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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン1
15/125

第十五話

「暗髪にしようと思ったんだけど、ちょっと野暮ったいじゃん。メイクに苦労しそうだからやめたの。服も頑張ってます系に見られるなら、うぶな女子大生演じられるけど、ブーみたいにイキってます系に見られたくないしね。メイクも服もハイコントラスト過ぎて、オマエだけ写真から浮いてるんだっつーの。オマエを中心に画像を編集しろってのかよ」

 いつもの喫茶店でいつものマリ子の愚痴。

 京は適当に相槌を返しながら、切りのいいところで「ところで質問なんだけど……」と切り出した。

「なに? 言っておくけど……彼氏と別れるつもりはないからね。いくらバカでも、私の可愛いおバカちゃんなんだから」

 マリ子はホットコーヒーに別注文のバニラアイスを入れ、スプーンでかき混ぜながら言った。

「この喫茶店からお金貰ってるの?」

「はぁ? ここの店長と寝たとでも言いたいわけ?」

「違うよ。大学に入ってから、それもマリ子に会ってからは、いつもこの店でしょ。……なんで?」

「なんでって……二人の定期券範囲にあるから?」

「そうじゃないよ。ここの店員はバイトも含めて、マリ子の過去の男を知らない人はいない特殊な空間だよ。正直居心地が悪くなった。いらっしゃいませの代わりに、新しい彼氏は出来ましたか? って、私に聞いてくるんだよ。マリ子の彼氏の事情を。芸能人の友達でも持ったみたい。それも……スキャンダルまみれの」

「みゃーこ……それ褒めすぎ。でもありがとう」

 芸能人と言われたマリ子はニコニコしているので、京はもう説明は諦めたと肩をすくめた。

「とにかく、たまには別の場所に時間潰さない?」

「別の場所ね……」とマリ子は考え始めた。

 今いる喫茶店は、二人にとって特にすごいお気に入りというわけではない。立地条件と値段が二人にとって丁度いいからというだけだ。バイト代が入ればもっと雰囲気の良い店へ行くし、美味しものだって食べに行く。

 だが、大学生の金銭事情から考えると行くところは限られてしまう。とくに、周りを気にせず大声で話せる場所というのはなかなかないものだ。その大声のせいで、マリ子の交友関係を店員に知られているというわけだ。

 マリ子はすぐさまいい考えが思い浮かんだ。ほとんどただで飲み食いできて、騒いでも怒られない理想の場所が。

「そうだ。ウチくる?」

 マリ子の提案に、京は「行く」とすぐさま返答した。

「あ……ダメだ。今日はオタクが集まる日だった」

「行く」

「聞いてなかったの? オタクが集まる日だよ」

「面白そう。彼らの生態系に少し興味もあるし」

「みゃーこ。あんたやっぱり少し変わってるわ……」



 今日はオタク友達三人が集まって、マジックソード・ウォーをする日だ。

 前回のようにマリ子に邪魔される心配がないので、明夫はこの日をとても楽しみにしていた。

「【大型龍の咆哮】の効果により、種族ドラゴンの気力はアップ。他の種族は怯えによる効果で、ターン時サイコロを振って四から六が出ないと行動不可能。ガオー!」

 明夫は新たに作ったドラゴンデッキのお披露目だと、テンションが上がり切っていた。

「じゃあ僕も」と青木はマジックカードを出した。「【隔世遺伝】を使って、種族変更を行う。種族はもちろんドラゴンだ。つまり、【混血の女神】は【僕の妹はドラゴンの女神】に名称変更」

「青木……このゲームの趣旨はわかってるだろう? 世界観を壊すようなことは禁止だ」

 赤沼に言われて、青木は意味がわからないと眉間にシワを寄せた。

「ルールに則ってるよ。キャラクタープロフィールを見ていないのか? 混血の女神は、微弱ながらもすべての種族のDNAを受け継いでるんだ」

「僕が言ってるのは、妹云々の話。青木に妹はいないだろう」

「やめろよ……妹が聞いたら気を悪くするだろう」

 青木は耳でも塞ぐように、混血の女神のカードを手で押さえた。

 その時。インターホンもならずにドアがガチャリと開いた音がした。

「やっぱり……見てよ、この靴。無難中の無難。ザ・無難よ。どの服を着てもこの靴だからね」

 マリ子は足でオタク三人の靴を乱暴に蹴ってどかすと、空いたスペースで自分の靴を脱いだ。

「うん……興味深い」

「どこが?」

「メーカーは違うのに、皆同じような靴を履いてるところが」

「意味分かんない……。まぁ上がって」

 マリ子が京を連れてくると、案の定明夫は文句を言った。

「君……オタクが遊ぶって意味わかってる? 人を次から次へ呼んで、パーティーをやるって意味じゃないんだよ」

「よくわかってるわよ。だから谷間も出してないでしょ。すぐに部屋に行くから、僕ちゃん達はゆっくり遊んでていいわよ」

 マリ子は小さい子を構うように適当なことを言うと、二階にある自室へ京を案内しようとした。「上に行くの?」

「そうよ、私の部屋は二階」

「なんで?」

「なんでって……今言ったでしょう。私の部屋は二階」

「そうか……そうだよね」京は少し考えると、唐突に「アイス食べたくない?」と提案した。

「みゃーこ……食べたいに決まってるでしょ」

 私の好きな食べ物を知ってるでしょう。と言うマリ子の目の前で、千円札が二枚。顔面に貼り付けられるような距離で振られた。

「買ってきて。奢るから」

「まじ? このお金……ヴァンベルベンのアイス買ってもいい?」

「いいよ。彼らの分もね」

 京がオタク三人を指差すと、マリ子は一瞬嫌な顔をしたが、一番好きなメーカーの高級アイスを食べられるならと、買いに行くことにした。

 京には部屋で待っていてと伝えて家を出たのだが、なぜか京はリビングのソファーに腰掛け、床でカードゲームをする三人をじっと見下ろしていた。

「おい……マリ子さんは。部屋で待っててって言ったよな?」

 赤沼は遠慮なくぶつけられる視線に居心地の悪さを感じていた。

 それは青木も同じで、「もしかしたら、僕ら三人のうち誰かに興味があるんじゃないのか? 例えば僕とか」と視線の理由は何かと、小声で相談し始めた。

「よくそんなこと言えるな。オシャレの一つでもしてから、言えよ」

 赤沼は図々しことを言うなと嗜めるが、青木はその態度に納得がいかないと噛み付いた。

「君に言われたくないよ。僕と同じで、女性に疎遠にされるオタク仲間だろう?」

「僕は君達とは違う。なぜなら、この中で一番のオシャレだからだ」

「黙れおかっぱ」

「このおかっぱは美容室で切ってもらってるんだぞ。君達みたいな床屋とは違う」

「いいから……二人共。僕らはゲームを続けよう。鬱憤も怒りも、すべてこのゲームに託すんだ」

 明夫が言うと、京はうんうんと静かにうなずいた。

 思わず明夫が「なに?」と聞くが、京は「なんでも」と肩をすくめると「どうぞ続けて」と床に広げられたフィールドを指した。

「とにかく僕の番だ」と赤沼が手札を見た。「フィールドは種族ドラゴンが押している状況だから、僕が出すのはマジックカード【世界二分の停戦】だ。このカードはバフが一番乗った種族と、一番乗っていない種族の戦闘は禁止される。つまり、君達のドラゴンは僕の獣人には、攻撃できないってわけ。更にチェーンで僕の考えた【太古の息吹】という能力を使わせてもらう。これは獣人または特殊種族の防御値がゼロになる代わりに、三ターン後に獣人が暴走モードになる。暴走モードの特徴はフィールドの成約を無視できる代わりに、すべてサイコロに任せて行動しなければならない」

 赤沼はスマホでメモ機能をひらくと、サイコロの目の分だけどういう行動を取るか書き込んだ。

 そして、それを見せると、二人は常識の範囲内だと納得した。

「これなら、いいかな。三ターンあれば場の流れは変わるしね」

 明夫が納得すると青木も頷いたが、「それはどうだろう」と物言いがついた。

「暴走ってことは、暴れ狂うってことでしょう? それは、瞬間的にやってくるの? それとも段階を踏んで暴走するの?」

 そう聞いたのは京だった。

 それに「そうだよ」と青木が乗っかった。「ゲーム【ロッテンハイマー物語】に出てくる【ガウンジ】の特殊能力みたいな暴走モードってこと? それとも、マンガ【リビングデッド・パンチャー】みたいに、仲間が一人死ぬ度に強くなるような暴走モードってこと?」

「三ターン後なんだから、ガウンジみたいな能力に決まってるだろう」

「それなら、三ターン後に新たなアイテムを使わないと発動できないはずだ。ガウンジは秘薬の力で精霊の力を取り込み、パワーを手に入れた状態だぞ」

 明夫はおかしいとツッコミを入れると、赤沼は話にならないと両手を上げた。

「僕らがやってるのはロッテンハイマー物語でもないし、リビングデッド・パンチャーでもないんだぞ。マジックソード・ウォーだ。別作品の設定を持ち出すのは世界観を著しく壊してると思う。よって質問自体が無効。僕の考えた特殊能力の太古の息吹は通ったってことでいいね?」

 赤沼はもう文句ないだろうと二人の顔を見たが、目が合うことはなかった。明夫も青木も京を見ているからだ。

「そうだね……暴走モードなのに、サイコロ一つっていうのはどうだろう。最低でも二つ。行動を決めるサイコロの後に、それが成功するか失敗するかもう一度サイコロを投げるのが妥当だと思う」

「だって」

 明夫は肩をすくめて言うと、ルールに付け足してとスマホにメモした。

「ちょっと二人共……。彼女はゲームの参加者じゃないんだぞ」

「でも、意見は理にかなってる。マリ子みたいにゲームの雰囲気を壊したりしてないだろう?」

 明夫はこんな口出しなら大賛成だと言うと、青木もそれに賛同した。

「赤沼にだってメリットもあるだろう。自分フィールドへの暴走攻撃だって失敗になるかも知れないんだから」

「わかったよ……じゃあターンエンドで。次は明夫の番だ」

「僕は【森の守護者:妖精コルド】を召喚。種族妖精の固有スキル【森の修復】を使う前に、大型龍の咆哮による怯えを解除出来るかのサイコロを振るよ。――四が出たから行動は成功。ドラゴン族に荒らされたフィールドを森へと回復し、新たな戦争を仕掛ける準備だ」

 京が「妖精って戦争するの?」と聞くと、明夫が「するから黙ってて!」と叫んだ。

「いいや、彼女の意見を聞こう。だって、彼女の意見は理にかなってるから」

 赤沼は楽しそうに体を揺らし、おかっぱ頭をなびかせながらニコニコして、京の意見を待った。

「森の守護者なのに、戦争を仕掛けるのはおかしくない?」

「おかしくない。森の守護者のコルドは。荒らされた森を復活させたんだ。森を殺したドラゴンには恨みを持っている。戦争を仕掛けてもおかしくない」

「でも、荒らしたのは君のドラゴンだろう? なら、君のドラゴンと戦争が始まるのが普通だと思うけどね」

 京の意見に、赤沼は「僕もそう思う」とにっこりした。その表情はさっきのターンの仕返しと言わんばかりだった。

「僕のドラゴン軍団は妖精と友好関係を築いているんだ。ドラゴンブレスによるマナの崩壊は、妖精によってケアが出来る。そして、ドラゴンが森にいることにより、種族人間は近付かずに森は豊かさを増す。完璧なマナ連鎖だ」

 明夫は興奮に鼻息荒く反論するが、京の冷ややかな鼻で笑う音にくじけてしまった。

 フィールドには種族が人間のカードは出ておらず、この場面ではドラゴンと妖精は敵対関係というのが物語として妥当だからだ。

 なので、明夫はなぜか自分のカード同士で戦争が始まるという謎のターンを過ごしてしまった。

 青木は「次は僕の番だ」と声を高くした。

 京という乱入者がいることにより、物語は想像を超えたとワクワクしていたが、ちょうどマリ子が帰ってきたことにより、京の口出しも終わってしまったのだ。

「ごめんね待たせて。レジでクレームつけてるおっさんがいて待たされちゃった。このお弁当には、この間までごぼうサラダがついていたはずだって。知るかっての」

「いいよ。待ってる間楽しかったからね」

「楽しかった? オタクといるのが? そんな趣味あったっけ?」

「弟の友達と遊ぶのと一緒。ルールを複雑にして、困った顔を見るの好きなの」

「それって何が楽しいわけ?」

「そうね……簡単に言うと、寝なくても男の友情にヒビを入れられるところ?」

「なるほどね。気持はよく分かる」マリ子は微妙な雰囲気になっているオタク三人を見て納得した。「さぁ、アイス食べよう。私達はヴァンベルベンのアイス。アイツらには三百円で十個入りのミニアイス」

 マリ子は袋ごと明夫にアイスを投げつけると、京を連れて階段を上がっていった。

「うそ……僕だけ仲間はずれだ。なにも意見を出してもらってない」

 青木は心底がっかりした顔で自分の手札を床に置いた。

「いいだろう別に」

 明夫はこの話はもうよそうと言ったが、青木は食いついて離さなかった。

「よくない。君達は女性と会話したようなものだぞ。僕に対してだけ、なんの意見も言われてないんだ。不公平だよ」

「じゃあ、今すぐ言って意見を聞いてこいよ」

「あんな話を聞いた後にか?」

「僕らはオタクだぞ。女性にからかわれるのはいつものことだろう。今更なんだ」

「違う。彼女は弟の友達って言ったの。お兄ちゃんの友達じゃない。つまり妹じゃないってこと。そんな女性に何を聞けっていうんだよ!」

 明夫は「わかったよ!!!」と叫ぶと、小さくため息をついた。「混血の女神を、僕の妹はドラゴンの女神に変更していいから……」

「それを早く言えよ。ゲーム再開だ」

 青木は手札をひろうと、ゲームの続きを始めた。



 二階ではマリ子がアイスを食べながら「てか、あんなゲームのルールなんて知ってたの?」と聞いていた。

「知らないよ。でも、私得意だから」

「ルールを覚えるのが?」

「興味ない話題を広げるのが」

「マジで? 気付かなかった。みゃーこ多趣味すぎるもんね。そんな中でも、メイクもファッションの話題もぴったりの私達って凄すぎない? 話す内容全部クリティカルヒット」

「そうね。だからマル子って可愛くて好きなの」

 京が微笑むと、意味を理解していないマリ子は「でしょ」とニコニコ笑みを浮かべた。






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