第二十四話
『どうも皆さん! こんばんわ!』
『あーみんです』
『ゆーゆーです。二人合わせて……せーの』
『――【Are you happy? チャンネル】です!』
タブレットの画面からは仲睦まじい男女が、お決まりの挨拶をして手を振っている動画が流れており、元気よく今日やる企画を発表していた。
そして驚くことに、そのタブレットは明夫のものだった。
「カップル? それも現実の? ははーん……さてはオレに当てられたな。恋人ってものに興味が出てきたんだろう」
たかしはようやく明夫にも人並みの思春期が来たのかと、からかいと祝いの気持ちを込めてからかった。その隣ではマリ子が驚きに目を見開いていた。
「まじ!? 明夫もキリチャン見てるの?」
「なに? キリチャンって」
たかしは聞いたこともないと眉をひそめると、マリ子は驚きの表情のままたかしの方を向いた。
「Are you happy? って聞いたら皆Yesって答えるから。イエスチャンネル。つまりキリストチャンネル。すなわちキリチャン。今一番人気のカップル配信者じゃん。本当に知らないの? 私と付き合って何を学んだわけ?」
「そうだね……ベッドのシーツは破れるものだとか?」
「それじゃあ、次はスプリングの壊し方を教えてあげる」
たかしとマリ子がイチャイチャし始めると、明夫は「もう……うるさいよ!」と声を荒らげた。
マリ子は「ごめーん」と素直に謝ると、ソファの真ん中に座る明夫をお尻で端に追いやり、自分も動画を見ようと前のめりになった。
「ちょっと邪魔しないでってば。最近の寝る前の日課なんだから」
明夫は邪魔だとお尻でマリ子を押し返そうとするのだが、マリ子はどっしりと座りどける気配はなかった。それどころか、同じ趣味を持つ者同士だと途端に馴れ馴れしくなった。
「わかるわぁ……ついつい見ちゃうのよね。いつもイチャついて企画倒れなの。でも、それがいいのよね。それでさ、そういえばいつかの動画で……って気になって、過去動画まで見漁っちゃって、気付いたら朝」
「聞いてなかったの? 僕は寝る前に見てるの」
「聞いてたわよ。だから、私も寝る前に見ちゃって、なかなか寝付けないって言ってるでしょう」
「僕は寝るために見てるの」
「はぁ?」
「いつもは同人サイトで買った添い寝ボイスで寝てるんだけど、最近耳が肥えちゃったから、くだらないカップルを見てるの。ほら見て、つまらなすぎて目がとろーんとしてきた……」
明夫は良い感じに眠くなったとあくびをした。
「信じらんない……睡眠導入剤に使ってるわけ?」
「まさか……ほとんど睡眠薬だ……。くだらないカップルに感謝を……これくらいしか役に立たないんだから……」
明夫はうつらうつらと船を漕いだ。
本当は眠くなってきた時点で部屋へと戻るはずだったのだが、マリ子に乱入されたせいで限界まで眠気に襲われていた。
その間もマリ子に色々と文句を言われていたのだが、寝ぼけた頭では適当に返事を返すことしかできなかった。
翌日。たくさんかけられた言葉の中で一つ。バカにするなら自分でやってみろ。と言われたことはなぜか覚えていた。
「そういうわけだ。君達にも協力してもらう」
明夫が招集をかけたのは、いつものオタクメンバーだった。
青木はしかめ面になり「一人で解決できないからって僕らにヘルプを送る……」と考えたあと「僕ら三人とも男だぞ」と現状を指摘した。
「三人寄れば――って言うだろう?」
明夫は自分達はチームだ協力し合おうと言うが、青木の反応はイマイチなものだった。
「三人寄れば――文句を言えってね。だから文句を言ってるんだ。遥か昔。僕らが出会った頃に、もう答えは出しただろう。僕らは誰も女装が似合わないから、男の娘にはなれないって」
「僕らも成長してるだろう。男の娘になれし者の血が覚醒してるかも知れない。君達のどちらかは試すべきだ」
明夫が大真面目な顔でスカートを広げながら言うと、プリーツスカートが波打った。
「どうして僕らだけ? 明夫もだろう」
「女装が一番に合わないのがわかってるからさ。またあの悪夢を見たいのか?」
明夫はあの日の眠れない日々の続きを過ごしたいのかと、睨むような視線を青木に向けた。
しばらく明夫と青木は、二人であーでもないこーでもないと意見を出してあっていのだが、急に赤沼が「――ねぇ」と話題に割り込んできた。
「そんなことより――どうして僕の部屋に集まってるのさ。明夫の家でいいだろう」
「うちだと、カップル配信者よりもくだらない。本物のカップルがイチャついてるんだぞ。そんなところで何を話し合えっていうんだ」
「でも、好きだった女性が他の男のモノになってしまい、絶望に打ちひしがれる表情っていうのは、絶対に一度見ておくべきだよ。NTRモノを見たときに感情を上乗せできる。……今すぐ行こう!」
青木が急に立ち上がったので、赤沼は腕を引き下ろして再び座らせた。
「うちでいい……」
「なら、最初からそう言えよ」
「青木が妹を巻き込むかと思ったからだよ」
「赤沼……最初からそう言えよ」
すっかりチャンスを見落としていたと気付いてからの青木の行動は早かった。
赤沼に掴まれるより早く立ち上がり、ドアを開けて廊下に出ると隣の部屋のドアをノックしたのだ。
「妹さーん! 遊びましょう!」
「おい! やめろ!」と赤沼は必死に止めようとしたが遅かった。
ドアがガチャっと開く音と共に、木刀がまっすぐ青木の胸に向かって伸びてきたのだ。
「接近禁止命令出したの忘れたの? 次やったら柄の部分じゃなくて、尖ったほうでやるわよ」
妹は木刀の長さより近付くなと青木を睨んだ。
「用があってきたんだ。僕と恋人になってほしい」
大真面目な顔で言ってのける青木の腕を、大慌てで赤沼が引っ張った。
「なんでもない。どうぞ、勉強を続けて。お兄ちゃん達はお兄ちゃん達で遊ぶから」
「当然でしょう。まったく……キリチャン見てたのに……」
至福の時間を邪魔されたとこの上なく不機嫌だった妹だが、オタク達のある会話が聞こえてくると表情が一変。関心が高まって部屋までついてきたのだ。
その会話とはカップル配信者になるにはどうしたらいいかというものだ。
今どきの高校生の妹には、興味しかない話題だったからだ。
兄のオタク部屋で腰を下ろす妹に向かって、明夫は「どういうつもり?」と聞いた。
普段ならば兄の部屋に踏み入れるのさえ嫌がり、あまつさえ座るとなったら汚いと大暴れをするからだ。
「可愛い女の子を探してると聞いたから?」
妹は落ち着かない環境にソワソワしながらも、自分が学校の人気者になれるかも知れないというドキドキの笑顔を浮かべた。
「君はミニマリ子か……。可愛いって言うのは二次元に使う言葉。わかる? 現実はまぁまぁ見られる顔っていうの」
「……私が必要なんじゃないの?」
「そうだよ! 明夫は黙ってて! 今日は僕が主役だ」
青木はチャンスを邪魔するなと、明夫に茶々を入れないように念を押した。
「それで、私はどうすればいいの?」
「難しくないよ。僕をお兄ちゃんと呼べばいい……」
そう言って見つめてくる青木の頬に向かって、妹は手近にあったアクリルスタンドを投げつけた。
赤沼は「それ限定版なのに……」と青木の顔の脂がついたアクリルスタンドを拾うが、妹に睨まられたせいでそれ以上何も言うことはできなかった。
「カップル配信じゃないの? 兄妹チャンネルにしてどうするのよ」
「その手があったか!」と吠える青木の頬に、二個目のアクリルスタンドがぶつけられた。
「それで、挨拶のポーズはどうする? 実は前から考えていたのがあるの」
妹は将来素敵な彼氏が出来た時の事を考えて、二人でカップル配信をするために、友達と可愛いポーズを考えていたのだが、そもそもそこがオタク達と違っていた。
オタク三人なポーズと聞いた途端に特撮ヒーローの変身ポーズを取り始めたのだ。
両手を使って大きく2を描く古臭い変身ポーズから、スマホやメガネなど身近な道具を使った変身ポーズまで、実に様々な変身セリフが部屋に飛び交った。
「理解不可能……」
オタク指数が上がった部屋で苦痛に顔を歪める妹に、明夫は「そうだね。君には難しいよね」と理解を示した。
しかし、妹は「絶対に理解してないでしょう……」と明夫の心中を見抜いていた。
「変身と言ったらこれだもんね」明夫が取り出したのは、やたらにきらびやかなコンパクトケースだった。「戦う乙女には魔法少女だ。君は素質があるかも知れない。これを受け取って魔法少女になるかい?」
妹は「……なる」と考えることなくコンパクトケースを受け取った。
なぜならば、そのコンパクトケースは人気で手に入りにくいブランドものだったからだ。
それは当然マリ子のもので、明夫が変身アイテムに似ていると勝手に持ち出したものだ。
「それじゃあ、これから君は魔法少女となって動画配信をすることになるわけだね。これって最高だよ! 僕らが魔法少女を育てるんだ!! 朝のアニメになるぞ!」
明夫は忙しくなってきたとテンションを上げた。
「ちょっとちょっと!? カップル配信は?」
「恋人が魔法少女のコスプレをしてたって構わないだろう」
明夫はどのコスプレがいいかと、わざわざスマホをテレビに繋ぎ、大画面で歴代魔法少女の衣装を見せた。
「こんなの着るって……裸の自撮りを見られるより恥ずかしいんだけど……」妹は悩んだが、手に持っている高級ブランドのコンパクトケースを見ると覚悟を決めた。「でも、オタク連中には私しかいないんだもんね」
青木は「いや」と首を振った。「他にも候補はいっぱいいるよ。僕は妹ならブサイクでも構わないもん」
青木の最後の一言で頭に血が上った妹は「死ね!」と振りかぶったが、急に値段が頭によぎると冷静になり、コンパクトケースをポケットに入れてから。「次は木刀を振り下ろすから」と吐き捨てて部屋を出ていった。
「なんだって、君はいつも一言多いんだよ」
赤沼は妹を怒らせるなと非難するが、青木は性格だから仕方ないだろうと肩をすくめた。
「君達……当初の目的を忘れてないか? 僕はマリ子をギャフンと言わせる為に、この話を持ってきたんだぞ」
明夫はズレた軌道をもとに戻そうとするが、カップルなんていうものは三人にとって程遠いものなので、なにも思いつかなかった。
「そうだ! カップルにこだわる必要なんてないよ。面白いチャンネルを作ればいい」
赤沼は自分達の得意ジャンルで勝負だと声を大きくすると、いい考えだと明夫もすぐに乗っかった。
「つまり、オタクが結託してオタクチャンネルを作ろうってこと? ……オタクの、オタクによる、オタクのためのチャンネルか……。再生数が多ければ、あの魔女も僕達を認めざるを得ないってこと。民主主義バンザイだ」
「じゃあ、まずオタク流の挨拶を考えないと。これはどう?」
青木は手のひらを前に向けて、親指を伸ばし、中指と薬指を分けて開いた。
「……いいかい? SFオタク。ヴァルカン式挨拶はなしだ」
赤沼はすぐにやめろと、青木の手を下ろさせた。
「なんで? SFオタクは皆やってる」
「だからだ。濃ゆいSFオタクが集まってきたら困るだろう。オタクの中でも奴らは特異だ。電車オタクの行動力と、SFオタクの考察力。オタク界の二大禁忌だ。軽々しく触れちゃダメ。僕達のチャンネルはもっとフラットな場にしないと」
「フラットだって? そんなのオタクじゃない。オタク世界で許されるフラットは、貧乳という性癖だけ。僕らは尖ってるからオタクなんだ。だからみんなオタクは痛いヤツだって言う」
「オタクのためのチャンネルを作ろうとしてるのに、オタクの僕らが言い争ってどうするんだ」明夫は二人に注意すると「動画を一本取り終わるまで徹夜だぞ」と気合を入れた。
数日後。動画配信サービスで明夫達のチャンネルの動画を見たマリ子は、大きなあくびをした。
「本当……眠くなるわ……」
「失礼な女だ。どうせ再生回数が増えれば手のひらを返すんだろう?」
「それはありまくる。でも、このチャンネルで考えれば無理だと思うけど?」
「ははーんオタクの結託を舐めてるだろう。日本最大級の動員数を誇るイベントはオタク達が支えてるんだぞ」
「でも、そのオタクが文句言ってるわよ。浅はかだって」
マリ子がコメント欄を指すので、明夫はそんなことはないとチェックすると、それはそれは辛辣なコメント埋め尽くされていた。
「なに!? あぁ……そうだった……オタクに優しいギャルだなんてもてはやされてるせいで、オタクはオタクに厳しいことを忘れていた……」
「なんか知らないけど、私の勝ちってことよね?」
マリ子は煽るようにイエーイとピースサインをするので、明夫は負けたと思っていた。
しかし、「そういえば、私のコスメ見なかった? 懸賞で当たったんだけど、ハイブランドよ」という言葉を聞いて、明夫は笑みを浮かべて顔上げた。
「引き分け!」
「は?」
「引き分け! 引き分け!」
「ちょっと意味わかんないだけど!」
言い争う二人を見て、たかしは「本当だ。面白いと眠くならない」と動画を撮って友人達に送っていた。




