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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン1
20/125

第二十話

 いつもの日曜。いつもの夕方。いつもの家で、明夫はオタク友達とゲームをしていた。

「ちょっと補助魔法は?」

 青木は自分だけボスからの被ダメージが大きいと不満を言うが、他の二人がわざわざ戻って魔法をかけ直すことはなかった。

「かけた。君が円から離れたのが悪い。鉄則だろう? このクエストはペンギンのように固まって行動するんだ。もう、何回もやってるだろう?」

 明夫は個別で動くと狙い撃ちされるから戻ってこいと言うが、青木は更にパーティーから離れていった。

「わかってるんだけど……今がチャンス。この攻撃中には破損部位が山程落ちてる」

「それはマナー違反だから禁止行為になってるだろう」

「それは見知らぬ人とクエストを受ける場合に限りだ」

「画面をよく見ろ。このクエストは、二つのパーティーが途中から合流して討伐する特殊クエストだ。僕ら以外の名前も見えるだろう?」

「ここ数日、ずっと彼らと同じクエストをプレイしてるじゃないか。しかも向こうは下手くそだ。向こうが部位破壊を怠るから、僕らは毎回ほぼ完全体の相手をしなければならないんだぞ。これくらいの旨味がなけりゃやってらんない」

 青木は二人の連携などお構いなしに、敵の攻撃の溜め中に背後に回り込むと、破損部位を浄化し、アイテム化していた。

 二人はそれでも律儀に部位破壊を繰り返し、他のパーティーとの合流に備えたのだが、合流した途端に敵の体力は全回復してしまった。

 これは部位破壊があまりに少ないと起きる仕様だ。そしてそれはオタク三人のせいではない。他のパーティが合流前に部位破壊を怠ったからだ。

「嘘だろう……また破壊し直しだよ……。咆哮口も治ったから、また音波が飛んでくるぞ」

 赤沼は敵の体力回復を見て、これは長引くぞと気合を入れ直したのだが、青木のため息によって一気にやる気が削がれてしまった。

「なんだよ!」と明夫と赤沼は同時に叫んだ。

「だって、よく考えてごらんよ。僕はアイテム化に成功してるから、死のうが負けようが特別報酬は手に入るんだ。後はダラダラ生き残ればいい。僕にとって、この第二形態は戦犯にならなければ勝利ってわけ。君達は頑張るべきだよ。このままじゃ無意味な時間だけを過ごすことになる。僕のお尻が気になって、画面切り替えを忙しくしてる暇はないよ」

「青木がお尻を揺らして誘うからだろう? その女性キャラクターのエッチな装備は何が目的だ?」

「僕はエッチ装備が目的でこのゲームをやってるの。この狂獣のレアアテムを入手出来ると、僕は【密林王のふんどし】を手に入れられる。おかしいのは君らだろう?」

 青木が指摘しているのは、毎回迷惑をかけてくる相手チームに対して何も言わないことだ。赤沼ならまだしも、明夫までが文句を言わない。普段ならば、いの一番に文句を言い出すはずだ。

 そして、その答えはゲームの画面にあった。

 三人チームが二つ。つまり六人のプレイヤーがいる。そのうち四人は女キャラであり、明夫と赤沼の二人だけが男キャラだ。

 赤沼は「しょうがないだろう。僕だってオタクである前に男だ。女子大生のパーティとやれるチャンスがあるなら飛びつくし、多少はがっつくよ」と、連戦を続ける理由を白状した。

「あのチャットを信じたっていうのか? 中身が四十を超えたおっさんなんてよくある話だろう……。僕らだって別のゲームじゃ、元カレの趣味がうつったゲーム女子だ」

「じゃあ、明夫はどうなんだよ。中身がおっさんだろうが、超可愛い女の子だろうが、平等に軽蔑できるのは君だけなんだぞ。その君が、なんで無駄な時間を過ごしてるわけ?」

 青木に詰め寄られた明夫は、バツが悪そうに視線をそらした。

「しょうがないだろう! ボイス設定が僕の好みにどんぴしゃなんだぞ。青木の言う通りだ。中身が超可愛い女の子でもおっさんでも気にならないよ。でも、キャラクターに罪はないだろう? ほら、見て……良いキャラメイクしてるよ……。課金までして、実に愛情感じちゃう」

「なんだって? 課金したら妹って属性つくの?」

「つかないよ」

「なら糞だ」青木は吐き捨てるように言うと、自分のゲーム画面を指した。「どう考えたって、寄生して高難易度クエストのレアアイテムを手に入れようって奴らじゃないか」

「たまには妄想で鼻の下を伸ばしたっていいだろう? 女の子だと思えば、世界は平和だ。オタクの世界も子宝に恵まれて保たれる」

 赤沼のジョークめいた言葉に青木は愛想笑いをすると、その表情のままで嫌味に言葉を返した。

「日曜の夕方だぞ。イケてる男子も可愛い女の子も、自宅にこもってゲームをしてると思うのかい? この時間にゲームをしてるのは大抵は糞だよ。この時間のゲームチャンピオンは小学生だ。小学生の年齢を超えたら、この時間に市民権を与えられてない」

「僕らもゲームをしてるんだぞ……」

 赤沼が気分を悪くするようなことを言うなと睨みつけると、青木はすぐに謝った。

「そうだな……ごめん。撤回するよ。この時間にどっかの妹とやってると思えば、興奮しちゃうもんね」

「ちょっと待った……。君の手のひら返しや、曲解した考えに言いたいことは山ほどある。でも、今はいい。でも、これだけは守ってくれ。やってるの前に、絶対にゲームをつけろよ……。青木が言うとシャレにならないだろう……」

 赤沼は外で言われなく良かったと身震いした。いつだって一言が多いのが、この青木だからだ。

「言わせてもらえば、僕はロリコンじゃなくて妹好きなの。君らが思っているのとは全然違うよ。そりゃ年下の妹は好きだよ。でも、八十八歳のおばあちゃんでもキュンとくるんだ。彼女が妹って聞くだけでね」

「友達に八十八歳のおばあちゃんに萌えてる姿を想像させるなよ!」

 青木の発言を聞いて、赤沼はもうゲーム画面を見る余裕がなくなっていた。

「赤沼……忘れたのか? おばあちゃん萌えは二次元にはある。オタク会議で決定しただろう」

「明夫……それはそうだけど。今はそういう話じゃないだろう? というか……どういう話だよ! あぁ……もう最悪」

 赤沼はゲーム機を置いた。画面にはゲームオーバーの文字。相手パーティーはとっくに退出済みだった。

「だから僕みたいに、アイテムに変えておけばよかったんだ」

「僕は満足だけどね。レア素材よりもっと良いものを手に入れた。途中から録画したから、彼女はもうすぐ僕のものってこと」

 明夫はパーティーから抜けると、ゲームを再起動してキャラクターメイキングを始めた。

「なんでだろう……本当に女性に振られたみたいな気がするよ」

 赤沼はゲームの電源を切ると重苦しいため息を落とすので、青木もまた始まったとため息を突き返した。

「また大げさな……なにも始まってないだろう」

「慰めはいらないよ」

「慰めてなんかない。なんにも始まってないって言ってるんだ。君は女子大生と遊んだつもりだろうけど、本当のところは小学生にいいようにやらされてたんだよ。小学校の頃と同じだ。からかわれた時があっただろう?」

「……つまり今も変わらず小学生にいじめられてるってこと? 余計落ち込むよ……」

「宿題をやらされるよりましだろう。今回は恥をかいただけだ。こっちに被害はあっても、向こうに利益はないよ。これって大事だろう?」

「惨めだ。このままじゃ、将来お年玉をあげる年齢になっても、子供にカツアゲされてる気分になっちゃうよ」

「わかるよ……そういうの。オレも赤沼のお母さんが妹だって知ってからというもの」

「ちょっと待った……。なんでうちの母親に姉がいるって知ってるんだ?」

 赤沼は言ってないはずだと、青木に詰め寄った。

「それは実に簡単なことだよ。君が過去に叔母という単語を出した。叔母というのは、父や母の姉妹のことだ。わかるだろう? ひよこと一緒だ。ひよこ鑑定士がオス・メスを見分けるように、僕は妹がそれ以外かを見分ける力を持ってる。叔母というふるいにかけられた行き先は、姉か妹の二択だ。そこから、どうやって答えへ行き着いたのか。赤沼には怒られそうだから、それを説明するのはやめておく」

「明夫……頼むよ。話題を変えて」

 赤沼は聞いていられないと、明夫に助けを求めた。

「話題ね……。そうだった! 朗報があるよ。マリ子が別れたって」

 明夫から予想外の答えが返ってきたので、赤沼は「へ?」と素っ頓狂な声を上げるしか出来なかった。

「マリ子がバンドマンと別れたって話。この間まで、顔を合わすたびに愚痴を言われたから間違いない。ただ別れただけで、あそこまで悪口を言えるだなんてね……。顔も知らない相手に同情したのは初めて。現実ではね」

「それは本当に朗報だよ!」

 マリ子に好意を寄せている赤沼は、チャンスが戻ってきたとテンションを上げた。

「良かったよ、伝えた甲斐がある。でも、それが僕の悩みのタネでもあるんだけどね……」

「なんだよ、言えよ。なんでも相談に乗ってやるからさ」

 赤沼はテンションが高いまま、何も考えずに力になると言ってしまった。

「別れたのはいいんだけどさ……最近いつも――」

「帰りが遅いとか?」

 もう新しい彼氏が出来たのではないかと赤沼は慌てた。マリ子ならあり得ることだからだ。

「まさか、規則正しく帰ってきてるよ。困るって言ってるのは」と説明中にスマホが鳴った。「ちょうどよかった……これだよこれ。まさにこれに悩んでるんだ」

 明夫が見せたのはマリ子からのメッセージ。

 そこには、夕食はもう買ってしまった。と書かれていた。

「夕食のメニューを選べないのが不満なのか?」

「そうだよ、その通りだ! 君はわかってないんだ。マリ子の当番の日はいつもこうなんだぞ」

 明夫がうんざりするのと同時に、鍵の開く音が響いた。

 帰ってきたのはマリ子とたかしだ。

「あら、来てたのね」

 マリ子がオタク二人に手をふると、たかしが申し訳無さそうに片手を上げた。

「君達のは買ってきてないよ。明夫がなにも言わないから」

「僕らもコンビニで買ってきてるよ。君らで食べて」

 赤沼はまだ上機嫌だった。目の前にいるマリ子はフリーだと知っているからだ。

「いいのよ、これは明夫の分だから。私達は食べてきたから」

「そう、僕達はね。だから文句は明夫に言って、食べたければ明夫のをどうぞ」

 赤沼は急に立ち上がると「ちょっと待って……」と声を震わせた。「達って言った?」

「そうよ、私とたかしは食べてきたの。英語で言えばわかる? ……言っとくけど、言わせないでよ。英語わからないんだから」

「そう、大学が同じだから帰りに偶然あったんだ。時間も早いしご飯でも食べて帰ろうって明夫も誘ったんだけど来ないって。だから買ってきたんだよ」

「僕のリクエストをいつも無視するからだろう?」

 赤沼の「いつも?」という言葉は、マリ子の大声にかき消されてしまった。

「うっさいわね! その店のパスタは美味しいんだから感謝しなさいよ。こんなところいられない……いこ」

 マリ子に腕を引っ張られたたかしは「ごめん……オレ達、ドラマを一緒に見る約束なんだ。なんかあったら言って」と二階へ上がっていった。

「まただ。まただよ。達は――って言った」

 赤沼はどういうことだと明夫に詰め寄った。

「僕に国語を教えろって言うのか? 大人なんだからどういうことかわかるだろう」

「うそ……うそうそうそ! あの二人は付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。夜中の足音が、たかしの部屋から逃げ出してないもん」

「なんだよ……思わせぶりなことを言うなよ……」

「達の使い方くらいはわかるだろう? 君はバカで僕達はまともだ」

 明夫にまともだと指を向けられた青木は、そのとおりだとからかって頷いた。

「でも、女が男の部屋に入っていったんだぞ」

「僕らは同じ家に住んでる」

「明夫はマリ子さんの部屋に入らないだろう」

「入るメリットがないもん」

「そういうことじゃなくて……明夫が現実の恋愛に疎いから気付いてないだけで、あの二人は付き合ってるんじゃないかってことだ」

「さっきも言ったけど、たかしの足音が部屋から逃げ出してないんだぞ。ボロ屋のおかげで、誰かが廊下に出たら嫌でも聞こえるんだ」

「なら安心だ」

 赤沼はほっと息をついた。

 オタク三人は、それからクエストを二つこなすと解散した。



 そしてその日の夜。

 眠りにつく明夫の耳に足音が聞こえてきた。

 ミシミシと軋む板の音に明夫は体を起こした。

 またマリ子が起きて、廊下をうろついているのだとドアを睨みつけた。

 ここのところ毎晩マリ子がたかしの部屋へと来ているせいで、すっかり寝不足気味なのだ。

 壁を数回叩いて、うるさいという合図を送ると、明夫は再び眠りについた。

 しかし数分後には飛び起き、マリ子の足音が部屋から逃げ出した場合のことはまったく考えていなかったと困惑に陥った。






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