マリ子さんでいいじゃん。ね?」

 赤沼は一緒に頑張ろうと握手のために手を伸ばしたが、マリ子がその手を握ることはなかった。

「あれ……言ってなかった? 私もボスの大会に出るって」

「言ってるよ。だから、僕らと一緒に出るんだろう?」

 明夫は今更なにを言っているんだと顔をしかめた

「私は別の男と出るの。言ってなかった?」

「聞いてない……じゃあなんで僕らとゲームしてるのさ」

「弱点を探るため」マリ子は可愛い顔でにっこり微笑むと「それじゃあ、チームの練習に出かけるわ。頑張ってね」と立ち上がった。

「一緒にやってたならわかるだろう! 僕らは強い! 頑張る必要はないんだ」

 明夫が吠えると、マリ子はあしらうように鼻で笑った。

「私が言ってるのは仲間集めよ。アンタら他に友達いるの?」

 マリ子が勝ち誇った笑いを残して去っていくと、青木はどうしたものかと唸った。

「これって泣いて引き止めるべきだった? まさか大会に出られないだなんて……」

「いいや……そんなことする必要がない。仲間を集めるなら酒場だ。昔からそう決まってるだろう」

 明夫は立ち上がると、二人にも立つように煽った。

「明夫……僕らはお酒が飲めない。知ってるだろう? どれだけ弱いか」

「僕らの酒場はボスの店だ。もっと目立つところにポスターを貼ってもらうんだ」

 意気込んでカードショップに来た三人だが、掲示板を見て驚愕した。

 自分達が頼んだ張り紙はされていなかったのだ。

「ボス! どういうことだ!」

 明夫はカウンター越しに叫んだ。

「なんだよ……値下げ交渉は受けないぞ」

「違うよ! 僕らのチーム集めのためのポスターは?」

「あー……あれか。いいか? よく聞け。君らのポスターは貼ろうと思ったんだ。でも、貼らなかった。胸の谷間に勝てる男がいるか?」

 ボスはカウンターから出てくると、店の壁にあるコルクの掲示板を指した。

 カードゲーム大会のお知らせや、カードのトレーディング情報など、オタク達のメッセージに囲まれて、一つだけ異彩を放つ丸文字の張り紙があった。

 それはマリ子の文字で、パーフェクト・シーズンのゲーム大会に出たいのでチームメイトを二人募集するというものだ。

「これのせいだよ! この張り紙のせいで僕らに連絡がなかったんだ」

「違うと思うぜ」

 ボスはオタク三人が描いた張り紙を広げて見せた。

 そこにはチームメイト募集の他に条件が付けられており、オタクに人生を捧げること、おしゃれ番長の座を狙わないこと、妹がいたら紹介することと、ゲームに関係のないことばかり書かれていた。

「どこが悪いのさ」

「まっ、タイミングだな。諦めてくれ。オレは常連のオタク三人より、ナイスバディの姉ちゃんを選ぶ」

 ボスは大会までまだ一週間はあると言い残すと、買わないなら客じゃないと三人を追い返した。

 その帰路。青木は明夫にどうするか聞いていた。

「どうしようもないよ。僕らの周りに他にゲームしてるオタクっている?」

 明夫はため息を落とした。

「オタクじゃないとダメなの?」

 赤沼が聞くと、青木が明夫とまったく同じため息を落とした。

「オタク以外に友達がいるってのか? ゲーム好きの?」

 そんなのありえないと二人は足を止めなかったが、赤沼は足を止めてスマホをいじり出した。

「実はいるんだ……ドラゴンオーシャンをプレイしてるから、もしかしたらパーフェクト・シーズンもプレイしてるかも」

「なんだって!」

 明夫と青木は慣れてないフォームながらも、全力で走って戻ってきた。

「ドラゴンオーシャンをプレイしてるなら、絶対パーフェクト・シーズンもやってるよ! やってなかったら、僕らが鍛えればいい!」

 明夫が興奮気味に言うと、赤沼は早速この間知り合ったばっかりの悟と連絡を取った。



「やぁ、まさか連絡をくれると思ってなかったよ」

 待ち合わせ場所へフレンドリーに現れた悟だが、明夫と青木の反応は微妙なものだった。

「どうしたんだよ。せっかく呼んだのに……その反応は失礼だぞ」

「帰ってもらって」

 明夫はきっぱり言った。

「何で? 大会に出るためには四人めが必要だろう」

「ついさっきマリ子に裏切られたんだぞ。もう忘れたのか?」

「勘違いしてるようだけど、悟は男だよ」

「信じられない。男の娘なんて現実にいると思ってるのか?」

 明夫は睨むような真剣な表情で悟の顔を見た。

「普段ならここで帰るけど……君達はマリ子に復讐したいと見た。そうだろう?」

 悟は三人をの顔を見渡して言った。

「それはそうだけど……」

「なら、僕が男か女かなんてどうでもいい。男だけどね。でも、それは一旦置いておこう。僕の彼女には恨みがある。彼女のせいで、男に声をかけるハメになったんだから……」

 悟がどういう経緯で赤沼と知り合ったかを説明すると、ようやく明夫は納得した。

「魔女がやりそうなことだよ。……わかった。君をチームメイトと認めよう。いいだろう青木」

「よくないよ。妹はいる?」

 青木は真っ直ぐ悟の目を見て聞いた。

「姉が二人。妹はいない」

「なるほど……わかった。チームメイトと認めよう。――姫」

「よかったよ。それで――いや、待った。なに? 姫って……」

「だって姉がいるってことは、君は妹だろう。なら、君は姫だ」

「赤沼……君の友達が意味のわからないことを言ってくるんだけど」

 悟が困って赤沼の顔を見るが、赤沼はいい考えだと手を打って音を鳴らした。

「なるほど……オタサーの姫か。これはいいぞ! 本物の女性じゃないから、喧嘩して僕らの仲が崩壊することもない。でも、他のオタクからは羨望の眼差しを受けられる。これっていいことじゃない?」

「どこがだよ……。君達は女性に人生を振り回されすぎ。僕の中では男の娘も女性だ。でも、それはモニターの中の話だ」

 断固として首を縦に振らない明夫に、赤沼は一つ提案した。

「僕らのチャンネルがあるだろう?」

「今じゃ誰もアクセスしてないチャンネルのこと? 僕らもアクセスしてないあのサイトが何の関係があるんだよ」

「彼が入ればアクセスはうなぎのぼりだよ。だって、オタクはオタク趣味の女性を求めるもんだ。つまり、僕らはアクセスを稼いで、広告収入でオタ活を活性化出来るってわけだ」

「赤沼……それっていい考えだよ。カップル配信者計画も、オタクチャンネル計画も失敗したけど、オタサーの姫チャンネルはまだ失敗してない。彼がいれば、僕らはレアカードも買えるってこと?」

「ちょっと……僕はゲーム大会の参加を決めただけなんだけど……」

 悟は配信するなんて聞いていないと、眉間に深いシワを作った。

「そうだった……。まずはゲーム大会だ」

 明夫はボスに、四人目が決まったから参加するとメッセージを送った。

「まずってどう言うこと?」

 悟の問いに答えることはない。代わりに、気合を入れるためのオタクの雄叫びが響いた。



 家へ帰ってきたたかしは、なぜか家へ居る悟にその理由も聞かず「オレが会わせたくないって言った理由がわかった?」と言った。

「わかったから……時間を戻して」

 悟はオタク三人にすっかり気に入られて、仲間と認められてしまっていた。

「時間を戻すって言えば【モルドの丘の女子高生】だね。見た? あの主題歌最高だよ……」

 明夫は主題歌を口ずさみながらも、モニターから目を離さなかった。

 モニターではパーフェクト・シーズンの画面が映っている。

 口うるさいマリ子もいらず、リラックスしてやるゲームは最高だと、すっかりいつものオタクパーティーになっていた。

「自分を客観視するとこうなるのか……」

 いつもは自分が悟の立場なので、たかしは今の光景を面白がって見ていた。

 しかし、それは違うと明夫はバカにした笑いを響かせた。

「彼は姫だぞ。たかしと同じ扱いのわけがないだろう。よく見ろ」

 明夫が指したモニターを見て、たかしは驚愕した。

「待った! それ一番高級なモニターじゃん! オレもまだ使わせてもらってないぞ!」

「それは君がただの男だからだ。悪いけど、君の地位はもうないよ」

「そうそう」と青木が同調した。「たかしはオタクの友達だ。それも、ただの友達。でも、姫は違う。オタサーの姫だ」

「待って、ずるいよ。オレはそのモニターでゲームをするのを楽しみにしてたんだぞ。パーティーゲームで一位になったら使えるモニターだろう? 悟はゲームに勝ったのか?」

 たかしがあまりに不満を口にするので、悟はすっかり良い気になっていた。

「姫に口答えする気?」

「待てよ。女扱いされるのは嫌いなはずだろう」

「今は良い気分。見てよ、このモニター。たかしが見たことのない世界が広がってる」

 悟が勝ち誇っていうと、赤沼は「それがオタクの世界だ」と悟とハイタッチをして、たかしをからかった。

「青木いいのか? 君もまだあのモニターを使ったことないだろう?」

 たかしは何とか青木を仲間に引き入れようとするが、青木はバカにするなと睨みつけた。

「悟にお姉ちゃんがいるって知ってた」

「知ってるに決まってるだろう。悟とは君達より一緒に過ごしてるんだぞ」

「なら、わかるだろう。彼は妹だ。僕は現実世界の男の娘も受け入れられる」

 青木がたかしにさよならと手を振っていると、マリ子も帰宅した。

「あらら……珍しい男がいるじゃない」

 マリ子は悟をからかおうとするが、それより早く赤沼がマリ子をからかった。

「君の方こそ珍しい。こんな時間に帰ってくるなんて。さては、目当ての男に相手にされてないな」

 赤沼が嫌味に言うと、悟はよく言ったと握手した。

「ちょっと……赤沼。アンタ、私に惚れてたんじゃないの?」

「そうだけど……君は姫じゃない」

「それに妹でもない」と青木も加わった。「つまり君は僕らの中で格下げされたってこと」

「はぁ? 意味わかんないんだけど」

「飽きられたってことだろう」

 悟は三人に混ざって勝ち誇った笑みを浮かべた。

「悟……オタサーの姫になるわけ?」

「最初はムカついた。そうそう……その顔。僕もそんな顔してた。マリ子のその顔が見られるなら、それでもいいかもと思ってきた。ゲームの趣味も合うしね」

「オタクに混ざって幸せなわけ?」

「そっくりそのまま返すよ。あっ……ごめん。一言付け足すよ。マリ子が狙ってるオタク趣味の男。僕を見てなんて言うかな」

 悟は普段絶対にやらないような、媚びた女性的な笑顔を浮かべた。

「首を洗って待ってなさい。大会でぶっ殺してやるわ……」

「オタクの大会でね」

 火花を散らす二人を見て、たかしはガックリと肩を落とした。

「こんな面白そうな大会に出られないだなんて……初めて後悔してるよ」

「たかし……」明夫は肩に手を置いた。「別れれば君もすぐにこっちに来られるよ」

「言ってみただけ。今が最高。この中で恋人持ちはオレだけ。君らの分も幸せに過ごすよ」

 たかしは面白いことになってると、ユリと芳樹に送るメッセージを考えながら自室へと向かった。






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