第十八話
たかしと明夫は二人揃って「すげぇ……」と口に出して、かぶりつくようにテレビを見ていた。
たかしは口を開けたまま「使い古された言葉で悪いけど……映画を見てるみたいだ」と呟いた。
「そりゃそうだよ。最新GPUだぞ。基本性能が大幅アップとはいえ、このGPU搭載が一番だろうね。陰影と映り込みが、従来機とは段違いだろう? まるでゲーミングPC並だよ」
リビングのソファーで鼻息荒く二人の元へ、アイスを片手に「なんの話してるの?」とマリ子がやってきた。
「新型のゲーム機の話だよ。凄くない? これ、全部人が作ったものなんだよ。フルハイビジョンで撮影されたものじゃないの」
たかしは画面を見てよと、どれだけゲームのグラフィックが進化したのかを伝えたのだが、マリ子にとっては関心がないことばかりだった。
「最新のスマホでも買えばいいのに。これくらいの映像撮れるよ。CM見てないの?」
これには黙っていられないと、明夫は「ちょ!」と立ち上がった。「この最新GPUを利用したシミュレーションの凄さを、君は全然わかってないんだ!!」
「そのとおりよ。全然わかってないし、わかるつもりもない。ゲームはゲームでしょう」
マリ子の言葉に「違うよ!」と強く反論したのはたかしだ。「ゲームは世界だ。アメリカやドイツがあるように、ゲームの世界はそこにあって、皆が住人なんだ」
「ゲームのし過ぎで頭がわるくなるってのは本当のなのね……。だいたいゲームなんて腐るほどあるじゃない。そこにもあるし、そこにも。あそこにもあるし。……ガラスケースに飾られてるのもある。正気なの?」
「個人ゲームショップが潰れる時に、ガラスゲースごと買い取ったんだ。凄いだろう?」
明夫は中にあるゲーム機やゲームソフトに、どれだけの値打ちがあるのか説明したのだが、説明すればするほどマリ子の顔は呆れに変わっていった。
「本当……凄いバカ」
「マリ子さんだって、ブランド物を買ったりするだろう。それと一緒だよ」
「私は使って見せびらかすために買ってるのよ。ケースに入っているものは、使われずにいるから価値が上がるわけじゃないの。アンタらが好きな処女とは違うのよ」
「それは違うよ。オレはこだわってないもん。こだわってるのは明夫と他二名」
「僕もこだわってないよ。例えば僕の好きなアイプラの【森田綾子】は処女だ。でもその母親の【森田美穂】は当然処女じゃない。でも、作品で一番僕が好きなキャラだ。これがどういうことかわかるかい?」
「童貞がキモい性的趣向を暴露してるってことでしょう」
「僕は非処女に対する偏見は持ってないってことさ。だから君のことにも偏見は持ってない。持ってない上で軽蔑してるってこと」
その言葉を鼻で笑ったマリ子は、明夫の耳にコソコソとなにか言った。
すると明夫は「信じられない!」驚愕の表情を浮かべた。「そんなことをするなんて動物だ!」
「そのとおりよ、動物もするのがセックスよ。最新ゲーム機でも教えてくれないようなことよ」
「そんなことない! 君は勘違いしてるだろうけど、ゲーム機はもう一つ出るんだ! 画質的には少し劣るけど、このゲームはなんと――道具を使って遊べるんだ!」
どうだまいったかと息巻く明夫だが、たかしはそれはまずいと口を挟んだ。
「明夫……セックスにも道具は使う」
「そうだった……。セックスというものは、暇人による飽くなき探究心によって、日々広がりを見せるものだった……。信じられる? 今じゃ、性欲の化け物たちがWEBカメラを使って世界中の人とフリーセックス状態なんだぞ。僕がゲームで銃を握ってる時に、他の誰かは股間を握ってるんだ」
「知ってる。人に握られると、すぐに暴走を起こす銃でしょう」
マリ子が下品に笑う。
これではいつまで経っても同じ話題の繰り返しだと、たかしは本題に戻った。
「とにかく、話を戻すよ。僕らがなんの話をしているか。どっちのゲーム機でゲームしようかって話」
「そんなの買う方のゲーム機でやればいいじゃない」
「それが……両方買う予定なんだ」
「なら、なにを悩んでるのよ。どっちでゲームしたっていいじゃない。富と名声を持ってる男、どっちにしようかで迷うかならわかるけど」
「確かに君の言う通りだ。クロスサーバーというものもあるけど、僕らが購入予定のゲームは……出来ないんだクロスプレイが」
たかしはそれで明夫と揉めていると説明した。たかしが買おうと思っているゲーム機と、明夫が買おうと思っているゲーム機は違うと。
「先に一つ言わせて。私はそんなこと言ってない。クロスなんたらがどうとか。両方買うんだからいいじゃないのよ」
「よくない!」明夫が声を荒らげた。「君はこっちの世界のことがわかってなさすぎる。この世界は二つに分断されているんだ。僕が率いる【パフォーマンス・ステータス】と、裏切り者たかしが率いる【シフトチェンジ】とね。君はどっちを応援する?」
「バーチャルセックスをしない方ね」
マリ子はもう話題に飽きたので、適当に返事をして大学へ向かう準備をするのに自室へと戻った。
しかし、たかしと明夫の熱は冷めやらず、どっちのゲーム機を買うか揉めたままだった。
「ほら、見ろ。僕の友達は二人共パフォステを買うって言ってる」
明夫がスマホを見せると、たかしも負けじとスマホを見せた。
「オレの友達は二人共シフトを買うって言ってるぞ」
「たかしの友達は、僕の友達じゃないだろう」
「それ言うなら! 君の友達は……残念ながらオレの友達でもある。でも、もう同じゲームを買う約束だってしたんだ。悪いけどパフォステは買えない」
「それじゃあ、僕らの友情はどうなる?」
「そんな……大げさだろう」
「大げさだって!? じゃあはっきり言葉にしてあげよう。ここにあるテレビもスピーカーも僕が買ったものだ。シフトを繋ぐようなHDMIケーブルの差込口は余ってないよ」
「余ってるだろう。テレビにいくつ差込口が付いてると思ってるんだ」
「たかしに使わせる穴はないって言ってるんだ。いいか? そもそも僕が快適に気持ちよくプレイ出来るようにセッティングされてるんだ。君の得体の知れないおもちゃを乱暴に突っ込まれるために用意してきたわけじゃない」
「君が同じゲーム機を三台買ったとしても、余ってるじゃないか」
「余ってるだって? ゲームもテレビもパソコンも、全部同じHDMIケーブルを使ってる男が言いそうなことだよ。どうせ8K出力になったとしても、同じケーブルを使い続けるんだろうね。それでいて、画質がこんなにキレイだって驚くんだ。8Kは対応されてないのにね!」
「なら買えばいいだろう!」
「ケーブルだけじゃなくて、テレビ側に2.0以上の規格の接続端子が必要なんだ。これでようやくわかっただろう。僕のテレビは4K8K衛星放送とゲーム機に塞がれてるんだ」
「オレは8Kじゃなくても4Kじゃなくてもいいよ。君だけだろ? こだわってるのは」
「そういうこと言うわけだ……君が高画質でエッチな動画を見たのを知ってるんだぞ」
「残念だったね。見たんじゃない。見ようとしたんだ。なぜならケーブルを持ってないからね!」
「君がもしもパフォステ派に移るのならば、僕は君専用にHDMI2.0以上の規格の接続端子を……一つ開けようじゃないか」
「でも……裏切れないよ。友達だぞ。それにパーティーゲームが多いのはシフトのほうだ。男女関係なく遊べる」
たかしは従来機のゲームソフトを並べて、こっちのほうが皆で仲良く遊んだだろうと説明すると、明夫は同じようにゲームソフトを並べるではなく、ゲームを起動して、あるゲームのプレイ時間を見せた。
「見たか? ゲーム時間三百三十八時間だぞ。百時間超えのゲームがいくつあると思ってる? この中にはだ。たかしが百時間超えてるゲームもあるだろう」
「……そうだ。でも、それは君らが執拗に誘うからだ。八割は明夫と赤沼と青木の三人とやってるんだぞ」
「四人のほうが戦場では有利なんだ。そして、これからも誘い続ける。それだったら、パフォステを買ったほうが得だろう?」
「それはない。だって、君が穴を使わせてくれないなら、僕が入る余地はないからね」
「それは違うよ、たかし。どの道君はこのテレビで一緒にゲームは出来ない。だって僕が使ってるんだもん。君は君用のサブモニターを使ってよ」
「明夫……君には本当に呆れるよ。譲歩しようとか思わないのか?」
「それとこれとは話は別。だいたい……なに撮ってるの?」
明夫は急に視線を変えると、スマホで撮影してるマリ子を睨んだ。
「撮ってて言われてるの」
「誰に?」
「友達に。ささ早く続けて。……続けないの? じゃあ、ここまでね」
マリ子はスマホをしまうと、二人に手を振って家を出ていった。
「ね? ちょー笑えるでしょ。たかがゲームで喧嘩してるの」
マリ子は京に動画を見せながら、事実も嘘も織り交ぜて動画外の出来事も伝えていた。
「興味深い」
「みゃーこならそう言うと思った。こんなもので言い争う意味わかんないよね」
「そうかもね。そういえば――その上着」
「これ? いいでしょう。この間フリマアプリで買ったんだ。ちょっとレトロなんだけど、逆にそれがいいみたいな」
「そのブランドは、いかにも大学生でダサいって言ってたよ」
「はあ? 誰よ、それを言ってたムカつく女は」
「ハム子」
「ハムがァ? 背が小さくて中学生ブランドでしか服を変えないような女よ。確かに【ロウファイズ】の服は可愛いと思うけど、私のお尻とおっぱいじゃ、一回脂肪をちぎんないと入んないもん。だいたい脂肪をちぎれるなら、お腹とかふとももをちぎってる」
「そういうことじゃないの?」
「どういうことよ。……まさかまだダイエットしろって言ってるの? これでも超痩せたんだけど。言っとくけど、みゃーこが痩せ過ぎてるだけだからね。私のおっぱい何キロあるか知ってる? ただのグラムじゃなくて、キログラムなのよ」
「二人が争う原因がそれってこと」
「まぁね……男だしね。でも、片方は人間に興味がないオタクだよ。そうだ! 知ってる? アイツの持ってるマンガ、マジでやばいよ。おっぱい一キロどころじゃないよ。二キロ級がごろごろしてるの。オマエそれ靴履けるか? 階段降りられないだろうってキャラばっかり」
「知らないし、話がブレてる……けど、興味はある。詳しく。オタクは胸を誇張する傾向があるってこと?」
「みゃーこ……今はゲームの話よ。私がなんでみゃーこに話したかわかってる?」
「わかってるよ、弟がいるからでしょう。確かに弟も迷ってるよ。お小遣いでは買えないし、親はどっちか一つしか買わないって宣言してるからね。ゲームのハードの問題は、子供も大きな子供も一緒みたいだね」
「まったく意味不明。同じゲームが発売されてるなら別にいいじゃんね。こっちとあっちとじゃ対応してないとか騒いでるけど、どうせすぐに別のゲームやるんだから」
「マル子らしい考えだね。その時々で遊ぶ人を変えるなんてね」
京はからかって言ったつもりだが、勘違いしたマリ子が抱きついてきた。
「もう……拗ねないの。みゃーこのことは大好きだから、いつも優先してるもん。正直彼氏より優先してる。知ってる? あのバカ! 連日スタジオに入りっぱなし。楽器を鳴かせてばかりで、私を鳴かせるのをすっかり忘れてる……」
「新曲作ったって言ってたでしょ。だから、ライブに向けて練習してるんじゃないの?」
「弦が切れる前に、こっちもプッツンいくこと教えてやらないと」
マリ子が恋人にメッセージを打ってる間、京はあることをマリ子に話していた。
そして、帰宅したマリ子は、さっそく二人にそのことを話した。
「友達からいいこと聞いてきたわよ。まだどっちか買うか悩んでるんでしょ」
「あぁ……それは違う」たかしはバツが悪そうに言った。
「え? あれだけ朝言い合ってたのに?」
「違うんだ。僕らが言い合ってたのは、どっちを先に買うかだ。どっちも買うことは既に決まってる。ただ金銭的に両方いっぺんに買えないからってこと……」
たかしの語尾は小さくなっていった。マリ子がわざわざ友達に聞いてまで心配してくれたのに、こんなことで明夫と言い合っているなんて情けないと思ったからだ。
「そうなのね。【αCYCLE】ってゲーム機もあるって教えようと思ったんだけど」
たかしが「あっ」と止めようとしたときには遅かった。
「αサイクルだって? 日本で買ってる人なんかいないよ。もう日本語ローカライズさえされていないんだ。そんなものをドヤ顔で紹介されてもね……君本当にこの世界の住人?」
「アンタと同じ世界に生きてないのは確かね。はい、これ晩御飯。たかしがカレーライスと大盛りのサラダ。明夫がハンバーガとポテトのLにナゲットね。私はパスタ」
マリ子は自分の前にテイクアウトのパスタを置くと、二人にはコンビニで買った千円分の電子マネーを渡した。
「なにこれ……オレ達のご飯は?」
「京に言われたのよ。αCYCLEの名前を出して、もし文句を言ってきたらこれを渡せって。私は現実でご飯を食べるから、アンタ達はゲームの中でご飯を食べて。遠慮することないわよ。二人から貰ったお金で買ったんだから」
「君の勝ちだ。今日はもうおとなしくしてるよ」
たかしは振り回して悪かったと謝った。
「そうね。それがお利口だわ。まだ文句を行ってきたら、部屋までバーチャルにするところだった」
「気をつけるよ……」
反省するたかしとは違い、明夫は喜んでいた。
「やりぃ! これで課金して水着を買えるぞ! お着替えだ!」
「私も気をつけるわ……同じ仕返しは通用しないってわかったから……」
マリ子はたかしにだけ自分の分のパスタを分け与えると、ゲームを起動する明夫に呆れた。