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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン1
12/126

第十二話

「だから……彼女は宇宙が好きなんだって。するなら絶対天体の話だよ」

 明夫はなにもわかっていないのだからと睨みつけると、たかしに睨み返された。

「無難に犬の話題でいいんじゃないの? いきなりそんな変なことを話すやつがいるか?」

「確かな情報を利用するのが恋だぞ。無難に犬の話題をするなら、彼女じゃなくてもいいだろう」

「朝の通学路だぞ。星も出てないのに天体の話をするっていうのか?」

「それを言い出すなら、犬だっていないだろ。どこにいる?」

 明夫とたかしが言い合っていると、アイスの棒を咥えたマリ子がバカを見る目で話しかけてきた。

「なにやってるわけ?」

「なにって【秋風恋慕】に決まってるだろう。偉大なるゲーム会社【シーズンカラー】の第三作目だ。【春花恋歌】と【夏空恋居】は既にプレイ済み。四作目の発表がされたから、プレイし直してるってわけ」

 明夫はコントローラーを持ったまま、テレビ画面から目を離さずに、自慢気に声だけ大きくした。

「地球人にわかる言葉で説明して……」

「恋愛シミュレーションゲームしてるってことだよ」

 たかしはソファーを空けるが、マリ子が二人の間に座ることはなかった。背もたれに肘をついて、怪訝な視線をテレビに向けた。

「……休日の昼間から? 男二人で?」

「ちょっと……失礼なことを言うなよ。彼女が見えないのか? 彼女の名前は【堂島こころ】だ。学校で一番の人気者の先輩だぞ」

 明夫はよく見ろと、画面の中の女性キャラクターを勢いよく指した。

「私もそうだった」

「君は人気者風だろう? 君が誰かと話してて、他の生徒に羨ましがられたことあるか?」

「恋人持ちの男を骨抜きにして、その女に恨まれたことならある。だいたい……なんで学校で一人気のある先輩が、アンタらなんかに声をかけるわけ?」

「シミュレーションゲームだって、たかしが説明してただろ」

「シミュレーションする必要がある? オタクショップでお仲間見つけるわけじゃないのよ。人生の役に立たないでしょう」

「たかし! 笑ってないで言い返してやってよ!」

「たしかにそのとおりだと思って。オレは明夫ほど人生は捨ててないけど、学校で一番人気のある先輩と付き合えるとも思ってないもん」

 たかしがコーヒーでも淹れてくると立ち上がると、空いたソファーにすぐさまマリ子が腰を下ろした。

 マリ子は「アイスも買ってきてね」と無理やりたかしを買い物に行かせると、ニヤニヤして明夫の顔を見た。「それで……なるほど……。朝の話題はなにかって話ね。楽勝よ。答えは当たり障りのない話。つまり犬の話ってこと」

「君になにがわかるっていうんだ」

 明夫はゲームのことなんて何もわからないだろうと嘲笑を浮かべると、マリ子も意味ありげな笑みを浮かべた。

「私は女よ。それに、事実だけを述べてるの。アンタが出せる話題は犬だけ。他の話題を出してみなさいよ。通報されるわよ。ほら、貸して」

 マリ子は明夫からコントローラーを奪い取ると、犬の話題という選択肢に決定ボタンを押した。

「ちょっと! 勝手になにするんだよ」

「オタクに女とはなにかを教えてるのよ。ほら、見てごらんなさいよ」

 マリ子が勝ち誇った顔でテレビ画面を指すので見てみると、高感度が上がるエフェクトが効果音と共に浮かび上がっていた。

「なるほど……認めよう。君も人気者の女子に憧れた一人ってわけだね」

「……そういう言い方はムカつく。だいたいオタク向けゲームでしょ? 女経験に乏しいオタクがクリアできるように作られてるんだから、女の私なら楽勝。イージーゲームよ」

「でも、君は人の男を寝取る女だろう? 清純で気さくなこころ先輩とは正反対だ。悪いけど、こころ先輩の気持ちを理解できるだなんて思わない」

「もう、認識から違うわよ。見て、このポーズ。体のラインが浮き出るような立ち方してるでしょ。これは私みたいな女がやるのよ。谷間は見せないけど膨らみは強調させる。なぜなら、まだ餌を撒く前の段階だから、そうしてお腹をすかせたところに、美味しそうなお肉を見せつけるわけよ」

 マリ子はだらしなく伸びたシャツの首元を指で引っ張ると、明夫に胸の谷間を見せつけた。

「胸毛生えてるよ」

「髪の毛が落ちて挟まっただけよ。とにかく、見てなさい。女を口説くってのは、どうやるのか教えてあげるから」

 マリ子は鼻歌でも鳴らしそうな上機嫌な顔のまま、ゲームに出てくる女性キャラクターをけなし始めた。

「それで? 明夫に女はなんたるかって教えられたの?」

 たかしがアイスを買って帰ってくると、マリ子はこの上なく不機嫌になっていた。

「このクソビッチが! プレゼントは高けりゃ高いほどいいわけ? この女とんだ食わせもんよ」

「ちょっと! 僕の一番好きなキャラになんてことを言うんだ」

「わかったわよ……。このあばずれが! どうせフリマアプリで売るんでしょう。期末の勉強もしないで、バイトして買ったプレゼントよ。成績落としたのに、女を落とせないなんて最悪……」

 悪態をつくマリ子の姿は、現実の女性にケチをつける明夫そのものだった。

「ある意味なんたるかを教えられてるようだね……アイスでも食べて休憩したら?」

「いいえ、いらない。外に出てくる。あのビッチが家にいる限り戻らないわよ」

 マリ子はツバでも吐きかけるようなキツイ瞳をテレビに向けると、鼻息を荒くして出ていった。

「なに怒ってるんだろう?」

 たかしが首を傾げると、明夫も首を傾げた。

「現実の女は謎だよ……。ゲームのバグだけを集めて出来たような存在だ。笑ってた次の瞬間には怒ってるし……理解不能」

「男が女心を理解する日は来ないよ。たとえ理解したとしても、わかってないって怒られる」

「それがわかってて、なんで現実の女と付き合うわけ?」

 明夫は心底不思議そうにたかしを見た。

 たかしは今まで二人の女性との交際経験があり、一人は自然消滅。もう一人はこっぴどいフラれ方をされた。

 その愚痴に一晩中付き合ったこともあり、明夫はなぜたかしがまた現実の女のマリ子に惚れたのか不思議でしょうがなかった。

「なぜなら、オレはバーチャルの住人じゃないから」

「たかし……人生で一番気持ちいいことって知ってる?」

「知ってる。でも、君はそれをできない人生を選んだ」

「気持ちいい人生ってのは、キャラクターに命が吹き込まれる瞬間だぞ。小説から漫画へ、漫画からアニメへ。関わる人が増えることにより、キャラクターは命が与えられる。一人に対して、何十じゃないぞ。百人以上の人が集まって作られるんだ」

「乱交がしたいってこと?」

「僕は真面目に話してるの」

「そう思うんだったら、もっと外に出ろよ。決まった場所だけじゃなくてさ。普通の人間は何千、何万の人と関わるぞ」

「だから、二次元が最高。やり直しもきくしね」

 明夫はゲームをリセットし、マリ子が勝手に進めたデータを削除した。

「それは同意。なぁ、こころ先輩じゃなくて、同級生を攻略しないか?」

「なんで? 口うるさくて、ワガママで、派手な女だぞ」

「だからだよ」

「ゲームじゃなくて現実にいるだろう」

「……だからだよ」

「現実とゲームで二度もフラれる気?」

「攻略法を知ってるから、ゲームのキャラクターにフラれることはないよ」

 たかしがゲームを強調して言うと、明夫は肩にゆっくり手を置いて笑みを浮かべた。

「な? ゲームって最高だろう」



 家を出ていったマリ子が不機嫌な足音を鳴らしながらも、スマホで連絡をとったのは京だった。

 いつもの喫茶店で待ち合わせたのだが、マリ子の姿を見て京は驚愕した。いつもおしゃれな格好なマリ子が、ヨレヨレのTシャツと毛玉のついたスウェットパンツでいるのだ。これはなにかあったに違いないと、急ぎ足でテーブルへと急いだ。

「大丈夫? マリ子」

「大丈夫じゃないわよ。女のプライドを傷付けられたのよ」

「どっちに?」

「こころ先輩よ! あんなに優しく笑いかけてきて、ボディタッチまでされて、悪友に羨ましがられてたんだよ。なのに、プレゼントのランクを下げた途端。なんて言ったと思う? あのクソビッチ。私の趣味とは……ちょっと違うかな……。――だって。高校生ごときが同伴気取りかよ!」

 マリ子がテーブルに拳を振り下ろすと周りの客が一斉に視線を向けたが、マリ子が睨みつけると全員が知らないフリを決め込んだ。

「ごめん……地球人でもわかる言葉で話してもらえる?」

 京はため息をしながらイスに座ると、マリ子が怒っている経緯を聞いた。

 てっきり女友達と喧嘩して怒っていると思っていたのだが、それがゲームの話だと聞かされた京は、この上なく呆れた顔でため息をついた。

 すぐに解決しなくてもいい問題だとわかると、店員を呼び、注文を頼んでから、改めてマリ子に話しかけた。

「色々聞きたいことがあるんだけどさ……。まずひとつ。なんでゲーム?」

「オタクがやってたから」

「シンプルな理由だね。次は、なんで女の子を落とす男性向けゲームをやってたの?」

「オタクがやってたから」

「なるほど……次はフィギュアでも買いに行く? それとも、アニメの鑑賞会でもする?」

「なんで私がそんなことやるのよ」

「だってオタクがやってるでしょう?」

「みゃーこ……それじゃあ女は落とせないんだよ」

「それはよかった。マリ子に襲われる心配はないわけだ。それで? 本当にそんなことで呼んだの?」

 京は休日だったのにと恨みがましそうにしたが、マリ子はそんなことおかまいなしにゲームのキャラクターがどうのこうの、現実の女はどうだ。現実の男は。現実のデートはなど、あーでもないこーでもないと捲し立てた。

「信じられる? こんなポーズよ。こーんなに腰を反らせてさ……外タレかっての」

 マリ子はゲームキャラクターの立ち絵のポーズを真似して立ち上がった。

「マリ子がやると可愛いからわからないよ。そんなにムカつく?」

「ムカつくに決まってるでしょう。なんでオタクってあんなのが好きなわけ?」

「あんなのって?」

「聞いてなかったの? 経験値高めなのに、スキルは割り振ってないって顔した女よ」

「意味がわからないよ」

「最近のゲームは全体レベルより、スキルレベルの上昇が大事なの……。うそ……。なにこれ、本当に私が言ってる? ……オタクがうつった……」

「結構重症っぽいね。マリ子はゲームなんてまったくやらないのに」

「今もやってないわよ。彼氏でもないのに、無駄な知識を植え付けられた……最悪……」

「たかがゲームでしょう。私の弟に付き合って散々やってたよ。それに、ゲームは今人気でしょう。ハム子もやり始めたって言ってたよ」

「私が好きなのはゲームじゃなくて恋の駆け引き。みゃーこも、ゲームに課金するくらいなら私に課金してよね」

「する意味ある?」

「あるよ、私が可愛い姿で現れるから。ここの喫茶代払ってくれたら、みゃーこの膝の上で一日ゴロゴロしてあげるよ」

「それは残念だよ。私は夕方から弟と遊ぶ約束してるの。一緒に遊ぶ?」

「みゃーこの弟か……興味あるかも……」

 マリ子は京の顔を見た。京の整った顔立ちは、美人というよりもイケメンに近い。この顔がそのまま男の体になったと考えると、マリ子に悩む理由はない。

「なら、おいでよ。ゲームは人数が多い方がいいんだって。昔と違うよね」

「あー……なし。いくらみゃーこの弟っていっても、オタクはパス」

「オタクってほどではないと思うけどね」

「でも、超絶イケメンだとしても、みゃーこがいたらなんにもできないじゃん」

「遊ぶ弟って、小学生だよ? ……なにするつもりだったの?」

「……小学生じゃできないこと。あーもう……今日は女運も男運もない……」

「大人しく帰った方がいいんじゃない。その格好じゃ……今日はなにをしても上手くいかないと思うよ。家出だと思われて、変なおっさんに声をかけられるくらい」

「そうね……若さを無駄に過ごすことにするわ」

 京と別れたマリ子は、最悪の一日だととぼとぼした足取りで帰路についた。

 これも全てこころ先輩というゲームのキャラクターが原因だと思うと、どこに怒りをぶつけていいのかわからず余計にイライラした。

 そして、帰宅するなりたかしに声をかけられた。

「どこ行ってたのさ。せっかくアイスを買ってきたっていうのに。オレの奢り。食べていいよ。実は……いいの買ってきたんだ」

「うそ!? いいアイスって、もしかして【ヴァンベルベン】のアイス?」

「いや……そこまで高いのはちょっと……。買ってきたのは自社製品の高級版アイス」

 たかしはコンビニに売ってるまぁまぁ高いアイスを、マリ子へのポイント稼ぎだと買ってきていたのだが、マリ子の好物は一番高いアイスだった。

 その瞬間。マリ子は全てを理解し、怒るのをやめた。

「悔しいけど……こころ先輩の言う通りね。一番高いのじゃないとがっかりするわ……」






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