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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン6
126/130

第一話

「お待たせー!」

 階段を降りてきたマリ子の声に、リビングのソファでスマホをいじっていたたかしが顔を上げた。


 そして――固まった。


 たかしの目に飛び込んできたのは、濃紺と白のツートンカラーのパイロットスーツ。

 マリ子の豊満な体のラインにぴったりと沿った生地が、LEDの光を妖艶に反射して輝いている。

 ポニーテールに結んだ髪にはヘッドセットを模した小道具が添えられ、腰にはダミーのサイドアームまで装着されていた。

 胸元には複雑な刺繍で架空の軍章が縫い付けられ、肩から腕にかけて白いラインが走っている。


 これはアコの古いコスプレ衣装で、マリ子のために仕立て直したものだ。


「なにか言うことは? 犬だって吠えるくらいするわよ」

 マリ子が不機嫌に目を細めるが、それすらもたかしにとってはご褒美のようなものだった。

「凄い……キレイだ」

 たかしがまっすぐ目を見て言ってくるので、思わずマリ子も照れて「……ありがと」と小さく返した。

 しかしアコが咳払いをすると、マリ子はいつもの調子を取り戻して、「可愛いでしょ?」とその場でくるりと回転してみせた。

「でも、なんのキャラ? 凄い作り込んでるね」

 たかしの知らないキャラクターのコスプレだったが、作り込みのクオリティは素人目にもわかる。


「リナ・シグレだよ。メカナイズ・フロンティアのね」


 突如響いた、ふてくされた低い声は明夫のものだ。

 マリ子が両手を腰に当て、胸を張ってポーズを決めるのを眉間にシワを寄せて眺めていた。

「そうよ。さすがね」

 アコは古いアニメなのによく知っていると明夫を褒めたのだが、それが火に油を注ぐ結果となった。

「さすがだって? リナ・シグレがどうやってパイロットになったか知らないわけじゃないだろう」

「ええ、そのスレンダーな体を買われて、特殊形態のロボに入って操縦するのよね」

「これのどこがスレンダーだっていうんだ!! 失礼だろう!!」

 明夫がマリ子のお尻を――パーン!――と小気味良い音を立てて叩くと、マリ子から――バーン!――と乱暴な音を立て衝撃が返ってきた。

 頭を押さえてうずくまる明夫に、向かってマリ子は「アンタより失礼なやつはこの世に存在しないわよ」と吐き捨てるように言った。

「僕は原作への冒涜だって言ってるんだ! そんな大きなお尻をしてたらガルダックの戦いに勝てなかったね」

「まだ言うのね」

 マリ子がもう一発叩いてやろうと、踏み込むとアコが止めた。

「まーちゃん。暴力ヒロインはもう流行っていないわ。ここは私に任せて」

「私の勘では任せないほうがいいって言ってる……」

 マリ子のため息は、アコのやる気に満ちた鼻息によってかき消された。

 明夫に向き直ると、まるで一昔前のアニメのヒロインのように腰に手を当てて、人差し指を突きつけた。

「コスプレって原作に寄せるわけじゃないのよ。原作のニュアンスを体に落とすため。そのための衣装がコスプレなの」

「落とすのは脂肪であって、キャラクターじゃない。こんなおっぱいをしてたら、男に間違えれるシーンが台無しになるだろう」

「確かに……まーちゃん。胸を小さくできるかしら」

 アコはマリ子に振り返ると大真面目に聞いた。

「できるなら、まずお腹を小さくしてるわ。認めさいよ。私は明夫が好きななんとかってキャラの上位互換なの」

「リナ・シグレだ」

「そのリナ・シグレに全部勝ってるのが私だって言ってるのよ。胸は私のほうが大きい」

「態度もね」

「身体のことを言ってるのよ。胸が大きいって言ってるでしょう」

「お尻もだ」

「関係ないでしょう」

「あるね。そんなに大きなお尻で、コックピットに座れると思ってるなら、君はアニメをしっかり見ていない」

「しっかりどころか一度も見てないわよ」

 マリ子がヒート・アップすると、たかしはアコの肩に手をおいた。

「こうなると、もう無理。避難したほうがいい。物が飛んでくるよ」

「そんな一昔前のドタバタコメディーのアニメみたいな……あら本当。あのキャラ飛行能力はないのに」

 アコは空を飛ぶぬいぐるみを、視線だけで見送った。


「コーヒーでもどう? オレの見立てだと、あと30分はかかる。でもコーヒーは3分で入る」

 たかしがインスタントコーヒーの袋を持って揺らすと、アコはソファーからダイニングテーブルへと移動した。

「もらうわ。砂糖はひとつ。ミルクは混ぜないで、そのほうが途中で味が変わっていいの」

「コーヒーにこだわりがあるんだ」

「いいえ、好きなアニメキャラがそうしてるから、真似してるだけよ。ミラーリング効果で彼に近付こうとしてるところなの」

 普通の人なら少し怯むような台詞も、明夫と長年友人関係を続けているたかしにとっては些細なものだった。

「興味がマリ子さんから移ったみたいで安心したよ」

 たかしは粉と砂糖を溶いたコーヒーに、ミルクを入れると混ぜずにカップを出した。

「今は愛情が友情に傾いてる時期なのよ。恋の花はいつ芽吹くかわからないわ」

「だろうね。この時期は新アニメの新シーズンで、ストーリーの転換期だ。魅力的なキャラクターが増えてくるってね」

 たかしは毎年のことだと、まだマリ子に反論している明夫に目をやった。

「長いの? あなたたち2人は」

「そう聞かれて、正確にいつから仲良くなったと答えられないくらいには長いね」

「そう。歴史の半分以上を一緒に過ごしているってことでいい」

「残念ながらね」

「小学校は一緒?」

「当然だよ。好きなアニメも一緒。違うのは明夫は今でも、そのアニメが好きってことだね」


 たかしは愚痴をこぼすように、明夫との幼少時の思い出を話し始めた。

 そのどれもが明夫が暴走をして、たかしが嗜めるというようなもの。

 まるで焼き直しのようなオチの話ばかりで、アコも話の最後には出会ったことのない幼少の2人を想像できるまでになっていた。


 たかしがこんな話をしてもつまらないよねと打ち切ろうとするが、アコは首を横に振った。

「いいえ、面白いわ。私も小さい頃にこんな理解者がいればと思ったわ」

 アコが遠い目をしたので、たかしはまた余計なことを女性に言ったのかもしれないと、慌てて謝罪をしたが、アコは違うと手を振った。

「父親はソフビコレクターで、母親は超合金コレクターなの。私が同じ趣味を持ったなかったことを凄い残念がっているわ」

「まあ……親が子供に同じ趣味を持ってほしいと思うのは普通じゃない? オレも親からプラモだとか野球だとか無理やり誘われたことあるよ」

 たかしはアコを慰めるように言った。

 てっきり、親がアコの趣味を快く思っていずに、なにか苦労をしているのではないかと察したからだ。

 だが、その察しはただの邪推だった。

「コレクター商品が“遺産”ではなく“遺品”になる悲しみよ。私がソフビと超合金に興味があれば、莫大の遺産を残せたのにって嘆いてるわ」

「是非とも明夫に話してやって。その話」たかしは淹れたコーヒーに未だ手を付けず、天井を仰いだ。「この家だって、明夫のコレクションだらけだ。アコさんの両親と同じ道をたどるのは明白だ。……と、思ったけど明夫に子供が出来そうにない。ってことは、オレ? 明夫にもしも何かあった時に、おもちゃの整理をするのは」

 たかしは起こってもいない悲劇に絶望してため息を落とした。

「ずいぶん仲が良いのね」

「明夫とだろう。今更カッコつけられないからね。一番本音で話せる友人だよ」

「なるほど、明夫×たかしが主で、リバありなのね」

「どういうこと?」

 たかしが首を傾げると、アコは上質な餌を貰ったと不敵に笑った。

「こっちの話題にはウブなのね。好きよ、そのキャラ。もしも就活に悩んだら、迷わずスーツを着る職業をおすすめするわ。スーツと困惑はよく似合うのよ」

「いま困惑してるんだけど……」

「ならスーツを着るべきよ」

 アコの瞳に迷いはなかった。

「明夫に聞かないとわからないよ」

「なんでも聞くのね」

「なんのアニメのシーンかわからないってこと」

「そういう言葉も、今は言い訳としてクるわ」

「言い訳じゃないんだけど……」

「私の頭の中ではそう言ったの。あなたの本心が、私に対する本心には必ずしもならないのよ」

「驚いた……。昔明夫が同じこと言ってたよ。人類の脳は、自分ではなく誰かが操作している。それに気付く日がいつか来るってね」

「それで気付いたのかしら?」

「気付いたよ。操ってるのはアニメで、シーズン2が最悪だから無かったことにしたいオタ歴史だって」

 アコはなるほどと相槌を打った。


「これだけ教えておいてあげる、いわゆる男のオタクは料理研究家よ。女は調理師なの。だから過程を大事にするのよ」

「それは何に対する答え?」

「言うなれば、進化した想いね。気付くのよ、友情が恋へと変わるとき。あなたはスーツのネクタイを緩めるの。素直になれないとネクタイの巻き方を間違うわよ」

 アコは自分で自分の首を絞めることになると言いたかったのだが、それは自分が明夫とたかしでBLの妄想を始めたからだ。

 最近はマリ子には愛よりも友情を感じ、その付属品だったたかしに興味を持っていた。

 彼女の中で、たかしはオールマイティーなキャラだ。

 誰と組み合わせても、一般人という立場から離れないたかし。

 これほど妄想が捗る人物はいないと、すっかりアコの妄想の材料になっていた。

 

 それが、最近アコがよくルームシェアハウスに顔を出す理由だった。


 だが、アコがいるからと言ってたかしの負担が減るわけではない。

 今も尚、コーヒーをすする音の向こうでは、2人の言い合いが続けられていた。


「マリ子……君はなにもわかってない。いいかい? キャラクターを売るのは僕の仕事じゃない」

「よし! その喧嘩勝った! たかし! 私達の愛を質に入れてでもこの喧嘩買うわよ」

 マリ子が殴るポーズで振りかぶった瞬間。胸元がぱつんと弾けた。

 脇腹と胸元のところを無理やりゴム仕様にして、胸の大きさをカバーしていたので、彼女が乱暴に動いたせいで生地が破れたのだ。

 これが普通の布地ならビリビリ音が響いたのだが、ゴムが切れたせいでアニメの効果音なような音が響いた。

 アコは無音のリビングに拍手を響かせた。

「すごい! 見事よ、まーちゃん! もしも動画に撮っていたなら、皆がSEを付けたがるわ」

 その熱狂的な一人分の拍手に負けるように、明夫はうなだれた。

「マリ子から、そんな音聞きたくなかった……」

「虚しい勝利ね」

 マリ子はブラを姿のまま勝ち誇ったが、生身の女性に興味がない明夫が顔を上げることはなかった。

 それでも、万が一でも明夫にマリ子の下着姿を見せたくないたかしは、明夫を慰めつつ部屋へと運んだ。


 その二人の後ろ姿を見て、アコは熱っぽいため息を落とした。

「はやくスーツを着るのが待ち切れないわ」と。

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