第八話
「またゲームなんかやってるわけ?」
マリ子は夕方からモニターに齧り付くようにしているたかしと明夫に呆れていた。
「面白いんだよ。この【パーフェクト・シーズン】ってゲームは」
たかしはモニターから目を離さずに言った。
「オタクがうつったんじゃないの? 私と付き合ってる時はそんなにゲームしてなかったでしょう? 少なくとも私の目は見て話してた」
「あの時は君が優先だったけど。順位が変わったんだ。このゲームと一緒。他人を蹴落として勝ち上がるバトルロイヤルゲーム。マリ子さんもやってみない?」
「私はあなたと付き合う前も、付き合ってからも、別れてからも、ずっとオタクじゃないわよ」
「今は女子大生もゲームをやる時代だよ。SNSで検索かけてみてよ」
「あら、本当ね。うわぁ……あざと。ゲーム好きと自撮りってどう関係してるわけ?」
「それ、オレも聞きたかった。なんでことあるごとに自撮り載せるわけ? ご飯を食べにいっても、映画を見にいっても自撮りしてたでしょう」
「私が可愛いから。異論があるって言ったらぶっ飛ばす」
マリ子は食べ終えたアイスのヘラを、銃口を向けるようにたかしに向けた。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
明夫が吠えると、マリ子は「はいはい」と肩をすくめながら退散した。
その数日後。マリ子は全く同じような光景を再び見ることとなった。
「まだやってるわけ? 同じゲームを何回やるのよ」
マリ子は家に集まってゲームをするオタク達に呆れ返っていた。
「これはそう言うゲームなの。前も言ったじゃん。聞いてないの?」
明夫は邪魔するならどこかへ行ってと言うが、マリ子はそんなに何度もプレイするゲームに興味を持ち出していた。
「私もやる」
「はぁ?」
「私もやるって言ってるの。別の意味に聞こえたなら、そんな日は一生来ないって断言する」
青木が鼻で笑って「妹でもないのに図々しい」というと、マリ子はコントローラを取り上げた。
「で、どうやってやるわけ?」
「ちょっと! それは僕のキャラクターだ。他の人に貸し出すなんてルール違反だ」
「妹に手を出すのは法律違反よ。それともハム子をここに呼ぼうか?」
マリ子に脅された青木は「わかったわかった! 君のアカウントを作るから」と、現在のゲームを降参した。
「最初からそうすればいいのよ」
「もう……それで? 君のアドレスは?」
「この期に及んでナンパするつもり」
「登録に必要なの。そんなに簡単にアカウントをつくれたら、チーターだらけになるだろう」
「このゲームって動物を撃つゲームなの?」
「違う。チート行為をするプレイヤーのこと」
「それなら知ってる。でも、チートってダイエット用語じゃないの? ほら、チートデイって言うじゃん」
「宇宙人と話す時ってこんな感じなのかも……」青木は話が通じないと呆れつつも、マリ子のプロフィールを入力していった。
「あっ、胸はEカップって書いておいてよ。そのほうが食い付きいいんだから」
「これはマッチングアプリじゃないんだけど……」
青木はため息をつくが、隣にいた赤沼はこれでもかと言うほど食いついていた。
「うそ!? Eカップもあるの?」
その反応にマリ子は「どうよ」と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「とにかく、あとはパスワードを入力して完了。パスワードは自分で考えて入力してね」
青木はタブレット端末を渡すと、マリ子用に初期型のゲーム機をモニターに繋いだ。
「まったく……また邪魔された」
明夫は不満顔になるが、赤沼は「まぁ、四人まで出来るからいいじゃん。助け合えるし」と好意的だった。
「それは同じランクの仲間でやる時だ。初心者を抱えて戦地に行くのが、どれだけ負担になるかはわかるだろう?」
「でも、現実のゲーム仲間を増やせば、ネットで募集しなくて済むぞ。コミュニケーションが取れなくて、何度煮湯を飲まされたか……」
「わかったよ。いい? 操作は簡単だからね。上を押せば前へ進むし、左右はそれぞれの方向へ向かう。リロードは使いやすいボタンに設定し直す。リロードを忘れて死ぬなんて最悪だからね」
「なにリロードって。バイブレータかなんかの会社名?」
マリ子は言っている意味が理解できずにキョトンとしていた。
「僕……自信なくなっちゃった」
「明夫、オタクが三人もいるんだぞ。大丈夫だって」
赤沼はとりあえずやってみようと、早速マリ子を招待した。
ゲームは問題なく――とはいかなかった。
初心者に優しかったのは最初だけ。オタク三人は要領を得ないマリ子にだんだんイライラしてきていた。
「ほら、早くシールドを張って。渡しただろう」
明夫が急かすようにいうが、マリ子は慌てるだけだった。
「やってるけど、効果ないの」
「それは半分までしか回復しないの。大きい方を使うんだ」
「なるほどね」
「早くシールドを破ってよ」
赤沼はマップのここに敵がいるとマーカーを付けたが、マリ子がそれを見ることはなかった。
「どっちよ。シールドは張るの? 破るの?」
「自分にはシールドを張って、敵のシールドは破るんだよ。さっき特殊アイテムを拾っただろう。何度もシールドの破り方を説明しただろう?」
「君のせいで僕らも負けるんだぞ」
最後の青木の言葉が引き金になったのか、マリ子はとうとう爆発した。
「知ってるわよ!! 現実に使えるシールドの破り方はね! こうよ! 黙れオタク!!」
「うわ……今の中学の時を思い出して胸がズキンとした」
青木は胸を押さえながら言った。
「話しかけられもしなかったんだから、暴言も言われてないでしょう」
「それは僕に効く……」
赤沼も同じように胸を押さえた。
「ちょっと! 誰が現実にオタクの心のシールドを破れって言ったのさ!」
青木と赤沼がコントローラを離してしまったせいで、敵に襲撃されて負けてしまった。
「やってらんない。よくこんな子供の遊びをやってられるわね。一抜けた!」
マリ子はコントローラを投げるようにソファーに置くと、一度部屋に戻ってから家を出ていってしまった。
「彼女からやるって言わなかったか?」
青木は信じらないと言った顔した。
「言った。でも、それが現実の女」
明夫はいつものことだと、ため息を落とした。
「仕方ない。三人でやるか……新マップになってから、三人は不利なんだけどなぁ……」
赤沼はチームを作り直すと、待機画面で集合するのを待った。
「すぐに修正が入るよ。SNSも掲示板も文句ばかりでお祭り状態なんだもん。ボスのところで張り紙してみる? ゲーム仲間募集って」
赤沼の提案に、明夫は「それもいいかもね」と頷いた。「ボスの店に来るような奴なら、僕らとも気が合うだろう。ボスにメッセージ送っておく。張り紙しておいてって」
明夫達が、仕方なく三人でゲームをしている頃。
マリ子はいつもの喫茶店に京を呼び出していた。
「ね? 最悪でしょう?」
マリ子はSNSの画面を見ながら言った。
「待って……どっちの話? オタク君達に小馬鹿にされたのが最悪なの? それとも、この間喫茶店で声をかけた男の子に、無視されてるのが最悪なの?」
「両方最悪! もっと最悪なのが、その二つが繋がったことが最悪なの。見てよ」
マリ子がスマホを押し付けてくるので、京は何事かと画面を見た
そこには、数時間遅れでの返信。メッセージはこうだ。
『ゲームに夢中で気付かなかった。次の休みもゲームの予定だから会えない』
「あら、フラれたのね珍しい」
「鼻の穴に脱脂綿を詰め込んで火をつけてやりたい……」
「なんでそんな……」
「鼻水で湿るほど濡れたら許してやろうと思うから」
「男ならゲームくらいするでしょう。私のところは父もやってるわよ」
「いいじゃん京のパパはカッコイイんだから。京のパパじゃなかったら口説いてた」
「……離婚してないんだけど」
「だから口説いてないでしょう」
マリ子は大きなため息をつくと、テーブルに突っ伏した。
「この間の男だって好みなんでしょう? 一緒にゲームをやって見たら?」
「さっきまでオタクと一緒にゲームやってたのよ? 話したでしょう。同じ道は辿りたくない……」
「でも、男って一緒にゲームをやってくれる彼女が欲しいみたいよ。趣味が合うって素敵じゃない?」
「みゃーこはやったことないでしょう。○○の方向に敵、○○の方向に敵! 撃て撃て撃て! 回り込んで回り込んで! 絶対同じことを繰り返して言うの。絶対セックスの時も、同じこと何回も言うわよ? ここ気持ちいい? って。気持ちいいけど、聞き方がキモいっての」
「……うちの弟も言うんだけど?」
「みゃーこの弟って、どうにかして十歳くらい歳とれない? 絶対良い男になると思うんだけど」
「マル子……言ってることが明夫君達と同レベルよ……」
「同レベルなら、今頃くだらないゲームやってるわよ」
「なんてゲームなの?」
「パーフェクト・シーズンだかってゲームよ。聞いたことないでしょう?」
「……あるわよ」
「うそ!? あぁ……弟ね」
「マリ子が好きな俳優もやってるゲームよ。CMでもよく見かけるでしょう?」
「全然知らない」
「ほら、あれよ。『協力して生き残れ。状況を把握しろ。時には何も考えずに飛び出せ。……パーフェクト・シーズン』ってやつ」
京がCMの台詞回しを真似していうと、マリ子はあれかと首を大きく縦に振った。
「新作映画のCMかと思ってた。え? じゃあ、あのゲームやれば俳優と出会えるってこと?」
「まぁ、可能性はなくもないけど……」
「明夫がやってるギャルゲなんて目じゃないじゃん……。アイツらはゲームキャラクターに恋して終わりだけど、私はゲームで出会って現実で恋する。人生こうじゃなくちゃ」
「マリ子と同じような浅い考えの子は、他にもいっぱいいると思うよ。今からやっても出遅れじゃない?」
「うそ!? そんなにいるの。くそ……ビッチどもめ……」
マリ子はテーブルを叩いた。
大きな音が響いたが、店員はいつものことだと一瞥だけして無視していた。
「彼はどうなの?」
「たかし? たかしもやってるわよ。オタクに紛れて」
「違うわよ。連絡先交換した男の子よ。今流行ってるし、もしかしたら彼がやってるゲームも、パーフェクト・シーズンなんじゃない?」
「京……頭良い……。つまりトラップを仕掛けて、誘い込むわけだ」
「もうゲームの話?」
「違う。パーフェクト・シーズンをやってるってメッセージ送るの。男って教えたがりでしょう? 初心者の私は食べ頃ってわけ」
マリ子は早速メッセージを送った。
「そうかも知れないけど……。なんかマリ子は墓穴を掘りそうだよ」
「そんなことない。ほら、すぐ返信が来た」
「ゲームの話題の瞬間に食いつくのって、マリ子のルームメイトと同じ匂いがするんだけど……」
「たかしの話? だから彼もやってるって」
「だからもう一人の方よ」
京がため息をつくのと、マリ子が声を上げるのは同時だった。
「どうしよう!」
「どうもできないわ。内容は知らないけど」
「一緒にゲームしたいって」
「良かったじゃない」
「良くない! だって私すごい上手なことになっちゃってるんだもん」
「……なんで?」
「だって、女の子なのにやりこむなんて凄いね。って勘違いされちゃったんだもん」
「訂正すれば?」
「魚が餌に食いついたのに? これは釣り上げて、それを餌にしてもっと大きい魚を狙うのが普通でしょう?」
「でも、タモを用意してないから引き上げられないんでしょう?」
「いや……タモは見つけた……それも三つ……」
マリ子は割り勘だと五百円玉を乱暴にテーブルに置くと、慌てて自分の家へと帰っていた。
「割り勘ね……まぁいいけど」
京は自分のコーヒー一杯と、マリ子のケーキセットを見比べて肩をすくめた。
全力疾走で家に帰ったマリ子は、崩れ気味のメイクもそのままにリビングに駆け込んだ。
「さぁ! オタクどもゲームの時間よ!! タモを持ちなさい!!」
「さっきやってられないって言わなかった?」
青木は信じられないと言った顔をした。
「言った。でも、それが現実の女」
明夫はこれもいつものことだと、ため息を落とした。




