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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
29/125

第四話

 今日は家にオタク友達が集まる日。たかしも参加が決定された四人用ゲームの日だ。

 パーティーゲームで盛り上がりをみせる中。

 たかしは「なんだよ……」と赤沼を見た。

「いや……別れて残念だよ。君達お似合いだったのに。本当だよ、この度は残念だと思ってる」

「それが残念だと思ってる人の顔か?」

 たかしは笑っているぞと指摘した。

 赤沼はたかしがマリ子と別れたことにより、再び自分にチャンスが回ってきたと上機嫌になっていたのだ。

「仕方ないよ。たかしは恋の列車から降りたんだ。僕はこれから乗り込むところ。自然と笑みも溢れるさ」

 青木はテレビ画面から目を離さず「赤沼」と名前を呼んだ。「それは違うぞ。たかしはもう乗った後だ。君はどっちかというと悔しがるべきだ。乗るのっては当然列車のことじゃないぞ」

「ありがとう。余計な一言を……」赤沼は青木を睨みつけると、たかしへ向き直った。「僕らは友達だ。だから僕が幸せになるなら、君にもなってもらいたい」

「意味がわからないんだけど……。流行りのアニメでそういう台詞でもあったの?」

「違うよ。僕に彼女が出来るなら、君にも出来るべきだってことさ。僕の妹を紹介するよ」

 赤沼は既にマリ子と付き合っているかのような気分になり、それはもう偉そうに言った。

 青木が「ちょっと待った!」と割って入った。「僕も幸せになるべきだ。友達だろう? 妹を紹介してよ」

「嫌に決まってるだろう……」

「なんでだよ! オレがフられてないからか? 赤沼がそんなやつだとは思いもしなかったよ!」

 青木は急に立ち上がると、足音を鳴らしながら家を出て行ってしまった。

「四人用のパーティーゲームの意味わかってるの? 一人を蹴落とすって、現実に蹴落とすわけじゃないんだぞ」

 明夫はこれではゲームにならないとコントローラーを放り投げた。

「そんなことより問題があるだろう。赤沼……君の妹って高校生だろう? 捕まっちゃうよ……」

「大丈夫だよ。化粧をしてれば大学生に見える。実際に来年から大学生だしね。若い体を抱けるのは今のうちだぞ。女子高生っていうブランドは制服と共になくなっていくんだから」

「あのなぁ……オレは高校の時にも彼女がいたの。今更制服なんてものをどうこう思わないよ……つい数年前のことだぞ。オレ達が高校生活を送っていたのは」

「そうだったね……思い出すだけで憂鬱だったよ……。なぜ女子はみんな僕の机を避けるんだ……」

「半裸のアニメキャラグッズを置いておくからだろう。君達がアイドルの小物を持ってる女性に対する感情と同じだ」

「たかし……僕らはそんなことで差別しないよ」と、明夫は価値観が古いと呆れた。「僕らはアイドル肯定派だ。熱狂の一番の理解者とも言える」

「結局オタク界隈でもアイドルものが流行ってるってだけなんだけどね」赤沼は肩をすくめると、勝手に妹にたかしのSNSのIDを送信した。「これでオッケーだ」

「よくないよ……妹に迷惑をかけるなって。また家での立場が悪くなるぞ」

「むしろ僕は妹のためを思ってる。彼氏が出来れば青木に付き纏われないだろ」

 と名前が出た瞬間。玄関を開けて青木が戻ってきた。

「ほら、見ろ! 女性に振られてきたぞ! 僕にも妹さんを紹介してよ!」

「どうしたんだよ、それ……」

 たかしが指差したのは紅葉のように真っ赤に腫れた頬だ。

「アニメキャラには敵わないけど、妥協して君と付き合いたいって言ってきた。で、振られた」

「誰に?」

「知らないよ。その辺にいる女性だもん。名前も聞く前に振られた。僕の方が不幸だ。だから、妹さんを紹介される権利は僕にある」

「な? 危険だろう……」と問いかける赤沼に、たかしは頷くことしか出来なかった。

「青木が戻ってきたなら、パーティーゲームの続きが出来るじゃん! さぁ、くだらない話はやめてゲームやろう!!」

 明夫はウキウキでコントローラを握り直したが、他の三人はそういう状況じゃなかった。

 青木が暴走したせいで、赤沼の家まで行って妹にどっちが良いか決めてもらおうということになったのだ。

「ほら、行くぞ!」

 青木は明夫を連れ出そうとするが、明夫の返事は「行かない」の一言だ。

 それも「わかった」の一言で済まされてしまった。明夫を置いていくと結論は早かった。

 一人家に残った明夫は、子供のように「あー! もう!」と声を荒らげたのだった。



「あっ! 帰ってきたわね! バカオタク! なんのつもりでこれを送ってきたわけ?」

 赤沼が玄関の鍵を開けるなり、怒りに目を鋭くした妹が乱暴にドア開けた。しかし、いつものオタク友達だけじゃない卓也の姿を見つけると、急にしおらしくなった。

「これには理由があるんだ……」

 理由を説明しようとする赤沼を押し退けて、妹はたかしの目の前に立った。

「誰? この普通の人は? お兄ちゃんオタクやめたの?」

「お兄ちゃんはオタクやめてないよ」と、青木が妹に向かって手を振るが、完全に無視をされた。

「じゃあボランティアの人?」

「お兄ちゃんにだって、普通の友達はいるんだ。……一人だけどね」

「じゃあ、こんなところに連れてきちゃダメじゃん! 逃げて! 今なら間に合うから!」

 妹は本気でオタクがうつると、たかしの背中を押して家から追い出して助けようとした。

「大丈夫だよ。オレはその変なメッセージの説明をしにきただけだから。この二人だけじゃ、どうせ伝わらないだろう?」

 たかしが赤沼と青木の両方を指して言うと、妹は確かにと頷いた。

「それで、このメッセージってなんなの? 妹を詐欺にあわせようとしてるわけ?」

「違うよ、オレが恋人と別れたって言ったら、君のお兄さんが暴走してオレを君に紹介したってわけ。いつものオタクの暴走だよ」

 たかしは経験あるでしょうと聞くと、妹は大きく頷いた。

「そうなの! 聞いてよ! 昨日もなんだよ! 好きな声優がバラエティに出るだかなんだか知らないけど、リビングのテレビを占領してるの! 自分の部屋にテレビがあるのにだよ」

「あれは説明しただろう。複数録画してるから、他の番組は見られないんだ。それにたいしたもの見てなかっただろう?」

「見てた! 【ラブ恋ラバーズ】だったもん! オタクのせいで、みさき君見逃しちゃったじゃん!」

「ラブラバ見てるの?」

 たかしはドラマの名前に反応した。

「見てちゃダメ? はっ!? もしかして……すでにオタクに毒されてるの?」

 妹はたかしまでオタクという敵に味方するのかと身構えたが、たかしは誤解だよと優しく笑い返した。

「オレも見てるんだ。それも録画勢。今度ハードディスク持ってこようか?」

「え? いいの?」

「うちに誘うと色々問題があるからね。君が高校生だとか、うちにもオタクがいるとか……」

「大人ってみんなJKが好きなんじゃないの?」

「ちょっと前まで、オレも高校生だったんだぞ」

「そこの男もそうでしょう」

 妹は青木を睨むつけたが、それでも青木は目があったと嬉しそうにしていた。

「あれはまた別……うちは女性のルームメイトもいるけど、それでもやっぱり問題あるからね。赤沼にハードディスクを持たせるよ。うちに物を置いて来てるから、取りに戻るはずだからね」

「ルームメイト!? すごい! 大人だ……かっこいい……」

「君のお兄さんと同い年だよ」

「全然違う。うちのお荷物なんか、お金はオタクグッズに全部使うし、ルームメイトは妹だよ」

「妹よ……家族はルームメイトとは言わない!」

 赤沼は強い口調で言うが、妹にひと睨みされただけで押し黙ってしまった。

「僕は家族じゃないから、ルームメイト出来るね。どう? 僕の妹になってみるってのは。パパ活があるんだし、アニ活があってもいいと思うんだ。アニ活って言っても、アニメ活動じゃないよ」

 不気味な笑いを漏らす青木には、妹はひと目もくれなかった。

「でも、これから君を守るために、オレを紹介するって言ってたからね。そう悪い兄じゃないと思うよ」

 たかしは一応赤沼の立場を慮ってフォローしておいた。

「それは今ひしひしと感じてる……」

 年下にもしっかり気を使う姿が大人に見えたのか、妹はたかしに良い印象持っていた。

 顔をじっと見て目が合うと笑いかけられる。少し鼓動が早くなるのを感じていた。

「それじゃあ、オレは先に帰るよ。明夫を残してきちゃったしね。遅くなれば遅くなるほど、文句が長くなる」

 たかしは二人にもなるべく早く戻るように言うと、妹にもしっかり挨拶して帰って行った。

 たかしがいなくなった途端妹は兄の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「お兄ちゃん! 彼を紹介して!!」

「今したばかりだろう!」

「そうじゃない!」

「僕の出番か……」

 やれやれと肩をすくめる青木に、妹はすぐさま「違う! バカ!!」と怒鳴り散らした。

「たかしの連絡先が知りたいってこと? されならさっき送っただろう」

「これね!! すぐメッセージ送らなきゃ!」

「ちょっと待った! まさか惚れたのか? あんな普通の男に一目惚れ?」

 赤沼は思わず青木と目を見合わせて固まってしまった。

「どこが普通なのよ。優しいし、清潔だし、おしゃれだし、親元を離れて暮らしてる大学生だよ。それも、ルームシェア中。そこらの大学生より、優良物件よ。しかも、彼女と別れたばかり……。彼氏にしたら、絶対に友達に自慢出来る! お兄ちゃんがまともなプレゼントくれたのって初めてじゃない?」

「そんなことないだろう。小学生の時に魔女っ子グッズを買ってあげた。喜んでたろう?」

「当時はね。でも、今は洗脳されてることに気付いた。あれ、正規品じゃなくてコスプレ店のでしょう……。メーカーを調べたら、変な服ばかり売ってるサイトに飛んだもん」

 妹はスマホを抱きしめながら、なんてメッセージを送ろうとウキウキで部屋へと戻っていた。

 そんな妹の姿を見て、青木は「おい、赤沼……本当にいいのか?」と忠告した。

「少なくとも、感謝はされた。これだって数ヶ月ぶりのなんだぞ」

「あーあ……この際、オレの妹云々のことは端っこに置いておこう。でも、忘れたわけじゃない。君の妹が僕の妹になるって話は、またするからね。それでだ。君は妹をたかしに紹介した」

「そうだね」

「妹はたかしを気に入った。つまり君の妹の彼氏になる可能性が出てきた。一方で君は、たかしの元カノである女性位に恋だけをしている。万が一付き合えたとしても、ずっとたかしの顔がちらつくぞ。それは家に帰って、妹を見ても同じこと。たかしを思い出す。我慢できるのか?」

「やばい……早まったかも……飢えた獣を止めなきゃ!」

 赤沼が玄関を出ようとすると、青木は「任せろ!」と靴を脱いで家の中へ入ってこようとした。

「どこに行こうとしてるんだよ!!」

「飢えた獣だろう? どう考えたって、たかしより君の妹の方が飢えた獣だ。だからそっちを止める方が確実」

 混乱に乗じて妹の部屋へ向かうとする青木だったが、赤沼に素早く止められた。

「いいから前を歩け!」

 赤沼は青木の襟首を引っ張ると、お尻を蹴って家から追い出したのだった。



 そして夜になり、たかしはずっと明夫に謝っていた。

「本当に悪かったって。みんなも謝っただろう?」

「僕がどれだけあのパーティーゲームを楽しみにしてたか知ってるだろう? それを君達は裏切ったんだ。絶対許さないもんね」

「赤沼も青木も暴走してたからしょうがなかったんだ。それとも、あのままずっとここで関係のない話をさせた方がよかったか?」

「それは……そうだけど……。でも、許さない」

 明夫はプイッと顔を背けた。

「あら? 喧嘩?」

 マリ子はさほど興味がなさそうに言うと、ケトルのスイッチを入れた。

「違う、明夫のわがまま」

「わがままじゃないもんね。たかしが悪い。全部たかしだ! それと君も!」

 明夫は人差し指をマリ子に突きつけた。

「私? 私はなんも関係ないわよ」

「君がたかしと別れるからだ。だから、赤沼が妹を紹介するって言う変な流れになったんだ!」

「あら……私と別れるわけね。妹好きなんて」

 マリ子がからかって言うと、たかしは妹からきたメッセージをマリ子に見せた。

「ただのお礼のメッセージだよ。兄の暴走を止めてくれてありがとうって」

「あら、ハートマークが三つついてるじゃない」

「なに、三つって」

「あなたを狙う宣言よ。知らないの? 私もJKの時にやったわぁー。そうやって意識させるの」

「そんな単純な」

「そうかしら? 効果ありだと思うわよ。今の話を聞いてから、メッセージを見直してもなんとも思わない?」

 たかしは思わずマリ子から目を逸らした。好意を持たれるとわかって悪い気はしなかったからだ。

「大変よ、背伸びしたがる女子高生の相手は。手を出すなら、よく考えることね。熱が冷めたら、あっさり世間に売るわよ」

 マリ子はたかしの頬をつねってからかうと、紅茶を淹れたカップとアイスを持って部屋へと戻って行った。

 それから間も無く、たかしのスマホへメッセージの通知が入った。

 それは赤沼の妹からではなく、この間知り合ったユリからのメッセージだった。

「明夫……モテ期ってあると思う?」

「ちょっと! まだ怒ってるんだから普通に話しかけてこないでよ!」

「そうだな……明夫に聞いてもわかるわけないか」

 たかしはこれ見よがしのため息をつくと、返信をするために、鼻歌交じりの軽い足取りで部屋へ戻った。






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