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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン6
130/131

第五話

「やばい! やばい! どうしよう!」

 起き抜けにマリ子は、髪はボサボサ、目やにをつけたままで、焦燥感のままウロウロしていた。

 リビングでは、アニメ声優のナレーションが入る朝の報道バラエティが流れている。

「実に優雅な朝だよ。政治家の不正に、配信者の不適切発言。インフルの流行に、冬のトレンドを先取り。興味のない現実のトレンドだって、好きな声優の声で聞けばそれ神の啓示だ。そう思わない?」

「私はやばいって言ってるのよ」

「その理由を聞きたくないから、話題を逸らしたのがわからない? 君の世話はたかしの役目」

「レポートが終わってないのよ!」

「理由を聞きたくないって意味がわかってる?」

「そんな些細な問題なんて知らないわよ!」

「君はSNSの具現化だよ……いらない情報が次から次へと強制インプット。歩くスマホだって言われない?」

「私はレポートが終わってないって言ったの。意味わかってる?」

「僕のほうが一年速く大学を卒業する?」

「そうなったら親に殺される……。殺されるか、大学教授を殺すか……」

「皆二択に自殺を選ぶ時代に、君はどこまで陽キャを突き通すつもりなんだい?」

 明夫は声優がナレーションをするコーナーが終わると、名残惜しさもなしにテレビを消した。

「アンタを巻き添えにするって、三択も出てくるけどどうする?」

「僕に大学教授を殺せっていうのか? 悪いけど、アサシンは2年前に廃業してるの。続編にあんなに芸能人を声優に使うだなんて……。世界観を公式が壊してくるってどう思う?」

「いくら出せば殺せる?」

「仕方ない……」

 明夫はため息を付くと立ち上がった。

 当然、マリ子の大学で働く教授を殺すためでない。

 棚に飾ってあるフィギュアを持ってくるためだ。

「なによ。わたしはオタクじゃないから、フィギュアのパンツを見せられても……って、下着のシワまで作ってるわけ? ひくわぁ……」

「僕は願いを叶える女神【リアム】に頼めばいいって言ってるの。見てないの? 【戦乙女、女神対戦】を。だから君は今そんなに焦ってるわけだ」

「神頼みなら近所の神社に行くわよ」

「神じゃない。女神だ。リアムは戦女神の中でも、防御に長けてるんだ。どんなデバフも無効にする力を持っている」

 明夫はガシャンと口で言うと、腕をクロスさせて防御の体勢を取った。

「神も仏もいないのね……」

「だから女神はここにいるってば」

「わかったわよ……レポートの提出期限が伸びますように、あと明夫の身になにか起こりますように」

 マリ子はフィギュアに神頼みをすると、レポートに手を付けることなく身支度をはじめた。



 その日の夜。

 ご機嫌で帰ってきたマリ子は、フィギュアにキスをした。

「ちょっと! ばっちぃことしないで!」

「キスしただけよ」

「……ばっちぃことしないで。君は朝バカにしてだろう。このリアムのフィギュアを」

 明夫は手入れ道具入れからマイクロファイバークロスを取り出すと、丹念にフィギュアについた皮脂汚れを拭き取った。

「朝はね。でも、今日大学に行ったら、教授も助教授も急病で。レポートの提出期限は来週に伸びたってわけ。ありがとう! 呪いの神様!!」

「防御の戦女神! でも、待った……フィギュアが突然運命的な力を手に入れるのって、おかしな話じゃないよ。人形の力で願いが叶うなんて映画じゃよく見かける話だ」

「そうね。本当にそのとおりだと思うわ」

 レポートの提出期限が伸びた安堵と、空き時間から今まで友人とカラオケにいた疲労感。その両方から、マリ子はいつものように否定せずに、適当に受け流した。

「だろう! これは向こうの世界からのなにかしらのサインだと思うんだ」

「まったくそのとおりね」

「こうしちゃいられない!」

 明夫が勇んで家を出ていくのと同時に、たかしが帰宅した。

 挨拶も程々に外へ走っていく明夫を見て、彼は首を傾げた。

「どうしたの? 明夫の全力疾走なんて、カードパックが先着販売になったときくらいだよ」

「そのとおりね……」

 半分眠りかけのマリ子は適当に返事をしたのだが、たかしに起こされた。

「インフルエンザが猛威を振るうってニュース見てないの? ここでこのまま寝たら危険だよ」

「そうね……レポートの提出期限伸びたのに、私がインフルにかかったら意味ないわ」

 マリ子は両手を伸ばした。自分ではもう動く気力がないので、抱っこして部屋まで運んでもらうつもりだ。

 断る理由のないたかしは、大きな湯たんぽと化したマリ子を部屋まで運んだのだった。



 一方明夫が向かった先は赤沼の家だった。

 電車の中で青木にも招集のメッセージを送ったので、既に先に集まっていた。

「僕の家は、君たちのルームシェアハウスじゃなくて実家だよ。急に集まられても困るんだけど……」

 赤沼はやっていたゲームをセーブすると、2人に向き直った。

 しかし、明夫は全くの無視を決め込むと、フィギュアを高々と掲げた。

「ようやく現代の人形が、マジックアイテムになるときが来たんだ! 自然に髪が伸びるヘアチェンジ機能。寝ているといつの間にか近くにあるという添い寝機能! もう未来の話じゃない」

「それって、マジックアイテムじゃなくて、呪われたアイテムじゃん……。お祓いに持ってったほうがいいよ」

「そういうことを言うなら、赤沼はそこで願いが叶う僕らを黙ってみてたらいいよ。いいか? 青木――」

 明夫は今日あったことを話した。といっても、マリ子の休講の願いが叶ったくらいだ。

 だが、キャラクターの特性と合わさり、現実に意味を持ったせいで、青木は異常な盛り上がりを見せた。

「それって……つまり望めば、全部のキャラクターを妹だと再構築できるってこと?」

「青木……姉がいるから妹もいるんだ。しっかりしろ! 姉という山があるから、妹という谷ができ、そこに川が流れ、僕らの元まで栄養を運んでくるんだ」

「そうだった……忘れてたよ。我を忘れるだなんて、正しくこれは魔道具だ……」

 青木はフィギュアを崇めるように見を低くして眺めたが、どう見てもスカートの中の覗き込む変態の構図にしか見えなかった。

「僕は今から、この両目が現実を映さないことを願うんだ」

 明夫と青木が盛り上がる中、赤沼が乗ってこない理由は、彼が風邪気味でぼーっとしているからだった。

 本人も風邪と気付かない程度の軽い症状なので、二人には言うことはなかったが、これが原因で、翌日明夫がもうひと暴れすることとなった。



 翌朝。明夫のスマホに、赤沼からメッセージが入った。

 内容は『風邪を引いたから、出来たら代返を頼む』という旨の内容だった。

「キタキタキタ……キターーー!」と、明夫はテンションを上げて叫んだ。

「超ステレオタイプのオタクじゃん。令和の今だと逆に新鮮ね」

 マリ子はジャムたっぷりのトーストを食べながら、明夫の異常なテンションに呆れていた。

「マリ子……君はこの重大な事実に気づいていない」

「気付いてるわよ。アンタの友達が風邪を引いた」

「違う! 願いが叶う前兆だってこと! 昨日君はどうした?」

「たかしにベッドに運ばせたついでに、イチャイチャした。だから、まだ寝てるでしょう、彼。私が疲れさせたから」

「俗物め……。でも、今から目閉じて開けたら、君はアニメの顔になってる。そうなったら、君のことを好きになるかも、もしかしたら、ひょっとして、万が一の確率であるかもしれない」

「あらー、嬉しくて涙が出ちゃいそうよ」

 マリ子は棒読みで返答すると、トーストを一気に口の中へと押し込んだ。


「いざ――」と明夫が目を開け、眼の前にいるのは、なにも変わらないマリ子だ。


「どう? 惚れちゃいそう?」

 マリ子は思いっきりバカにした顔で明夫を見た。

「こんなのおかしいよ。いるのは着色前のラフスケッチギャルだ。アニメギャルじゃない」

「せめて化粧前って言いなさいよ。だいたいね……昨日教授が休んだのはインフルエンザよ。アンタだって、朝のニュース見てたでしょう」

「見てない。聞いてるだけ。なんでアニメキャラがいないテレビ画面を見ると思った? マグロのはいってない寿司パックを買う?」

「最後のは反論できない……。でも、前半は全部反論できる。でも、しない。時間の無駄だから」

「時間をにしない。僕も賛成だ。だから、誤魔化さずに言って。昨日はなにをした? 教授を犠牲にしただけじゃ、君の願いは叶っていないはずだ。他にも犠牲があるはず」

「だからインフルエンザだってば。知ってる? インフルエンザって横文字だけど、魔法の名前じゃないのよ」

「それはどうかな。今日から魔法に変わるかも知れない」

「アンタはまず友達の心配をしなさいよ……。インフルエンザで苦しんでるんでしょう」

「僕らを苦しませるのは、インフルエンザじゃなくてインフルエンサー。彼らの承認欲求でいくつサブカルが潰されたか……。そうだ! インフルエンサーを生贄に、アニメの世界を呼び出せばいいんだ!! マリ子! 君は天才だよ!! 名付けて、賢者の石作戦だ」

 明夫が自分を奮い立たせるようにテンションを上げていると、今日は休みのたかしが起きてきた。

「親元から離れたのに、二度寝できない朝って意味ないと思わない?」

 たかしが大きなあくびをすると、明夫が抱きついた。

「たかし! 待ってたよ! 今からここはアニメタウンだ。マンガやアニメのキャラ達がが現実世界で生活をするんだ!」

「どういうこと?」

 たかしは理解不能だと肩をすくめるが、それはこっちも同じだと、マリ子も全く同じ動作で返した。

 確かに明夫はいつも変な言動を取るが、今日に限ってはとにかくしつこい。

 なぜこんなに固執してるのかマリ子には謎だったが、たかしはそんな彼女の理解していない表情を見て、現状を理解した。

「なるほど……明夫」

 たかしは抱きついてくる明夫を引っ剥がすと、彼の額に手を当てた。

「さてはインフルエンザにかかったな……」

 たかしはテレビを付けた。

 ニュース番組では昨日と変わらず、インフルエンザの猛威に関するニュースが流れており、ここに住んでいる誰がウイルスを運んできてもおかしくないのだ。

 明夫は人間よりも、フィギュアに最適な湿度を保つせいで、部屋の湿度は50%に保たれるように設定している。

 フィギュアは加湿しすぎても乾燥しすぎてもダメなので、インフル対策には悪くない湿度だ。

 だが、それはこの家に限っての話だ。

 普段から不摂生で運動不足の明夫が、インフルエンザにかかった人間に会いに行ったなら、免疫力の少ない明夫がインフルエンザにかかるのは道理だ。

 発熱に酔って、テンションがおかしくなっていたのだ。

「あら、本当……これは病院ね」

 マリ子は家の換気をしながら、スマホで近所の病院を調べ、発熱外来をやっている場所を探しているのだが、明夫から感謝の言葉はなかった。

 熱で意識が朦朧とする頭で、昨日事を思い出していたのだ。

 それはマリ子がフィギュアにダメ元で神頼みするシーンだ。


『わかったわよ……レポートの提出期限が伸びますように、“あと明夫の身になにか起こりますように”』


 マリ子は確実にそう言っていた。明夫は衝撃の事実に、目をまんまるに開いた。

「生贄は教授と僕だったんだ……」

「アンタは私とたかしを生贄にする前に、病院に行きなさいタクシー呼んだから。直ってから、今の言動について暴力で解決するから、覚えておきなさいよ」

 マリ子は明夫をタクシーに押し込むと、ガクッと肩を落とした。

「子育てってこんな感じなのかしら……」

「だとしたら、オレに明夫を育てる自信はない……。彼をゲームにして販売して、誰かに育ててもらうよ」

 たかしは今日は一人だけ休みなので、明夫が病院に行ってる隙に二度寝しようと、部屋へと戻った。

 そのまま寝たせいで、加湿器に水を足すのをすっかり忘れたまま……。

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