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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン2
26/134

第一話

「見てよ……高画質映像エンジンが搭載されてるテレビだ。視野角も広いし、映像信号を高精度で分析するから、低解像度から高解像度まで最高品質に映るんだぞ。これってどういうことかわかる? 最新アニメから、ブラウン管テレビの時代のアニメまで全部キレイに見られるってことだ。時代が蘇るよ……」

 明夫はうっとりとした表情で、ディスプレイのテレビ画面を見ていた。

「買いに来たのはテレビじゃないだろう。電子レンジだ」

 たかしはこっちにこいと手招きした。

 今いる場所は家電量販店。電子レンジが壊れてしまったので、新しいものを買いに来たのだ。

 電子レンジは全員が使うものであり、お金も全員が出し合う。なので、三人でしっかり見て買おうということだ。

「でも、私もヘアアイロン見たいんだけど。カールタイプのやつ、最近温度の上がりおっそいんだよね。それに今持ってるの重いし肩こっちゃう」

「そんな余分なお金あった? 給料日まだ先だろう?」

「お金出し合って買うんじゃないの?」

「三人共通のものじゃないだろう」

「でも、可愛くキマった私が見られるんだよ? 可愛いは共通財産。だから、女はメイクの仕方とかスタイリングの方法とか教え合うの。なんなら教えてあげるわよ」

「オレは男だよ」

「男もメイクする時代よ。あーあ……どこに行っても欲しい物ばかり。ほら、あれも」

 マリ子は繋いだ手を引っ張ると、ライト付きの化粧ミラーの陳列棚まで連れて行った。

 二人に少し遅れながら、明夫は「見てよ、たかし。あのカップル――」と嫌悪感を示しながら言ったのだが、二人の姿を見て思わず絶句してしまった。



 そして後日。明夫はその時の様子を友達に話していた。

「嘘だろ!? まさか『橋を架けてた』っていうのか!?」

 赤沼は信じられないと言った顔で、おかっぱの前髪を揺らしながら、話題の中心の二人へ振り返った。

 青木も同じく理解不能だと言った表情をしていた。

「なによ。アンタ達は恋人が出来たことないでしょう。だから知らないんだろうけど、別におかしいことじゃないわよ。店の中でも手を繋ぐのは」

 マリ子はため息を落とした。明夫のオタク友達は恋愛に免疫がないせいで、いちいち大げさに取り上げるからだ。

 そんなマリ子に、明夫は更に大きなため息で返した。

「僕らオタクだってわきまえてる。恋人が手を繋いでいようが、夫婦が腕を組んでいようが別にいいさ。問題なのは橋を架けていたことだ」

 赤沼と青木は大きく頷いて同意した。

 まるで有罪判決が出た裁判かのような雰囲気に、思わずマリ子は思わず声を大きく反論した。

「なんなのよ、橋を架けるってのは! 言っておくけど、普通の恋人が架ける橋はディープキスの後に出来るよだれの橋よ」

「まったく……一から説明しないといけないとはね……」

 明夫は昨日のことを再現したいので、たかしとマリ子に手を繋ぐように言った。

 その回りくどさに、たかしも「なんだんだよ……」とうんざりした顔でマリ子と手を繋いだ。「これでいいのか? なにが問題だ」

「そうだ。君は昨日鏡を見ていたね」

「そうよ、アンタも一度くらい鏡を見てみたらどう?」

 マリ子の皮肉に鼻で笑い返した明夫は、次いでたかしを見た。

「君はなにをしていた?」

「オレはドライヤーを見てたよ。別に欲しいわけじゃないけど、なんか面白い形をしてたからさ」

「そこだ!」明夫はビシッと人差し指を突きつけた。「君達が見ていたものは同じ棚にはない。そうだろう?」

「そうだけど……それがどうしたんだよ」

 たかしは全く意味不明だと眉をひそめた。

「いいかい? このテーブルはマリ子が見ている鏡があった棚だ。こっちのソファーがたかしの見ていたドライヤーがある棚。その向かい合わせの棚を君達は手を繋いだまま別々に見ていた。どうだい? 橋が架かっただろう?」

 明夫が指摘する通り、二人の繋いだままの手は、棚から棚へと橋を架けているようだった。

 赤沼と青木はその繋がれた手の前に立ち「わー、通れないよー」「遠回りしなくちゃ」と棒演技で、二人が邪魔だと非難した。

「君達は通路を違法に封鎖したということになる」

 明夫の真剣な眼差しに、マリ子は顔を歪めた。

「おおげさよ」

「おおげさなもんか。実際に老夫婦が二組。子連れの母親が一組。君達を一瞥してからルートを変えたんだぞ。これはスーパーでもよく見られる現象だ。カートで道を塞いだり、商品棚の前をずっと塞いだり、子供を見ずに放置したり。君達も立派な迷惑客だ」

「ひがみにしか聞こえない。一言声をかければいいだけじゃない」

「それ本気で言ってる? 自分がひとつ気をつければいいだけのことを、他人のせいにするわけ?」

 明夫がヒートアップしてくると、たかしはまあまあと間に割って入った。

「確かに今回はオレ達が悪いよ。君といるのが楽しくて周りが見えてなかった。これからは気をつけようよ。どうせなら、周りからも素敵なカップルに見られたいだろう? バカップルって揶揄されるより全然いいよ」

「それはわかってるけど……」マリ子は納得がいかないという顔で明夫を見た。「こいつに言われるのがムカつく」

「ムカつくのは間違いを指摘されたからだ。つまり僕達が正しい」

 明夫は勝ち誇った笑みを浮かべると、赤沼と青木を連れて買い物へ出掛けてしまった。

「くやしい!」と、マリ子は地団駄を踏みそうな勢いで怒鳴った。

「そう怒らないで。言ってくれたのが、明夫で良かったって考えようよ。見知らぬ人に注意されてたら、揉め事に発展してたかもしれないしね」

「でも、迷惑なら迷惑だって言うべきよ。その場でね。私達に非があるのはたしか。でも、すぐに言ってくれてたら、迷惑をかける人は最小限で済んだはずよ。振り返ってごめんなさいの一言も言えたの。でも、わざわざ私達をネタにするため、友人を呼んでバカにしたのよ。それは許せないわ」

「それも一理あるけど。明夫だぞ? 正しいことを言っても、どこかズレてるのが明夫だ。気にしてたら生活できないって」

「あなたはどっちの味方なわけ?」

 マリ子は腰に手を当ててたかしを睨みつけた。

「どっちの味方って……君は大事な恋人だし、明夫は大切な親友だ。こんなことで選べないよ」

「もう一度聞くわよ。どっちの味方なわけ?」

 マリ子は腰当てていた手でシャツの裾を掴むと、一気にまくりあげて下着姿の上半身をあらわにした。

 大きく膨らんだ二つの脂肪の山に、雪化粧のように白いレースのブラが合わさると、たかしの視線は釘付けになった。

「君の味方に決まってる! ……でも、明夫の敵でもないことは忘れないで」

「その答えは四十点ね。補修だけど……でも、まぁいいわ。とにかく、後をつけるわよ」

「後を? なんで? 彼らが行くのは、たぶんカードショップだよ。そんなのに興味があるわけ?」

「興味があるのは、あいつらが周囲に迷惑をかける様よ。それを見に行くのよ」

「明夫と青木はともかく、赤沼は常識人だぞ。二人の手綱はしっかり握るよ。女の子にモテたいと思ってる唯一の一人だ」

「わかったわよ……」

 マリ子はため息をつくと、乱暴な足音を響かせながら二階の自室へと上がっていた。

 その背中に向かってたかしは「わかってくれてよかったよ。オレ達、これで終わりじゃないよね?」と声をかけたが返事はない。

 しばらく二階で物音が聞こえたかと思うと、マリ子が戻ってきた。

 そして「じゃあ、行くわよ」とにっこり微笑んだのだ。

「今までの話聞いてた?」

「聞いてたわよ。あなたが行かないなら、私一人で行くけどいい?」

 たかしは「どうぞ――」と言いかけたのだが、マリ子に腕を組まれるところっと意見が変わった。「――これは脅しだ……」

「ご褒美よ。たかしが寄り添ってくれてさえ入れば、私の身は安全だもの」

 なんとマリ子はブラを外してきたのだ。それも上は薄手のシャツ一枚だ。恋人として見せたくないものを、他人に見られる可能性があるので、腕を組んでごまかす必要が出来てしまったのだ。

「そのジーパンの下は大丈夫だろうね……」

「それは帰ってきたら、確かめさせてあげるわよ」

 マリ子に手を引かれたたかしは、彼女のいいように使われているのがわかっていつつも、それを楽しんでる自分に呆れてしまい、思わずため息を落とした。



 そして、オタク三人が向かったのは、たかしが思った通りカードショップだった。

 青木は「うわぁ……見てよ」と、マジックソード・ウォーのカードが展示されているガラスケースの前にいた。

 明夫は「絶対見ない」とケースから距離を取った。「そこはプレミアカードの展示だぞ。別名成り上がった配信者専用のケース。それか、人生を捨ててカードに取り込まれてるかだ。見るだけ無駄ならまだマシだよ。思い出して、夜寝れなくなるだろう……」

「でも【蒼天の女神】だぞ。初めて発行されたレアカードだ」

 青木は頬をべったりとガラスケースに貼り付けて、保管されているカード見ていた。

「そのカードは最初のパックに入ってなかっただろう?」

 明夫は何を言ってるんだと、思わずガラスケースを見てしまった。

「僕にとってのレアカードはこれなの。なぜだかわかるかい? 後に出た【曇天の女神】は姉だからだ。つまり、蒼天女神は妹になる。これ以上のレアはないよ」

「そんなのどうでもいい……。僕にはこのカードしか目に入らない。【破砕の巨神グレート・ウォーリア】。今まで一度も復刻されていないカードだ。公式ルールでデッキには入れられないけど、僕のカード人生は彼を見たときから始まったんだ……」

 顔をくっつけてガラスケースを曇らせる二人とは違い、赤沼は常識を持って離れてカードを見ていた。

「やめろよ……なんかあったら、君らのせいになるぞ。ここの店長がどういう人間か知ってるだろう?」

 噂をすればと、店長は「呼んだか?」と現れた。

 ダボダボのシャツとズボン。つばの真っすぐの帽子に大きなサングラスという。一昔前のラッパーのような格好をしているが、そのどのアイテムにもアニメキャラクターの刺繍がされていた。

 いつからか彼は、オタク達に親しみを持ってボスと呼ばれていた。

「ボス。これ本当に安く出来ないの?」

 明夫はこの店に来るたび値下げ交渉していたのだが、毎回同じセリフで諦めることになっていた。

「値下げってのは価値が下がるってことだ。そんなものが欲しいのか? 見下げ果てたオタクだな」

「そうだ……僕はこの価値だからこそ欲しいんだ」

 明夫は名残惜しそうにゆっくりとガラスケースから離れた。

「ところで、どうした? 女のニオイがするぞ。……さては抱きまくらに香水をふったな」

 ボスは明夫達についたマリ子の残り香を嗅ぐと、わかったような顔で頷いた。

「これは本物の女性の香りだ。ボスにはわからないだろうけどね」

 青木がからかって勝ち誇った顔で言うと、赤沼もそれに乗っかった。

「そう。明夫の家にいる美人な女性の香り。まぁ……友達の恋人だけど」

「オレだって女のニオイは知ってる。こんな臭くない。もっと優しく甘い匂いがするんだ。例えば――例えば……まぁ、とにかく甘い匂いだ」

「僕らもそう思ってた。でも、現実の女はとにかくニオイをつけたがる。シャンプーリンスにトリートメントにヘアオイル。挙句の果てには柔軟剤までドギつい香りを放ってる。香りは武装に使うって初めて知ったね」

「おい、明夫に赤沼に青木。このトリプルA共。よく聞け。オレは童貞じゃない、オマエらは童貞だ。たとえオマエらが真実を言っていたとしても、こと女に関しての話は――童貞じゃないオレの話が真実になる。そこをよくわかっとけ」

 ボスが言った瞬間店のドアに付いたベルがカランカランとなった。

 遅れて、たかしとマリ子が店に到着したのだ。

「なによ、この音。こんなのが鳴ったら店に入ったのがバレるでしょう」

「盗難防止だよ。カードショップって盗難が多いって、ボスが嘆いてたからね」

「ボス? なによ、そのだいそれたやつは」

「彼だね」

 たかしはこっちを見ているボスを指さして、マリ子に教えた。

 マリ子が大きい声で話すものだから、すっかり注目の的になっていたのだ。

 ボスは「おい……嘘だろ……」と驚愕した。「本当に香りを纏ってやがる……。あの女……能力者だ」

 ボスが驚いたのも無理はない。マリ子が店に入った瞬間から、店の空気が変わったのだ。

「私からしたら、香りを纏ってるのはアンタらのほうなんだけど……。なにこの生活臭。本当にショップ? 誰かの家じゃなくて?」

 マリ子は強気の視線で店内を見渡すと、僅かにいた客達は全員が目をそらした。

「オレの城だ。文句あるか?」

 ボスが負けじとズイッと前に出ると、明夫は頼りになると囃し立てた。

「ないけど……」とマリ子は思いついた顔で笑みを浮かべた。「そうねぇ……城なら橋がいるわよね」

 当然明夫達オタク三人以外には謎の発言だったが、マリ子がたかしと手を繋いだまま対面ケースをそれぞれ見始めると歓声が上がった。

 ボスも「まいった……」と口走ったきり、マリ子から目が話せなくなってしまった。

「邪魔なら言って、どけてあげるから」

 胸を張ったマリ子が客の一人に言うと、その客は「とんでもない!」と目を見開いて言った。

 まるで客全員が味方についたかのように視線を送ってくるので、マリ子は勝ち誇った顔を残してたかしと店を出ていった。

「見たか? また迷惑をかけていった」と明夫一人だけが、うんざりとした表情を浮かべている。

 ボスが「こんな迷惑なら大歓迎だ」とこぼすと、明夫以外の全員が首を縦に振った。

「おい? どうしたんだよ!」

 赤沼と青木までが他の客と同じ反応をするので、明夫はしっかりしろと肩を揺さぶるが効果はない。

 必要以上の力を込めて、体を固めていたのだ。

 そして、その答えはすぐにわかった。

 どんどんという床を踏み抜くような足音を立てて、マリ子が店に戻ってきたからだ。

 たかしの上着を胸に巻いた戻ったマリ子は「今見たものをすぐ忘れないと、殺すわよ……」と店内の全員を一人ずつ睨みつけると、ドアを乱暴に閉めて再び出ていった。

「呆れた……君達は柱を立てていたっていうのか」

 明夫は信じられないと赤沼を睨みつけた。

「彼女のことは悪く言えないよ……。橋くらいなんだ。僕らがこのまま出たら逮捕だぞ」

「……いつ帰れるんだ」

「十分は待って……」

 明夫以外の全員はマリ子の残り香のせいで、いつまでもノーブラのシャツ姿で胸を強調したポーズが忘れられず、しばらく店から出ることも出来ずに、お互い背を向け合う時間が続いた。






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