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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン1
13/125

第十三話

「手袋はしたか?」

 青木は医者のように手先を上げて手袋をはめると、明夫と赤沼の顔を交互に見た。

「当然だ。これは超限定盤のオールキャストのサイン盤。つまり、声優を含めスタッフ全員がこのBlu-rayに触ったということだ……。僕らの遺伝子が入り込める隙はない」

 明夫は宅配の箱から出す前の段階で、すでに興奮で貧血気味になりフラフラしていた。

「本当だよ、このケースには優秀な遺伝子がたっぷり詰まっている。あとは健康な卵子さえ手に入れば、世界が崩壊した後でも、僕らはアニメを生み出せるぞ。だからこそ……どうしていいか悩む……」

 言いながら青木は、ここで開けるべきか悩んでいた。開けてしまったら、全て台無しになりそうな気がしたからだ。

「悩むなよ。そもそも僕が買ったんだぞ。そして、ここは僕の部屋だ。開けるに決まってるだろう。当然外の箱だけね。ラッピングは絶対開けない」

 赤沼はどけと青木を手で押すと、カッターを使い慎重にガムテープに切り込みを入れた。まるで爆弾処理でもするかのように慎重な手付きだ。

「焦るなよ。上だと思っていたものが下のこともある。貼り付けてあったら、ナイフで傷付けることになるぞ。少しでも傷つけたらドカンだ」

 明夫が赤沼の肩を強く掴むと、青木も反対側の肩を掴んだ。

「そうだぞ。右を先に切るか……左を先に切るか……慎重に選べよ。真っ直ぐ切るだけなら素人にも出来る。赤か青かと一緒だ。右か左。君の人生が大きく変わるぞ」

「わかったから……揺らすなよ。手元が狂うだろう」

「雰囲気を盛り上げようとしたんだろう。まさか普通に開けるつもりか? 史上最高のコレクターグッズだぞ、これは」

 明夫はそんな勿体無いことをするのかと言うと、赤沼はため息をついた。

「僕は揺らすなって言ったの。爆弾処理班ごっこはもっと続けて」

 明夫はスマホを取り出すと「了解」とつぶやいた。「赤沼君。引き続き頼んだぞ。君に地球の命運がかかっているんだ」

 赤沼もスマホを取り出すと、口をモゴモゴさせて勿体ぶった間を取ってから「……了解」と、感情たっぷりにつぶやいた。

 二人が作った雰囲気は、青木の「そう、頑張るのよ。私を置いて一人で消えるなんて……承知しないから……」というセリフで台無しになってしまった。

 二人に睨まれると、青木は「なに? 僕の見たアニメではこうだったんだ。文句ある? ヒロインは大事だろう?」と睨み返した。

「もういいや……開けちゃおう」

 赤沼が手早く箱を開けると、二人は見逃すまいと、頬がつきそうなほどくっついて中身を見た。

 しかし、そこにあったのはBlu-rayではなく、ゲームソフトだった。

「なんだこれ……【ダイエッター・スポーツクラブ】? 君……自衛隊にでも入るつもりか?」

 明夫は期待外れだったと、不貞腐れたようにあぐらをかいた。

「ちょっと待てよ……これ妹のだ」

 赤沼が箱に貼ってあった宛名を確認すると、自分の名前ではなく妹の名前になっていた。

「妹さんのね……この箱のサイズじゃ間違えるよ」

 青木は箱をひっくり返すと、ガサガサ振り始めた。

「なにしてるんだ」

「一緒に下着とか頼んでないかと思って」

「ゲームだぞ。どこに下着とゲームを一緒に売ってる店があると思うんだよ。とにかく、妹の部屋に置いてくるよ」

 立ち上がる赤沼を、青木が「ちょっと待てよ」と止めた。

「忘れたか? 青木は妹の部屋の半径一メートル以内に近付いてはいけない」

「違うよ。ゲームはゲームだろう? 僕達の本分だ。やってみてもいいんじゃないか? ゲーム機は君のもので、この部屋にある」

「でもスポーツだぞ? 僕らは隣町に歩いて行くのもマラソンって呼んでるのに。できると思うのか?」

「忘れたのか? こう見えても、僕は甲子園のヒーローだぞ」

「それもゲームの話だろう」

「これもゲームだ。それに、腹筋は女性を引き寄せる魅惑の果実って知らないの? どんな線の細い男キャラクターでも腹筋は割れてる。つまり古今東西女性を惹きつけるのは、この腹筋ってことだ」

 青木がシャツを捲って腹を見せると、見事に浮き出たあばらに、頼りなく皮が張り付いていた。

「たしかに……僕らも少しは鍛えないと。女性より痩せてる男は、女性の敵になるかもしれない……」

 赤沼と青木はゲームをセットしながら、明夫にもやるかどうか聞いた。

「やらないよ。僕を誰だと思ってるんだ? 隣町まで歩くのをマラソンと呼び出しのは僕だぞ」

「無理にとは言わないよ。運動の辛さも、運動をしてるところを見られる辛さも、僕らは知ってるからね」

 赤沼がゲームを起動すると、青木が「おっ?」と食いついた。

「凄いな……これって本当にオタク向けじゃないの? キャラクター可愛すぎるだろう。いいのか? こんな際どい格好をして」

「オタク向けじゃないからね。女児向けの魔法少女アニメの変身シーンで、一瞬裸になるのと一緒。誰もそこで一時停止は押さない」

「押すだろう。オスなんだから」

「押さないから許されてるの」

「幼いから?」

「もううるさい! とにかくキャラクターを作るぞ。アバターは言わば僕らの分身だ。時間をかけないとね。ゲーム画面で、何度も見るハメになるんだから」

「それはどうだろう」と言ったのは明夫だ。

 興味がなかったはずの明夫は、いつの間にかコントローラを持って、自分のアバターを作り始めていた。

「やらないんじゃなかったのか?」

「それは運動の話だ。キャラメイキングより楽しいことって他にある?」

「でも、女だぞ。それもおっぱいが大きいのに太ももは細い。君好みのキャラクターだ」

「性別で男が選べないんだ。あったとしても選ばないけどね。ちょっと待って」

 明夫が急にガクッと肩を下ろしたので、青木は「どうしたんだ?」と聞いた。

「服も選べるんだけどさ……課金要素だよ……こんなのひどいよ。買っちゃうじゃん。どうしよう……この靴もいいし、こっちの靴もいいよ」

「明夫……しっかりしろよ」青木は情けないぞとはっぱをかけた。「ボトムスとトップスのどっちの色と合わせるかの方が大事だろう。まずはそっちの色を見てからだ」

「そうだった。僕が愚かだったよ。……ごめん」

「待て待て」と赤沼が割って入った。「このゲームは運動をするゲームだぞ。わかってるのか?」

「わかってるけどさ。キャラコーデも大事なんだよ」

「僕が言ってるのは、画面の中でキャラクターも動くってことだよ。わかる?」

 赤沼の甘言に、思わず明夫は立ち上がり拍手を響かせていた。

「忘れてた……やっぱり赤沼は頭がいいよ。僕じゃ考えつきもしなかった。さすが妹がいるだけある」

「そう褒めるなよ。褒めるのはこれからだ。妹がこれを買ったってことは、このゲームするのための服を下調べしてあるってことだ。それがあれば完全だよ。僕の部屋のテレビに完全なるスポーツ少女を召喚できる」

「テレビこそ現代の魔法陣だね。エッチな悪魔が出てくる日も、そう遠くないぞ同胞よ」

 三人は肩を組み円陣を作り、最高のキャラクターを作ろうと団結した。



「ねぇ、ママ。本当に私宛の荷物届いてなかった?」

 赤沼の妹は帰ってくるなり、制服姿のままでリビングをうろうろしていた。今日届くはずの荷物がなかなか届かないからだ。

「届いたのはお兄ちゃんの荷物だけよ」

「アイツまたなんか頼んだの? 部屋の床抜けるよ……マジで」

「お兄ちゃんのことは放っておきなさいよ。自分のお金で好きなものを買ってるんだから。荷物が届いたら受け取っておいてあげるから、着替えてきちゃいなさい。制服が汚れるわよ」

「はーい……」

 赤沼の妹は自室に戻る途中、兄の部屋の前を通ったのだが、またうるさくしてるとしか思わなかった。

 しかし、部屋に違和感を覚え見回したところ、ファッション雑誌がなくなっていることに気付いた。母親が若者向けの情報誌を読むはずがないし、もし読んだとしても塊ごとは持っていかないはずだ。

 赤沼の妹は怒りの足音を鳴らしながら兄の部屋へと向かった。

 その音をいち早く察知したのは赤沼だ。

「しっ……怪獣の足音が聞こえる。しかもこっちに向かってくるぞ。全員退避だ!」

 赤沼が立ち上がるのと同時に、部屋のドアが開けられた。

「お兄ちゃん!!」

 怒鳴り込んできた妹に、赤沼は「そ……そうだよお兄ちゃんだよ」両手を広げて抱きしめようとした。

 妹はスルーして脇を通り抜けると、テレビに映ったゲーム画面を見て驚愕した。

「なんで……スクール水着着てるの?」

「いい質問だ」と明夫が振り返った。「僕らも色々考えた。知恵を合わせ、お金を使い。正解のない神経衰弱に陥ったわけだ。そこに、もう一人の天才が現れた。ちなみに一人目の天才は君の兄だ。誇っていいぞ。なんと言っても、この雑誌とヨガパンツを持ってきたのは君の兄だからだ」

 明夫が汚いものでも持つようにヨガパンツの端を摘んで振ると、妹はすぐさま奪い取った。

 そして、兄を睨むと「アンタはいつでも殺せるから後回し」と、目を鋭くしたまま明夫を睨み直した。

「もう一人の天才というのは、天才兄の友人青木だ。妹ならスク水だと実に浅はかな言葉から始まった考えだが、試しに着せてみると――どうだ。靴下もアウターも悩む必要がない。凡人なのは僕だけ……力になれなかったのが、実に悔やまれるよ」

「言いたいことはそれだけ?」

 妹は三人のオタクを見下ろして睨みつけた。

「お兄ちゃんって呼んでほしい」

 手を上げて小さくつぶやいた青木だが、その手のひらにフィギュアを投げられたせいで、痛みにのたうち回った。

「妹よ……そのフィギュアはお兄ちゃんの大事なフィギュアなんだぞ……」

「じゃあ、言っておいてよ。どれを投げられたくないか」

「そこの棚に乗ってるは全部やめてほしい……」

 赤沼は言ってから後悔した。妹の手が迷うことなく棚に向かって伸びたからだ。

 それを頭にぶつけられた明夫は、これはまずいと這って部屋を抜け出した。すぐに青木が続き、「それを投げるな!」と悲鳴を上げながら赤沼も続いた。

 三人は廊下に出ると、チグハグな足取りで走って逃げ出した。

 そうして逃げ込んだ先は明夫の家だった。

「君の家にいるのは妹じゃないよ。まるで子犬だ。キャンキャン吠えるし、ダメって言ったものを散らかすんだから」

 明夫は走り疲れたと、ソファにぐたぁと倒れ込んだ。

「ゲームで運動するんじゃなかったの? ……これじゃあ本当にマラソンだよ」

 青木は床に座り込むと、もう一歩も動けないと俯いた。

「そう言うなよ。僕の妹なんだから」

「じゃあ、君のせいだよ」

 明夫は酷い目にあったと赤沼を睨みつけた。

「そう言うなよ。帰ったら、僕の部屋がどうなってることやら……。この前は可動式のフィギュアの頭が全部付け替えられた」

「君の妹は病院にいった方がいいよ。そんなことするなんてサイコパスだ」

「僕も言ったさ。でも、アクションフィギュアでエッチなポーズを取らせる方がサイコパスだってさ。僕は雑誌のポーズを真似しただけなのに」

「なんの雑誌? 妹の??」

 青木が最後の力を振り絞って反応するが、赤沼に首を横に振られると、力を使い果たしたと床に転がった。

「アニメの雑誌だよ。そうだ、知ってた。アニメでも何度も使われてるあの有名なポーズがあるだろう? あれって、人間の関節じゃ絶対無理なポーズなんだって。試しにアクションフィギュアでやってみたけど無理だった」

「フィギュアだからじゃなくて?」

「関係ないよ。肩の可動域がおかしいんだもん」

「でも、アニメの作画ってそういうのあるよな。現実的じゃないけど、迫力ある構図っての? あれはもう神の視点で描かれた芸術作品だよな」

 二人がアニメ談義で盛り上がっていると、マリ子が帰ってきた。

 三人を見かけるなり「アンタ達さ、アニメの話ばかりじゃなくて、たまには運動でもしたら」と、ダラダラする姿に呆れた。

「ちびマリ子から逃げたしてきたのに……本体が帰ってきちゃったよ。こんなに早く帰ってくるなんて、君の友達いないの?」

「その友達と遊ぶから帰ってきたのよ。オタクは知らないけど、ドレスコードってもんがあるの。今日は彼氏のライブ。友達と見に行くのよ」

「ライブだって? ドレスコードがあるのはコンサートだろう? それもクラシックだ。インディーズバンドにそんなものはない」

 明夫はそれくらい自分でも知ってると言ったのだが、マリ子は甘いと言わんばかりに首を横に振った。

「あるのよ。適度に露出、化粧は濃いめ。後はトゲトゲの指輪」

「トゲトゲの指輪ぁ? 君の恋人って、時代遅れのパンクバンドなの?」

「違うわよ。指輪は彼氏に色目を使うバンギャ用。それじゃあ、ライブというなのスポーツをしてくるわ。バイバーイ」

 マリ子は着替えとメイク道具を持つと、友達との待ち合わせ場所へと向かった。

「ライブもスポーツなの? じゃあ、僕らもそれにしようよ。次の声優ライブはいつ」

 赤沼はその方がオタク的には健康だと、明夫と検索を始めた。



 その頃。赤沼の妹はまだ兄の部屋にいた。

「ムカつく……」とゲーム画面を睨みつけながら葛藤していた。

「どうやっても、これ以上可愛いキャラ作れない……。でも、オタクのアイドルが私のアバターなんて最悪!! でも可愛い……。――でも。いや、でも……でも――でも! あーもう!」

 妹は最後に雄叫びをあげると、キャラクターを保存してゲームの電源を切った。






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