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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
120/125

第二十話

 芳樹は彩花という女性と並んで座り、笑いながらビールを傾けていた。

 今日はいつもとは違うメンバーで合コン。

 まだ始まって間もないが、会話は順調に弾み、芳樹のテンションも自然に上がっていた。

「それでさ、先週のライブ、めっちゃ盛り上がったんだよ!」

 芳樹は手を大きく動かし、興奮気味に話すと、彩花も笑顔で相槌を打った。

 酒のせいか、場の空気も柔らかく、まるで昔からの友達のような雰囲気だった。

「へえ、ライブとか楽しそう。オレも行けばよかったなあ」

 彩花の声には天然の軽やかさがあって、芳樹は思わず惚れそうになる。

 二人は冗談を言い合い、周囲の喧騒さえも気にならなくなっていた。

 芳樹の口元は自然に緩み、普段の調子に乗ったノリがどんどん出てくる。

 ビールを軽く煽り、笑いながら話題を転がしていく。ゲームの話題から、学生時代の思い出話、ちょっとした趣味の話まで、話題が途切れることはなかった。

 場が和んできた頃、彩花はふと立ち上がり、ニコッと笑った。

「ちょっとトイレ行ってくるね」

 芳樹は気にせず言ってらっしゃいと、上機嫌にグラスを掲げて見送った。


 数分後、彩花は戻ってきた。

「すっごい……出た。やっぱお酒飲むとダメね」

「あっ……男も一緒。違うことはホースがついてることくらいだけど、消防士にはなれない」

 一瞬芳樹は言い淀んだが、結局二人はまた肩を並べて笑い合い、話題は次のライブの話に移っていった。

 芳樹は彩花の笑顔に見惚れつつも、同時に自分の軽い冗談に笑ってくれるところが嬉しかった。

 合コンの席というのを忘れるくらい、二人の世界に没頭していた。

時間が経つのも忘れ、グラスを重ね、笑い声を上げる。彩花の話に乗って、芳樹もいつも以上にテンションが上がる。

 気づけば合コンの夜はあっという間に過ぎていた。乾杯の音も、周囲の声も、すべては楽しい思い出として芳樹の頭の中に残っていった。



「――ってことがあったんだ」

 芳樹はリビングのソファに腰を下ろし、思わず手を振りながら話し始めた。

 たかしとマリ子は横並びで座り、芳樹の興奮気味の声を聞きながら軽く頷いている。


「だから! この間の合コン、マジでやばかったんだって!」芳樹はペットボトルを片手に身振りを交えて語る。「いや、盛り上がったんだよ、ほんとに! 彩花っていう子がさ、もう……」


たかしは眉をひそめ、マリ子は片眉を上げて、二人は顔を見合わせた。

「彩花?なんか自慢しに来たの?」マリ子が少し笑いながら口を挟む。

「違う違う!」芳樹は思わず手を振り回す。「自慢じゃないんだって! その……その子、ただ面白くてさ。オレも一緒に笑ってたら、あっという間に時間が過ぎちゃったんだよ」

 芳樹の声はテンションが高く、言葉は早口になっていた。

「だから自慢でしょう? こっちはこれからたかしとデートなのよ。なんで芳樹の合コン話を聞かないといけないのよ。それを前戯だと思ってるなら、アンタが女と長続きしない理由がわかるわ」

 マリ子に睨まれた芳樹だったが、全く気にせずに続きを話し始めた。

「でもよ、オレ……最初は全然気づかなかったんだけど……この子、ちょっと普通じゃないところがあるっていうか……」芳樹は口ごもった。

 ここでいきなり具体例を出すのはためらいがあったからだ。

 マリ子は腕を組み、じっと芳樹を見つめる。

「普通じゃないって、どういうこと?」

 芳樹は少し間を置き、顔をしかめながらも思い切って説明を始めた。「あのさ……ライブの話とかしてて、オレがちょっと変な冗談言っても、笑ってくれるんだよね。それはいいんだけど、まあ……その、男的なノリも結構平気でやる子で……」

「男的なノリ?」たかしが首をかしげる。

「うん、なんていうか……ゲップとか、軽い下ネタとか、そういうのを全然気にせずにするんだよ。最初は酒のノリだと思ってたんだけど……いや、でもその話はまた今度。とにかく、ちょっとやばいって気づき始めてさ……」

「ヤバいっていったって、手首であみだくじするような女じゃないでしょ? お酒の席でちょっと地が出たくらいなんなのよ」

「ランチデートのステーキ屋の焼けた肉の色で、さっき出してきた便の色を伝えてくるような女だぞ」

「……私は地が出た話をしてるの」

「まじの話なんだって……シラフでも、酒を飲んだときと同じテンションだ」

 マリ子は一度完全に黙ったが、少し考えてからおもむろに口を開いた。

「便を出す女はお手上げ。この話はさっさと水に流すべきよ」

 芳樹は息を整えながら、少し真剣な顔になった。

「でさ、オレ……助けてほしいんだよ!」

「彼女の尻拭いでもするのか?」

 たかしが笑って言うと、マリ子は笑えると抱きついた。

 そして、マリ子はくすっと笑いながら、「デートだからね。私たちは出かけるけど、頑張ってね」と言い放ち、たかしの腕を取ってそのまま出て行った。


 芳樹は残されたリビングでぽかんと二人を見送った。


「えっ、ちょっと待てよ……」芳樹は独り言のように呟く。「オレ、どうすんだよ、これ……」


 芳樹は頭の中で数日前の合コンの光景を反芻する。彩花の笑顔、テンションの高さ、そしてその裏に隠れているかもしれない未知のヤバさ。楽しさと不安が入り混じり、胸の奥が少しざわついた。

 その場の勢いで付き合ったことを早くも後悔しているところだった。

「仕方ない……頼みの綱はオマエたちだ!」

 芳樹は、我関せずを突き通しリビングでアニメ鑑賞をしている三人へ目を向けた。



 芳樹は更にソファに沈み込み、わざとらしい深いため息をついた。

「……オレ、どうにかしないとマジでヤバいんだよな」


 リビングのテーブルを囲むように座る明夫、赤沼、青木は、各々スマホやタブレットに夢中で、アニメの最新話や攻略中のギャルゲの情報に没頭している。

 芳樹が口を開くと、三人はちらりと視線を向けるが、すぐに画面に戻った。

「えっと……その、別れたいんだ……」

 芳樹は咳払いを混ぜながら切り出す。

 オタクたちは一瞬手を止め、顔を見合わせた。

 明夫が先に口を開いた。

「お、なるほど。つまり今攻略してるキャラ、別のキャラに気持ちが移っちゃったってこと?」

 見当ハズレの答えに、芳樹は目を丸くする。

「え、ちょ、ちょっと待て、オレは現実の話をしてるんだ!」

 赤沼はスマホを置き、真剣な顔で芳樹に近づく。

「ふむふむ、つまりデートイベントで好感度を上げつつ、別のルートに入りたいと。僕もそれが現実的な考えだと思うよ」

「違う! 現実の彼女だって!」

 芳樹は手を振って反論するが、三人はまったく聞いていない。青木は眉をひそめ、真剣な眼差しで続けた。

「大丈夫。新たに現れた親友の妹キャラが好きになっても、ステップバイステップで攻略すれば、前キャラも悪い印象を残さずに切り替え可能。そういうシステムがある恋愛シミュレーションゲームもある」

 芳樹は頭を抱えた。

「うわ……全然違う! オレ、マジで困ってんの!」

「安心して、親友」と明夫は真っ直ぐな瞳で芳樹の目を見た。「僕らは仲間を絶対に見捨てない。絆をつなぐのがオタクだ」

「点というオタク同士が繋がり、オタク文化という線になる。その線は一周して円になる。つまりアルファベットのオーだ。それがOたく。僕らはオタクという文化を宅配し合う存在――オタクになるわけ」

 青木は芳樹の背中を励ますように叩いたが、芳樹は乱暴にその手を振り払った。

「……オマエラとの絆を先に切ったっていい」

 しかし三人はメモを取りながら、熱心に戦略を語る。

 明夫は理論的に「告白タイミングをずらす」「共通の趣味で距離を詰める」と解説。

 赤沼は「別ルート攻略でボーナスイベントを回収」と、まさにゲーム脳。

 青木は「妹属性以外には有効だぞ」と、属性にこだわるアドバイスを繰り出す。

 人の話を聞かない三人に、芳樹は頭を抱えたまま呟く。

「……いや、オレ、現実の話してんだって……」

 しかしオタク三人は、まるで芳樹の言葉を履き違えたまま、戦略を続行した。

「よし、まずは共通の趣味を使った接触回数の増加だね」

 明夫がタブレットを指差しながら真顔で言う。「現実でも、ゲームキャラ同士の親密度を上げるテクニックと同じだ」

「さらに、サブイベントとして好感度ボーナスを稼ぐのも忘れずに」

 赤沼がノートにメモを取りながら説明する。「これで別ルート攻略もスムーズにいく」

「属性の見極めも重要だ。妹属性以外は慎重に」

 青木は眉間に皺を寄せ、芳樹の彼女に当てはめるように考え込む。

 芳樹はもう声を出して抗議する気力もなく、ただただ絶望的な顔で3人を見る。

「……お前ら、本当に現実の話聞いてないだろ……」

 明夫は眉をひそめ、画面から目を離さずに答える。

「聞いてるよ、聞いてる。でも攻略手順が最適化されてないのは問題だ」

 赤沼も真剣な顔で芳樹を見つめる。

「そうそう、デートイベントでの好感度上昇率を上げるには、会話の順番とタイミングが重要だ。現キャラの感情を崩さずに別キャラへのルート移行を狙うべき」

 青木は腕を組み、少し眉をひそめながら続けた。

「妹属性以外には効かないけどな。対象キャラの属性を考慮して戦略を立てるのが基本」

「違うって! オレは現実の彼女の話をしてるんだって! いや……待った……。そうだ! オマエらはオタクだったな」

 奈落の底で青ざめていた芳樹の顔は、希望を見つけ赤みを帯びていた。

「それって、プロ野球選手に野球の練習してる? って聞いてるのと同義だよ」

 明夫はやれやれと頭を振った。

「そうだよな。そうなんだよ。もっと言ってくれ。オマエらの意見が大事だ」

 芳樹が明夫へ急にすり寄った理由は、彼の言葉通り、三人はオタクだからだ。

 これが昨今の誤解を解かれたオタクならまだしも、三人は一世代昔のTHE・オタクとも呼べるようなひねくれものだ。

 そして、そのひねくれはモテへと繋がることはない。これはすでにもう時代が証明してるようなものだ。

 つまり、彼らの言動を真似ることにより、彩花に呆れられフラレようと言う魂胆だった。

 この作戦は芳樹の思惑通り成功した。

 次のデートで、早速オタク三人の言動を真似た芳樹は、それはもう見事にフラレた。

 彼女もまたイメージと違う思ったのだ。あれは飲み会の席で魔法にかかっていたから楽しかったのだと。





 数日後。

 芳樹はリビングに集まった三人へ、苦笑しながら事の顛末を語った。


「……でさ。オマエらの言動を全部真似したら――やっぱフラれた! おめでとうオレ!! ありがとうオタクたちよ! オタク趣味がこれだけ武器になるこの現代で、モテないままでいてくれて!」


 明夫はペンを回しながらあっさりと答えた。

「うん、まあ当然だよ。僕らはゲームの世界で持てるアドバイスをしてたんだ。現実世界でモテる要素なんて一つもないし、現実がゲームにすり寄ってきたらがっかりだよ。昨今の擦り寄り文化にはリスペクトがない。オタクは正解を求めるための式を求めていないんだ」

 青木も腕を組んでそうだと頷いた。

「僕も本当なら、親友の君の力になりたかったけど、残念ながら妹キャラというのは時代によって立ち入りが違いすぎるんだ。やたらと攻略対象になったり、頑なに攻略対象から外れたりね。いつの時代になっても、僕は妹に振り回されるお兄ちゃんってわけ」

「そういう言動が本当に役に立った。でも、もう真似はしねぇ……。別れる前に、医者か警察を呼ばれるところだった」

「それがバッドエンドにならないのが、昨今のシナリオ事情だよ。主人公がなにかと虐げられる必要がある」

 明夫の言葉に、青木はうんうんと何度も頷いた。

「僕は最初から妹に甘やかされるオープニングで満足。アニメの始まりは、いつだって『お兄ちゃん。朝だよ。もう……起きて』から始まるべきだ」

 二人の反応は脱線しながらも、実にあっけらかんとしていた。

 だが、赤沼だけは違った。

 彼は大げさに頭を抱え込み、半泣きで叫んだ。

「僕の……僕のせいじゃないか! 芳樹が僕の言動を真似したんだろ? それでフラれたなら、僕がフラれたのと同じだ! 僕の恋愛史に、新たな黒歴史が刻まれてしまったんだあああ!」

 床に突っ伏し悶絶する赤沼を見下ろすと、芳樹はタバコの煙みたいに、どうでもよさげにため息を吐き捨てた。

「いやいや、なんでオマエがダメージ食らってんだよ……」


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